聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
「我らが大将、オルランドゥ=カーンダーク殿は、急な病にかかって前線を退いた」
「今のところ戦うつもりはない。そちらは急ぎ帰り支度をなされよ」
「もし決戦をお望みであれば、北の軍を指揮しているサクラウチ=シロウ様が率いる1万の軍と合流してからお受けいたそう」
「それまで我らはただ、この塁を守り貴殿らの動きを見張るのみである」
パラッツォ教側の陣にいる司祭騎士達から、そのような返答を受けた使者たちは、決戦の刻は今かと意気込むエフゲニー=トザワフスキーにすべて報告し、彼を激怒させた。
「なんだとぅ! 具合が悪いからさがるなどとは! 戦士の風上にも置けんやつだ!」
そんな惰弱な奴が連戦連勝を重ねていたとは。エフゲニーはふがいない属国の武者達を散々になじり、クボーニコフの武者達がそれに同調した。その場にいたイヴァン=ニシメーリンらは眉をひそめる。属国衆の中のムラカミヴィアの武者のうち1人が激高し、剣を抜いた。
「もう我慢ならん! 宗主国がなんだ! 黙って聞いていれば好き勝手いいやがって!」
「フン。生意気な、ムラカミヴィアのレッキソー。大王様の分身たるこの俺を殺すつもりか?」
「黙れ! エフゲニー=トザワフスキー、首をいただく!」
レッキソーが斬りかかった。エフゲニーは逃げも隠れもしなかった。暴走したその男の渾身の一撃をひらりとかわし、鞘から剣を抜くと、相手の首筋に向けて素早く振った。その一撃で武者の太い首は宙を舞っていた。
「……口ほどにもない。俺をもっと苦しめてからものを言え。おい、イヴァン」
「はっ!」
「俺もバカではない。こちらが気を緩めた時に夜襲が考えられる。ここ10日ほどは夕方より、女と子供は船に乗せて沖に出しておくようにしろ。何かあっても逃がせるからな」
属国衆の武者達は喜びを隠せなかった。やっと用心してくれるようになったか。イヴァンは転がっていたレッキソーの首に感謝した。彼がこうして身を犠牲にしてくれなければ、エフゲニーは女子供の安全を確保しないまま、事を進めていただろう。属国の名のある武者を手にかけることで、彼等の機嫌をとらなければならなくなったのだ。
「総監。ご配慮いただき、ありがとうございます」
「しかしいらん労力をかけるぶん、存分に功を立ててもらうからな。パラッツォ教徒なんぞは一瞬で蹴散らしてやれ。オーガのいないエチウなど、恐れるに足らずだ」
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出発から2日経った。支配下の港に着いた後、オルフレッドは1日でかきあつめられるだけ兵をあつめた。およそ100あまり。彼の側近はせめて200になるまで集めるべきだと進言したが聞き入れなかった。
「今動かせる船だけで出発。目指すはヒミスヴィークの沖合だ」
「夜中になりますね。夜襲をかけるのですか?」
「沖合の哨戒船を奪うんだ。弩弓や小さな投石砲ぐらいあるはずだ。それを奪って港を取る……一番近くの詰め所まで早馬を出してくれ。通信魔道士を介してみんなに知らせるんだ。今日の夜、決行するって」
オルフレッドの部下の1人がその役について去っていくと、オルフレッドは早速船に乗り込み、ヒミスヴィークに向かった。
そうしてその日の夜、船団はヒミスヴィークの湾に入った。かがり火に照らされたそれは3隻。どれも頑丈そうなクボーニコフの軍艦だった。
「こちらは火を消せ。できるだけ近づいて船に取りつくんだ」
暗い波の中でオルフレッドは皆にそう伝える。誰もが死を覚悟したが、その三隻は巨体とその偉容に反して、驚くほど無警戒だった。すぐそばに来ても、まるで気づいていないのだ。オルフレッドは疑心暗鬼になった。
(まさか、待ち構えていたのか?)
ならば腹をくくれ。オルフレッドは皆に命じた。何があっても決して動じるな。敵は1人残らず殺せ。
「……かかれ!」
投げ鉤縄が投げられた。オルフレッドは先陣を切った。最初の部隊と共によじ登り、甲板に立った。戸惑いが起こった。一か所に集まって身をすくめている、女と子供たちしかいなかったのだ。
(どうして子供が? いや、彼女達はもしかしたら……。)
「クボーニコフの女戦士だな!」
「ち……ちがいます!」
誰かが返した。たどたどしいエチウ語でだ。しかしオルフレッドには信じられなかった。船内には武器を持った兵士らが潜んでいるだろう。やるなら今しかない。彼は『うねうね剣第二世代型』を構え、女達の中に飛び込んでいった。
悲鳴。血しぶき。斬り落とされる女と子供らの手と腕。首。最初の数名の臓物をいともたやすくぶちまけた後、オルフレッドは機械となった。殺人の装置にだ。
「みんな! 女子供だからって油断するな! 魔道士や暗器使いかもしれない! 子供だって毒刃や吹き矢があれば、人を殺せるんだ!」
残りの100名も下がった。甲板を血で濡らし、3隻はたちまちパラッツォ教団軍の手に落ちた。オルフレッドの狙い通り、投石砲は船内にあった。砲弾となる石も大量に積んであった。男の兵士たちも、船内に何名かいた。残らず殺した。
「やはり女戦士と砲撃手がいたか」
いよいよ決行だ。小舟を打ち捨てて奪った軍艦で港へ進む。ある程度の距離に入ると舵を切らせ、側舷につけてあった投石砲の砲口を港にある船団に向けさせた。
「奇襲は成った! あとはありったけ投石砲を撃ち続けるだけだ! 全砲門!」
オルフレッドの名を歴史に残す一戦が始まった。
□ □ □ □ □
ヒミスヴィークは混乱の中にあった。オルフレッドが奪った3隻が投石砲を撃ち、港に停泊する船と桟橋を壊しまくったのだ。それだけでなく、港での異変に気づき攻撃が始まった、と知った陸のパラッツォ軍が、急行して南側から港町に侵入してきたのだ。
「なんたるザマかッ!」
エフゲニー=トザワフスキーは激怒した。騙し討ちみたいな奇襲に遭って武者や兵士のうち半数が港から逃散。残りの半分で支えなければならかった。しかし勢いはパラッツォ側にあって、港の桟橋側に押し込められる格好となってしまった。
「沖の船を奪うとは! オルランドゥとは奇策を弄する者だったか!」
卑怯極まりないことこの上無い。沖に出した女と子供達は無事だろうかとも心配した。よもや殺す事は無いだろうとも思っていた。丸腰の女子供を殺めるほど、気が狂った武人はまずおるまい。残虐無比と言われているクボーニコフ海軍だって、せいぜいが捕らえて輪姦するぐらいだ。皆殺しまでは考えない。
「……総監!」
守備の最前列で戦っていたイヴァン=ニシメーリンが戻って来た。彼は身体のあちこちに矢がささっていた。具足で守られていないところを狙われていた。
「ここは、持ちません」
やけに弱々しい声をしていた。こころなしか動きもふらふらとしている。矢じりに毒が塗られていたのだ。
「惰弱な! まだやれるだろう! 押し返せ!」
「奇襲で兵に動揺がはしっております。なかなか治まりません。このままでは、押し切られます」
船はまだ1隻残っていた。オルフレッドは早いうちに艦船から対地へ攻撃を移していたから、奇蹟的に残ったのだ。
「……くそが」
エフゲニーはつばを吐き捨てた。呼吸が荒くなり始めたイヴァンを見て、付き添っていた女エルフに命じた。
「俺はこれから、北の軍団と合流する。しんがりをお前に任せる」
「そんな……」
「俺が沖を脱するまで持ちこたえろ。その後は逃げるなり降伏するなり自由にしろ。お前との日々は、なかなかに楽しかったぞ?」
「すぐに白旗を振っちまうべえよ……」
女エルフは弱気だった。しかし殿軍は残ったうち8割だ。最後の1隻には200人も乗れなかった。エフゲニーは全身に毒がまわり、汗をかきだしたイヴァンを連れて船に乗り込んだ。
オルフレッドは投石砲を撃てと命じながら、港から動き出した1隻を目ざとく見つけた。湾を脱し、援軍を呼ぶつもりだろうと思った。
「そうはさせない! 舵主に伝えろ。方向転換! あの船を撃て!」
オルフレッドの命により船の投石砲はエフゲニーが乗る一隻に向けられた。船主の飾りが吹き飛ばされ、甲板が割れた。それがエフゲニーを激高させた。
「逃すつもりは無いということだな! よろしい! ならば白兵にて皆殺しにしてくれる!」
甲板の上で横たわり、息も絶え絶えなイヴァンが「なりませぬ」と諭したが、聞き入れなかった。全速全進。乗組員全員に櫂を持たせ漕がせた船は、あまりにも速かった。撃たれながらも、たちまちオルフレッドの3隻に近づいた。
「投石砲!」
オルフレッドが命じる。しかし、
「石がもうありません!」
「二番艦より、何門か動かなくなったとの報告がありました!」
「三番艦も! 飛ばす回数が多すぎた!」
投石砲は魔力で岩石を飛ばす魔道兵器だ。中の『魔蓄』に入っている魔力が無くなったら使い物にならない。エフゲニーはもう傍に来ていた。オルフレッドが乗る艦にだ。
「甲板での戦い、やるしか無いんだな……」
敵船の船首がぶつかる。傾いだ。帆柱につかまりながら、オルフレッドは咆哮した。ゆっくりと復舷がなされた後、クボーニコフと属国衆の兵が、駆けだして飛び込んできた。どいつも屈強そうな海兵ばかりだ。
「総員、迎え撃て! 続け!」
オルフレッドが動く。彼よりも先に切り込んだ者らは敵の先手によってことごとく討ち取られた。かなり優れた手練れだった。
「くそっ! ルッソ父さん! かあさん! マイヤちゃん! 僕に力を!」
オルフレッドは無我夢中で斬り込んだ。ユーリポフ13王国や南方の属国衆の戦士や兵士は、かなりの手だれが加わっていた。かわすのは容易でなかった。小手や兜を削られる。『うねうね剣』の鋭さを信じてなんとか通り抜けた時には、彼は右の太ももに、大きな怪我を負っていた。
一番乗りといった格好で、敵船の甲板に乗り込んだ。そこにエフゲニーが待っていた。どの戦士達よりも精力的で剛そうに見えるその姿を見て、こいつが敵の大将格だとオルフレッドは直感した。
「オルフレッド=カツランダルク!」
「……皆殺しオルランドゥは貴様のことか! 俺こそがエフゲニー=トザワフスキー。クボーニコフの武将だ!」
エフゲニーが斬りかかる。オルフレッドはよろけながらも一太刀をかわした。
「マハーヴァラのもとへ送ってやる、邪教の信奉者め!」
「僕はマハラ教徒だ! しかし、パラッツォの信者の血を沢山流したお前たちクボーニコフ人を許さない!」
「戯言はいらん。逝ね!」
2人は激しく切り結んだ。技量の上では互角。しかし腕力はエフゲニーに分があった。振る剣が鳴らす、すさまじい風の音でどれ程かわかった。まともに受け止めては弾き飛ばされてしまう。
「まだ斬れぬのか! 猪口才な!」
怒ったエフゲニーが目に見えぬ一撃を繰り出した。寸前のところで『うねうね剣』で受け止めたオルフレッドだが、その衝撃で手がしびれ、剣を落としてしまった。よろめき倒れようとするとエフゲニーがとどめの一撃を加えようとした。
「覚悟せよ、皆殺しオルランドゥ!」
しかしオルフレッドは剣を拾うのを選ばなかった。代わりに腰に挿していた小剣を抜いて突っ込んだ。エフゲニーを抱きかかえながらそのまま海に落ちた。
この一騎打ちを目撃した者達は、2人が海から落ちた3分後、オルフレッド顔を出してガッツポーズをするのを見た。
海の中でもみ合いながら、彼はエフゲニーの首元に小剣の先を突き刺したのだ。それから喉をかっさばいた。
討たれたエフゲニーの血と遺体は波にさらわれ、彼等の視界に戻って来ることは無かった。