※この作品はR-18です。

聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ   作:CHACOとJAGUAR

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第八十五回

 翌日、イズヴァルトは皆と共にクノーヘ国へと向かっていた。

 

 ツダサンチョーからの知らせのせいでもあるが、『物見遊山』で同行するシゲニウス帝が、できるだけクボーニコフを早く出て行くようにと、諭したからだ。

 

 理由はほかでもない。クボーニコフ王が語った、ホーデンエーネンで起きていたことについてだ。

 

「一カ月前、俺の元にセイン王の首が届けられた。差出人はわからん。それを塩漬けにしてホーデンエーネンに送り届けた。向こうは使者を寄越して、どうぞご内密に、と言って来たよ」

 

 セイン王は海戦で討ち死にした。国を揺るがす大事件であった。

 

 クボーニコフは秘密にする条件に、パラッツォ教との戦争で教団側についていたホーデンエーネンに、係争から手を引くくこととアヅチハーゲンの港の一部を、実質的にクボーニコフの支配下に置くよう求め、認めさせた。

 

「セイン王は骨があるやつだったが、今のジューンショーンはまったくの弱腰だ! たいへん御しやすい! そして俺はダテーゾフに向かわせた6万の水軍を、アヅチハーゲンに集結させられるというわけだ。わはははは!」

 

 もちろん、アヅチハーゲンに水軍の増援を向かわせぬように、誓約書を書かせた。しかしそんなものはただの形式である。相手が忘れた頃に反故にする、というのが、クボーニコフの作法というものだった。

 

 実質、パラッツォ教団の防衛力は落ちたも同然だった。更に国王はこんなことをこっそりと告げた。

 

 パラッツォ教に親しみを持つキンキ大陸の北部諸侯が、密かに独立しようと動いているらしい。

 

「さあ、どうする? まだムーツに踏みとどまっているつもりか、ホーデンエーネン人?」

 

 イズヴァルトにとって、心が穏やかになれぬ事態であった。キンキ大陸に戻り、事態を収めるように働きかけたい。

 

 いかがでござろう、と皆に尋ねた。シゲニウス帝が強く反対した。

 

「君は今、『氷雪の栄光』とやらを手に入れることが先決ではないのか? それに、1人の騎士が国をどうこうするのは難しいものだ。ここはまず、『覇王の剣』に並ぶ秘宝を手にして、力を蓄えるべきではないだろうか?」

 

 そもそも、イズヴァルトは舌を用いた戦いは不得手だ。根っからの武人であった。政治など不向きな男である。

 

 その代わりに武名を頼みにして国内の支持者を惹きつける、という方法もとれたが、およそ14年も国をあけていた。かつての武名を知る者も減っただろう。

 

「行っても拙者は何もできぬ、翻弄されるだけ、というわけでござるな……」

「多分、そうでございましょうな」

 

 ローラが口を開いた。自分の考えを述べた。クボーニコフ王陛下の言う事はでたらめかもしれない。本人を目の前にしてそう言った。

 

 いきなりしゃしゃり出て来た、義手義足の女にクボーニコフ王はひどく憤慨したが、この女は妙なことを言って国王をたじろがせた。

 

「ここ6年、各地方の作物の取れ高が、冷え込んできているらしいですな?」

「それをどこで知った?」

「商人たちから聞けばわかりますよ。砂金や銀山はあいかわずの盛況ぶりで、代わりに豊作が続くユーリポフ13王国から、食糧をお買いになられているそうで……先代様は安値で買い取れていたようですが、今は市価の倍の値段で」

 

 それを聞いて、シゲニウスとオクタヴィアがにやりと笑った。クボーニコフ王は苦悶を顔に浮かべた。

 

「農村への振興が、随分とおろそかのようですな? 重税もよくありません。農家の次男坊三男坊を開墾に向かわせず、水軍に吸い上げられてばかりというクボーニコフ国の構造も、陸を富ませる阻害になっている様ですな?」

「……この女は何者だ? 乳と尻がえらくデカいから、誰かの情婦だと思えるが?」

 

 自分はイズヴァルトの知恵袋である、ローラはそう答えた。

 

 彼女はツチサキニスクの北西にある、ナマハゲシア平野と、隣接するハチロガタ湖とババメルカ河流域について語った。

 

「あの辺りは水が豊富で肥沃な土地が多く、北にあるのに海流の影響で、割合と温かいそうですな?」

「……それがどうした?」

「他国へのちょっかいなどせず、開拓すればそこそこの増産を見込めるでしょうに。まあ、ナマハゲシア平野は水軍衆の領地でございますから、手を付けられないでしょうが」

 

 そしてローラはこう言った。6万もの水軍を動かせる糧秣は莫大なものである。海の魚を獲ればよいし、蔵に蓄えているだろうが、もって今年ということだろう。

 

「それゆえに、エチウ諸島で勝手な植民をやられているそうですな? あれは鉱物資源獲得もさることながら、本国に送る魚介を集める為でもあるのでしょう?」

「いろいろと外れている見立てだが……まあいい。しかしこやつ、まるで経済大臣のような口ぶりだな? イズヴァルト、この女は本当に、お前の様な武人の役に立つのか?」

「ローラ殿は、拙者の妻であり軍師殿でござるよ?」

 

 どこでもおケツを出してクソをひねり、カワイイが淫らに過ぎる女だが、頭だけは抜群に良く博識だとイズヴァルトは告げた。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 クノーヘには、クボーニコフ北部を横断して脊梁山脈を越えるルートをとって向かう。国境までおおよそ20日近くの旅程であった。

 

 ローラの言う通り、北部を流れるゴジョメコフ河流域は肥沃な土地で、紅葉が広がっていた。ヨコテゾフは雪がちらついていたが、こちらはまだ、ホーデンエーネンの秋とあまり変わらなかった。

 

 ゴジョメコフ河の低地地帯から、北東にあり水源であるハチロガタ湖に向かうと、真東に向かう街道に入り、ヒナイクタン高原を突き進んだ。

 

 こちらは雪が降り始めていた。11月にはヒッジランドの様に雪景色となるそうだ。冬の行軍に詳しいミョーゲチャコフの騎兵とゲオルギー公子は、この辺りの雪は粒が荒くてよく滑る、とイズヴァルト達に告げた。

 

「このあたりはナンブロシアみたく、馬に藁沓(わらぐつ)を履かせているべ。それからな、クノーヘはムーツで一番寒いところにあるだよ。おれたちの防寒具もそうだけど、馬たちにも着せる事を忘れちゃならねえ」

 

 この軍勢のぶんだけの人と馬用の防寒具だが、行く先々の街や村で買い揃えることができた。この辺りは牛や羊を飼う家が多く、毛織物の名産地であったからだ。

 

 しかし、ヒナイクタン高原の人々は、皆がやせ細っていた。ホーデンエーネンやサイゴークでは、酪農家は牛乳やヤギの乳をよく飲み、田畑を耕す百姓より、体格が良い者が多かったのに。

 

 気になったイズヴァルトは、立ち寄った村の牧童に尋ねてみた。寒い季節なのに、村名産の冷やっこい『そふとくりーむ』を皿にのせて食べていた少年は笑ってこう答えた。

 

「むしろ牛乳しか食べるもんが無いんだよ、僕たちは」

 

 この『そふとくりーむ』も主食のようなものだと言った。村の名産で、あちこちに売店があるよ。

 

「そ、そうなのでござるな? しかし牛さんのおちちを毎日飲むと、おっきな身体になると聞いておるでござる」

「そりゃあそうだけど、ここ、寒いだろ? 何もしなくても海沿いの倍以上の体力を消耗するらしいって、じいちゃんから聞いたことがあるよ」

 

 この辺の者達は乳製品以外に、大根を魚醤で漬け込んで燻製にした、『いぶりがっこ』というものしか食べられない。

 

 『いぶりがっこ』は薫りこそあったがとにかくしょっぱく、他の大陸の者達の舌には合わない代物だった。

 

 それとツチサキニスクで食べた、オーガの郷土料理で宮廷料理ともなっている『かいせんどん』は、食べただけで卒中になりそうな、ろくでもない代物だった。

 

【ギルバート=カツランダルク注:『かいせんどん』はどんぶりに長粒種の米を盛り、その上に一番塩分が高い種類の魚醤に漬けた生の魚の切り身を載せた料理だ。クボーニコフ人でも豊かな者は、これを毎日食べるそうだ。

 とにかく塩辛いのだが、これの上に塩漬けにして発酵させたイカや魚の臓物の漬物や、塩をまぶした魚卵をのせて食べる者もいる。

 塩分については毒にならぬオーガ族はそうならないが、クボーニコフ人はこれを食べて急病になる者が多いという。

 こうした塩辛い料理のせいかもしれないが、クボーニコフのニンゲン種の寿命は、ムーツ諸国で最も短いそうである。】

 

 それに比べて内陸部の料理は、少し身体にやさしかった。この村の売店で買って食べた『そふとくりーむ』は、砂糖を入れなくても甘くてうまかった。

 

 沿岸部の塩漬け料理でいくぶん、体調を崩していたイズヴァルトは、ヒナイクタン高原の旅ですっかり健康を取り戻した。

 

 そして脊梁山脈に入った。この辺りの山道は山脈の切れ目にあたり、道に薄雪で覆われていたが、豪雪ではなく坂道もゆるやかだった。

 

 それから湯治場がある宿場もあり、そこに浸かって身体を休ませ、ついには道の一番高い場所、クノーヘ国との境にさしかかった。

 

「う、うううむ……」

 

 東からの風を受けてイズヴァルトはうなった。永久凍土から吹く様な凍て付く風が、彼の頬を撫でていた。

 

「クノーヘ側の様子はどうですかー?」

 

 荷車からローラの声。しかし上はすっかり毛織りの幌に覆われていた。あろうことか彼女はオクタヴィアらに荷車を改造してもらい、誰かが引っ張らなくても、魔法で車輪を動かし続けるようにしていたのだ。

 

「とてもとても青々と茂った、きれいな景色でござる。不思議なことに、蝶々さんもひらひらと飛んでいるでござるよ?」

「嘘をおっしゃいまするなー! 蓋をしても、外の寒さを感じまするぞー!」

 

 ローラは幌を外して顔を出そうとしなかった。とにかく東からの風が凍える程寒かったのだ。

 

 しかしエルフ達はともかく、ヒッターチの者らは平然としていた。常に外気に肌を触れ続けることで、身体を寒さに慣らしていたからだ。

 

 シゲニウス帝はミツクニュモスを従え、ホージュリア妃と馬を並べて、雪深いクノーヘ側の景色を、懐かしがるように眺めていた。

 

「……この寒さ、『まんしゅう』を思い出すよ」

 

 皇帝の前世の世界にあった地方であった。まるでその地方の冬ぐらいの寒い風だ、と笑った。

 

「イズヴァルト、早く山を下りよう。高いところだから寒いはずだ。ローラさんにクノーヘの景色を見てもらおうじゃないか?」

「承知したでござるよ!」

 

 かくして、ツダサンチョーが言ったクノーヘの地をイズヴァルトは踏んだ。

 

 ここに伝説の武器、『氷雪の栄光』が眠っているという。

 

 さて、それを得る為の旅でいかなることが起こったか?

 

 その続きについてはまた、次回にて。

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