聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
オルフレッドが戴冠してから数十年後のエピソードとなります。
オルランドゥの即位より50年あまり後。
カナザワース島の旧帝都の旧教帝宮の書庫にて。
埃っぽい中で一人の若者が、携帯式照明石を天井に釣り下げて灯りをともし、棚にあった資料を手に取って読んでいた。
彼の足元には沢山の資料が積み重なっていた。この数日、もはや誰も入って来ないこの書庫に、一人で入り浸っていた。
「違うじゃねえか。オルランドゥは女信者とやりまくって孕ませてばかりの駄帝だって、みんな言ってたけど」
交通網や連絡網の構築、『てれぽん』といった魔法が使えない者でも扱える通信網にも率先して手を出して指示を出していた。特にイナーヴァニアは、トーリとマイヤが腹心にやらせていた最新技術を、実験的に取り入れていた。
「ボンクラなんかじゃねえ、よな?」
これぐらいやってたんだったら、賢帝って評してやってもいいじゃないか。
「それがなんだ。戦いと女にかまけていたバカ殿だとみんな評してやがる……オルフレッドはよくやったよ。すんなりと王様になったのはコネ野郎だってそしられるかもしれないけど、でも、こいつはよく頑張った」
青年の目に涙が浮かぶ。彼の容貌はオーガ族にありがちだ。瞼が開いていて二重だが、ぼさっとした黒髪で顔のつくりがのっぺりとしている。しかしツノは無い。オーガではなく生粋のニンゲンだ。
但し、こことは違う世界の人間。とある事件に巻き込まれてこの世界にやって来た。
音を立てず、書庫の扉が開いた。またここにおったのか、と、旅装姿の女が彼に呼びかけた。蒼にも見える黒髪の女だ。編んだりまとめたりもしていなかった。背中まで覆うその髪は波がかかっていた。
あの『女王』の姿を見たことがあれば、彼女は歳もとらずに生きていたのか、と驚くだろうが、背はやや低くやや丸顔だ。体つきは尻まわりこそ豊かだが、胸の起伏は乏しかった。
だが、この時代では一番の、『絶世の美女』とうたわれている人物だ。十代半ばの少女の様に見えるが、既に三十を半ば過ぎていた。若く見えるのは、彼女が偉大なサキュバスとハーフリングの血を受け継いでいるからだ。
「マサタカちゃん、またオルフレッドちゃんの仕事のことを調べておったのか?」
「まあね。爺さんやルチアさん、それと、おねえちゃんにいろいろ聞いたけどさ、やっぱり資料を読んで確かめたいんだよ、俺は」
「立派な心掛けじゃ。オルフレッドちゃんも自分のことを深く知る者が増えて、喜んでくれるじゃろう」
その女はマサタカという青年の横に並び、彼の足元に置かれていた書類を手に取った。パラッツォの教会に魔法の修練も含めた中等教育機関を設けることについての提案書だ。
「……司祭騎士のヴェンケルちゃんと、教典の巫女のフラーナちゃんが出したのか」
「お姉ちゃん、その2人の名を知ってるのかい?」
「オルフレッドちゃんに会いに来た時語ったことがある。どちらも学者肌でいろいろと知っておった。教団屈指の学究じゃった」
しかしもうすでにこの世にはいない。彼女が二十ぐらいの時にどちらも卒したのだ。『甘露(アームリータ』の弊害で、四十過ぎの若さで亡くなったのだ。司祭騎士と教典の巫女の多くは短命だった。長生きしたのは丞相イプセンほか、それの服用をやめさせられた者達だった。
「なあ、これだけのことをやったオルフレッドは、良き王様として後世に名を遺せるよな?」
女は首を縦に振らなかった。残念そうにうつむいていた。
「無理じゃ。孕ませられるだけ女に子を孕ませ、『食人姫』に屈服し、国を滅ぼした愚帝という評価のままじゃろう。このカナザワースに政治学者どもが来てくれれば別じゃろうが……」
彼女は書庫を見回した。窓は鎧戸で閉じられていたがガラスが割れて、吹雪く外の寒気が入り込んでいた。部屋はすっかり冷え切っていた。
この皇帝宮自体も、これまで一度も補修が施されていなかった。外壁どころか内壁が崩れ、柱が折れて天井ごと崩れている箇所がいくつもあった。ところどころにあった装飾品や美術品は賊によって残らずはぎ取られていた。人こそいないが万事が無事の、旧総本山とはまるで違った。
パラッツォ教国の後釜となった神聖エチゴニア帝国は、殆ど無人となったカナザワース島と旧都を捨てた。今のエチウ諸島で最も栄えている都は、エチゴニア帝国の本拠となったクビキラスキだ。
しかしクビキラスキはパラッツォ教徒が多く出生率こそ高かったが、狭苦しくて衛生がよろしくなく、文化も経済も教国時代の帝都とは、比べものにならないほど貧弱だった。汚物が散乱し殺人沙汰が多いあの港町はシマナミスタンによく見られる、人ばかりが多い貧しい街みたいになっていたのである。
「エチゴニア帝国が乗っ取ってから、エチウ諸島はぐっと貧しくなってしもうた。アサークラントはそうでもないという話じゃが、オルフレッドちゃんが頑張って作り上げたものは全部、失ってしまったのじゃよ」
「……サクラウチ枢機卿のやつは、どうしてオルフレッドと一緒に作り上げたものを、ぶち壊すような真似をしやがったんだ?」
あの男はエチゴニア帝国の後ろ盾だった。オルフレッドの相談役として教国を盛り立てていたのに。
「聞いてみないとわからん。ただ、もっと大きくて難しいことに掛かり切りじゃったから、そこまで頭が回らなかったのじゃろう。司教の2人に探させておるが、なかなか見つからんようじゃ」
サクラウチだが、エチゴニア帝国のムーツ侵略が負けがかかった頃に起きた帝国の内紛で、行方不明となっていた。彼とその娘の行方を調べている元『司教』、サキュバスのエスカとアニーはこの1週間ずっと、島々を飛び回って捜索を続けていた。
「エスカとアニーの2人も難儀なことを押し付けられたな。こどもサキュバスとして、いろんなところのちびっこ好きどもからちんぽ汁をいただきたい盛りだっていうのに」
「2人が帰って来たら、たっぷりとちんちんで労ってあげるのじゃぞ?」
「よせよ。あの2人じゃ欲情できないよ。娘かちっちゃい姪っ子みたいに思えちまう。けど、オルフレッドがいたら……」
自然と口に出てしまう。アスカウの女の子たち全員とやったあいつなら、エスカもアニーも十分可愛がれるだろうな。
「……そんな『伝説』、話したことがあったかのう?」
「いやたぶん、爺さんかルチアさんから聞いたんだと思うけれど……」
とりあえずそう言ってごまかした。自分でも何故あんなことを言ったのかがわからない。彼女と2人でオルフレッドが行った仕事を調べ続けた。
おおよそ2時間が経った。マサタカは頭の中で小さな女の子が呼ぶ声を聞いた。聞き覚えがある声。サキュバスのエスカのだ。
「マサタカしゃん、アーノレンンシしゃん。昼ごはんの時間はとっくに過ぎたのに、まーだそんなところにおったでチュウか?」
外の壁から、黒髪の童女がぬっと現れた。背中にカラスの様な黒い翼が生えていた。真っ白な肌で顔立ちは、日本人と西洋人の混血児のようで可愛らしい。しかし身体全体に姿に似合わぬ、妖艶な気配があった。サキュバスのエスカだ。
「この島に戻って来たんだな、『おちんぽ好きピノコ』?」
おかっぱ頭が肩まで伸びていたからエスカにつけた、新しい仇名だ。マサタカは変、というか失礼な仇名をつける趣味がある。そのバカにしているような響きが感じられたから、エスカは目を怒らせた。
「まーたまた変な仇名を考えたでチュウね! あてのことは『司教さま』をつけてお呼びしなさいでチュウ!」
「……まあまあ、そう怒るなよ。もう飯の時間かい?」
そうでチュウ。エスカは壁から出た。パラッツォ教の高位の者が着る純白の聖衣姿であったが、下は尻すれすれに短かく太ももは丸見えだ。しかも素足のサンダル履きだった。外は吹雪いているのにだ。
「イズヴァルトのおじいちゃんが早く来て、とおっしゃってたでチュウ。今日のお昼はおじいちゃんが海に出かけて獲った、サバづくしの美味しい料理でチュウよ?」
「サバか。悪くない。ここいらの海でとれるのは脂が乗ってて美味しいからな。お姉ちゃん、行こう。腹ごしらえしてからまたここに来よう」
「そうするかの」
「さあ、一緒に食堂に行くでチュウよ? あても旅から戻ってからなんもお腹に入れて無かったでチュウ。おなかぺこぺこでチュウよ」
そう言ってエスカはマサタカに飛びついた。彼はこの小さなサキュバスに懐かれていた。彼にはどうにも、『人外』や『亜人』に好かれる何かがあった。
(まあ、一緒に食事となるとこの先の話についていろいろ意見を求められるだろうな。ここいらで爺さんを説得するか。)
背負ったすけべなエスカに、耳をはむはむとされながら、この旅に同行する仲間達の顔を思い浮かべる。
(あの『なろう勇者』どもには、ここで女の子とやりまくりながらお留守番にさせろ、ってな。ここから先は、名誉も功績もへったくれもねえ旅になるだろうよ。)
でも自分は違う。旅に同行させてもらう。一緒にこの世界に来たが、離れ離れになってしまった人を見つけるためにだ。
しかしその旅が再開されるまでは、書庫でオルフレッドがやって来たことを知ってやりたかった。
この時の彼の気持ちだが、死んだ息子の本当の姿を知ろうと求める老父と似たようなもの、と、言い表せるのかもしれない。
次回からは『聖王編』の続きのエピソードとなります。