聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
セイン王がロゼの腹の子の父親は自分だと公表した、同じ頃である。アジールが襲撃を受け、軍港の物資が奪われ、沿岸の市街地が焼けてしまった。
襲撃者だが、オーガの姿があったという。あの辺りでもし港を襲うとすれば、近辺の海賊衆と敵対するタンゴバルド海賊団のはずなのだが、そもそもあの海賊団はサイゴーク寄りのタンゴバルド諸島を根城としている。所属する亜人はあまりおらず、せいぜいがドワーフやゴブリンの血が流れている、たちの悪い半端者ぐらいのはずだ。
「けど、ムーツで着られている『ぐそく』姿のオーガの姿が見受けられたんだよな?」
その日の朝議で報告した通信魔道士に、セイン王は改めて問い直した。
「それと、あいつらが持っていないような、でっかい軍船がやって来たという話もあたっているか?」
「さようでございます。大国が擁する巨艦とのことでした」
「……もしかしてあいつら、西航路から来やがったか?」
西航路。極西の海域にあるアマミクロネシア諸島やスィンコタン列島を経由し、チンゼーやサイゴーク大陸に入るルートのことである。チンゼー側はアマミクロネシア、ムーツだと北海域にあるスィンコタンをくぐる。さらに北は永久凍土ばかりのエーゾ大陸が阻むから船は使えない。
「てえなると……」
外務大臣が海図を開いて示す。
「海運国のクボーニコフの船であれば、不可能ではないでしょう。海賊王の時代に、世界一周航海を為した実績がございます。それと……」
サイゴークにはクボーニコフと盟約を結んでいる国が多い。スオニアやゲースティア、サイゴークの中部の沿岸諸国だ。ムーツ大陸側ではまず問題は無い。南の属国とワターリ王家をいただく公国のうち1つのダテーゾフ。荷船に偽装して港湾使用料を払えば、ろくに検査もせずに赦す国だってある。
「タンゴバルドと手を組みやがったか。クボーニコフは。でも何の為にだろうな?」
「我が国への牽制でしょう。東西に入り込んでいると思わせて脅すつもりかと。我が君、如何なさいまするか?」
外務大臣や海軍大臣らの提案はこうだった。南方沿岸の軍船を向かわせて警護を固める。アジール近郊の海賊団にも人と金をやって防備を一層強化してもらう、守りの層を厚するだけで防げるのだ。どうせ大した数の軍船ではないだろう。
しかしセインははねつけた。心が躍ってしまったからだ。
「今後のことも考えて、タンゴバルドを潰してやろう」
海軍大臣が待ったをかけた。
「戦費のことが気になります。生憎我が国では内政にかける銭が必要でして……」
「アジールに残存する戦艦とサカーイ海域の船を足して攻め入ろう。そいつらで足りるはずだ」
それでは根絶できないでしょう。外務大臣が考えを改めるよう促すが、セインはどうしようもなかった。久方ぶりの戦争だ。衰えた身体に少しは喝を入れたい。
「来月にはアジールに集結させろ。俺が指揮をとる」
廷臣らがどよめき、止めに入った。血が沸騰しそうになっていたセインは、腰にさしていた剣を抜いて黙らせた。
「俺の決断にケチをつけるんじゃねえッ! いいか! 今度の戦争は俺の言う通りに動け! 目的はタンゴバルド海賊団の撃滅もとい、その背後にいやがるクボーニコフ海軍の殲滅だ!」
ナントブルグの護りはジューンショーンに任せる。そう言って彼は朝議を無理やり終えてしまった。これから聖騎士団の訓練場に行って鍛え直すためにだ。
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アーサー=イッシキール。オーキ島から北、200キロほどにあるタンゴバルド諸島を実効支配する、タンゴバルド大海賊団の頭領だ。
彼は各国から認められていない『タンゴバルド諸島王国』の王を自称していた。認められていないというのは、イーズモーの暗黒卿に制圧され、吸収されたという事実ゆえにである。
海賊団は総勢、100隻にも及ぶ大世帯。一度はパラッツォ教団と手を組み、エチウとサイゴーク間を行き交う荷船や旅客船の運営、あるいは別の会社の船の警備を行っていた。海賊とは略奪や同業者との小競り合いだけでなく、まっとうなビジネスを行うのだ。
そのタンゴバルド海賊団だが、最近はパラッツォ教と距離を置くようになっていた。パラッツォ教団と戦争をした諸国の圧力がかかったからだ。
「パラッツォ教とべったりのままだと、お前のところの船を港を寄せないようにするし、他の大陸の国々にも働きかけるぞ」
こう脅されたら「やれるもんならやってみやがれぃ!」と切り返すのがだいたいの海賊だが、タンゴバルドはそうもいかない。喧嘩ができるのは同業者だけだ。国相手では喧嘩ができなくなる。
そもそも、タンゴバルド海賊団は、サイゴークとエチウだけでなく、チンゼーやシマナミスタンの航路にも進出していた。海の強盗としてではなく、もう1つの仕事である運輸業者や警備業者としてである。
この海賊団はそちらの方面の色が強かった。戦闘行為もやる海運ビジネス業者みたいになっていた。
実際、ゲースティア方面で所属の荷船が沿岸警備隊の手によって接収された。脅しは本当だった。パラッツォ教にべったりはよくないと見た海賊団は、とうとう舵を切ったわけだが、その後の最初の仕事が、実に面倒くさい勢力からの依頼だった。
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「なるほど。アジール襲撃は、クボーニコフの海賊からの依頼だったというわけか?」
こちらに目を向ける、パラッツォ教の白い法衣をまとった、黒髪の大男にアーサーはうなずいた。海賊団の頭領の自室でだ。
床を毛織布で敷き詰め、壁はしっくいで固められている。石造りの外壁に塗っていた。タンゴバルドは寒いからだ。
「タンゴバルドは1000枚のクボーニコフ金貨で、入ってきた6隻の警護と、物資の提供を引き受けた、というわけか」
「ああその通り。しかし、アジールの襲撃をしでかすとは思いも寄らなかった、って、同行させた奴らは震えていたよ」
「襲撃したというクボーニコフ水軍は?」
「……すぐに発っちまいましたよ。ヨナーゴじゃあなく南へ。ゲースティアの方面だろうなあ……はあ」
頭領は深い溜息をついた。体格こそ立派だが、白髪頭で顔にたくさんの皺が刻まれた彼はもう60近く。起きてしまった事件に対処しようとする気力が無かった。
この部屋にいるもう一人は、老いた海賊と比べてはるかに若々しい。まるで闘士のような体格と発達した顎。落ち着いた表情の、切れ長の目をした男オーガみたいな顔立ちだ。
いや、実際にオーガだ。ツノが生えておらぬ『忌み子』であり、すでに、アーサーの6倍以上も生きている亜人だった。
「どうすりゃいいんでしょうかねえ。オハラ=タカシ枢機卿様?」
この部屋に入ってきてから椅子に座らず、立ったままだった黒髪の男は腕を組み、歩き始めた。考えをまとめるためにだ。
「教主殿に報告し、ホーデンエーネンに思いとどまらせるように働きかける。まずはそれで試してみるがうまくいくだろうか」
「そうなると、サイゴークの諸国に睨まれちまうんだよ。パラッツォ教とべったりじゃねえかって……あんたらとの仲は表向き、隠さないとならねえしな」
「そうだ。お前たちの利を鑑み、教主殿は表向きは離れるように判断し、話を決めたのだ」
実のところ、海賊団とパラッツォ教は裏では関係をそのままにしていた。タンゴバルド海賊団はこの諸島の他に、アサークラントやイナーヴァニアに拠点を持っていた。
となると、クボーニコフの海賊との商売は、パラッツォ教の気分を悪くさせる愚かな行いだったが。
「どうすりゃ、いいんだろうなあ……」
「そのクボーニコフの船を捕まえ、ホーデンエーネンに引き取ってもらうのが考える限りでの最上の策だと思うが、難しいだろう。ゲースティアから西に逃げ込まれたら、藪の中になってしまう」
金貨1000枚を引き渡すというのも通じないだろう。セイン王は金では動かない。その上好戦的だ。ホーデンエーネンにいる連絡係の情報でも、王とそのまわりはすでに出発している。今頃はアジール河をくだっているところだ。
事態は手遅れ。それでも1つだけ確実にできることがある。この諸島にいる者たちの避難だ。アサークラントとイナーヴァニアへ一旦逃げれば、早々に手出しはできない。
「一旦、この島から出ることだな。アーサー、俺から教主殿には話をする。島の者たちにはいつでも出られるように支度を整えておいてくれ」
「わかった。やはり金で目がくらんじまうのはよくねえな……」
やってきたクボーニコフの海賊にビビっていたのもある。オーガの荒くれが多く乗船していたからだ。
オハラは早速、部屋の外で待っていた連れの司祭騎士を呼ぼうとすると、天井から声をかけられた。
「そんなこと、しなくても良いだろう」
聞いたことがある声。見上げたあとに睨みつけた。いつの間に。
「カヅノ=セイジ。なぜここへ?」
「フン。ちょっとばかり、力を貸しに来てやったのさ」
天井に張り付いていたカヅノは飛び降りた。軽く一礼を受けたアーサーは変な現れ方をする奴だ、と思いながらも尋ねてみた。
「じゃあ、どんな方法があるってんだ?」
「全部任せろ、俺様にな」
随分と尊大な物の言い方だった。