聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
セイジは時折、レーアの身体から放たれてくる汗と垢のにおいに悩まされながら語った。
パラッツォ教の教祖たるコージュ=ストーンマウントの前世の話と、彼が信徒達に語った教えをだ。
「人の魂は、肉体から離れると輪廻の
その前世は、とある宗教に新たな宗派を作り出した神学者であり、導師だった。
深く教義や理について学び、他の宗派の不義理や間違いを指摘して論破した。
ただ、その考えがあまりにも先鋭過ぎ、時の権力者を国から追い払おうとする扇動者として見なされた。
ついには磔に遭ったという。
「ではございますが、その世界の神は前世の教祖様を神の子、としてお力を与えました。十字架にはりつけられ、その肉体に死が訪れていた教祖様は息を吹き返したのでございます」
目覚めた時、その陰茎は猛々しく勃起していたという。それを皆が見ていた。
「全裸で磔にされたからですよ」
教祖はそう語った。教祖は前世でも、信徒どころか敵対する宗派の者達まで褒められる、晴れ晴れしいほど立派な陽根の持ち主だったそうだ。
「教祖様は目覚めた時、思わず射精をしてしまったそうでございます。大量に、長く長く放ちながら目覚めたものですから、それを見た者達は感極まって泣き叫んだそうでございます」
勃起と射精とともに復活した前世の教祖はその後、娼婦だった最愛の妻と後の世に『裏切者』と言われた1人の弟子を眷属として世界をまわった。同じ宗派だけでなく、他の宗教を信じる者達を導くためだ。
それぞれの神をより正しく崇める為の助言をし、数々の奇蹟を起こしたという。神に次ぐ者と皆から呼ばれ、各地の宗教団体の、伝説的な聖者として崇められたという。
「そして、ロゼ様のお母上様であらせられたマイヤ姫様もまた、その、前世の世界から現世へと移って来られたのです。その世界での死は、魂の死ではございません。魂はいろいろな世界を巡る旅を続けているのです。それはロゼ様も同じ。今はマハーヴァラ様のもとで、新たな旅の支度を始めているところでございましょう」
だから、死を恐れるな。嘆き悲しむな。魂は永遠の流転を続けるものだ。
レーア姫もまた死した後、魂は次の世界へ向かう事だろう。
「もしかしたら向かった後世で、レーア姫様は義姉上様に会えるかもしれませんよ。まずはそう信じて、この生涯を生きるのですよ」
「……」
「信じられませんか? でも、私と兄もまた、転生者なのです。コージュ様やマイヤ様のように」
レーアは目を見開いた。瞳に映る目の前のセイジとサトシはうなずいた。弟の説教を聞いていたサトシはこう語った。
「私たちはコージュ様とマイヤ様の前世の世界の遠い未来で、前世を生きておりました。遠い遠い未来です」
兄弟は前世でも兄と弟だった。そして、とある宗教の聖職者でもあった。『仙台バンド』と呼ばれる一団の中にあった。
□ □ □ □ □
西暦2660年7月2日。その初老の男2人は乗った飛行車の下を見て苦悩した。仙台城跡にあがった、敵対する宗教勢力の旗があがるのを見てだ。
仙台城がある山は彼等が所属していた『仙台バンド』の本拠地だった。そう名付けられたが東北地方全域をまとめていた本山でもあった。
「……くそっ。こうなったのも田野大管区長の踏ん張りが足りなかったからだ!」
2人のうち、体格が立派なほうが忌々し気に叫んだ。仙台の街のあちこちで煙が立っていた。市民には数多くの死者が出ていた。
彼等の上司であり『仙台バンド』の指導者であった田野は、仙台の街がこれ以上壊されない様に早めの降伏を申し出たのだ。
降伏についての会議の席で、相手側は非常に寛大な条件を出して来た。傘下に加われば一宗派として存続を認め、聖職者たちの地位もそのままに遇しよう。
それが嫌なら、まだ戦闘が続く関東なり中越なり、どこにでも行けばいい。
「これでは、我々仙台バンドが腰抜けだと思われるだけだ、兄さん!」
顔も身体もいかついその男は、兄と呼ぶやせぎすの男に呼び掛けた。この2人は石巻の司教だった。俗にいう『仙台バンド』にあった。
「今すぐ秋田へ向かおう! あそこならまだ、踏みとどまって戦っている『同志』がいる!」
「聖史。老人2人が今更行ってどうする? 足手まといになるだけだ」
犬死するより、自分達を呼んでいた関東の新田大管区長のもとへ向かうべきだと兄は答えた。この飛行車だが、『救世主派』の総本山がある草加に向かう。
新田は沼津教区の高海、松浦、渡辺の3人を既に招聘したという。三郷にある『聖地』で進められていた、ある計画の為にだ。
「新田が言っていた絵空事、兄さんは信じるつもりか?」
「どのみち『新生派』に勝てる見込みはないよ、我々は」
新生派。
2660年現在の世界の9割を支配する宗教勢力だ。
多神教団でキリスト教、仏教、イスラム教、ヒンドゥー教など、ありとあらゆる宗教とその神、教義を
数百年前、キリスト教国家だった多くの国の首都と主要都市を火の海にした13年後に再び現れ、新たな神の教えをもたらした『獄炎の救世主』の、まことの徒として公言していた。『救世主派』の仇敵でもあり、いままさに、鹿角達の集団を風前の灯火とさせた張本人でもあった。
「『救世主派』はやり過ぎたかもしれん。他の宗教の恨みを買い過ぎた。世界を同じ単一の神を信じる宗教で支配する、千年王国など目指すべきではなかったんだ」
新生派の艦船が停泊する名取の海沿いを見下ろしながら、
救世主派の『祖』と呼ばれる聖マサタクトゥスは、穏やかな神の教えを伝道する集団を目指していたが、彼の孫弟子は違った。『救世主派』の支配層の祖となる者達だ。
彼等は大破壊前の旧文明時代、救世主派の元となった教団の最大勢力が世界を支配していたことにあこがれを持ち、教えに反した覇権に舵を切った。
人知を超えた信じる力の発現たる神聖魔法は、信心深い彼等しか使えなかった。そしてその術式を組み込んだ魔法科学を扱い、生み出すのも救世主派のみだった。世界はたちまち、救世主派の天下となった。
救世主派の支配層は、支配した世界中から集めた富と快楽を享受し続けた。美術品や財宝、美酒や美女は全て彼等の元に運び込まれた。身分が固定化され、文化や科学の進展が滞った。
この500年は21世紀初頭とあまり変わらぬ文化水準どころかそれ以下だった。大破壊によって失われたものが、あまりにも多すぎたからだ。
だが、神聖魔法を打ち破る術式を生み出した集団がいた。一部の反抗者達。無理やりに改宗させられた諸宗教の者達だ。
彼等は集まって『救世主』がもたらした教典をもとに、新たな連合を形作った。それが新生派だ。
彼等は聖職者だけでなく、一般信徒にも魔法の術式を広めた。ただ一つの鉄の掟を条件に。「他者を敬え」と。
「……確かに、俺達救世主派はやり過ぎた。おごってもいて準備不足だった。そして、後が無い」
聖史は窓の下に目を向けた。阿武隈川の南側には、救世主派が築いた防壁が連なっていた。戦車やロケット砲を配備した反抗部隊が展開されていた。こうなることを予期していた仙台管区の残存勢力だろう。
これから一戦を交えて仙台を奪い返すつもりだろうが、新生派には数も装備も負けていた。勝つ見込みはゼロだ。
「だが、新田の言う事を信じるつもりか? 聖地三郷の、救世主の『大陵墓』に戦局をひっくり返す秘密兵器があるのか?」
「なら、お前だけ残ればいいよ。あいつらと運命を共にするつもりならな」
それはできない相談だった。あんな連中と仲良く砲弾を喰らって死ぬつもりは無かった。
関東も危うい。
敵方の航空機こそ、ハリネズミのように巡らせた対空兵器で寄せつけていないが、既に山梨と静岡で死闘が繰り広げられている。沿岸部も、館山と下田あたりの一部が占拠されたそうだ。時間が無かった。
「どちらにしろ、奇蹟だか奇術だかで戦況をひっくり返すしか手はないんだ。聖地が我らの手にある限り、救世主派こそが正統な世界宗教だ」
「わかっているよ、兄さん。その奇蹟とやらが『陵墓』にあればの話だがな」
聖史は後部座席の窓に首を向ける。仙台の街には彼の妻たちや子供らが残されていた。田野管区長は聖職者たちの家族を人質にとって降伏を強行したのだ。
(田野……いずれし返してやる。)
しかしその策は浮かばないし、目途は立たなかった。聖史はただただ、苛つくことだけしかできなかった。
□ □ □ □ □
三郷にある聖地。鹿角聖史はこれまで何度か、その奥に踏み入れたことがあった。兄と共に時の日本教区の長に指名され、他のバンドの者達と踏み入れたのだ。
その最初は33の歳だった。『救世主』の遺体が安置されているという陵墓の不思議な力で明るく照らされたその奥で、彼はこの墓の『守り手』と出会った。
それは鹿角達の姿を見るや、座っていた椅子から飛び降り、芋虫の様に大理石の床を這いながら近づいて来た。とても甘ったるく可愛らしいにおいを放つ墓守に、たちまち心を奪われていた。とても豊かな乳と尻をつけた、何一つまとわぬ女だったからだ。
異国の。西欧に近い人種の美女というより美少女の姿をした、黒髪の女がそれであった。何故か腕と脚は、肘と膝から失くしていた。かすれがちだが甘ったるい声に誘われ、彼等は欲情に駆られてかわるがわるに抱いてしまった。
大量の精を腹に吸い込んだ墓守は、彼等にその奥の玄室を案内した。その奥には、古代のものと思われるところどころが朽ちた様に見える剣と、見たことが無い文字がびっしりと刻まれた銀色の角棒が立てかけられていた。
「……これは?」
墓守は答えた。
「あっちは、ふれいむかりばーん。もう1つのは、ぶりざーどでゅらんだる、だよ?」
炎の神の力を宿した覇王の剣。鬼の王が携えていた水の魔法を蓄えた指揮棒。どれも異界よりもたらされたものだと『守り手』は語った。
「〇〇ちゃんとわたしで、いっしょにこっちにはこんできたんだよー」
誰よりも早くに聖史が尋ねた。誰だ、そいつは?
「わたしのともだち。でも△△と◇◇にまけちゃった。にくたいとたましいもここにはもういないよー。このおはか、だーれもほうむられていないよ。なんにもいなーい。だけどわたし、ともだちのぼだいをとむらうために、ここにのこったんだー」
元の世界に戻る道もあった。しかしそうなると、あちらの世界の死神がさっさと死ねとうるさい。だからこの世界にいることにした。『守り手』はその様に告げた。
あまりにも可愛らしい娘だったから、聖史を含む全員が連れて帰りたいとせがんだが、この娘は「ぶー!」と叫んで、あれだけを持って帰ってくれと返した。
鹿角達は悲しくなってしまった。この四肢が損じている『守り手』が、あまりにも可愛くてたまらなかったからだ。
「ねーねー。あれをつかって『とびら』をつくってー!」
「扉? それはなんだ?」
「ちがうせかいにいけるとびらー! わたし、あっちにいるともだちに、あいたいのー」
「でも、お前の世界の死神とやらがうるさいんだろ?」
「ちょっとだけおじゃまするぐらいなら、だいじょうぶだよー。1ねんも2ねんもいすわなければいいんだもん」
その『あれら』には、この世界の星雲1個分ぐらいの力が入っている。この世界で魔法が発達していれば、それを引き出すことができる。異なる世界を行き来する、世界転移術式というものの動力源になるだろう。
聖史を含む全員が、彼女の言っている意味が全く分からなかった。何故か彼女がいた部屋の近くにあった浴室で、鼻の下を伸ばしながら身体を清めてやった後に陵墓を出て行き、時の管区長に報告した。
それから、年に何度も全員で陵墓を訪れ、あの四肢が無い阿呆なしゃべり方をする『守り手』と睦んだ。10年、20年経っても守り手は歳をとらなかった。すでに死んでいるからと彼女は答えた。
(最後に会ったのが5年前。俺達11人、全員が生きているが。しかし何故俺達なのだ?)
自分達を選んだ、管区長はもうこの世の人では無かった。だからその理由も聞く事は不可能だった。
聖史は兄と共に聖地にたどり着いた。大破壊前のイスラム教建築にあった、玉ねぎのような形をした屋根と沢山の
兄と共に入口に入ると、聖史は見慣れた9人の姿を目にして手を振った。
「お前たちも来ていたか!」
「ええ、お久しぶりです、鹿角理さん、聖史さん」
沼津教区の高海順。この中で仙台バンドの兄弟に分け隔てなく接してくれる男だった。もう1人、新潟バンドに所属している国木田哲夫もそうだ。それ以外は兄弟にはそっけなかった。
(くそ。降伏を選んだ東北人が、そんなに憎いか?)
しかし小原隆は会釈してくれた。表情にはこちらを侮るところが無かった。玉砕戦闘を報じられた、大分バンドの出身なのにだ。近づいて来て、兄弟にそっと言った。
「みんなが聞くに堪えない罵詈雑言ばかり吐いていた。草加の総本山の連中もだ。あまり刺激しないほうがいい」
それから仙台は前科もあるから、と小原は言った。聖史は舌打ちした。
(あのことを根に持っているのか!)
10年前に起こした、仙台バンドの大きな失策のせいだった。