聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
時系列的にはマイヤがさらわれた後となります。
ホーデンエーネン王国暦358年の1月のことだ。
ナーガハーマ市の北にある河畔の別荘で、オルフレッド=カツランダルクは、腹が大きくなった妻のハンナに紙切れを寄越した。
「……これは?」
「セイン国王陛下にいただいた、正式な離縁の書状だよ」
それにはこう書かれていた。実のおじと不義の子を孕んだ女を、俺の甥の嫁にしてやる義理はねえんだ。さっさと身を引け。
「……随分と乱暴な書状ね?」
「王様はそういう人なんだよ。ハンナ、別れてくれないか?」
オルフレッドは妻の腹を見て、きわめて冷淡な調子でそう言った。
「お前は僕のおかあさんにはなれなかった。違う男の子を孕んだだけで、もう資格を失っちゃったんだ。それだけだよ」
「ルッソおとうさまだったら、そんなこと絶対に言わないでしょうね?」
「……父さんのことを口にするな。どうせなら、お腹の子がルッソ父さんのだったら、まだ……」
まだ理解ができたかもしれない。しかしハンナの叔父では許せなかった。彼女を弄んでいたのに、しれっとした様子で手紙一つ寄越さない。薄情者の胤で孕んで、どうして満ち足りた顔をしたりするんだ、この女は?
「わかったわ。オルフレッド。離縁するわ」
ハンナは冷静だった。無理もない。不義の子を孕んでしまった自分が悪いのだから。オルフレッドは叔父の子だと疑っているようだが、彼女はなんとなくだが父親が誰かわかっていた。王弟のジューンショーンだろう。
「荷物もまとめるから。ナーガハーマはアスカウよりずっと寒いから、身体に気を付けてね?」
支度をしたいから、と言ってハンナは侍女らと共に出て行った。オルフレッドは国王にあてる手紙を書き始めた。正式な離婚が決まった。
「ついては僕に、ナーガハーマ駐在の近衛騎士団の指揮権をお与えください。しばらくはナーガハーマで暮らしてみようかと願っております……と」
その1か月後に彼は近衛騎士団の、団長補佐の役に任じられた。最初の任務が言い渡された。クボーニコフと戦争の真っ最中であるパラッツォ教団の『義勇軍』の救援に向かってくれ。場所はナオエニア島だ。
□ □ □ □ □
ナオエニア島。イズヴァルトとドワーフのトールキンが守り、鉄砲の生産地となったそこは、相も変わらず激しい防衛戦が繰り広げられていた。
島を守る一番の護り手は、『義勇軍』の中で最強の狙撃手と言われたヴォルフ=ラングレン。イズヴァルトと同い年だ。王国が教団と戦っていた頃は、凄腕の少年射手としてアヅチハーゲン一帯で評判となっていた。
オルフレッドとヴォルフが最初に会ったのは、ナオエニア城の門前だった。ひどく陰気な顔つきの彼を見て、オルフレッドは好きになれそうにない、とみた。
「初めまして、オルフレッド様」
11歳年上のヴォルフから握手を求められた。オルフレッドは無視して戦況を尋ねた。ヴォルフはひどくぶっきらぼうな言い方で答えた。
「来たら撃って退ける。その繰り返しですよ」
「それじゃわからない。詳しく聞かせて欲しい」
「督戦にこれまでの記録を見せてもらえばいいじゃないですか。俺はまた、持ち場に戻ります」
会釈もせずにヴォルフは去って行ってしまった。なんて無礼な奴だとオルフレッドは思った。
(こっちは貴族なんだぞ。)
しかしヴォルフの出自を聞いて考えを改めることにした。そもそもはナオエニアの武将の一家の出らしい。ゴブリンの血が流れているとも。
(そうか、貴族か。だったら気にすることも無いな。)
夕方、ヴォルフが戻って来るとオルフレッドは彼に握手を求めた。戦いを終えた彼は疲れた顔をあげて彼に見せた。
「……どうしたんです?」
「君がナオエニアの武将の出自だと知らなかったんだ。しかもこの島の英雄だと! 昼間は僕が悪かった。謝るよ」
オルフレッドは頭を下げた。さあ、握手を。しかしヴォルフは右手を取らなかった。この少年武将にひどく失望していた。
「あんたの手を握るつもりは無いよ」
「?」
「俺の正体を知っておもねってきたからだ。家柄のことなんて正直いって、どうでもいい」
ヴォルフはオルフレッドに、ひどく冷めた笑みを向けた。嘲りに満ちていた。
「残念だ。でも、ほっとしている」
オルフレッドは脳髄が痺れてしまった。もっと追い打ちをかける言葉が、ヴォルフの口から放たれた。
「イズヴァルトさんの息子さんだと聞いたことがあるが、どうも違うようだ。あんたみたいなのがあの『男の中の男』の倅なわけがない。ルッソという人やトーリ姫も、良き人物だったと聞いている。あんた、本当にその方々の息子なのか? 俺には信じられん」
命令以外でもう話す事は無い。ヴォルフはそのまま去って行った。オルフレッドは立ち尽くしていた。自分を悪く言われたからではない。
(俺が……イズヴァルトさんの倅だって……?)
初めて聞く『噂』だった。
□ □ □ □ □
その話は昔からあったようだ。大体、オルフレッドはルッソと比べ、体格が立派過ぎる。身長はすでに180あり、体重も骨と筋肉の重みで目方があるほうだ。
母親のトーリは女としては背が高いほうだったが、それでも165には届かない。ルッソは170あるか無いかぐらいだが、問題は骨格だった。オルフレッドはあまりにも頑丈に過ぎた。12歳の頃のトーリの『セフレ』に、その様な大柄な男は見当たらない。
となれば、オルフレッドが母の子宮に宿った頃に村に滞在していた、イズヴァルトが父親である説のほうが信頼できるだろう。オルフレッドは遺伝子検査を受け、本人には知らされていないがイズヴァルトの子だということが判明していた。
この話は、国王セインと王弟のジューンショーン。それから一部の廷臣や貴族たちは知っていた。ただし、これもオルフレッドには知られぬよう、箝口令が敷かれていた。
育ての父のルッソと、シギサンシュタウフェン公夫妻は勘づいていた。けれども公の夫妻は言わなかったし、ルッソに至っては、
「トーリが秘密を抱え、昏い感情を抱いているところがエロくてたまらない」
という人でなしの嗜好でもって肯定的だった。ちなみにだがルッソは『寝取らせ』が大好き。旅人やアスカウ村駐屯の兵士達に、トーリとの浮気の『斡旋』もしていたくらいだ。彼らやイズヴァルトと、妻が浮気するところを楽しんで見ていた。
しかし、箝口令などがあっても、表舞台に立ってしまったオルフレッドは、人々から色々と噂されるようになった。
「アスカウ公様のご嫡男、何だかイズヴァルトさんに似てなくね?」
「ルッソさんに比べてものすごくいかつくて美男子だよな。顔はトーリ様に近いが、どうにもイズヴァルトさんにも似通っている気がするんだが」
「あの『おしゃぶり姫』の実姉なんだし、トーリ様は好き者だろう。実際に食われちゃった男もたくさんいるし。イズヴァルトさんも食っちまったんだろう。大体、オルフレッド様が生まれる10ヶ月前に、イズヴァルトさんは『おしゃぶり姫』と出会ったらしいからな」
……などなど。中には知り得た情報から詳しく検証する者が現れ、オルフレッドはイズヴァルトの子である実証がなされるようになった。受精卵となった時期、骨格、顔立ち、武芸の才能などを調べられた。
特にオルフレッドは女好きで、下半身がとてもご立派だったので断定された。この時の彼のペニスの勃起時最大サイズは28センチ。精巣に至っては、ゴルフボール以上の大きさである。彼が女の子に産ませた経験だが、シギサンシュタウフェンの世話係の女の子から始まって、8人ほどいた。
遠く離れたナーガハーマやナオエニアでも、オルフレッドは自分についての噂を知ることができた。自分のことについて話す人に聞き耳を立てたり、そういうよからぬ噂を記した本などを見つけて読んでもみた。
(僕が、イズヴァルトさんの子だっていう話は、本当にあったのか……。)
あまりにつらい話だった。父親はルッソ以外に考えられなかった。イズヴァルトは何度も顔を合わせているし、遊んでもらったりもしたが、正直に言って好きになれなかった。良い人ではあると思うが、肝心なところでいてくれない。
(トーリ母さんとルッソ父さんを助けられなかったのに、マイヤおねえちゃんを見捨てたのに……!)
ただ、小さい頃に世話になったシギサンシュタウフェン夫妻には愛情を覚えていた。それから、イズヴァルトの弟妹達にもだ。彼らへの気持ちは本物だ。でも、イズヴァルトだけは信じられない。
(忘れよう。あいつが実の父親なんて僕は嫌だ。)
自分は自分だ。イズヴァルトの模造品なんかではない。そう思うとヴォルフ=ラングレンの言葉を忘れることにした。その為にもナオエニアから離れたかった。別の任務につきたいと上に申し出た。
「では、エチゴニア島に向かってくれ。現在クボーニコフ軍に侵攻されたままで数ヶ月経ち、教団はハルヒアトゥントゥリ山地を拠点に防戦の真っ最中。救援がほしいと乞われている」
ホーデンエーネン王国暦358年2月末。オルフレッドは『義勇軍』の中に加わり、エチゴニア島に向かった。
□ □ □ □ □
「あの港も占拠されている。なかなかに上陸は難しいな、オルフレッド殿」
『義勇軍』を率いるロベルト=ロート伯が、港を見ながらオルフレッドに言う。エチゴニア島の西端の港町、オッヤシラッツだ。東側の港はすでにクボーニコフ軍に占拠されていると聞いたので、西側で一番安全そうな港町から入ろうとしたが、そこも奪われてしまっていた。
義勇軍は8隻の船に乗る2000あまり。そのほとんどがパラッツォ教に帰依したホーデンエーネンの武者や傭兵らだ。そのほとんどが北部諸侯の領地に居を置いていた。オルフレッドみたいに大陸南部の者は、近衛騎士団から派遣されているごくわずかだった。
「北はまだパラッツォ軍が守っているだろうが、クボーニコフの海賊どもが哨戒しているだろう。となると、まずは西のウオズトック島でパラッツォ軍と合流してからが良いかも知れない。船長たちにそう伝えようと思うが、いかがだろうか?」
そのほうが安全だろう。しかしエチゴニア島の守備側が、ますます疲弊するに違いない。枢機卿と呼ばれる『高位で有能な存在』が頑張っているそうだが、クボーニコフ軍のオーガ兵に苦戦しているようだ。
「あの港に、オーガ兵は何名いるんでしょうか?」
「わからない。我が軍の諜報は、エチゴニアでもハルヒアトゥントゥリにしか入れない状態だからな」
せめて司祭騎士か経典の巫女と連絡が取れたら。それにはウオズトック島に向かうのが良いだろう。でも、オルフレッドはエチゴニア島の戦況を聞いていて、ある程度の目算をしていた。
「もしかして、港の守備隊にオーガ兵はいないんじゃないんでしょうか?」
ハルヒアトゥントゥリでは今、激戦が繰り広げられている。となれば武勇に秀でたオーガ兵を、根こそぎそちらに振り向けるはずだ。
「かもしれないだろうが……」
「僕に、1隻の船と武者をお貸しください。切り込んで活路を開いてみせます」
夜襲ではなく、しかも今すぐにだ。クボーニコフにも魔道士がいるだろう。夜討ちに対する対策もできているに違いない。ならば、相手の虚をつく手段に出なければ。
「しかし……」
「僕らが切り込み、敵が動きましたら、ロート様は港からちょっと離れた場所で上陸して、陸路から攻めてください……これはあくまで『できれば』の話ですが」
「ま、まあ、迂回作戦はできぬことはないよ」
ロート伯は義勇軍の中では、用兵と海戦が得意とされている人物だった。彼自身、船いくさに定評のある、オバーマゲルク公の一武将でもある。
腹は決まった。オルフレッドは血気盛んな者を選抜してもらい、船に乗り込んだ。彼自身も櫂を漕ぎ、船は全速力で港に向かった。
オッヤシラッツを守るクボーニコフ側だが、だらけきっていた。兵士たちは皆酒を喰らい、略奪した女たちを昼間から輪姦するのに興じていた。しかも守備隊はニンゲンの海兵ばかり。誰もが痩せっぽちで目が死んでいる、農民出の者ばかりだった。
クボーニコフ軍は港に来る一隻を商船か何かと勘違いし、容易に侵入を許してしまった。オルフレッドが乗る一隻が、停泊した軍船とぶつかった。板が渡され、船の中から目がギラついた義勇兵が出て、酔いどれか寝ぼけ眼の海兵との乱戦が始まった。
櫂を手にしていたオルフレッドは遅れて出た。兜をかぶり、愛用の槍を持つと戦いの真っ只中に突っ込んでいった。彼の槍さばきはクボーニコフの海兵はおろか、そこを守っていた武将が防げる代物ではなかった。
穂先の動きが素早くて、穿ちぶりは力強い。まるでオーガの戦士のようだった。彼は次々と指揮官格の者を討ち取った。血塗られた槍を持ち、剛力無双の働きぶりを示すオルフレッドを見て、クボーニコフの兵士たちが口々に言った。
「まさか、イズヴァルトか!」
しかしイズヴァルトではない。その息子だ。今は亡きアスカウ公トーリの嫡子でもある。この戦いでオルフレッドは、偉大な父と母に負けていられぬと言わんばかりに奮起した。死神アエーシュマの化身となって血の海をつくった。
ロート伯の先鋒が町に到着する頃にオルフレッドは、オッヤシラッツの守将の首をもぎ取り穂先に突き刺し、掲げていた。皆に閧の声をあげさせ、こう叫んでいた。
「この勝利はみんなのおかげだ! これからもこのエチゴニアから、海賊どもを駆逐しよう!」
それを見たロートは、背筋が凍るのを覚えた。オルフレッドはイズヴァルトの再来では無かった。あの聖騎士なら、もっと温情があったはずだ。
でも勝利に酔い、皆に向けて叫び続けるこの少年騎士には、鮮血に染まり敵を屠るのを好む、ホーデンエーネンの血なまぐさい荒武者の姿しか見い出せなかった。