聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
宴とはいっても、酒や料理は出てこなかった。
イズヴァルト達にとって見慣れない奇妙な袋や、冷やされた缶ばかりがテーブルに並んでいた。
「どうぞ、どんどん開けて食べていって?」
コショーショーが促すが、イズヴァルトは首を傾げた。出されたこれらは何なのだろうか。『軍師殿』が真っ赤に彩色した缶を見て、開け口をブライアンに見せた。
「これ、開け口がブライアンくんの前世の頃に出回ったタイプだよね?」
ステイオン型の蓋がついていた。『軍師殿』の生きていた頃は、蓋を引き抜くプルトップ型のしか無かった。
「よく知っているなあ……ああそっか、ツダサンチョー様に前世の世界に連れて行って貰ったっけね」
ブライアンは赤い缶の蓋のタブを起こし、イズヴァルトに渡した。そうやって開けるものなのか。彼は物珍しいものに強い感激を覚えた。
「イズヴァルト、開けにくかったら私やブライアンくんに言ってね?」
ローラとブライアンが、緑の缶のものを取って開けた。他の者達も首をかしげながら缶を取って、2人がしたように蓋を空けて口づけた。
「うん……スプライトとかセブンアップに近いね?」
「やっぱり魔界の砂糖は微妙に甘味と旨味が違うな。魔界のは若干ハッカのようなにおいがある。甲乙はつけられないけど、元の世界の風味が恋しいよ」
「うん。まあね……」
訥々と評する『軍師殿』とブライアンに、フェルンとゼンゼを肩に乗せたイナリーレンが近づく。彼女は紫色の缶を手に持っていた。
「イナリーレンさん、そっちはぶどうの味がするやつなのかな?」
「ブルーベリー味だよ。魔界のね。この世界のや君達の前世のものとは、テイストが違うはずだよ?」
「ああ、苦いやつだよな。魔竜様が持って来て食べさせてくれたけど、コーヒーみたいに苦かった。甘味も充分あったけどね」
シマエナガ型の魔族が2匹、イズヴァルトの肩に飛び乗った。囁いたのは左肩の、ゼンゼのほうだ。
「さあ、イズヴァルトちゃま。その缶の中身をググっと飲み干してくださいな」
ゼンゼが「ぴよ」と鳴いて目を細める。フェルンと違って、口調と物腰が柔らかだ。シマエナガ型魔族の中では実家が太く育ちがいい、お嬢様だからである。
「どんな味がするのでござろう、これ?」
「とってもあまくて美味しくて、しゅわしゅわっとしてますの。とっても冷えておりますから、のど越しもすっきりですのよ?」
フェルンは缶をじっと見つめたままだ。何の飲料の缶だったのかを思い出しているところだった。ゼンゼに「さあさあ」と促され、イズヴァルトは缶をあおった。
「む!」
至極甘ったるい。さわやかどころか泥やかな味だ。甘味と口に含んだ感じである。しかも薬草の様なにおいが口の中に広がる。
炭酸を含んでいたがしゅわしゅわ感が殆ど無く、むしろ、薬草水を甘ったるく味付けしたような、理解に苦しむ味だった。
「……ゼンゼどの、なんでござる? こども用の飲む薬草でござったか?」
「あら? カラメルとコカの葉っぽいにおいがかすかにするだけの風味と思っておりましたけど……」
フェルンが「ぴゅ」とひと鳴きした後に指摘した。
「ゼンゼ様、この缶はコーラではありません」
まずいというか微妙という味だ。シマナミスタンにあるピーナツに黒糖を絡めたお菓子を「んまんま~!」とぼりぼり食べる甘党のイズヴァルトでも、首をかしげるぐらいだった。
味見させてよ、とブライアンが近づいて、イズヴァルトに缶を取る。少し含んで嫌な顔をした。
「うわ、薬草くっせえ。これ、魔界のルートビアじゃねえかよ!」
『軍師殿』が袋を持ってやって来た。
「ルートビア? 飲んだことあるよ!」
「飲んでみ? すごくクサくっさいから」
「どれどれ……これ、ルートビアというより台湾コーラに近いよ。黒松沙士とかいうやつだったかな。あっち寄りの味だよ」
イズヴァルトはイナリーレンに説明を求めた。エルフ達やシゲニウス帝らは初めて味わうものに夢中になっていたが、前世の記憶を持つ転生人2人が褒めない、魔界の缶ジュースのデキに対してだ。
「これ、わざと微妙な飲み物ばかりを選んでおられるのか?」
「それは違うな。魔族とこの世界の人族との味覚が違うというだけだ。別に悪意があって供したわけでは無いよ」
イナリーレンは持っていた袋を開け、中のものを一枚手渡した。丸っこくて薄くて黄色い、芋を揚げた御菓子だ。
「これは魔界のポテトチップスだよ。さあ、食べてみて?」
「ふむ……胡椒みたいなにおいと味がきついでござる」
イズヴァルトもポテトチップスを食べたことがある。マイア=テクニカの製菓部門が出している商品だ。『パリッコ』という。名付け親はマイヤだ。
紙筒に入っていて、あちらはイズヴァルトもパリパリ食べられるテイストだった。口にやさしい味だった。しかしこの袋に入ったものは違う。どうにも味が馴染めない。
「ううむ……パリッコと比べると、どうにも……」
「気に召さなかったか。人間と魔族の共存は難しいものだな。まずは食べ物で齟齬が出る」
フェルンが「ちゅぴっ」とひと鳴き。
「イナリーレン様。それは魔族と人間だけではなく。人種や国、あるいは部族が違うだけでも同じことではないのでしょうか?」
ゼンゼも小さな頭をこくん、こくんとうなずかせる。
「そうですわ。でも、味覚が違っても同じ、血の通う生き物として魔族と人間は同じ。まずはそこから相互理解を始めていけば、きっと仲良しになれると思いますの!」
味の好みは違えど魔族と人族は同じ。血が流れていれば殺せるいきものである。一段高い床で豪華な椅子に座って、叔父と一緒に宴を眺めるコショーショーは嬉しそうだった。
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「で、どうして突っ返されたのかな、アナタ達?」
アカサカチハヤの大地を背に、手すりに肩をかけたコショーショーはイナリーレンに言った。相手は安楽椅子でくつろぎながら、パイプ煙草を悠然とした様子でふかしていた。
「おおかた、殿下の底意地の悪さに気づかれたのでしょう。あの最初の宴でそもそも、勘づかれたのでは?」
イナリーレンは呑気な様子でパイプに口をつける。フェルンとゼンゼも、このバルコニーの欄干に座ってひなたぼっこの最中だった。
「悪意? ワタシはただ、イズヴァルトの旅を面白おかしくしてやろうと思ってただけなのに?」
「それが悪いことですよ、殿下」
イナリーレンもその悪事に加担しようとした。しかし、実際にイズヴァルトに会って考えを改めた。結構痛い目に遭っている人物だったと思えたからだ。そういう者はなかなかに騙し通せにくい。
「アレに深入りするのは、およしになられた方が良いかと存じます。ましてや、ヤギウセッシウサイ様に目をかけられているのでしょう?」
「フン、つまらないわ。この代理期間で楽しめる『おもちゃ』になるかと思っていたのに……」
コショーショーはわくわくすることが大好きだ。しかしそのわくわくは、酸鼻きわまる悲劇だったり。泥沼化する戦乱や災害のことである。それを見物して楽しみ、時には涙をこぼして悲しむこともある。
言ってしまえば、彼女は悪党である。その本性は魔界では隠し通していた。監督官や代理者として淡々と任務をこなしながら、裏で『いたずら』に加わってくれる現地の者を見つけ出し、彼等を暗躍させる。それをいくつもの世界で続けていた。
「イナリーレン。アナタほどワタシに忠誠を誓ってくれるコが、どうして嫌がるのかがわからないわ?」
「それだけ、イズヴァルトというのが面倒くさい人物だと思ったからですよ。あれはきっと、並の『ゆうしゃ』じゃありません。魔竜様にも届きうる実力を身に着けるかと思われます」
しかし、とイナリーレンは付け足した。イズヴァルト以外に『おもちゃ』になれそうな人物が、この世界にはもう1人いる。
「ふうん、誰?」
「それはですね……」
イナリーレンはコショーショーに近づいて耳打ちした。魔王の娘の顔に笑みが浮かんだ。どす黒い笑みだった。