聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
「教主殿、ここの空気はあまりにも重すぎる。頼むから館の……できれば、城下町の外で待っているように命じてくれないか?」
キッカワンテス領主の館の門をくぐった途端、ゴール族のうち1人の男がコーザにせがんだ。無理もない。エルフとドワーフの手による結界は、この種族にとっては殺しにかかる罠といってもいいくらいだ。ゴール族は先回りされて設けられた罠と言うものに滅法弱い体質だった。
「致し方ないでしょう。マグリビー様、お願いできませんか?」
「フン。貴様ならオーガの護衛を連れて来れただろうに。なにゆえゴールなのだ?」
確かにそうである。パラッツォ教団は200名ほどのオーガの傭兵を擁している。しかし彼等はクボーニコフとの戦いにまわしていた。エチゴニアを奪い返すに激戦を繰り広げている頃だろう。
ゴール達を連れて来たのは、彼等の『姫様』がここにいると聞いたからだ。是非ともヘラ様を俺達で迎えたい。しかし、とうとう身体に限界が来てしまったのだ。食人をすっかりやめて久しいが、そのせいか気力や体力が衰えているようだ。これ以上進めば気を失ったり、はたまた心臓発作を起こす者も出て来るだろう。
「イズヴァルトさんがお連れになった、ヘラという名の娘さんが関係しているのですよ」
「やや子で腹を大きく膨らませていたあの小娘だな。イズヴァルト殿の子だと聞いた。そうであればキッカワンテス家の血筋にあたる。ヴェロニカ様の養子にできぬか?」
「申し訳ございません。ヘラさんとイズヴァルトさんのお子は、教団にとって大切な宝となりますから。2人目ができたら考えてもかまいませんが……和平をお望みでございましたら快くお引き受けいたしましょう」
「フン……大きく出たな」
この話はまたの機会だとマグリビーは返した。イズヴァルトとヘラの子では釣り合わないという意味が含まれていた。彼は部下に命じてゴール達を館の外に連れ出してやった。
キッカワンテス家の館は三階建てで、真ん中が中庭となって空いている正四角形の白亜の屋敷だ。東西南北に物見塔を配し、その周囲は二重の水掘を巡らせている。城壁都市の中のちょっとした城だ。その北にマハラの総本山と門前町があった。
「立派なお屋敷ですね。カナザワース公家の館に匹敵する大きさです」
「キッカワンテスのお館がエチウの貧しい大公家のと同じぐらいか。あちらは土地ばかりは余っていることだろう」
「我々はそれに手を入れて総本山といたしております。もとはエチゴニアのハルヒアトゥントゥリでしたが」
ハルヒアトゥントゥリもまた、かつてあったエチゴニア大公家の城があった。パラッツォ教は改修して伽藍に仕立てた。1つの山をまるごと城にしたそちらのほうが敷地は広かったが、コーザは拡張性を考えてカナザワースに移転させた。ハルヒアトゥントゥリは狭い盆地の中にあり、大きな門前町を為せなかったからだ。
「ところで、イズヴァルトさんとヘラさんは、マハラのお山におられるのでしょうか?」
「全てヴェロニカ様がお話になられることだ。儂からは答えるつもりはない」
マグリビーは冷淡な態度を崩さなかった。イズヴァルトのことはすべて領主に聞け。致し方ないことだと思いながらコーザは彼と共に屋敷の玄関の扉の前に立った。鉄板を張り精巧な装飾をつけた豪華な扉だった。
「キッカワンテス公、コーザ=ストーンマウントを連れてまいりましたぞ!」
呼びかけると扉が開いた。たくましい剣士2人と数名の侍女を引き連れて現れたのは、身重の若い女だった。170ほどの背丈でほれぼれするような白い肌の美人である。エメラルドグリーンの瞳と白銀の髪は、まるでカントニアの白エルフのようだった。それと、乳房がとても大きい。服の上から強く自己主張していた。
キッカワンテスの跡継ぎであるサマリーノ=セニカ=キッカワンテスだ。彼女はコーザの顔と身体を見るなり、そっと頬を赤らめた。それからしばらくして下腹と股に疼きを覚えた。髪をまとめて1つに結えた奇妙な髪形をしているが、容貌魁偉な美男であり伝説的なサキュバスの息子である。身体から漂う香気を嗅いで欲情せぬ女はいないだろう。
「マグリビー僧官長さま。ごきげんうるわしゅう。そのお方がパラッツォ教のコーザ=ストーンマウントさまなのですね?」
「さよう、サマリーノ嬢。一時期マハラのお山で司祭僧デュシャン様の教えを受けた、私の弟弟子でもある……こいつに礼は尽くさなくてもよい。マハラを裏切った背教者でもあるのだからな」
デュシャンは今から120年近く前のニンゲンの僧侶だ。もうこの世にいない。コーザが一礼して前に進み出ると、サマリーノはますます心を時めかせてしまった。この男がエチウ諸島をまとめる魅力を持っているのがよくわかる。顔を合わせて話したこともあるイズヴァルトに比べ、はるかに頼りになるだろうとも思えた。
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「イズヴァルトさんは、もうこのスオニアにはいらっしゃいませんよ……」
侍女らに助け起こされたキャルベロナ=ヴェロニカ=キッカワンテスは、コーザの目を見ながらそう答えた。重い病で既に死が近づいている彼女は老婆のようにしわくちゃだった。銀色の髪もエルフの血が流れているからとかいうのではなく、老いさらばえた者が生やす精気を失くしたものと一緒だった。
「そうですか……では、今はどこに?」
「あの子は元々の『信仰』と共に向かいました。どこだかはわかりません。ホーデンエーネンか、カントニアか、私に告げずに出て行ってしまいましたから……」
その『信仰』とやらが何なのかについて、コーザはなんとなくわかっていた。このスオニアに現れたのだ。多分、影で支えてくれる誰かが連れて来たのだろう。パラッツォの教えではあの男を導けなかった。いや、そもそも反発していた。教えではなく広めるやり方にだったが。
(やはり、あの者をつなぎとめるには元から王道をゆくべきでしたか。)
今更反省しても遅い。とりあえずはどこに向かったのかを探らなくては。消息を知りたいもう1人について尋ねた。
「ヘラ……あのお腹を大きくした女の子ですね。ゴール族の」
「その中にはイズヴァルトさんとの子がいるはずです。ヘラさんは教団の未来に必要な方。せめて彼女の居場所だけでも知りたいのですが」
「イズヴァルトさんと一緒に向かわれましたから、多分今もそうなのでしょう。しかしあの子は……」
どうもいびつに育った感じがする。キャルベロナはそうつぶやいてコーザを見つめた。
「跡取りとして育つように、父親のように接してあげたのですか?」
「もちろんですが……パラッツォの教えに沿った育て方をしておりました。それが何か悪かったのでしょうか?」
「何とも言えません。帝王学を学ぶ子は人とは違う生き方をせざるを得ないもの。であれば多少の歪みは仕方がないことなのでしょう。ですが、ヘラさんは少し、不安です」
今はそう見えないが、何かのきっかけで大きく変わるかもしれない。悪い方向に。キャルベロナは激しく咳き込んだ。侍女とサマリーノが介抱するとコーザが近づいて彼女の胸に掌を当てた。医療魔法の淡い光が放たれると、コーザはためいきをついた。
「……肺の腫瘍ですね。取り返しが付かないぐらいに広がっている。全身への転移も為されているでしょう」
「おわかりなのですか、お母さまの病気が?」
「ただこれは魔界の魔族の魔法。他の人はなかなか使えませんよ。領主様は10年も前から病んでいた様です。あと5年か6年、気づくのが早ければイーガの医療魔道士でも治せたかもしれませんね」
サイゴークはあまり、医療魔道が発展していない。それよりもこの領主の身体だ。エルフの血は確かに病に抗って、病の強さにしては進行を止めてくれている。が、こんなにも脆いとは想像もつかなかった。特に伝説的な人物の子孫のはずだ。例え数世代経ても身体は頑健でいつまでも若々しく、病知らずであるべきはずなのだが。
(多分、お姉さんに良い遺伝を奪われたのかもしれません。黒髪の『忌み子』に与えられてしまった。そういうことですか……)
この女領主とあの娘との姿がだぶって見えてしまう。しかしあの人物も、話を集めるとあと10年も生きられぬ身体らしい。けれどもそれはあくまで『見立て』だ。これからどうなるかわからない。運命を切り開ける気力も持っていそうだ。
それに比してキッカワンテスの女領主にはもう、生き抜く力は残されていなかった。コーザとのこの会話の翌朝に息を引き取った。コーザはこの屋敷にとどめ置かれる事となった。新しい領主となった身重のサマリーノに、いろいろと相談したいと持ち掛けられたからである。