聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
アオバグラード近郊で劇的な勝利を収めた『討伐軍』はその勢いで、その日のうちに疾駆して、夕方にはタガレンコフを攻め落としてしまった。
【ギルバート=カツランダルク注:サーガでのこの記述は注意をかけたい。アオバグラードとタガレンコフは距離的にかなり離れている。早馬でも半日で行ける距離ではない。】
城門と政庁の上に、ワターリ王家の旗が立った。ミョーゲチャコフのゲオルギー公子は、突然の戦闘に怯えていた住民達にこう布告した。
「これはワターリ王家の義戦である。王家は専横著しいダテーゾフを征伐することに決めて軍を起こした。これに逆らう者あれば逆賊として、1人残らず容赦しない。ダテーゾフに協力する者あればただちに告げよ。断罪に処す。その者に情をかけること同罪である」
過激なお達しであったが、ゲオルギーは裁判をやるつもりは無かった。この街で軍馬を休め、食糧を調達した後に出発するつもりであった。ホージュリアも同じくであった。
イズヴァルトはこの一連の戦いで、一度も武を振るうことは無かった。実質的な総大将となってしまったイナンナの傍についたままだった。
これは自分の名を、ムーツ大陸東部で広める戦いになるはずだったのに。そのくやしさが酒に向かわせた。
軍師としての活躍の場が無くて、しょんぼりとしていたローラを荷車に乗せ、美味い酒が飲みたいミツクニュモスと一緒に、タガレンコフの南西の宿屋街を歩いた。
「まだでござろうか」
黙りこくるローラが乗った荷車を押しながら、イズヴァルトは賑やかさを無くした通りを歩む。昼間に戦闘があり、戒厳令を敷いた状況なので閑散としていた。
「もうそろそろだ。イナンナさんがくれた地図には、このへんに印がついているよ」
少し歩いた後、ここだ、とミツクニュモスは指をさした。店のまわりを丸く削った細い材木の柵で囲んでいた。看板に店の名前が書かれていた。
『小料理屋 花の里』
この地方のオーガの里の地酒と、郷土料理が味わえるという。
「ここで、ござるか……」
「イナンナがタガレンコフを訪れる時、必ず立ち寄る店らしいぜ。この街のオーガ族の郷土料理の店は、ここ以外は食えたもんじゃねえズラ、と言ってたよ」
「まあ、とにかく入ってみましょう。今日はとても疲れました。ご飯もまだですし。お腹が空いてたまりません……」
ローラが言うとイズヴァルトの腹の虫がぐうっと鳴った。酒を飲みたかったが腹にも何か入れたかった。
入口にある紺色の布の幕をくぐって引き戸を開けると、淡い黄金色に彩られた店内を目にした。
テーブルから内装まで、腐食止めの薬を塗っただけの、ヒノキ材で覆われていた。入口の目の前にカウンター兼調理場があり、淡いピンクの色合いの『きもの』を着た、少し年増がかった女オーガが立っていた。この店の女主人だった。
顔立ちは少々きつい感じであったが、なかなかに見栄えがする美人であった。
「いらっしゃい。ご三名さまで?」
ミツクニュモスは、少々デレながら女将に言った。
「イナンナ=イセルローンさんの勧めで入ってみたんだ。客はいないみたいだけど、俺達だけ?」
「ああ、イナンナさんの……この街の人達は、ミョーゲチャコフの軍が攻めて来て、ここで呑気に酒を飲んでる気分じゃないみたいですよ」
いつもはこの時間、常に満席で、席待ちの客は時間をつぶす為に、この辺にある『ぱちんこ』や『ちょんの間』の店で時間をつぶすと女将は言った。
「それほどの人気があるってわけだな。イナンナさんが推すのもよくわかる」
「エルフのイナンナさんはですね、200年前からこの店に来てくださってます。あたしの母親の代からの常連さんですよ」
この女将の母親はすでに故人であった。オーガの里に嫁入りしたニンゲンだったからだ。料理人であり美食家として名を馳せたという。
【ギルバート=カツランダルク注:この女主人の母親についての言い伝えが残っている。男の股間に生える茸がたいへんな好物だったという。オーガの里に嫁入りしたのもそのせいだと言われている。】
イズヴァルト達は女将に言われ、カウンターの前の席に座った。ミツクニュモスは、『きもの』の胸のあたりが大きく膨らんでいる女将に見とれながら声をかけた。
「手早く出せる料理をありったけ。でも最初は酒が欲しい。おすすめなのは何だい?」
「ウチに置いてあるのはダテーゾフの地酒ですが、その中でもクロカワコフの『もち米酒』が一番うまいと評判ですね」
「へえ、珍しい! もち米か!」
もち米はアイヅバルドのごく一部か、このセンダニア平原の比較的温かいところでしか作られていなかった。これに麹を入れて発酵させた『もち米酒』はとても甘く美味いと、酒好きの間では評されていた。
「じゃあそれで。イズヴァルトさんもローラさんも、『もち米酒』でいいよな?」
「酔えればなんでもよいでござる」
「私も同じくです」
「それじゃあ1本ずつの合計3本ですね」
女将はカウンターの奥へ行き、しばらくして3本の陶器の瓶を持って来た。
「はい。『もち米酒』。冷酒ですんで熱くしたかったらオお申し付けください」
きりりと冷えた瓶であるが、その口からは甘い香りと、アルコールのにおいがぷんと漂っていた。
ローラは義手でそれを掴むと、鼻を近づけてすん、と嗅いでみた。
「なんとも、美味しそうなにおいをしてますなあ?」」
「イナンナさんはこの店に来ると必ず、最初にそのお酒を頼まれますね」
「ほう。ではイナンナどのの一番のお気に入りの酒、というわけでござるな?」
においはわかった。では味はどうなのだろうとローラは口をつけてみる。ひとなめすると目を見開いた。
口を少し大きく開け、流れ込んできたものを舌と顎で転がし、のどを鳴らした。
「……舌触りはしっとりとしているけれど、まるで水のように、口の中で転がせますなあ?」
ローラの味覚はとんでもなく鋭敏だった。精液の味で誰が放ったものかを当てることができるほどの、『精液ソムリエ』でもあった。
その舌は酒にも遺憾なく発揮した。ローラは金があると、カントニアの酒をよく飲み比べることもしていた。酒とあれば何でも飲み、酔ってはイズヴァルトに甘える呑兵衛でもあった。
ただし、ウマヤーノの『迷酒』こんにゃく芋酒については、一口呑んでげほげほと咳き込み、こんなゴミ飲めるか、と激昂した。酒豪でもあわぬ酒があるということだ。
「甘いと思いきや、口の中ではぴりりと感じさせる。これは、なかなかの銘酒ですな。お高いのでしょう?」
「そりゃあダテーゾフの外じゃ、値段高めに売っているようですが、この国の中では庶民でも気軽に飲める代物ですよ」
「ほう。ダテーゾフの方々は幸せですな。こんなうまい酒を好きなだけ飲めるとは……」
ローラは頬を染め、もう一口を含んだ。
彼女が褒め、うまそうに飲むので、どれどれ、とミツクニュモスとイズヴァルトも試す。2人の顔が晴れやかになった。
「これは! あまくておいちいでござる!」
「そうだな! こりゃあぐびぐびと呑んじゃいそうだ。女将さん、こいつは何本もおかわりしそうだからよろしくな。それと、食べ物が欲しい。すぐに出せる肴はあるかい?」
ミツクニュモスに聞かれた女将は、「お通しです」と言って3皿を差し出した。未熟で青い大豆をさやごと塩水で茹で、冷やしたものである。
「なんだ。『だーまめ』かい?」
「そうですよ。このままでも十分美味ですよ」
未成熟の大豆は、ダテーゾフ以北では『だーまめ』と呼ばれている。
「わかっているさ。ミョーゲチャコフでは酒のあてにたっくさん食ったし。じゃあいただいときますか」
ミツクニュモスはてんこ盛りの皿から1つ取り、一粒を口の中に入れた。豆の味は濃厚。塩気がかなり効いていた。
「なかなかいい豆を使っているね! ミョーゲチャコフの酒場で食ったのより味が濃い!」
「概ね同意でござるが……ちょっと塩っ辛いでござるよ?」
「ここいらでは海の水を取り寄せて、それで煮るようにしてますからね。『だーまめ』も塩っ辛いほうが好まれるのですよ。ムーツ人はしょっぱいのが大の好物で、卒中を起こすぐらいに料理に塩をふりかけるのですよ」
女将は笑って説明したが、イズヴァルトは眉をしかめ、難しい顔をしながら『だーまめ』の皿をにらみつけた。
しかしローラが酔いに気持ちよくなった顔で、ひょいパク、ひょいパク、と『だーまめ』を食べて美味しいと喜んでからは、表情をゆるめ、ゆっくりと手を付け始めた。
『だーまめ』と冷酒をちびりちびりとやっていると、女将は包丁や長い箸を持って動き始めた。
保管庫に入って材料を取り出し、手早く切ったり混ぜたりと機敏に動く。
皮を剥いだ紅鮭の肉をまな板に置くと三枚に平たく切り、背後にある焼き場の網に乗せ、さっと炙って皿の上に置く。
手を洗い、別の箸に持ちかえると、素焼きの大きな椀に入っていた酢の物を小さな小皿にのせた。
そこまでの工程での動きの1つ1つがおおよそ、ニンゲンの料理人の四倍速ぐらいであった。
「ほほう。刃物を使う時は手際が良いし素早いでござるな? 昔は戦士でござったか?」
「そういう商売もしてましたね。一応はオーガの女でございますから。とはいえ、本職さんから見れば、笑われちゃう程度の仕事でしたね」
オーガの里の衆が受けたダテーゾフの殿様の手伝いいくさで、荷物を運んだり戦場で馬防柵を建てる仕事をした程度だった、と女将は語り、完成したものを差し出した。
『だーまめ』入りの豆腐と、紅鮭の切り身を炙ったもので。それから、昆布と野菜の刻みものを酢で漬けたものであった。豆腐と刻みものは、客が来る前に仕込んでおいた、と女将は語った。
「これは、酒がおいしく飲めそうなお料理ですなあ?」
「これだけじゃありません。後で蕎麦麺と小麦団子とイワシにつみれのすまし汁を出しますんで」
「へえ。雑な注文をしたってのに、いろいろと気づかってくれるねえ?」
ローラは義手で箸を器用に使い、酢の物をつまむと女将に尋ねた。
「これは、果実酢を使っておりますな?」
「この地方では、りんごや梨のを使っておりますよ」
「甘みが効いてよろしいですな。お酒がすすみますよ、これ」
ローラは酒の瓶をつかんで、ぐびぐびぐび、と飲み干した。おかわり。ミツクニュモスがたしなめた。
「ローラさん、この酒は麦酒と違うよ? 一気飲みはよくないぜ?」
「いやはやミツクニュモスさん。わたくしの肝臓の強さをご存知ではなかったかな? 麦酒の飲み比べで呑兵衛のあなた様に勝ったのは、どこの誰だか覚えていらっしゃいますかね?」
「あはは。そういやそうだったな」
ローラはとんでもない酒豪だった。麦酒を飲む時は大抵、5杯も6杯もいった。
その上更に、葡萄酒や酒精の度合いが強い火酒をがぶがぶと飲み、酒好きのミツクニュモスと競うと必ず打ち負かした。
【ギルバート=カツランダルク注:ただし、酔いがひどくなると股を濡らして発情し、見境なく周囲の男と性交や『おしゃぶり』を施してしまっていたと言い伝えられている。】
女将がローラの手元にあった、空になった瓶を取り、新しい瓶を置いた。
「はい。『もち米酒』のおかわりをどうぞ」
無色透明の百薬の長が、瓶の口からあふれ、こぼれていた。
ローラは軽く頭をさげると、それを掴んで表面に伝うそれを、可愛らしい唇と小さな舌で舐め取った。
イズヴァルトとミツクニュモスは、いじきたない彼女の様子をじっと眺めていた。
「これはクセになる酒ですなあ」
またもひと舐め。さながら、鈴口からこぼれ出た精液を舌で清める様にも見えたので、イズヴァルトは股間を膨らませてしまった。
「……じろじろと見てどうしたのです、イズヴァルトさん?」
「あ、いや。大事そうにお酒を飲むので、随分と気に入ったのかと思ったまででござる」
「少しなめただけで心を鷲掴みにされましたよ。この酒、できることなら、一生飲み続けとうございますよ。どうにかして他の大陸でも造れるようにできませんかね?」
ローラは方法を考えるが、女将はうまくはいかないだろうとつぶやいた。
「ムーツのもち米は温かいところで育てると、途端にぱさぱさになってしまいますからね。水も違いますし。そうして作った酒は、これとはまるで違う味になるみたいですね」
「そうなのですな。となれば、クロカワコフの水の成分を分析して似た水質に変える装置を探し出し、マイア=テクニカの農業用温室『栽培まん』に寒冷術式を仕掛けて育てるという方法は……」
「ローラどの。このお酒はクロカワコフで造るからおいしいのでござるよ。例えそっくりの『にせもの』を造っても、決してこの酒のようにうまくはならぬでござろう」
ローラをたしなめると、イズヴァルトは『だーまめ』入り豆腐を口に入れた。
口の中で崩れて溶けると、濃厚な『だーまめ』の風味がイズヴァルトの口の中で広がった。
「くぅううぅっ! これはただならぬ美味でござる!」
「どれ? こりゃうめえや! 冷酒とよく合うしおかわりもしたくなる!」
「女将どの、この豆腐、『だーまめ』を練り込んで混ぜているのでござらぬか?」
「なかなかに味覚の鋭いお人ですね? そうですよ。これは店一番の人気の品。うちの店でつくったこれは、街の物産屋でも売っておりますのよ」
かなりの人気の品で、すぐに売り切れるそうだ。イズヴァルトとミツクニュモスは、この豆腐をあてにして酒をぐびぐびと飲んだ。
女将はこの他にもいろんな美味をつくって彼等の腹を満たし、イズヴァルト達もまた、後先考えずに酒を飲み干しては、新しい酒を持ってくるように頼み続けた。