聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
クボーニコフ王国の王都・ツチサキニスクの港と沖合では、海軍の船が大勢集まっていた。
船舶の数は大小合わせておおよそ200ほど。それらを指揮台の上に立ち睥睨する、金襴飾りがついた黒い衣をまとった若い男がいた。
タカスヴィ=ヒヤマウスキ。つい先日急死した父に代わり国王の座についた、クボーニコフの若き主であった。
彼の後ろには、憔悴したダテーゾフの前大公とそのお付きで妾のサキュバス2人が控えていた。
2人は乳首と尻の割れ方がうっすらと見えてしまう、絹の『ゆかた』一枚であった。下着だけの格好の様なものであるが、淫魔は裸が正装の様なものである。
タカスヴィは妾であり護衛である、亜人の美姫を指揮台の前の左右に置いていた。オーガとゴブリンである。彼女らは武芸に優れ、いざとなれば彼の盾となり剣となるのだ。
そして各軍艦には、その船に乗り込むクボーニコフの武将や兵士達が港の指揮台を向いて立っていた。ニンゲンもいればオーガもいる。
むしろ、祖父母の代で海賊オーガの血を引いている者ばかり。この数年、エチウ海域でパラッツォ教団と、血にまみれた抗争を続けていた者らであった。
「クボーニコフの勇士たちよ!」
港の船団に向け呼びかける。拡声術式を使い、一番後ろの船にまで声は届いていた。
「諸君。先日、ワターリ王タネムノフは、その忠実な臣下であったダテーゾフ公殿に兵を向け、放逐する挙に出た!」
この50年、専横著しいダテーゾフが、他の二大公から領土を奪い、王家の領土にまで手を出したことは触れなかった。
「これはワターリ国の長きにわたる、王と公の秩序を壊さんとする乱心そのものである!」
ダテーゾフ前大公は固唾をのんだ。領土奪還の暁には、ワターリ王の首をすげ替えてやる、と心の中で息巻いていた。
「これも愚かで惰弱なワターリ王が、佞臣たるミョーゲチャコフやアイヅバルドの讒言に惑わされ、あまつさえ、ヒッターチなどという外の大陸の国から騙されたゆえに、起こしたものである!」
船上の兵士のうちの事情通は、ダテーゾフのせいだ、と皮肉れなかった。武将らが目を光らせていた。戦いは海軍の、いや、その中核であり指揮官たる海賊達の、絶好の儲け時であったからだ。
「ダテーゾフは、我らクボーニコフの盟友である! 友であればその苦境を黙って見過ごしてよいものか? 断じて否であろう!」
タカスヴィの演説には力が籠っていた。とはいえその内容は彼が書いたものではなく、専用の脚本家がいて練ったものであっあった。彼自身、あまり本は読まぬし、文書をこねくり回すような頭を使う作業は、不得手だった。
「ゆえに、クボーニコフ現王であるこの私、タカスヴィ=ヒヤマウスキは、後ろにおられるダテーゾフ公ペヨトル=ダテーニン殿に、親しき友として領土奪還に尽力したい! そこで、諸君らに力を貸して欲しいのだ!」
若きクボーニコフは、右手を突き上げて高らかに叫ぶ。
「海賊王の末裔たる、我らに栄光あれ! ジーク・チアン!」
クボーニコフ王が叫ぶと、各軍船からも「ジーク・チアン!」という掛け声があがった。波の音にかき消されず、ツチサキニスクの街にまで届いていた。
【ギルバート=カツランダルク注:チアンとは、クボーニコフ王家並びに、配下の水軍頭領らの祖と言わている、大昔のオーガの海賊王・チアン=カイシェックをさしている。
それにジークとつけると「海賊王万歳!」という意味となる。しかしジークが何を意味するか、詳しくはわからない。チアン=カイシェックの時代から使われていた様だが、その語源は不明である。】
ダテーゾフ前大公は期待を抱いた。これほどまでに、自軍を統御できるクボーニコフ王が、ミョーゲチャコフやアイヅバルドの軍に劣る事は無いだろう。
それからクボーニコフの国力にも目を奪われていた。ツチサキニスクは旧都タガレンコフの3倍の広さと人口があり、兵の数はダテーゾフの6倍近く。領土は属国たるユーリポフ13王国を含めれば、その9倍だ。
【ギルバート=カツランダルク注:ここはサーガの誇張表現。この当時のダテーゾフは臨時徴用含めて最大7万の軍勢。クボーニコフはその2倍強の16万だった。
ちなみにミョーゲチャコフは2万。アイヅバルドは5万3千と記録されている。
領土に至ってはクボーニコフはせいぜい、ダテーゾフとミョーゲチャコフ全域と、アイヅバルド盆地の半分を合わせた程度の広さであり、耕地面積はそれほど広くは無かった。】
これなら勝てる。ダテーゾフ前大公は確信した。クボーニコフ王の演説が終わると、水軍の全てが港を出て行った。
今回の作戦は、領海に展開する水軍衆のほぼ全てが南へ周り、ミョーゲチャコフの沿岸部を襲いながらダテーゾフを目指すという計画だった。
艦隊は途中で、属国となっているユーリポフ13王国の水軍や、大陸南西部の小王国群の兵と軍備吸い、総勢6万にまで数を増やす。
6万はムーツではかなりの大軍だ。しかもオーガの戦士が最低でも2000人以上いた。西のオーガは東のオーガに劣るが、それでも手ごわい戦士であるのは間違い無かった。
壇上から降りたクボーニコフ王が、ペヨトル=ダテーニンに呼び掛けた。さあ、我らも向かおうではないか。この王は陸軍の3万を率い、手始めにモガミコフを屈服させるつもりでいた。モガミコフだが1万も兵はいなかった。
「陸と海とで挟み撃ちにすれば、ワターリ王は考えを改めることとなるだろう。ハルムノフという幼い倅に譲位したと聞くが、それを廃して貴公が望む者に代える」
ワターリ王家だが、一応は分家があった。但しアイヅバルド盆地の奥地に、ほんの小さな領地を得ているだけだ。自分達が王家の者と思っておらぬほど、貧しい暮らしをしているそうだ。
「いえ、私はタネムノフに王冠を戻すつもりです。その上で息がかかった姫を嫁がせ、その子が産んだ男児を次の王に」
「よく考えていらっしゃる。そこまでの深いお考えをお持ちであれば、我らも安心して貴公に東を預けられるな。はっはっはっ!」
良き盟友であると、若きクボーニコフ王は喜んだ。しかし陸路からの侵攻には時間がかかる。途中の宿場や軍糧蔵に準備をさせねばならぬから、ツチサキニスクを出発するのは10日後だ。
それから、ヨコテゾフを落とされたと聞いたから、まずはかの国を救援せねばならぬだろう。
その為にもユーリポフの諸王家に先遣隊を送るよう命じた。計3000ぐらいの軍勢がまとまり、ヨコテゾフの国境で橋頭堡を築いてくれるはずだ。
「まずは城で鋭気を養おう。今日のところはゆっくりと為されるがよい。戦勝を願っての宴も、明日か明後日に開く事にしよう」
「御意。陛下の温情には恐れ入ります。このペヨトル=ダテーニン、領土を奪還した暁には、一族の中で一番美しい姫を、陛下の
かくしてクボーニコフ王とダテーゾフ前大公は、城で出陣の時を待った。かつてない大軍を頼みに、2人は勝利を確信していた。
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しかしである。その閲兵式の翌々日の夜、クボーニコフ王は人生で初の籠城戦を体験していた。
イズヴァルトが加わる『ワターリ・ヒッターチ連合軍』が城市の南側から攻め込んできたのだ。
王都にいる軍勢は6000しかいなかった。しかも敵側にはあっという間に城市を制圧され、王宮の防壁で攻防を繰り広げている様だった。
各地に援軍の打診を送ったが、早馬は誰一人として帰って来なかった。王宮と城市の外にはいくつも抜け穴はあり、まだ見つけられていなかった。一番近くにいる兵団にたどり着ける時間はあったのだが、援軍すらも来なかった。
そうしてぼやぼやとしているうちに、王宮の表門がぶち破られた。籠城側は戦意はすっかり喪失していた。国王は尚も徹底抗戦を唱えたが、親族衆らに寄ってたかってボコボコにされ、簀巻きにされ、相手側に引き出された。
「ううう。くやしい……」
玉座の間にて、イズヴァルト達の目の前でクボーニコフ王は涙目であった。ダテーゾフの前大公も、お付きのサキュバスともども縄で縛られていた。
この軍の実質的な総大将は『おおばば様』ことイナンナだ。彼女はしたためておいた文をクボーニコフ王の前に突きつけた。
「1つ、ワターリに向かわせた兵を全て引き上げろ。1つ、今後一切ワターリ王国の内乱に関わるな。1つ、パラッツォ教に向かわせた軍を全て撤退させろ……だと?」
こんな条件なんか呑めるか、と強がると、イナンナの足が王の顔を小突いた。
「強がっているんじゃねえズラ! 負けたおまんに拒む権利なんか、ひとっつもねえズラよ! とっととサインして頭も丸めたら、その縄をほどいてやるズラ!」
さもなければ、この軍はクボーニコフの街や村を焼いてまわるだろう。海賊衆の拠点にも火をかける。
「随分と自信ありげだな? 6万の海軍が戻ってくれば、お前たちなど、ひとひねりのイチコロだぞ?」
「海に出なければこっちの勝ちズラ。陸に上がった海賊が、どれだけよわっちいのかよーく知っておるし。オーガなんぞ毒矢でイチコロってもの存じておるズラよ?」
しかしサインをせず、戦争の続行をするつもりなら命を取るし、クボーニコフの王宮にいる全員を皆殺しにする。
それだけではない。イナンナは後ろに控え、指揮棒を握っていたイズヴァルトを指さした。
「この世界に名だたる種馬として有名なイズヴァルトさんが、クボーニコフ国内のありとあらゆる女オーガどもを犯し、腹ボテにして差し上げるズラよ?」
「……こいつが!」
クボーニコフ王の目が急に輝いた。しかし憧れが籠ったものはなく、憎悪と嫉妬に満ちていた。
「エチウではよくも我らを苦しめたな! お前が討った武将の中には、俺の友もたくさんいたのだぞ! この俺の前に姿を現わしたからには、己を恥じろ!」
「いくさを起こした貴殿らの責でござろう? 拙者が言われる筋合いは、ござらぬ」
「サイゴークに着いたりパラッツォに寝返ったり、貴様はいろいろと忙しい奴だな! 女か? 女がそうさせるのか?」
笑い叫ぶ国王に、イナンナが匕首を抜いて首に押し当てた。次に何か言ったら、遠慮なく胴体から切り離す、という意思表示だった。
「イナンナどの……」
「負け犬の遠吠えに本気になりおって! まあいい。降伏だ。提案をのんでやる」
イナンナが匕首を鞘に戻す。簀巻きにされていた王は、ホージュリアの手によって縄をほどかれた。
「しかしだなホーデンエーネン人。講和のついでに貴様に面白い話を教えてやろう」
「……なんでござろう」
「海を隔てたホーデンエーネンで、今起こっていることをだよ。これを聞けばのんびりとムーツでいくさなどしていられないだろうからな!」
随分と思わせぶりな言いぶりで、クボーニコフ王は高らかに笑う。
さて、この敗戦の王が語った、イズヴァルトの祖国で起こっていたこととは、如何なるものであったのか?
その続きについてはまた、次回にて。