聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
その頃、南のユリアゲツクにも本国の話が伝わっていた。
ミョーゲチャコフとヒッターチの軍の一部がワターリ王家に入って勅命を受け、ワターリの直属軍となったらしい、という報が入ってまさか、と諸将は嗤って信じなかったが、
「公弟殿下はお討ち死に。タガレンコフは陥落したとの急報がございました!」
という早馬の報告を受けるやいなや、総大将ら全員が青ざめた。
「ワターリの軍とやらは、どこまで進んでおるのだ!」
「一直線にフルカワグラードまで進んでいるとのこと! このままでは大公殿下の喉元に食らいつくやもしれませぬ!」
これは予想外だった。
総大将は急ぎ撤退の準備を進めさせた。
ユリアゲツクから船でシオガマツクなら、2日以内で行ける。敵の背後を衝くのは間に合うだろう。
「まずは先手組から向かわせる。サイゴークからの傭兵部隊も加える。あの男を呼べ!」
言われた副将はその男を連れてきた。サイゴークで屈指の剣士であり、飛翔魔法が使える凄腕の戦士。先日の戦いでシゲニウス皇帝をあと一歩まで追い詰めた、奇襲部隊の元締めだった。
その男は酔っていた。サイゴークのドワーフ男にも負けぬとんでもないうわばみで、酒臭い息を天幕の中に撒き散らしていた。
「ういー、ひっく! 大将さん、何用ですかな……ひっく!」
「ムーツの米酒がお気に入りのようだな?」
「ええまあ……ひっく!」
「ここでの酒宴もここまでだ! その方、今すぐシオガマツクへ向かい、全速でフルカワグラードへ向かえ!」
傭兵隊は先手衆3000と共に船に乗り、シオガマツクから騎乗して公都へ向かう。
「……何かやらかしました?」
「ミョーゲチャコフに食われたのだ。停戦交渉でだらだらと時間を重ねている間に、あちらはアオバグラードに入って錦の御旗を手に入れてしまった。狙うは大公様の首らしい」
「錦の御旗か……となれば、ワターリ王家を取り囲んで脅すのはどうでしょう?」
敵の動揺を誘う最善の一手に思われたが、「ならぬ!」と総大将は拒んだ。
「恐れ多くもワターリ王陛下は、ダテーゾフの主である! ご初代、アテールイ公のご威光こそ、とうの昔に失くしておるが、それでもダテーゾフの流れの源であり、洞の主であるのだぞ!」
「しかしですな……ひっく!」
傭兵隊長は酒臭い息を放ちながら、総大将に反論した。
「そもそも、当初からのやり方で、アオバグラードに兵を置き、ワターリ王家を人質にとりながらことを進め続けていれば良かったのに。他の大公からそしりを受けたから兵を引いたり、他の大公家にご機嫌伺いの使者を立てるとは、随分と中途半端なことでございますな!」
ダテーゾフ大公への罵りでもあった。
武将の何名かが抜刀すると、酒に酔いしれていたこの男も剣の柄を握りしめた。
このままでは斬りあいになる、と恐れた総大将は、この傭兵隊長の脚に思い切り蹴りを入れた。
「何をなさいます!」
「ずる賢く陰湿きわまりない暗黒卿を英雄と崇める、ヒッジランド人のお前にはわからぬことだ!」
「ひっく! それは言い過ぎってもんでしょう!」
「我々は、邪智奸佞を受け入れるサイゴーク人とは違うのだ!
傭兵隊長は命令書を投げつけられ、天幕から追い出された。
致し方なくサイゴークからの傭兵たちに命令を伝え、先手衆に加わって、ユリアゲツクの湊へと向かった。
周辺の民をかり出して船に荷を積み込んでいる最中だった。傭兵隊長が船に乗ろうとしたところで、1人の漁民が近づいてきて紙切れを握らせた。
「おい、こりゃなんだよ?」
「言伝が書かれてあるべ。んじゃ、そういうことで」
漁民はささっ、と走って去ってしまった。
傭兵隊長は手渡された紙を広げた。文字がびっしりと書かれており、その冒頭はこう書かれてあった。
「酒場のおべんじょで『おしゃぶり』したの、よーく覚えているよ!」
はて、と傭兵隊長は思った。誰のことかが思い浮かばなかった。
確かに、酒に酔った少女を介抱して、便所に連れて行ってやった記憶は何度かあった。何人か、用を足した後に便所の中でまぐわったこともあった。
一体だれからなのか。手紙の続きの文を読む。
「あのときは遠慮なくうんちをぶりぶりとひねっちゃってごめんね! でも、クサくなっちゃってもお酒のかおりがする『ざあめんみるく』を飲ませてくれてありがとう!」
傭兵隊長はようやく思い出した。多分あの娘の話だ。15年ほど前に出会った少女との秘め事だ。
そして、手紙の末尾にはこう書かれていた。
「貴方が助けにくるのを、ダテーゾフ大公のいる都の近くで待っているよ!」
なるほど、と傭兵隊長はつぶやくと、その手紙を上着のポケットにしまうと、部下たちに呼びかけて出航を急がせた。
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サイゴークからの傭兵部隊を含む、先手組が出航してから、戦況が変わり始めた。
砦を守る部隊を残し、1万5000の兵を率いて陸路からの後退を試みようとしたダテーゾフ軍は、最悪の危難に瀕した。
それまで動きを潜めていたアイヅバルド公国から、4000ほどの軍勢が、西から攻め込んで来たのだ。
アイヅバルドはミョーゲチャコフと手を組んでいたが、これまでの戦いでは一兵たりとも援軍を送っていなかった。農兵が多く、収穫期にあたる時期なのであまり手が離せないから、と断っていたのだ。
しかしここに来て、ようやく動き出した。アイヅバルドからの援軍は、オーガとゴブリンを多く含んだ混成軍だった。衝突力に優れ、ダテーゾフの防衛網の、左翼を叩き崩した。
それを期に南で防備を固め、なりを潜めていたミョーゲチャコフとヒッターチの軍が一挙に攻撃に出た。
ミョーゲチャコフの大公が率いる軽騎兵軍団が、東の沿岸部から攻めかかると思いきや、中央を担ったヒッターチ軍は、砦や陣地に猛攻を試みた。
そこで活躍したのは精鋭投擲部隊だった。糞を投げつけるゴリラを描いた旗を掲げ、投石布やバリスタを用いて爆雷を投げつけた。
三方を包囲される格好で攻撃を受けたダテーゾフ軍は、多くの武将や兵士を討ち取られ、泣く泣く敗走してミョーゲチャコフ領から出ていった。
ユリアゲツクに、ヒッターチとミョーゲチャコフの勝利の閧の声があがった。そしてそのまま、まだ動ける兵をまとめてダテーゾフの領内に攻め込んでいったのである。
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この時のダテーゾフ大公は、知略公と呼ばれたペヨトル=ダテーニン。ワターリ王国の実効支配を目論んでおり、西のクボーニコフと密約を結んでいた。
大公ペヨトルがタガレンコフでの悲劇を知ったのは、実弟が討たれてから5日後のことだった。
「なに! 儂が最も頼りにするゲラシムが、討たれただと!」
その知らせの後に、弟を討った軍の総大将が、イナンナという名前の女エルフだと知った。
「イナンナだと……だれそいつ?」
全く聞いた覚えが無かった。どうもワターリ王家の『ごせんぞ』らしいと聞き、家の歴史をよく知る家来を呼んで尋ねた。
「ワターリ王家には、エルフの血が紛れ込んでいるのか?」
「はい。陛下のご一族のみならず、大殿様のご先祖さまでもあらせられまする」
家来はダテーゾフの蔵に眠っていた家系図を持ち出し、どう血がつながっているのかを説明した。
「……そんなバカな話があってたまるか! 我らはオーガの王、アテールイの末裔なのだぞ!」
オーガのでかでかちんぽに負けてばかりの、股がゆるいエルフ女の血が混じってたまるか、とペヨトルは憤った。
「そんな話、信じられるか!」
「本当のお話でございます! 大殿様、お信じくだされ!」
「信じられるか! 惑わされんぞ儂は! 貴様、もしかしてワターリ王家の回し者か!」
大公は剣を抜き、怯えながらも本当のことだと教えようとする、物知りな家来を斬り伏せてしまった。
それから別の家来に命じ、古い家系図を焼き捨てさせた。これで心が落ち着いた、と大公は顔をほころばせると、周辺から戦士団や兵士をかき集め、仇討ちの軍を起こすようにと命じた。
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この度の軍は、大公自らが指揮するつもりであった。
ダテーゾフ家ではこの様な時、勝利のために館の中庭で宴を催すことになっていた。
その晩、宴が行われ、その終わりに近づく頃、庭に設けられた舞台場に、5人の踊り子が立った。
踊り子らは13歳から15歳までの若い娘たちで、頭に小さな黒い帽子をかぶり、手にたくさんの鈴を連ねた祭器を持ち、皆が神獣の絵をところどころに描いた紅と金色の生地の衣をまとっていた。
【ギルバート=カツランダルク注:ここでいう神獣とは、オーガの里に伝わる異界の神獣のことである。雌猫の神獣こと『
5人が舞台に立ったのを見ると、大公は側にいた小姓に笛を吹かせる。それが演目を始める合図だった。
娘たちは腰を少しかがめると、ゆるりとした動きで踊り、謡いはじめた。
「アテールイの詰め城を 攻める兵らは死に絶えて
タムラマーロは村の長様に 若衆を皆出せと仰せられ
時は早春雪融けの 田畑を耕す頃なりて
人手が足りぬと恨む声 あがれど大殿には逆らえぬ
妻と娘らはさめざめと泣き 村の若衆に
生きた証を遺さんと すがりつく
早乙女らは田畑を耕し 若衆は早乙女らに種を植える
娘らは腹に子を芽吹かせ 冬に赤子の産声鳴り響く
遠い北の山塞で アテールイの勝ちの鬨」
センダニアの民謡でもある。英雄アテールイの宿敵、タムラマーロに無理やり村の男たち全員をいくさに駆り出され、彼らの遺児を産んだ、妻や娘たちの恨み歌でもあった
。
これを謡わせたのは、ダテーゾフがアテールイの末裔だからである。つまりはこの歌はアテールイの末裔たちにとっては勝利の歌でもあった。
踊り手たちはゆっくりとした動きで舞い、鈴を鳴らしながら謡い続けた。
その中でも動きがぎこちなく、声もよろしくないものが1人いた。一番年下の踊り子だった。
演目が終わると大公は、その娘を傍に呼び寄せた。踊り子はおどおどとした様子で大公の前で頭を下げた。
「今より寝床に入る。相伴せい」
その娘の顔が引き攣った。小姓らに取り囲まれ、その場で衣を脱がされ、一糸まとわぬ姿にさせられた。
そのまま奥にある大公の寝床に連れて行かれると、いきなり脚を広げさせられ、下帯を解いた大公の野太いものに貫かれ、苦しみあえいだ。
1回や2回では終わらず、2時間ほども経ち、そろそろ痛みや恐怖ばかりの時が過ぎ、わずかながら快楽を覚えたところで、娘は大公が手にしていた短刀で、胸を刺し貫かれた。
娘の身体がぐったりとなると、大公は陰茎と短刀を同時に引き抜いた。死体の膣からは精液が、左胸から血がこぼれ出ていた。
大公は小姓と家来を呼んだ。踊り子の遺体と短刀を指で示した。
「ことは終わった! 神官を呼べ! オーシラ神の祭壇に、この贄と短刀をお納めせさせよ!」
これは、ダテーゾフの大公が、出陣の折に勝利を祈願する為の儀式であった。
かつてはワターリの歴代の王も、戦いの折にこのような儀を行っていたが、今となってそれを為すのはダテーゾフ家のみとなっていた。
短刀と娘の遺体がオーシラ神の祭壇に供えられ、それがろうそくの火に照らされて神々しく輝くのを目にして、大公は勝利を確信した。
ところが、である。
命じた翌日の朝に大公は無理やり起こされた。城市の南側で騒ぎが起きたからであった。
「城市の門で騒ぎだと! 何奴か!」
王は呼び起こした側近に尋ねたが、詳しいことはわからない様子だった。
「しかしワターリの王様の軍では無いでしょう。きっと呼応した流賊やオーガの里の衆かと思われます」
「小癪な! こちらにも100のオーガの精兵がおる! 押し返してやれ!」
大公は、具足をまとって構えることにした。しかし、続きの報で驚愕せざるを得なかった。
城市の門が破られ、流れ込んできた2000近くの騎馬隊と市街戦が始まった。しかも交戦する敵の中に、とんでもなく強い異国の戦士がいるという。
『だいぶへんもの』の旗指し物を背に負い、玉鋼製の鉄球をぶん回しては、オーガの精兵をばったばったとなぎ倒しているという。
「なんだそのふざけた知らせは! なんという武者だ!」
「イズヴァルトとかいう聞いたことねえ名前だっぺ! しかも奇っ怪な荷車に乗ったえれえめんこい娘っ子を連れ回し、そいつが縁から生のおけつを出してぷすぷすとおならを吹いて、おちょくりまくっているっぺよ!」
そんな娘を連れ回すということは、その戦士にそのくらいの余裕があるということだ。
大公は震え上がった。ついでに小便をちびってしまい、尻が緩んで漏らしてしまう。
「……おおお、よもやこんな事になるとは!」
万夫不当、歩く災厄こと、聖騎士イズヴァルトが本当に攻めてきたのなら、まさに絶体絶命である。
さて、ダテーゾフの大公はいかなる挙に出たか?
その続きについてはまた、次回にて。