聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
枢機卿らが使える神聖術式は、この世界の精霊魔法とは全く別の仕組みの魔法術式だ。異世界の魔法である。
精霊魔法は術者が万物の精霊たちに呼びかけ、自分の魔力を与えるのを条件に力を借り、術式回路を用いて発動させるものである。精霊たちはありとあらゆる元素にあり、宇宙線などにも『精霊』は存在する。少なくともイズヴァルトの世界の宇宙空間でも、力を使うことができる。
しかし神聖術式は違う。術者の魔力そのものを魔法の源とする。それを動かすには術式ともう1つ、『強い信心』が必要だった。
「……神聖魔法の発動条件の1つ……『信仰心』は……宗教……だけにとらわれない……」
ツシマは、テーブルの前ので書を開くオルフレッドにそう告げる。
事前の『測定』は終わった。イーガから持ち込んだ『水見式』と、『すかうたー』での魔力量測定。コップの上の葉っぱは水の中で泳ぎだした。魔族が得意な操作魔法や念動術式に長ける見立てだ。魔力量だがこっちはすごい。20万近くもある。やはりトーリとイズヴァルトの息子だ。伸びるか否かはわからないが。
『信仰心』について話を戻す。ツシマは神聖魔法が自分たちの前世の世界にあった、『キリスト教』のある一派が見出し、進歩させたのだと語った。
「……きりすとの教え? その名前、確か、マイヤおばちゃんが離してくれたことがある。誰だったっけな……ヨーシデンで、タカミとかいう司祭さんとよく話してたらしいけど」
「……それは……初耳だ……」
「その司祭さんのこと、ご存知ですか?」
「……俺が知る……別の人物……だと思う……」
ツシマは嘘をついていた。オルフレッドが言うタカミとは、枢機卿のタカミ=ジュンのことだ。彼がマイヤに自分たちの前世の話をよくしていたのを知っていた。しゃぶってもらったり抱いたりせず、語り合うことに熱中していたと聞き、随分ともったいないことをする、と思ってもいたが。
「そうですか。じゃあ、そのきりすとの教えの僧侶たちと『神聖術式』について教えて下さい」
「……わかった……ただし……我らの前世の世界の魔法の……成り立ちからだ……」
ツシマは語る。まずは彼らの前世の世界にもあった、魔法についてだ。この世界と同じく精霊を介していた。だが、あの世界は恵まれなかった。人々の魔力量が驚くほど少なかったのだ。
この世界でいう木っ端魔道士ぐらいのちからを持つ者は、1000年に1人か2人、出るか否かぐらいに乏しかった。それよりもっと下は、怪しげなまじない師やいんちきな巫者ぐらい。
ゆえに多くの人々は、魔法ではなく科学に期待を寄せていた。命に危害をもたらすような実験にも手を出した。『この世界』のニンゲンたちと、同じようにだ。
「……が、例外もいた……魔界から来た者との間に産まれた子たち……あるいは、その土地の精霊と媾わってできた子……半魔の者……それは各国の物語で……妖怪や妖精……といった物語で語り継がれている……」
そういう連中は片方の親とともに魔界に戻るか、人里離れた場所で暮らすことにしていた。何もできぬ者たちの社会で、異能の力が使えると迫害されるからだ。国や社会を転覆するかもしれない。
しかしそういった者たちを囲い、特定の組織の中で生かそうとしていた集団があった。宗教団体である。ツシマとサクラウチは、彼らが『旧文明時代』と呼んだ時代に存在した、数々の宗教組織がそういった異能の者を取り込み、魔法やそれに似たものを研究していた、と語った。
「『コーフクジ』はとある鹿の獣人の魔道士がひらいたものだ。彼の子孫たちは『しかのこ』として産まれたが、ついにはもとの鹿になったそうだ」
「……『オンミョウ』と呼ばれる古の術式は……そういった魔族の子らが教えたものだったそうだ……そして……オンミョウジとよばれる魔道士は……その者たちの……末裔ばかりだったらしい……」
「言っていることがよくわかりません。違う世界の話だし。でも僕、気になります。なんで続けてください」
この2人の講義はダラダラと続いた。そうして彼らが前世に属していた、宗教組織の『原型』についての話となった。
「『異端審問』や『ういっちはんと』という名目で、『旧文明時代』のその宗派は魔道の使い手を集めたのだ」
『異端』とは、その宗教のもともとの教えから派生した少数集団のことを指していた。魔法を『秘蹟』と呼んでいた彼らは、半魔の者や妖魔たちと交流し、その力を高めることを目指した。そういった協力者達が集団に加わり、そのもの達と番いになって子を為すこともあったそうだ。
それから『ういっち』。男でも女でも『ういっち』と呼ぶそれは、魔法が使える者そのものを表していた。狩られた『ういっち』たちは様々な拷問でもって魔法が使えるか否かを試された。水につけて浮かんでくれば魔法が使える、長時間火にくべてやけど1つしていなければ、異能の者だと。
魔法が使えそうな者はすべからく尋問を受け、拷問で責められた。しかしそれをものともせぬ力、つまりは本当に魔法が使える者については、特別な存在として遇された。
「男であれば……教会の修道女を……好きにさせた……」
「要するに妾同然に扱わせたようだ。旧時代の組織のことは詳しくはわからないが、マハラ教みたいに猥褻なことが横行していたそうだ」
要するに旧教において、魔法が使える者は高位の聖職者に比する特別待遇を受けた。
「……列聖者……あの時代では魔法が使える者たちを……そう呼んでいたそうだ……」
彼らはその組織を通じて、俗世の権力者の知遇を得て影で活躍した。聖職者という身分でだ。中には娘を与えられたり、養子縁組を受けて次の当主となる者もいた。
「そうしてその聖職者達のある集団が、もっと古の時代に生きていたとある人物の『術式』を再現することに成功した」
「……その宗教の……開祖のことだ……」
その術式こそが『神聖術式』の原型だった。信心、あるいは信念でもって己の内にある魔力を引き出し、様々な力や事象を発現させるものだ。
深い『信心』があれば、どんな強力な術式だって扱うことができる。その魔法が最も特徴的だったのは、
「神聖魔法は、誰もが使える、ということだよ」
「え? 亜人は使えないんでしたよね?」
エルフやドワーフ達は神聖魔法を扱えない。オルフレッドはちらと聞いたことがあった。
「そうだよ、オルフレッド君。亜人は使えない。ただし精霊の末裔たちが、だ。エルフ、ドワーフ、人魚族や悪霊の末裔のゴール達がだ。ただし『純血種』の、という括弧書きがつく」
『あいのこ』と呼ばれる連中はその制限にとらわれない。オーガも使えるそうだ。魔力が荒ればの話だが。当然、ニンゲン達は使える資格があった。
「そして、『新時代の救世主』が現れた後の我々が生きていた時代には、今の『神聖術式』があったのだよ」
「……俺達は……前世で覚えた魔法を使える……ということだ……」
神聖術式は異界だからという制約は受けない。そもそもの魔力と、信じる力さえあればいいのだ。彼らは前世で崇めた神を今も信じている。首にかけていた『十字架像』に口付ければ、その力は発動し、彼らを大いに助けるのだ。
「とはいえ、信じる対象は何でも良いのだ」
「……君の場合は……マハーヴァラ神ということになるだろう……」
(マハーヴァラ……確かに僕はマハラ教徒のはしくれだけど。)
そこまで熱心な信者ではない。オルフレッドはそう思っていた。けれども信奉の対象が何でもいいのなら、もしかしたらできるかもしれない。
「そろそろ、長ったらしい前置きはやめにして、僕に『神聖術式』を教えていただけませんか?」
「……そう……だな……」
□ □ □ □ □
最初の講師というものを紹介された。あろうことかサクラウチの娘達、アコとマコとユコの3人だった。
この3人は少しだけなら魔力があった。司祭騎士や経典の巫女たちから、『役立たず』扱いを受けていたが、実のところは彼らにも使えない神聖魔法を、少しだけ扱うことができた。
ハルヒアトゥントゥリの裏手にある空き地に連れて来られたオルフレッドは、マコとユコに抱きつかれながら、3人の中でも一番優れているというアコの実演を見物することになった。
法衣に身を包んだ彼女は、首にかけていた護符を手に取った。パラッツォ教のものだ。福々しい陰嚢のようなものをつけた陽根形状のそれは、マハーヴァラそのものを象徴していた。
父親と同じく『預言者のはり付け像』に口付けることで信仰に意識を集中し、力を発動させやすくするのだという。
アコはまず、自分たちが力を発揮するために唱え始めた。
「マハーヴァラさま。生きとし生けるものの父。この私に力をお貸しください」
戦いに臨んで司祭騎士や経典の巫女が唱えるものと同じだ。
「法悦はあなた様が与えてくれた、生きとし生けるものすべての喜びの術。我ら天界の宮殿を目指す民は、次の輪廻の時が来るまで、死ぬまで享け続けましょう」
アコは護符に唇を寄せた。そのまま唱え続ける。
「そうして子を為し続け、地上に幸福をもたらし、地上に楽園のような国を築きます。それが私達の信仰のあり方でございます」
護符が付いた首飾りを外した。法衣の前をたくし上げ、それを己の陰につける。
「しかしそれを良からぬものと見なし、迫害する者たちもおります。彼らに、あなた様の良き子たちであるわたしが、あなた様にどれほど愛されているか、お伝えする為に今一度、お力添えを願います」
マハーヴァラを象徴した陽根の護符を、アコは陰裂の中に押し込める。感じてうめいた。神の象徴を己の胎内に受け入れるのは、意識の集中と信心を増す為にあった。
そして力が解き放たれた。視線の先、枯れた雑草から、2メートルくらいの高さの、渦を巻く炎の柱が立ち上った。
「これが、『シディムの炎』です」
「シディムの……ほのお……?」
娘の代わりに父親が教える。神聖術式の1つ。本来ならこれの5倍や10倍の高さと太さの青い炎を起こすものだ。優れた使い手はそれを2本も3本も起こす。
「娘は魔力量が少ない為に、使えるのはこれぐらいだ……アコ、『アルキメデスの空気砲』を」
「はい!」
アコは再び念じた。オルフレッドの前で何かが弾ける音がして、2人の女の子たちとともに圧を感じた。
「……これは?」
「風魔法の応用たる、爆発術式に似たようなものだ。アコのはちょっとだけの爆風だが、神聖魔法を扱える司祭騎士や経典の巫女なら、君と娘たちを吹き飛ばすぐらいの威力を出せる」
もう1つ実演してみせなさい。父に言われたアコは上空に目を向け、もう1度念じた。十字型の氷の塊がいきなり現れた。一辺が1メートルほどで先端が尖っている。アコが一番得意としていた神聖術式だった。
「あれが『クヌーズの極星』という技だ。本来ならばあの氷の柱で物体を串刺しにする。が、アコには使わせるつもりは無い」
「そうですか……でも、使いようによっては強力な武器になりそうですね」
オルフレッドは目を輝かせていた。サクラウチとツシマは、この若者ならきっと覚えるだろうと期待した。
「でも、信念、いや、信仰の力というのは、どうやって身につければ……」
「……なにも……信仰にこだわることはない……いや……皆が信じる神でなくても……よい……」
神の代わりとなるもの。それに祈り、拝み、あるいは執着し、野心を抱くのなら、神聖魔法はきっと扱えるだろう。
「執着や野心ですか……それって神聖なものなんでしょうか?」
「それもある種の『信仰』だよ。オルフレッド君、まずはそういうものを見つければ良いのだ」
そんなものは無い、と答えてはみたが、オルフレッドには既に、拝んだり執着したりする対象は存在していた。
(だったら……。)
今も恋い焦がれているあの人でなら。あどけない少女の様な可愛らしさ。とても大きくて柔らかい、甘ったるい果実のようなたわわな乳。そして、自分を狂わせた菊門が待ち受けている、乳房に勝る女神様のお尻を持つ、実の叔母を信仰しよう。
(マイヤおばちゃん。俺は……。)
これからはあなたを『神』として崇めよう。オルフレッドはそう決めた。