聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
『司祭騎士団長』達がオダキソフィアに到着したのは、その事件が起きて2日後のことだった。
「近日皇弟宮前の処刑場にて、メルビナ=スガヤツク以下、皇帝陛下の意に逆らった逆臣共を全員斬首刑に処す」
そのお触れを途中の宿で知っていた『ゆうしゃみならい』は、急ぎ皇帝宮に向かった。
宮邸正門にはこの地方では珍しい、武装したムーツのオーガ達が待ち構えていた。およそ50人。三段構えで前列に長槍、中列と後列は弩と投石器具とで構えていた。
「ご乱心なされた皇帝陛下に、一言申しに来たでござる!」
『司祭騎士団長』が呼びかけると、前列のオーガらが槍衾を作った。あくまで行く手を阻むつもりだ。
「……お相手つかまつる!」
『司祭騎士団長』は背後にいたピピン王子から金棒を受け取った。長さ3メートルを超え、重さは20キロを超える大金棒だ。先端に槍穂や薙刀をつけることができる。
しかしやりたいのは、殺戮ではなく撃退だ。長いものをぶん回し、己の馬鹿力を誇示すると突っ込んだ。
「小癪なぁ! 押し返せぇ!」
相手方の指揮官が叫ぶと槍衾が動いた。前列の備えは直線から弓なりとなる。流れを包囲に持っていくつもりであった。
最初の槍と金棒の先端がかち合う。槍穂がはね除けられた。オーガの戦士はその手応えに驚く。まさかニンゲンでここまでの腕力の者がいるとは。
「さっと囲っていてこますべっ!」
オーガたちは脚が早い。たちまち囲まれた。
「殺しちまえっ!」
一斉に槍が繰り出される。『司祭騎士団長』はくるっと回り、大金棒で叩いて跳ね返した。手強いと見た彼らは腕を組み替えて、上段、中段、下段とばらばらに繰り出してくる。
「『軍師殿』!」
そう叫ぶと金棒を捨て、槍を避けながら飛び跳ねた。印を切り、浮遊魔法で上空まであがる。
逃げる気か、と思った彼らは次の瞬間に吹き飛ばされた。『軍師殿』の荷車に備え付けられていた、投擲爆雷が炸裂したのだ。
魔法を封じ込めたものではなく、特殊な火薬を調合して作った、魔法が効かない相手にもいくらか効く代物である。爆発がいささか強烈に過ぎた。
とはいえ頑丈な肉体を持ち、具足で身を包んだオーガ達を殺せなかった。轟音と土煙とでひるませはしたが、彼らの闘志を削ぐまでには至らなかった。
「小癪なやつだべ!」
「爆弾を投げたやつを探せ! まずはそいつから血祭りだぁ!」
「おいこら! 姿をあらわせぇ!」」
しかし呼びかけに答えたのは、爆雷を作って飛ばした『軍師殿』ではなかった。陣形を崩したオーガ達に向かって、前後左右から次々と矢が飛んできた。
オーガ達は悲鳴をあげる。鏃が具足の薄いところを貫通して刺さったからだ。エルフの弓は強弓だ。さらに鏃には即効性の痺れ薬が塗ってある。イナンナ特製の強力なやつだ。オーガ達は恨み言をつぶやいて倒れた。
『司祭騎士団長』らは門をくぐり皇帝宮に殴り込んだ。宮殿を守るツックバーの騎士や兵士は彼の名前と顔と武勇を知っていたから、ろくな抵抗をしなかった。
そして皇帝の部屋。オーダレイオス二世は大きな寝台の上で側室たちの前戯にうつつをぬかしていた。そこに怒りの形相の『ゆうしゃみならい』が突然現れて飛び上がってしまった。
「な、な、なぜお前がここに!」
「陛下のご尊顔を拝謁つかまつりに来ただけでござる! メルビナどのらを打ち首になされようとは、何たる愚かな行いか!」
皇帝の周りの妃らに尋ねる。お諌めなさらなかったのか。
「するわけないじゃない! お諌める必要なんて無いわ!」
「そうよ! オーダレイオス陛下はこの国で一番偉いの! 陛下のご意思は絶対なんだから!」
『司祭騎士団長』は激怒した。側室とは皇帝に直接意見が言えるはずなのに。彼はうち1人を持ち上げた。
「な、なにするのよ、下郎!」
「貴殿らのような薄ら馬鹿は全員、おしりぺんぺんに処すでござる!」
でかい生尻を思い切り引っ叩く。加減もしない打擲は腰の骨にヒビを入れるほどだった。叩かれた側室は親に叱られる小さな子どもの様に思い切り泣きわめいた。
子を生む以外の役目を果たそうとしない愚かな女達へのおぞましい懲罰を見せられ、皇帝はすっかり縮こまってしまった。臀部で内出血を起こしながら、「いだい、いだい……」と泣く妾らに目をそらし、自分の股間に目を合わせ続ける。
「……ぶ、ぶれいものめ」
「その無礼を働かせたのが、陛下の軽率な行いでござるよ」
「余は、誰にも邪魔されぬこの国の帝なのだぞ!」
「あくまで国の中ではということだ、ツックバーの王」
答えたのは入口から姿を現したキファニアだった。実姉に負けぬ『可愛い』という風情は無く威圧感のみが感じられた。『司祭騎士団長』すら冷や汗をかいてしまうほどだ。
「は、話が違う!」
キファニアの姿を見たオーダレイオス二世はびびり散らかし、急速にしぼんだ陰茎から小便をこぼしてしまった。
「お前は……ヌマタラシュクへ向かったのでは無かったのか! これでは計画が台無しだろ!」
「なんだそれは?」
キファニアと彼女の部下が詰め寄り、皇帝は白状した。ウマヤーノにつながるキーヌ大河を渡る船団が、ウツノミーアに寄ったら襲いかかるつもりだったのだ。
「ギタナスの部下がその手筈を整えると聞いた。お前がその船に乗っていれば……」
「ずいぶんと雑な策を考えたようだ。そんなことで私を殺せると思ったか? 甘く見すぎだぞ?」
「だが、『七本槍』のダニェル=イヴァノフがいるのだろう?」
彼頼みの策らしい。キファニアは薄ら笑いを浮かべた。眼の前の皇帝を馬鹿にしきっていたからだ。
「その様な策に乗ると思うか、あいつが? 都合よく考えすぎだぞ。ダニェルはそのような騙し討ちを激しく嫌う男ぞ」
腹に一物ありそうな妻のニナや、狡猾な義弟のヴァシルはそうではないかもしれないが、安易な計略には絶対に乗らないだろう。
「安易な計略に乗ってしまった己を恥じよ、オーダレイオス」
「殺すならさっさとやれ」
「命を奪えと? 大それたことを言う。置物と大差無い者にそうするだけの価値があるとでも? せめて先代の皇帝ぐらいの人物になってからほざいてみよ」
冷たく言い放つと迫った。ウツノミーアの姫を出せ。皇帝は尻を叩かれて涙目の妾達に呼びかけた。
「お前たち、行って連れてこい!」
「で、でもおしりが痛くて、歩けません!」
「うるさい! 這ってでも行けるだろうが! さっさと連れてこい!」
やかましく耳障りな裏返った声と尻の痛みに顔を歪めながら、妾達は何も身に着けぬまま這って廊下へ出ていった。
しばらくすると兵士たちに伴われ、ウツノミーアから嫁いできたという3人の寵姫が入ってきた。皆、乳と尻が立派な、目を見張る美女たちである。
一番真ん中の寵姫が呼びかけてきた。垂れ目がちだが眉がが一直線で上にあがっている。ずいぶんと驕慢そうな顔立ちをしていた。
「あなたたちは何者ですか? 恐れ多くも、皇帝陛下の御前でございますよ?」
ひれ伏しなさい、とキファニア達に呼びかける。よく事情を聞かずにここへ来たようだ。『司祭騎士団長』は念話でカタシナシュフの『女王』に尋ねた。
「この御婦人、ご存知でござるか?」
「顔をあわせたことはねえべえ。けど、知ってる。ウツノミーアの北の大領主、オダクラスキの領主の娘だべえ」
オダクラスキは沿岸部にある。ムーツ大陸との貿易でそこそこ潤っていた。
「……どうして
オダクラスキの姫が声を荒げた。他の2人も『司祭騎士団長』らをにらみつける。キファニアは伏し目がちになり、それから見開いて相手の顔を見た。
「お前たちがか?」
「は? なんのことでしょう?」
「オーダレイオスをそそのかし、クボーニコフとダテーゾフとの密約と、ヒッターチ攻略の軍を興させようとしたのは、お前たちかと尋ねている」
左側の妾が鼻で笑った。帝の側室には預かり知らぬ話よ。他の2人も知らないという態度をとった。
「……あくまでしらをきる、か」
「ハァ? 言いがかりは大概になさいなさいな? 貴方だれ? 何者なの?」
「皇帝からメルビナ第一皇帝妃を斬罪に処すご決心を聞かされた時、どう思ったのかを言え」
ウツノミーアからの妾達は鼻で笑った。名目上の幼い皇帝妃になんの価値がある。斬首されればむしろ、自分たちの位があがるので好都合だと笑った。
彼女たちの何も恐れぬ発言を聞いた皇帝の顔は、血の気が引いて真っ青になっていた。
「お、お、お前たち……」
「どうかなされたのですか、陛下?」
「その女は、エルフは……」
あっという間だった。キファニアの身体から、強い魔力の気配が漂い出したのは。『司祭騎士団長』達が止めに入ろうとしたが、遅かった。
3人の寵姫の身体は一瞬のうちに凍てついてしまった。表面が霜に覆われ、白く映る冷気が漂っていた。もちろん、心臓の鼓動は止まってしまっている。
キファニアは部下達に目配せした。『司祭騎士団長』とオクタヴィアが「待て!」と叫んでも止めなかった。
金色エルフ達は鞘から剣を抜き、凍った3人の首を断ち切った。ごとん、と重い音を立てるかと思いきや、脆いガラス玉の様に砕けてしまった。
オクタヴィアが非難に満ちた視線をキファニアに向ける。
「えげつねえが過ぎるぞ。おまん、そのやり方じゃ人に好かれねえ。いろんな恨みを買っちまうずら」
「これは、見せしめ。為さねばならぬこと……オーダレイオス?」
「……はい」
皇帝は首が無くなった、凍った3体のみを見ていた。
「嫡男に譲位するか私を殺す計画をすすめるか、どちらかを選べ。後者ならそなたの側室達と子どもたち全員を、今すぐ凍らせて同じ目に遭わせる」
「……おやめください。譲位します」
オーダレイオス二世は寝台から降り、キファニアの足元にひざまづいた。彼女が求めていないのに靴に口付ける。絶対的な服従を示しているのだ。
「靴を舐めるのを止め、次やることを申してみよ、オーダレイオス」
「ご、御息女メルビナ様ほか、監禁している者たちの処刑を取りやめ、解放致します」
「その次は、こうされよ。次の皇帝の補佐に、譜代領主全員を指名する。
オーダレイオスは涙を流しながら、キファニアの靴を再びなめ出した。『司祭騎士団長』らはこの皇帝に、かけてやる言葉をすぐには見つけられなかった。