聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
時間軸的には『聖王編』②のイズヴァルトと軍師ローラの出会いの後あたりです。
第五章ですが、トーリとマイヤの子どもたちや、あるいはその関連人物たちが主軸となる展開となります。
ホーデンエーネン王国暦357年11月。
パラッツォ教の教主・コーザ=ストーンマウントは、8名のゴール族の戦士と共にスオニアの地に潜入していた。しかし転移魔法で直接に、という方法ではない。回り道をしての入国だ。
一旦はチンゼーまで飛び、教団に好意的な協力者より客船に乗せてもらった。目的地はスオニア南西部の港湾都市・アカマガ=ナガトラルタル。サイゴークとチンゼー間で最も狭いナガトラルタル海峡に面した街だ。
赤茶けた建物ばかりが並ぶこの街は、サイゴークで最も豊かな港町と言われている。サイゴーク最南端の港であり、サイゴークとチンゼーとの貿易の要地である。そして、マハラ教の総本山に最も近い港町だからだ。
港には、貿易船やキッカワンテスのマハラの総本山に向かう巡礼者達が乗った客船がひっきりなしに入って来た。船に乗った者たちを受け入れる宿屋や食堂がいっぱいあった。賭博場も。
それから、西の港湾通りはどこもかしこも、ひどく淫蕩なにおいを漂わせている。遊女や男娼を扱う店がたくさん並んでいるからだ。チンゼー人は男色家が多い。美少年の尻の穴を処女のごとくありがたる。アカマガ=ナガトラルタルにはスオニア中の美少年が集められていた。
その通りをコーザは8名のゴールの戦士と共に歩いている。彼は少年達を興味深そうに見ていた。身体を売っている少年たちは皆、化粧をして女のドレスのような、ひらひらとした服をまとっていた。
「わかりませんね。なぜ、奥方のような格好をなさるのでしょうか?」
エチウ諸島でも男色はある。しかし一方が『おかま』のように着飾るようなことはしなかった。なぜそこまでするのだろうか。あれでは女性の代理品みたいなものではないでしょうか。教主がつぶやくとゴール族の1人がこう言った。
「女のような格好をさせてケツを掘る、という趣味の奴らが多いんですよ、南サイゴークはね」
「そうなのですか? あれは、『法悦』をもっと深く為すためのものだったのですね」
「ん、まあそういう見方もありますな。教主、スオニアはサイゴークで最も売春宿が多い国、ということを覚えておいてくださいよ」
スオニアにはマハラ教の総本山がある。創造神マハーヴァラとその眷属を崇めるこの宗派は、売春を良きものと肯定していた。売春婦を豊穣の女神・アプサラーの百姉妹の御遣いとして厚遇している。
売春婦達の税金はほんの少しだけ。無償で医療を受けられるよう厚遇されている。但し、1回の稼ぎは安くさせられている。できるだけ多くの相手に『慈愛』が施されるようにだ。スオニアの娼婦たちは社会的には高待遇だが激務で薄給、若くして死ぬ者は多くいた。
それはこの通りに並ぶ『おかま』達もそうである。美しい彼らも老け始める25歳前に引退する。平均寿命は30歳だ。身体を酷使し過ぎて直腸をやられるという。あと、感染症だ。主にチンゼーの厄介な病原菌にかかることが多かった。
「教主、何だか寂しげな目をして見ているようですが、救いたくなりましたか?」
「いえ。私ができることは教え導くことですよ。もし救えるとしたのなら、ほんのひとにぎりしかできませんよ。布教は差し控えましょう」
イナーヴァニアは今、国境付近でサイゴーク諸国との戦闘状態が続いている。敵軍はそれほど多くないから今のところは優勢だが、不気味な情報も得ていた。半ば同盟しているイワッミーが寝返るかもしれない。
今回の戦争を主導しているのは、マハラ教団とスオニアである。それにチンゼーの諸国が賛同して手を貸していた。いわばマハラ教とメシェイド教の同盟軍だ。
司祭騎士団長はそれを止めるためにスオニアに向かった。彼の子を孕んだという『ゴールの姫君』を連れてだ。司祭騎士団長はマハラの総本山にゆかりがある。母親が一時期、『巫女』としていたのだ。そしてその母親こそ大領主・キッカワンテスの一族だった。
「司祭騎士団長殿と我らが『姫君』は、いまだキッカワンテスにとどめ置かれていると聞き及びますが、果たして本当のことでしょうかね?」
ゴールの戦士の1人に言われてコーザは笑ったまま、答えることはできなかった。間諜達からの報告によれば、アカマガ=ナガトラルタルには容易に潜入できるがその先が無理だ。
随所に強力な魔法結界が張られ、洗脳魔法や転移魔法が使えなくなっている。淫魔の魔法がだ。間諜は皆、サキュバスか準じる力を持つ『経典の巫女』であった。何人か捕ってしまったという。
(果たして、私も抜け出せることはできるのでしょうか。)
コーザもまた、その魔道の基本は魔界の淫魔のものである。対淫魔の結界を容易に抜け出せない可能性がある。神聖魔法や精霊魔法も学んでいるが、自分の『基幹』となるものに引きずられ、がんじがらめにされるかもしれない。
(かつての私であれば。そうは思わなかったかもしれませんね。)
彼は感じてわきまえていた。今も女信徒を悦ばせ続けている『聖根』は無敵だが、魔の力は全盛期の半分も無かった。いや、今では5分の1以下にまで減じていることだろう。
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理由はわかっていた。コーザはホーデンエーネンに現れた『ナントブルグの女王』に情を与え過ぎてしまったのだ。会う度に陰嚢を絞り尽くすようなセックスをした。文字通り枯れ果てるまでだった。それぐらいトーリの身体は魅力的だった。吸精に適した肉体だった。
いいや、身体だけではない。彼女の才、いや、『魔族』としての彼女は上位の存在だった。それへの絶体的な崇拝。コーザが目に入れたいほど可愛く思え、ずっと『聖根』を挿れてあげたい『触手姫』と同じく、トーリに自分の力を捧げたかった。
彼はいずれ、目覚めたトーリがこの世界を導く『現人神』になるのではないかと考えていた。彼女が作り出す世界はパラッツォの教義に一番近いものになるかもしれない。そう信じたから彼女と『法悦』を為した。繰り返した。
そうした交合には魔力の吸い出し、つまりはエナジードレインが伴っていた。彼は『聖根』から繰り返し吹き出させる『聖液』を通して、トーリに己の魔力を与えすぎてしまった。そのせいで、彼の魔力は全盛期の5分の1以下にまで落ち込んでしまった。いまだにそこまで回復できないでいる。
『法悦』の相手を挿れただけで絶頂させ、一往復するたびに2回のエクスタシーをもたらす超大かつ強靭な『聖根』と、その『法悦』で必ず妊娠させる『聖液』は相変わらずだが、魔力は衰えてしまった。けれども彼は退くことはできなかった。
(私の戦いは、まだ終われません。しかし。)
心は傾きかけている。父が夢見ていた楽園の世界を築くことから、この世の真理を解き明かす生き方をしたい。真理を目指すというのは神への愛を知る旅に出ることだ。
かすかだが、コーザは10年前にあった、神との『対話』の時に見た光景を覚えていた。
『最後の我が子』となる息子とともに、最も深くて長い、神との対話を行う術を探す旅と、教義の深化を為す学問を続ける日々を送る。その果てに、結実させた『教義』を子息に託し、魔界へと帰らぬ旅に出るのだ。母に会うために。
実のところ、この淫教の聖なる王は倦み始めていた。生と世俗に。1億を超える人口を抱える島嶼の真なる支配者であり、使い切れないほどの富を得ていた彼は、魂を次のステージに向かわせたかった。その第一段階が『隠居』であった。
聖なる淫王はそれを遂げるために、世俗と聖界に後継者を名指ししていた。世俗は教団の守り手となりうる、司祭騎士団長と転生人の魂を持つゴールの娘。聖なる世界では枢機卿らともう1人の、『淫魔の女王の血を継ぐ姫』だ。
けれども『淫魔の姫』は行方をくらましてしまった。彼女を迎えればパラッツォ教は新たな段階にあがるだろうと思っていたのに。
(マイヤ=カツランダルクさん。是が非でも、貴方に教団を任せてみたいと望んでおりましたが……)
絶望はしていないけれども期待はできないかもしれない。心の中でそう悩みつつ、彼と付き従う8人のゴール人達は、キッカワンテスの地へと足を踏み入れた。
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スオニア王国キッカワンテス大公領。ホーデンエーネン王国暦357年11月時点での当主はイズヴァルトの母の妹、キャルベロナ=ヴェロニカ=キッカワンテスである。歳は聖騎士の母の1つ下だ。
キャルベロナは、スオニアで一番美しい貴婦人と言われていた。キッカワンテスの一族の祖先となった白色エルフと同じく、つややかな銀色の髪の美女であると。名高かった。
キッカワンテス家は代々女が当主となる。彼女たちは病気知らずで長命になることでも有名だ。だが、キャルベロナは違った。この時死病に冒されていた。
キッカワンテス大公家の屋敷の当主の寝室で、彼女は寝台に横たわったまま、か細い声でうめき声をあげていた。歳は40を少し過ぎたばかりだが、顔も身体も90を超える老婆の様に枯れて、顔色が悪かった。
「うあ。あああ……だれか」
病人に枕元で看病していた若い娘が呼びかけた。
「お母様。サマリーノならここにおりますわ」
サマリーノ=ヴェロニカ=キッカワンテス。キャルベロナの長女である。別名をサマリーノ=セニカ=キッカワンテス。セニカというミドルネームは、かの大公家のたった一人の女子にのみにつけられるしきたりだ。
本当ならばこのキャルベロナには、次女のセーニャと三女のシルヴィアというのがいた。しかし2人とも5つになる前に卒した。キャルベロナの子は、サマリーノだけしか残らなかった。
「その声はサマリーノかい?」
「そうですよ。私の顔をよく見てください」
「もう、見えない。わからない……」
顔を向けずに天井をまっすぐ見る母を見て、サマリーノは悲しそうに大きくなった腹をさすった。20歳になる彼女は妊娠していた。スオニア王家から迎えた夫との間の子である。のちにジェニス=セニカ=キッカワンテスと呼ばれる女大公となる胎児だ。
「サマリーノ、イズヴァルトをセーニャねえさまを呼んできておくれ。伝えたいことがあるの……」
「何をです、お母様?」
「ねえさまに大公の位を……キッカワンテスの、次の……」
サマリーノは耳を疑った。スオニアを捨てた叔母を次の大公位に就けろだと?
「お母様、セーニャおばさまはホーデンエーネンにいらっしゃいますわ?」
「呼んできてほしいの……それと、イズヴァルトは……」
貴方のお腹の子の夫にしなさい。それこそ耳を疑うべきことだった。寄りにもよって外国にいる年の離れたいとこを。サマリーノは理由を問いただした。
「ねえさまは……キッカワンテスの由緒正しき血を……最も強く継いでいるの……」
黒髪で産まれた『忌み子』であったが、当主が代々得るはずの魔力と健康な体を、セシリア=セーニャは受け継いでいる。巫女としてたくさんの男の欲を受け、イズヴァルトの前に3人の子を産み、今もなお30代ぐらいにしか見えない女こそ、この大公家の次の当主にふさわしいとキャルベロナは言った。
「では、イズヴァルトは? どうして私のお腹の赤ちゃんの夫になさろうと?」
「それが私と、あなたの血を後世まで伝えるのに必要だと思ったからよ……サマリーノ。私はもう長くはない。そして貴方も……」
キャルベロナは目を閉じ、まぶたの裏でその光景を見ていた。キッカワンテスの当主が扱うことができると噂されている、予見の力によるものだ。
娘が自分と同じ歳ぐらいに死病に取りつかれて帰らぬ人になる。未来の話となるが事実、サマリーノはそうなった。この日から18年後に彼女は、病弱な息子と夫を同時に失って悲嘆にくれる、娘のジェニスを憂いながら死ぬ運命にあるのだ。最期の時を迎えようとしている母が寝ている、このベッドの上で。