聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
2日ほどして、ツダサンチョーはミズサワスチに戻って来た。クノーヘ公の邸で近衛のオーガの戦士達と、打ち稽古をしている最中だった。
「へえ。四方八方を囲まれての実戦形式か。ハードなことをやるもんだ」
ツダサンチョーの眼で見ても、そのオーガの戦士達は相当な手練れだ。イズヴァルトよりも剣技が光る者も見受けられた。
だが激しい実戦を繰り広げたイズヴァルトは、相手を倒すのではなく、いなすように相手の攻撃を弾き続ける。
イズヴァルトの動きには、一切の無駄が無かった。徹底的な省力化を心掛けている。戦闘機械の様な動きはますます磨きがかかっていた。あくまで訓練だと、言い聞かせているように冷静だ。
対してオーガ達は本気だ。未だに小手や肩に一打を与えられないのに苛立っていて、動きに粗が目立ち始めていた。
そしてオーガ達の1人が「ここまで!」と叫んで木刀を投げ捨てる。他の連中もそれに倣った。イズヴァルトはしょぼん、とした顔になった。防御一辺倒の訓練が面白くなっていたからだ。
「おい。そんな縛りプレイばかりしているのはなんだね? キミは相手を怒らせるのが好きなのかよ?」
「おお、ツダサンチョーどの。戻られたでござるか?」
「イズヴァルト、コンゴウアミダラデンに報告書を届けたよ」
イズヴァルトはこの世界の『ゆうしゃ』として、認定されるべき人物である。そのように記した報告書である。
「というわけでキミはこれから、魔界公認の『ゆうしゃ』となるわけだよ。よかったねえ?」
これでもう片方の子孫から、マイア=テクニカの株券をもらえるぞ、とツダサンチョーは顔をニンマリとさせる。おや、とイズヴァルトは思った。ツダサンチョーの後ろに見慣れない人物が立っていたからだ。
「で、そこの狐さんのお耳が生えたお嬢さんは、何者でござるか?」
ツダサンチョーは1人の娘を連れていた。金髪でイズヴァルトが言うように頭に狐のような耳が生え、純白のドレスに身をまとっていた。
背はとても低い。140あるか無いかだった。
それと右肩と頭に、丸くてふわふわとした鳥が止まっていたシマエナガという種類の鳥だという。
「シマエナガ……聞いたことが無い名前でござるな?」
イズヴァルトは稽古を見物していた『軍師殿』とブライアンに尋ねた。うち一羽が『軍師殿』の肩に乗って、「ぴぃ!」と鳴いた。義手でさわってみると、ふわふわとした羽毛だった。
「キミにつける魔族だよ。中級の魔族さ」
狐耳のは「やあ」と言って近づいてきた。幼い顔立ちなのにやや声が低かった。
「私の名はイナリーレンだ。魔界の獣人族だよ。以後、きみのパシリとして手を貸そう」
しかし使い魔としてはまるで役に立たないし、仕事には熱心でないから承知したまえ、と偉そうな口ぶりで付け加えた。
「あの……ツダサンチョーどの?」
「あ、1人じゃなくて3人だからね? その鳥みたいな2人はイナリーレンより1ランク上の魔族だよ。イナリーレンの頭に乗っているのがゼンゼ、ボクの金づるに止まったのがフェルンさ」
「その言い方!」
『軍師殿』が憤慨すると、フェルンがちょこんと頭を下げた。
「お話を魔竜様から聞いております。とんでもない要注意人物とお聞きしましたよ?」
「……その言い方はやめてくれないかなあ? 私、一応は貴方達が敬ってるご一家の子孫だよ?」
「とはおっしゃいましても、貴方様のように『馬の骨』の血が混ざりまくって尊き血がうっすいご末裔様はごまんとおりますから、それほど敬う気にはなれませんよ?」
「……イズヴァルト、こいつ、中身がぜんぜんかわいくなーい!」
いかに魔王に連なる一族の末裔といっても、ほぼほぼ雑種に近いというわけだ。しかし彼女の姉はとんでもない『変異体』であったけれども。
ツダサンチョーはイズヴァルトに言った。イナリーレンたちは実は魔竜の直属の家来ではない。別の人物のだ。
「監督長の代行者様が、イナリーレンたちの上司さ」
「魔竜が監督長、ということは……」
「さま、をつけたまえ、このデカチン野郎!」
魔竜は今、魔界に戻って別の仕事にかかりきりだとツダサンチョーは告げた。この世界でいうとおおよそ3年か4年は戻って来れないだろう。
「なにゆえでござる?」
「別の世界から新手の『ゆうしゃ』が攻めて来たらしいんだ。魔竜さまはそいつらをやっつける為に戻されたんだよ。相当に手ごわいらしくてね……」
魔界の最強の戦士団を送っても、1年ほど戦いが続いている。ナプリオネという名の『ゆうしゃ』と、それが率いる、『
「……もしや、手を貸せというのでござるまいか?」
「今のキミじゃ無理だろうね。何せ……ヤギウセッシウサイと並ぶワキノキヨマロが苦戦しているんだからね。ミコガミテンゼンやタカダマタベーといった手だれも加わったらしいが……鎮められないのさ」
ミコガミテンゼンは魔界のコボルト族で『剣鬼』と呼ばれる剛の者。タカダマタベーは狼の獣人族で、『嵐刃』と称される二刀流の使い手とのことだった。
「残念だが魔界で腕試しは諦めてくれ。『ゆうしゃ』とは認められても渡航許可はボクと代行者殿じゃ出せないよ?」
「その、代行者とは誰でござる?」
「ボクの親戚さ……それから魔王様の娘のうち1人でもある」
その代行者が、イズヴァルト達をコンゴウアミダラデンに招待したいそうだ。招くというよりかは必ず顔を見せに来い、ぐらいのニュアンスである。
「……なんというお名前でござろうか?」
「コショーショーさ。ボクの妹と魔王様との娘でね」
魔界では第443番目の王位継承権者であるという。
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コンゴウアミダラデンには、ミズサワスチにいたイズヴァルトの関係者全員が招待された。
エレナとオリガやウーゴ王子だけでなく、エルフ達やヒッターチやミョーゲチャコフの関係者。更にクノーヘ大公のご一家もだ。
ゲオルギー公子やクノーヘ公は、初めて見る魔竜の拠点に目を見張っていた。城下町の魔族の街区に入ると、異形の者たちを見て目を輝かせていた。
「すんげえな! サキュバスやガーゴイルとかいうのがいっぱいおるっぺや!」
「左様ですな! ハルムノフ陛下もお連れしたかったぐらいに思いまするぞ!」
「いや、こいつら、おれの騎馬愚連隊と公のオーガ戦士団で、どれだけ多く殺せるか、試してみてえべな!」
「……物騒なことをおっしゃられまするな」
街の魔族達もオーガの戦士団やイズヴァルト達には近寄って来たが、ゲオルギー公子率いる騎馬愚連隊は避けた。それ程彼等からは、まがまがしい殺気を感じ取ったからである。
チハヤ大山にあるコンゴウアミダラデンへは魔族街から入ると、一番入りやすい。山道も一番緩やかである。
山道に入ると魔竜の位が高い部下らの家や、この世界の精霊人たちの『要人』らが寝泊まりする家が並ぶ。どこも温泉を引いているそうだ。4合目に入るとそこかしこに湯気が立ちのぼっていた。
代行者であるコショーショーは、5合目にある屋敷で待っていた。イズヴァルト達がたどり着くと、彼女は黒ヤギの様な魔族、スギタニゼンジュウボウを伴って門の前で出迎えてくれた。
身長は130ぐらい。紫色の髪と同じ色をしたワンピース。素足にミュールをつっかけている。細身で小柄な可愛らしいハーフリングの娘だった。
しかし眼は黒目と白目が反転していて、瞳にはうっすらと三本足の鳥の紋様が浮かんでいた。鳥の紋様は魔王の一族の現れである。
ツダサンチョーが彼女の姿を確かめると手を振った。コショーショーも手を挙げて返した。コショーショーを間近まで来ると、イズヴァルトは胸に動悸を覚えた。間近で見る魔王の娘は、とても可愛らしかったからだ。
「やあコショーショー。『ゆうしゃ殿』を連れて来たよ?」
「ふふ。仕事が嫌いなおじさまにしては、連れて来るのが早かったわね。オーガの里の女の子達と楽しんでから来るかと思ったけど?」
「生意気を言うんじゃないよ。で、イナリーレンの傍にいるのがイズヴァルト=シギサンシュタウフェンだよ」
コショーショーはイズヴァルトの顔を見ると、涼やかな笑みを浮かべてお辞儀をした。
「はじめまして、イズヴァルトさん。サイカノマゴイチおばさまから噂を聞き及んでおりますわ」
可愛らしい声だ。しかも聞いていて心地よく思える揺らぎがある。『軍師殿』やオクタヴィア達もそう思って気を許したが、マレーネだけは何故か不快そうな顔をしていた。
「世界最強の騎士で魔法戦士。今、大魔道士コーザを倒せるのはイズヴァルトさん以外にはいない、とも」
「……言い過ぎでござるよ。コーザどのは闘志をへなへなにする不思議な力をお持ちでござる。当代で魔竜どのを差し置いて、最強と呼べるのはコーザどの以外はござらぬよ」
「うふふ。やはりあの『大淫婦』の血は凄いのね。お父様がおっしゃった通りだわ」
その名を聞き、スギタニゼンジュウボウとツダサンチョーが顔色を悪くした。2人はコーザの母が魔界にいる頃、彼女の虜となってしまった過去があったからだ。魔王の一族に連なる大魔族でさえ、彼女に魅入られ心を奪われた。
大淫婦クラリスはそれ程までに、魔界の歴史上、もっとも規格外の人物だったのだ。魔竜はコーザを、魔王に届きうる実力を持つ、と評していた。
ホームである魔界でも苦戦するだろうとも。コーザは半ば魔族だ。魔界に行けば力が増幅する。
「うふふ。それと……」
コショーショーは『軍師殿』に近づいた。彼女の顔を覗き込んで瞳の中の紋様をうっすらと輝かせた。
「だいぶ進んでいるわね。もうあと2年か3年で、アナタの隠れた力が引き出せるわ?」
「コショーショー様。つまりは、『先祖返り』のですか?」
「……それもあるけど、もっとすごいことかな?」
思わせぶりに言って、それから小さな声でささやいた。
「だいぶいろんなものを見て来たのね? 例えば……自分が死んだ後の『前世』のこととか?」
「……!!」
『軍師殿』の顔が引きつった。それから念話で直接、脳に語り掛ける。
「かわいそうに。遺して来た赤ちゃんがあんなひどいことになっちゃったなんて、耐えられないよね?」
「なぜ、そのことを?」
記憶を読み取ったからよ、とコショーショーは答えた。
「普通の人とは違う能力だったばかりに、悪い人たちに散々弄ばれて、最期にはその人たちに殺されるだなんてね。かわいそうに」
念話で語り掛けるその声は、心地よくなる様な響きや揺らぎはまるで無かった。不幸な事件を調べて楽しむ類の、悪辣な趣味を持つ者が持ついびつな好奇心があるのを伺わせた。
『軍師殿』は声を荒げる気になれなかった。前世の娘のことで嗤われても仕方が無いと思った。何も教えられないまま自分が死んでしまったから、あんな終わり方をしてしまったのだ、と己を責めるだけだった。
コショーショーが口を開く。
「だからこそイズヴァルトさんをここまで導けたのね?」
念話で「死んだ娘の代わりに」と付け加えて。
コショーショーの顔は涼し気に微笑んだままであった。だが、その身体からはほんの少しだが、『魔』の気配が漂っていた。魔力ではない。邪霊や悪鬼の類のだ。
そしてその気配に反応したのか、イズヴァルトが腰に差していた『氷雪の栄光』に刻まれた文字が青く光り、その周りから冷気を漂わせ始めていた。
「……む? おかしいでござる」
『氷雪の栄光』が臨戦態勢に入ったのに気が付き、イズヴァルトは指揮棒を手に取って首をかしげた。彼はまだ、コショーショーの本性を察していなかった。
(『氷雪の栄光』はどうして、勝手に動こうとしているのでござろうか?)
暴走じゃないのか、とツダサンチョーが言って笑うと、イナリーレンの肩に止まっていたゼンゼとフェルンがコショーショーをちらと見る。主人に注意を促すためだ。
(ふうん。そういうことなの。とてもこわい武器ね? 魔族殺しの武器だったのかしら?)
微笑んだままコショーショーは『軍師殿』の傍から離れる。
「それではこの世界の『ゆうしゃ』の誕生を祝う宴に、皆様をご案内いたしますね」