聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
『ゆうしゃみならい』達が3人のオーガをひっ捕らえた時と同じ頃に、キム=ジョングは宿場で暴れ回った。キファニア達をおびきだす為だ。
馬で老人や子供を蹴散らし、逃げ惑う通行人らを矢で射殺す。凶賊の様に振舞うのに務めた。
そして『釣り餌』に引っかかった。キファニアに様子を見に行くと告げたカタシナシュフのエルフ4人とピピン王子だ。斃れている人々を見て彼等は唖然としていた。大金棒を手にしたピピンは憤怒に駆られた。
しかし馬上のオーガ達を見ていたエルフは、進もうとする彼を捕まえて留めた。
「オクタヴィアさんを呼ぼう。あと、残りの仲間達も」
オーガはそれだけ、油断ならぬ相手というわけだ。しかも東地方のだ。クボーニコフの海賊どもより上手である。キファニアが連れて来た10数人と、オクタヴィアを含む4名を加えても、撃退できるかわからない。
「余計なことは考えんなよ? あれは凄腕ばっかだべえ」
「わかりました……オーラフさん」
隠れて様子をうかがっていた淫魔に呼び掛ける。彼の意を聞いていたオーラフが力を貸した。
「……!!」
オーガとエルフ達は目を疑った。ピピン王子の姿が消えたからだ。だが彼は消えたのではなかった。まばたきもしない間にオーガ達の中に現れ、大金棒を馬の尻に叩きつけていた。
「おわっ!」
馬が悲鳴をあげて乗っていた者を振り落とす。ピピンはまた消えて今度はうち1人の頭上に姿を現わした。
「でやあっ!」
真上からの渾身の一撃は兜を潰し、中の頭蓋も割り切る、そのオーガは白目を剥いて馬から落ちた。いかに頑強な身体とはいえ、怪力の持ち主の重い一撃には耐えきれなかった。
「や……やりやがった……!」
歯ぎしりしたインドクがこめかみに青筋を立てる。またもピピンが姿を消した。今度は後ろの者を殴り飛ばした。転移魔法による攻撃は、オーガがいかに精強であっても、たじろがせ、戸惑わせる効果があった。
これが魔族と組んだ者の戦い方か。エルフ達は驚くほか無かった。
「す、すごいべえ……」
「感心すんな! 早くオクタヴィアさんたちを呼べ!」
ピピンが翻弄しているうちに備えを固めろ。しかし彼の目論見はすぐにくじかれた。
(……。)
何もいないはずの東側の家屋の屋根の上に、妙な気配に感じてジョングが弓矢を構え、射かけたのだ。
「痛っ!」
姿を消してピピンを助けていたオーラフが姿を現わしてしまった。彼女は全裸だった。白くてむちっとした右の太ももに深々と矢が刺さっていた。しかも魔法が使えなくなっている。魔封じの矢であった。
「淫魔を潜ませてたとはな! だいぶ備えがよろしいようだ!」
ピピンはオーガ達に囲まれる形となった。真正面での戦いにおいては不利だ。素早さではかなわない。とはいえ相手は密集している。当たるを幸いに金棒を振り回し、オーガ達を馬から振り落とした。
だが、うまく着地し、徒歩となったオーガは彼を翻弄した。大振りで襲い掛かる金棒をひらりと避けてカウンターを繰り出す。ピピンは優れた武芸家だから巧みにいなすが、前から後ろからの攻撃で傷を負った。
エルフ達が助けに向かう。弓矢を持つジョングや他のオーガ達が前に出て彼女達を撃った。オーガの戦士は狙い矢にも優れていた。白い肌を露出するビキニアーマーのままでいたのを彼女達は後悔した。肉を容赦なく穿ってくるからだ。
ようやくその時にオクタヴィア達がやって来た。彼女は鎧兜姿のジョングを見るや弓矢を構えて放つ。しかし相手は飛んで来た矢を弓弦で弾いてしまった。仲間に向けて注意を呼びかける。
「毒矢に気をつけろ! やられる前に突っ込め!」
ジョング達が馬を駆って襲い掛かった。カイロネイアのエルフ達は弓矢を投げ捨てる。突進をカタシナシュフのエルフ達は避けきれず馬の蹄やオーガの刃を喰らったが、オクタヴィアらはかわしたまま馬の首を刎ねた。
前へつんのめる馬から飛び降りながら、ジョングは嬉しそうにほくそ笑んだ。カイロネイアのエルフの手ごわさに面白くなってしまったからだ。
「一筋縄じゃいかんな! 流石は南のエルフ達だ!」
オクタヴィアが両手に持つロングソードを横一文字に構え、ジョングをにらむ。彼女は相手の技量を推し量った。すぐに見抜いた。そう簡単には殺せない。勝てても腕の1本や2本は持っていかれるだろう。
「うわあぁーっ!」
2人が剣を向け合ったその時に、ピピン王子の悲鳴があがった。彼は背後から装甲ごと右肩をオーガの槍に刺し貫かれていた。前にいたもう1人が野太刀で、彼を斜め掛けに斬った。丈夫な鋼鉄の鎖帷子をまとっていたが護れなかった。血しぶきがあがった。
「ピピンのぼうず!」
オーガ達は彼を押さえつけてしまった。それを見たジョングは話ができると思い、エルフ達に呼びかけた。
「殺しはしない。なかなかに面白い奴だったからな。俺達は優れた武人には敬意をおろそかにしない。サキュバスを使った奇襲とやらも初めて見せてくれたからな。驚きでいっぱいだ」
だが、引き渡すには条件がある。ジョングはキファニアを連れて来い、とオクタヴィアに告げた。
「そいつが本命だ。俺達は頼まれているんでな。キファニアの首をもって来い、と」
「……なんの為にずらか?」
「答えてやる義理は無い。いいから呼んで来い」
ジョングの剣の切っ先がきらりと光った直後、オーガ達の頭上にいくつもの大きな氷塊が現れ、落ちて来た。彼等はそれに気づいたが避けない。オーガ族が持つ加護の力により、塊は当たると途端に崩れ、さらさらとした粒となった。
「……流石にオーガ族には効かぬか」
オクタヴィアらの背後から声。キファニアだった。彼女は氷で作った剣と盾を持っていた。
「……氷の剣と盾では、我らを傷つけられんぞ?」
彼女は剣を持ち上げ、半透明の刀身から相手をのぞく。白くもやがかった視界だった。
「存じておる。これで斬れるなどとは思っておらぬ」
「……ほう。でも顔は余裕たっぷりだな?」
キファニアが走り出す。彼女の剣はいきなり鞭のようにしなり、長く伸びて行った。それは配下が落としてしまった剣をさらって引っ付けると、しなりながらジョングの隣のオーガに迫った。
「……ぐっ!」
彼は寸前のところで槍で氷の鞭を弾いた。加護の力で術式が解け、水粒となったがほんの一瞬だった。不可解な弾力を持つ氷の鞭が再び現れ、さらに伸びて取り込んだ剣の刃で彼の具足を打った。
「猪口才なことをしやがるっぺ!」
「キファニア! 余興もほどほどにしろ!」
しかしキファニアの『芸』でオーガ達に隙が生じた。オクタヴィアらがこれ幸いと斬りかかる。ジョングらを襲っていた氷の鞭は背後にいた連中を襲い、散らばらせた。鞭がピピン王子の身体をからめ取って彼女の足元に引き戻した。
「オーガの衆、交渉はできなくなったな?」
「……舐めるな!」
ジョングはオクタヴィアに体当たりをかましてキファニアに斬り込んだ。彼女は氷の鞭から部下が持っていた剣に切り替えて応戦。互いに剣を繰り出す。身のこなしと速さは互角。しかし一撃の威力はオーガのほうが上だ。
けれども一騎打ちとなったのは、ほんの少しの間だけだった。後ろにいたオーガ達がオクタヴィアらに斬りかかり、1人、また1人と深手を負わせて蹴散らした。
オクタヴィアも両肩と右ふくらはぎに強い一撃を喰らって、血を流しながらよろめいた。エルフたちはもういい。ジョングは仲間達に呼びかけた。
「お前たち、取り囲めッ!」
ジョングほか、生き残っていた7人にキファニアは取り囲まれてしまった。酷いけがをして気を失っているピピン王子もだ。これはまた別の策を立てねばならぬと思ったその時だ。
遠くから何かが飛んでくる音を聞いてすぐ、自分の背後で爆炎が起こった。オーガ達が前のめりになって突っ伏した。
「助けてくれるのか、『おしゃぶり姫』……!」
『げりべんだるま』と『だいぶへんもの』の旗を立てた荷車に乗った『軍師殿』の姿があった。後ろを押すミツクニュモスと共に、兜と鎖帷子でよろっていた。
荷車の前方には鋼鉄製の大筒が備え付けられていた。荷車の中にはそうしたものが隠されている。彼女は占い師の水晶玉ぐらいの大きさの弾を義手で掴むと、それを大筒の背後の穴に押し込んで角度を変えた。ジョングに狙いを定めていた。
「ていっ!」
どん、という音とともに荷車とミツクニュモスが後ろに跳んだ。弧を描いてひょろひょろひょろと音を立て迫って来るのは爆雷だ。こけおどし程度の威力だが、オーガを吹き飛ばす威力があった。
「カントニアの投擲弾かっ!」
ジョングは振りかぶり、持っていた剣を投げる。空中で爆雷に命中した。爆発が起こった。仲間から替えの太刀を受け取った彼は激怒していた。
「あの投擲兵は何者だ! 小癪なだけでうざったい! おい、あいつから殺してやれ!」
弓矢を持ったオーガ達が矢を番える。『軍師殿』はミツクニュモスに「早く!」と呼びかけると、飛び乗った彼に身体を伏せさせた後、側面にある1本のレバーを引いた。
途端、荷車の前輪が土埃を起こして回転し出す。すごい勢いで後ろへ逃げた。もっとも、舗装の悪い路面のせいでバランスを崩してしまい、荷車は横に倒れてしまった。
「……こけおどしか。まあいい、後でいたぶってやる。若い娘の声のようだったからな」
「……そうもいかねえべえよ?」
ミナッカミニアなまりでキファニアがつぶやいた。その声と共にジョングらの背に悪寒が奔った。凄まじい闘気を感じたからだ。
振り向くと、青く光る『ちんちんつらぬき丸』と曲がりくねった刀身の短刀を持つ『司祭騎士団長』の姿があった。彼は浮遊術式と、パオレッタとマリアがありったけの力を使った風魔法で飛んで来たのだ。
7対1の状況である。『司祭騎士団長』は『おしりぺんぺん』で済ます余裕を捨てていた。
彼の二刀の構えを見て、ジョングは戦慄した。自分達を見ても全く動じていない。多くのオーガを殺した経験がありそうだ。恐怖は武者震えに変わった。
「何者だ! 死にに来たか!」
『ゆうしゃみならい』は答えなかった。剛剣でジョングの左隣にいたカン=インドクの首を一撃で刎ねると、続けて怯えた様子の他のオーガ達に襲い掛かる。
痺れ薬をつけた短刀で相手の皮膚を斬り、何の真似だと思わせて迷いを生じさせた後、右の大業物で
この者は殺す、と思った時の彼の刃には迷いが無かった。『ちんちんつらぬき丸』が正確に、相手の頸椎を両断し、心臓を刺し貫く。きわめて機械的な殺戮であり、屠殺であった。
例え避けても隙を見つけられ、そこを貫かれる。本気になった『司祭騎士団長』の剣の前で、身を防ぐ術など無かった。このオーガ達は、葬られる前の瀕死者そのものだった。
「な、なんという……」
6人のオーガの戦士は3分も経たぬうちに全員が討たれた。カン=インドクの身体からは既に、武者震いは失せて恐怖だけしか残っていなかった。
返り血を浴び、赤く染まった剣と手甲の『司祭騎士団長』は、イナンナの宝剣を突き出してインドクに呼びかけた。
「キファニアどのの代わりに、ダテーゾフの殿様には、拙者が首を献上いたそう」
「……な、何を言っている! わからないな!」
「そなたの仲間に聞いたでござるよ。しかし生きたままの拙者の首でござるよ? ただ、ここにいるオーガどのら全員の首級を添えて、でござるが」
殺す気だ。そう思ったジョングが自分を励ました。他のオーガと比べて段違いに早かった。剣は達人の域にある。
『司祭騎士団長』は相手の自在な刃を、わざと『ちんちんつらぬき丸』で受け流しながら弾いた。相手の剣の重さと速さを確かめる為にだ。ほんの数撃で、どれぐらいの技量かがわかった。
「ダニェルどのとは、遠く及ばぬようでござる」
右横からの一撃が来た時、懐に入り込んで右のツノを掴んだ。。そのまま剣で首をかき切る。ジョングの手の力が抜けた。
「……ふう」
死んだ相手に『司祭騎士団長』は目もくれなかった。キファニアに守られていたピピン王子を抱え、治癒魔法をかけてやる。そこに『軍師殿』とミツクニュモスがやって来て、王子の様子を尋ねた。
「……かなりの深手でござるよ。内臓らしきものも見えたでござる。シャクラに行ったら、安静にせねばならぬでござるな」
とりあえずはエルフ達に頼んでもっと強い治癒術式を施してもらうように頼んだ。ピピンは危ういところにいた。治ってもしばらくは、旅ができないかもしれない。