聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
アプサラーの百姉妹のうち1人、女神ガンガは水の神でもあった。ゆえに、彼女を祀る神殿は大抵、水辺にあった。川や池の近く。あるいは井戸が豊富にある土地など。
マハラの総本山の神殿もそうであった。地下に水脈があった。マハラ総本山の裏手にある、小さな滝の水源だ。
余計な話であるが、地下から地上へ出る岩の裂け目は女陰の形にそっくりだった。ゆえにその滝は古くから、『ガンガ神のおしっこ』と呼ばれている。
周囲は水が豊富。これはある魔界の種族にとって、絶好の環境でもあった。その一族は池や川や地下水だけでなく、温泉や海のようなまじりっけのある水であっても良かった。人の形をしたスライムのような、水魔族がそれだ。
そして『水魔』の中で最も高位の一族の1人が、このガンガ神殿の入口付近の広場にいた。マハラ本山に仕える4人の稚児に担がせた輿の上で、神殿と明けゆく空をにらみながらその時を伺っていたのである。
肩出しのワンピースだけをまとった、ぷるんぷるんとしたちっこい生き物が立つ輿を取り巻く様に、40名近い鎧姿のドワーフ達が武器を持って構えている。斧や鉄槌やランスなど、それぞれの得意な近接武器だ。
しかしごく少数は、弩や鉄砲を携えていた。鉄砲は火薬を使わず、炸裂魔法で弾丸を飛ばすという、ドワーフの改造が施されたものである。亜人たちで器用なのは、『マイア=テクニカ』の製品が使いづらいと感じて勝手に改造している者ばかりいた。それを売って商売をしないのは、もともとが豊かで余計な金儲けをしなくてもいいご身分だからである。
そのドワーフのうち1人、イワッミーのダレンが輿の上のちっこいのに呼びかける。
「触手姫さま、そろそろええか? いつまでもこうしておると気づかれて逃げられるかもしれんぞ?」
「コーザちんはまだ神殿の中でち」
輿の上のちっこいのは『触手姫』のブランカだった。そして彼女が今、成そうしていることはかねてから計画していたことであった。
「となればあっちを包囲している衆が動く前に、じゃな」
「そういうことでち! 時は、今でち!」
いきなり突入はしない。まずは『先手組』に大いに働いてもらうのだ。触手姫が念じ、身体の表面が少しだけ紅く光ると作戦が始まった。
ガンガ神殿の周囲に変化が起きた。いくつもぼこぼこと盛りあがりが起きたのだ。10や20という数ではない。100以上だ。
その盛り上がりからいきなり、にょろん、となにかが伸び出てきた。水色がかった半透明の巨大な、いそぎんちゃくの様な生き物。触手だ。
この時イブン=マグリビーは、ブランカがいる反対側のところにいた。彼女の作戦に加わっていたのだ。他の高僧たちから要請を受けたからである。かつての学友と戦うハメとなるが、パラッツォ教とは戦争の真っ最中だから、頭を切り替えなければならない。
「……これが、触手姫の本気というものか」
凄まじい魔力を感じていた。腹に来るぐらいのプレッシャーを与える魔力だ。
(……これが魔界の大貴族の本気か。いや、こんな時のために毎日来られたのだ。触手姫様は。)
お山全体の防御結界を増強しただけでなかった。ブランカの魔法をより強くするための術式も加えたのだ。しかしその増幅の仕掛けを抜きにしても、ブランカの魔力は凄まじい。
10メートル以上も伸びてうねうねとしながら立っていた触手たちは、その先を一斉に神殿に向けた、出入り口や風穴に飛び込んだ。それを見たラジニカントがにやりと笑う。
「ぎょうさんおったんじゃ、コーザもひとたまりないじゃろう。儂らの仕事は無さそうじゃな?」
「それは甘く見すぎでち。あのばかたれには、これでも足りないぐらいでちよ」
ブランカが皆に呼びかけた。進め。コーザが触手達から逃れたところを叩くのだ。絡め取られて身動きができないと思ってはいけない。なぜならあの男は、この世界で唯一『魔王』と称せるほどの怪物だからだ。
□ □ □ □ □
「ひあああーっ♡ ひゃあーっ♡」
「にゃ♡ にゃにこれ♡ これがあのうわさの……♡」
「しょ、しょくしゅぅ♡ ぐちゅぐちゅしゃれて、イキしにしょうっ♡」
同衾して一緒の部屋で寝ていたミレーナらが、突如入り込んできた透明の触手らに全身を絡め取られ、乳房や秘部をまさぐられながら叫んでいた。
昨晩コーザにたっぷりとクンニリングスを受けた彼女たちのヴァギナは、温かい分泌液をにじませながら挿入の快楽を与えてくれる造魔達の侵入に喜んでいた。
アヌスもだ。触手らは糞穴の奥に詰まっていた糞便を吸い込み、自分の体に取り入れて分解していた。異物を排泄した内臓を容赦なく愛撫する。触手の胴体に生えた細かい繊毛で皺穴の周囲を撫でながらだ。
「おわああ♡ おわああああ♡」
ミレーナはよだれを垂らしながら叫び続ける。そのうちに膣に侵入していた触手の身体に小さなのが生え、彼女の尿口に侵入した。触手は捕まえた相手に容赦しない。人の穴がもたらす快楽の、限界まで引き出すのだ。
それを見ていたコーザは、激しく興奮していた。全裸にサンダル履きといった格好の彼は、『聖根』を著しく勃起させていた。70センチ近くにまで達していた。
彼女たちを見て欲情していたわけではない。呼吸を落ち着かせないほど次々と新手を繰り出してくる触手達にである。いや、それをもたらした者に。
(なんと、すばらしい……これが触手姫さんの本当の力、ですか。)
『聖液』がせりあがってしまい、鈴口から思わずたれてしまう。ミレーナたちは法悦にあえいでいる。助けるべきではないと断じた。捕らえられて触手達に搾り取られ、ブランカに会うチャンスを作ったほうがいいだろうか?
(いや、マハラ教が絡んでいるとなれば、そうはなりませんね。)
触手達の襲撃をかわし続けていた彼は、決断の材料を求めようと試してみた。右の片腹にあと5センチのところに迫っていた触手の先端を受け止めようとした。捕らえて身体を貪るなら巻き付くはずだ。
その先端は彼の皮膚に接する間際で先を平たくした。硬度を増す術式が加えられた。右腹を殴られた。凄まじい力も加えられていてコーザは壁に叩きつけられた。
(やはり、ここで決着をつけるつもりのようですね。)
コーザは起き上がった。血を流していないし内出血も無かった。彼の身体の治癒力は魔界の大貴族のものと同等だ。それに、回復術式にかけては雑魚ではない、サキュバスの血が流れている。史上きっての大天才と言われた、大淫婦クラリスが母だ。
触手たちが再び襲いかかってきた。今度は休む暇も無い。追撃をかわしながら、彼は祭壇の部屋へ逃げ、そこから外に出ようとした。その出口付近で凄まじい闘気と殺気を感じた。どうやら備えは二重にあったらしい。
40名ものドワーフ達。その最先手はモノノベダールのラジニカントだ。彼は大鉄槌を片手に持ち、鞭のように振り回す。そのたびに起こる凄まじい風に、コーザは舌を巻いた。
ラジニカントだけではない。他のドワーフや触手達も攻めてきた。彼らは同士討ちにならないように間隔を空け、1人がうちかかって退いたら別のが前に出るという、波状攻撃でコーザに襲いかかった。触手達のみの攻撃よりやりづらい。
だが、2メートルにも及ぶ巨体にも関わらず、コーザは猛撃を避け続ける。ラジニカントらの動きがもっと早くなった。限界だ、とコーザは思った時、背中に強い一撃を加えられた。浅いが彼を斬った男が喜びの声をあげる。
「やったぞう!」
よろめくコーザの脳天に向けて鉄槌を振り下ろしながら、後ろの男に向けてラジニカントが一喝した。
「まだ早いちや!」
こやつは魔族。ラジニカントは必殺の一撃をコーザが避けたのを見て思った。自分たちよりも動きが早い。オーガの熟練戦士を超える程だ。しかも背中から出た血はすぐに消えていた。傷口も。とんでもない治癒能力である。脊髄や神経もあっという間に全快だろう。
「なかなかに苦しいですね」
コーザは苦しかったがその声は涼やかに聞こえた。彼の背中を斬ったドワーフが激昂してもう一度斬りかかる。が、彼のその構えには隙があった。教主は宙返りをして一撃を避け、ドワーフの右肩に蹴りを食らわせた。
「あぐわっ!」
身体が崩れた。コーザは出口から逆方向へ走っていった。ラジニカントが外に向けて叫んだ。
「窓から出るつもりじゃぞ!」
コーザは触手達の追撃をかいくぐりながら、祭壇の後ろ側にある部屋に入った。そこに格子やはめガラスが無い窓枠があった。身体に勢いをつけ、触手達を払い除けて飛び出した。外に出たが次々となにかが飛来して土や石壁を穿つ音が聞こえた。鉄砲の弾丸だ。
(火薬の爆ぜる音がしない……改造銃ですね。)
発砲音のしない鉄砲は厄介だ。身構えさせてくれる知らせが無いからだ。そのうちの1発が右肩にあたった。治癒のちからが働き、弾丸が排出される。銃弾は間断なく飛んでくる。雑木林まで転がり続けた。
起き上がったコーザは、土だらけになった身体を払いながら後悔した。熱狂的な『崇拝』のせいで大きな隙を見せてしまった。今持っている力は、かつての5分の1ぐらいにまで減じていたことをすっかり忘れてしまった。自重せねば。
(これで、マハラ教とも対決せねばならないでしょう。それと……。)
屹立はそのままだ。硬直し続け、またも『聖液』がちょろっとこぼれていた。
(ブランカさんに一目会いたかったのですが……致し方ありませんね。)
とりあえずお山を出ねばならない。そういえば、と思い出す。このあたりに地下水脈があったはず。それと、ブランカの魔法があれほどまで強力になっていたのは。
(と、なれば。この魔法はいかがでしょう?)
コーザは右掌からそれを出した。半透明で水色の、にょろりとしたそれは、彼がブランカから習得した触手魔法だった。
読みは当たっていた。ブランカは自分自身の魔力にではなく、水魔の魔法を増幅する術式をかけていたのだ。さもなければコーザは呼び出せないままだ。
触手達は急激に伸びていった。土の中に突き刺さる。追っ手が入って来る前に探り出した。この真下がそうだった。
(ガンガさまのおしっこ口へ……そこからなら、出られたはずです。)
コーザの足元が陥没した。その10メートル下には激しく流れる川があった。清冽な地下水の中に飛び込んだコーザは、作り出した触手達に筏を作らせ流れに身を任せた。
『ガンガ神のおしっこ』だが、流れ落ちるその先は、マハラ本山の北側だ。この山の北側はほとんどが断崖絶壁である。
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勢いよく滝壺に落ちたコーザは、浮かび上がると何者かに腕を引っ張られた。小さな手だと思い見上げると、イブン=マグリビーの姿があった。
「……貴方には、お見通しだったようですね?」
「フン。120年前、儂とお前はここで一緒に遊んでおったのを忘れておらぬか?」
イブンとコーザの若い時代の話だ。このゴブリンの血が混じった高僧以外、ここには誰もいなかった。
「私を罠にはめて殺すつもりだったのでは?」
「そいつは他の神官僧どもの意向じゃよ。儂はなあ、誰よりも優秀で女にモテモテな、お前のことが嫌いなだけじゃ」
しかし、少ない余生をパラッツォ教との戦争に肩入れしたくはない。マグリビーはそう言った。残りの人生ぐらいのんびりと過ごさせろ。
「残り少ない、ですか。貴方はあと50年は生きられると見立てておりましたが……」
「フン。お前はとっくに見破っておったろうに? 儂はあと5年のうちに輪廻の理に従う。お前のうさんくさい『王道楽土』を見ずして死ぬわけじゃ。せいせいするわい」
イブンは、コーザの股間を見ながら笑う。勃起は収まっていた。触手姫と戦うことで『熱狂』を満たせたのだろう。コーザはガンガ神殿でブランカを間近に感じ取れたはずだ。セックスを伴わない『法悦』を為したのだろうと思った。
「コーザ、お前の供たちも呼んでおいた。密使を送ってな。近くまで来てもらっておる」
「しかし、しばらくは転移魔法が使えないですから、ここから切り抜けるのは難しいでしょうね」
「……だったら飛べば良い、とお前の連れは言いたそうじゃぞ?」
イブンは北の空を指さした。20や30に及ぶ、空を飛ぶなにかが見えた。それら全てが、豊満な四肢をローブにまとう、背に翼が生えた女だった。いや、関節部分にカラクリの機構があった。生きている人ではなく人形だ。
「あれは、『黙示録の騎士』ですね」
「あの有翼人……のからくりをそう呼ぶのじゃな」
「教団の枢機卿が開発しているものです。ここまで運んできたのは……」
「タカミ=ジュンと名乗っておった。マハラ教に欲しいと思える様な若者と思ったよ。コーザ、よいか」
マグリビーは言った。最後の別れの言葉としてだ。
「スオニアには戻って来るな……イズヴァルトと一緒に来るまではのう。キッカワンテスの『若様』が隣におれば、マハラの連中は手出しせまい。ましてや触手姫様もじゃ」
『黙示録の騎士』と、一緒に飛んでいたタカミ=ジュンが降り立った。こちらにやってくるのを目にしながら、イブンは続けて言った。
「あと、儂が生きている間はこっちに来るな。面倒事に巻き込まれるのはごめんじゃ。晩年はひっそりと過ごしたい」
「ふふ。そうでしたね。貴方の歳を考えておりませんでした」
コーザはイブンと固く握手すると、その場を去った。こうなった以上はマハラ教団との和平は難しい。イズヴァルトやヘラにも会えず、触手姫のブランカに想いを遂げることができなかったコーザは、顔には出さなかったが悔しくてならなかった。
マハラの本山での一連の出来事は、魔王と呼ばれた男の、人生の黄昏時に向かう最初のエピソードである。