聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
舞台はムーツ大陸からキンキ大陸へと変わります。
さて。
ホーデンエーネン王国暦も360年の4月も半ばを過ぎた頃である。
かねてよりホーデンエーネンの南部の諸侯と、彼等が戴くホーデンエーネン王家に不信感を抱いていた北部諸侯が、槍を掲げて決起することになる事件が起きてしまった。
それは南部の諸侯の連合軍ともいえる『近衛騎士団』が、何の事前予告もせずにオバーマゲルク公の領地に侵入し、軍事的衝突が起こったのだ。
その原因が、モナファン海賊団の残党であった。海賊団はタンゴバルド海賊団との戦いで王国の海軍と従う各海賊団を見殺して敵前逃亡した。
セイン王への忠誠心が溢れ過ぎ、血気に逸った一部の騎士達は、頭領たるカリグラ=モナファンとその本拠へを襲撃し、討ち果たしてしまった。
ただ、全てを討ち果たしたわけではなかった。次の首領と目されたカイル=グリーヴァスの妻でありカリグラの末娘である、クリスティーナ=モナファンが生き残りを集め、オバーマゲルク領に逃げ込んだのだ。
クリスティーナだが、12だか13の歳で最初に産んだ子が、先代のオバーマゲルク公の実弟との間に為した子であった。
彼女の求めにオバーマゲルク公は応じた。大公は叔父の子の母親であるクリスティーナの求めを、むげにすることが出来なかったのである。
【ギルバート=カツランダルク注:クリスティーナは先代のオバーマゲルク大公の弟であったアジール公に拉致され、その子を産んだ。その負い目からオバーマゲルク公は彼女を助けた。クリスティーナについては『少年編』を参照されたし。】
とはいえ、モナファン海賊団はそれまで追撃をされることはなかった。前年、ジューンショーン王がこのような勅令を発布したのだ。
「モナファン海賊団への、これ以上の攻撃は朕の意に反することである。よってこれより、ホーデンエーネンの大公から兵士に至るまで、モナファンの討伐及び迫害の一切を禁ずる」
この勅令で、残党狩りは一応おさまった。しかしこの年の4月、『近衛騎士団』はその勅令を無視する行動に出た。それが
、オバーマゲルク領への無断での侵攻である。
「我らはホーデンエーネン王家の忠義の臣である。現王陛下が申しても、先代のセイン王陛下の無念を思えば、あえて勅令を突き返し、仇を討つのみである!」
そうしてオバーマゲルク領に入ったのは、およそ6000。近衛騎士団の全兵力の5分の1であった。
公都近辺の海岸から入った彼等の大将は、兵を引き連れて対峙したオバーマゲルク公にこう告げた。
「モナファンの残党どもを我らに引き渡せ。さもなくば、斬り伏せてでも押し通る!」
オバーマゲルク公はかたく拒んだ。すぐにかき集められる兵を含めて2000で公都に閉じこもり、戦いが始まった。
オバーマゲルク公のおひざ元は、決して広くはない都だ。しかしいかんせん、2000という人数では少なかった。市民は籠城戦の支度をしていなかったし、混乱していた。
何せ、アヅチハーゲンを巡る戦いで南の諸侯の兵たちの悪評を聞いていたからだ。彼等は通り過ぎる農村から平気で財を略奪したり、女を犯したりする。
実際、オバーマゲルク領でも同じことが起きていた。近衛騎士団に随行する傭兵どころか騎士達が、村を襲って農民らの蓄えを奪っていったのだ。泣きわめきすすりなく若い女達の声もたくさんあがった。
戦いは近衛騎士団が優勢だった。城攻めになると持ち出していた小型の投石砲を用いて城壁の上を狙い、防戦が怯んだところを門破りの丸太槌を用いた。
門が突破され、市内戦が起きたところで流れが変わった。混乱した民衆がやけくそになって暴徒と化し、近衛騎士団に襲い掛かったのだ。
変ってしまったいくさの流れに近衛騎士団は抗しきれなかった。公都を撤退し近くの港に本陣を置いた。しかしそこで国王の使者が来て、これ以上の狼藉は叛逆と見なす、という勅書を持って彼等を説いて回った。
結局、近衛騎士団はオバーマゲルクから撤退した。その様な比較的小さな衝突だったが、それが北部諸侯達の独立心に火をつけた。
そして6月。ホーデンエーネン王家の北の都と言われるナーガハーマに王家の旗が倒され、北部諸侯らの戦旗がずらりと並んで翻った。
歴史書に言う、オーミゲニア騒乱の始まりであった。
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ナントブルグ王宮の玉座の間にて、ジューンショーン王は深くため息をついた。
その話を持って来た国王直属の通信魔道士は、これ以上何も言わずに出て行った。その場にいた国務大臣と聖騎士団のエルヴィン騎士団長が、いかがなされますかと王に尋ねた。
「まずは交渉だよ。それからこの決起の引き金をひいた近衛騎士団の主要人物を裁判にかける」
裁判はもちろん禁錮刑だ。あるいは親族に領主の位を譲り、長い間の蟄居謹慎をさせるかである。
国務大臣が懸念を表した。果たして近衛騎士団がそれに応じるだろうか。エルヴィンもうなずいた。ホーデンエーネンの王の権威は、セイン王の死の公表後にめっきりと落ちてしまったからだ。
朝議の後、北部諸侯らへの急使が送られた。それから近衛騎士団全員を招いての会議も。会議は弾劾の色あいが強かった。国王や大臣、あるいは、南天騎士団や聖騎士団の主要人物達は近衛騎士団を強く批難した。
だが、近衛騎士団は強気だった。あんな独立を御認めになられるのですか。陛下がそんな根性無しだと、我らは初めて知りましたぞ。
そして近衛騎士団のうち、1人の男が立ち上がって国王に意見した。カツランダルク党と呼ばれる門閥の代表、ソーロー家の当主、ケノービ=ソーローであった。
「今こそ、朋友たるパラッツォ教国に援けを求めるべきではございませぬか? 教主コーザ殿が一声をあげれば、オーミゲニア内のパラッツォ教徒はたちまち呼応するでしょう。しかも教国の今のあるじ様は、亡きトーリ様のご嫡男、オルフレッド=カモセンブルグ……いいや、オルランドゥ=カーンダーク陛下。エチウ諸島の数々の戦いで、大きな武勲をあげたと聞き及んでおります。そうなれば、軍事の面においては心強いことこの上無し! 挟み撃ちにして逆徒どもを討伐するのです」
その提案に、この場にいる近衛騎士団の者が全員、賛成の声をあげた。話し合いなどホーデンエーネンの作法ではない。逆らうやつは戦って殺すまでだ。
次第に、大臣や他の騎士団からもこれに同調する声が出て来た。勢いづく討伐論をどう払いのけるか、ジューンショーン王は頭を悩ませた。
その会議の後であった。クボーニコフ王国の大使が王宮を訪れ、謁見を求めた。
「この度の騒擾、陛下の心中、お察し申し上げると大君は仰せられておりました」
「感謝する。ご心配なきよう、とクボーニコフ王殿には伝えておいてくれ」
「つきましては、大君はこのように仰せられました」
アヅチハーゲン近辺に駐留するクボーニコフ軍と、これから派遣する8000近くの海軍兵を、増援として用いて欲しい。そういう提案であった。
「……!」
「もしこの提案を引き受けてくれれば、パラッツォ教国と干戈をおさめ、盟を結ぶとの御意向でございます」
大臣らが目を輝かす。しかし国王は待て、と皆に呼び掛けた。
クボーニコフの援軍は確かに勢いをつけるだろうが、かえって主戦論になびいてしまう。この騒乱の収め方が、武力で無理やりねじ伏せるほうへと傾いてしまうだろう。
強い禍根を残すだろうと王は怖れた。クボーニコフとエチウとの和平は是非とも結ぶべきだが、援軍は要らぬ、と答えた。
クボーニコフの使者は一旦返された。彼は苦々し気な顔をしていた。援軍の派遣を絶対に取りつけるよう、クボーニコフ王から求められていたからだ。
【ギルバート=カツランダルク注:クボーニコフは援軍を派遣し内乱を鎮圧した後に、ホーデンエーネンからアヅチハーゲンの割譲を狙っていたという。】
「……悩んでも仕方あるまい。屋敷に戻って、女を抱いて頭をすっきりさせるか」
独り言をつぶやいた直後だった。廊下で呼び止める者がいた。『近衛騎士団』に所属するケノービ=ソーローであった。
「陛下にお話しされたことを、扉の外でお聞きしましたぞ。援軍の件は、クボーニコフ王陛下の思いがあるのでしょう」
ケノービは王族衆に説いてまわれ、と助言した。ヨーシヒデクス=ヒラジマッシモを筆頭に、男の王族衆をである。
ホーデンエーネンにおいて王族衆は、特権的な発言力があった。国王の威が定まらぬ場合は特にそうであった。
彼等が合議して反対となれば却下され、内容を追加されて認められることもあった。
セイン王は豪勇で気性が激しく、統率力があった。即位直後でも王族衆による合議は控えられた。
だが、ジューンショーン王は押しが弱く文治に傾いていた。王族衆会議を求める声があがっていた。
「金品を贈り、美しく豊満だと評判のオーガの女を抱かせるのです。屋敷に何名かおられるのでしょう?」
「確かに、部下にオーガ族の妻がいれば、娘もいる。国王陛下の為にと言えば受けてくれるだろう。しかし、金品に関しては……」
「そこは『近衛騎士団』にお任せください。工面して差し上げますよ」
かくしてその様になった。ヨーシヒデクスをはじめとする王族衆は、クボーニコフの大使の篭絡を受け、二週間後にクボーニコフの提案を受け入れる決議を国王に提出した。
ほんの少しの文章が書かれた、たった1枚のうすっぺらい紙を開くと、ジューンショーン王は顔を真っ青にしてヨーシヒデクスらをにらみつけた。
「これを……認めろと?」
書斎机の国王に、ヨーシヒデクスががははは、と笑った。丸坊主で大きな体格のこの男の姿に国王は、彼の父であるヨーシハルトスの面影を見ていた。
ヨーシヒデクスはこの時50近く。ヨーシハルトスが12の頃に侍女に産ませた庶子であった。目鼻立ちは父親にそっくりだったが、体格は二回りも違った。分厚い胸板の豪傑だった。
去年卒した先代のナガオカッツェ公・ヨーシハルトスもまた武勇にはそこそこ優れたていたが、あまりにも浅はかで、為政者や指揮官としての才は全く無かった。
苛烈な徴税でヨーシデン地方に大反乱を起こし、イーガとの間で起こった紛争で大きな失態を演じる無能だった。
けれどもヨーシヒデクスは今まで、父親の様な無能さを現わすことは無かった。
本拠のヒラジマッシモや、まだ若い異腹弟が治めるナガオカッツェでも、『ひとかどの者』と評判だった。何より豪傑肌でさっぱりとした気性で、皆に慕われていた。
「というわけだな、若様。親族衆はクボーニコフの提案を受け入れる、ってわけだ!」
「私を愚弄するな、ヨーシハルトス!」
「愚弄も何も、若様は王冠を戴いてからまだ日が浅い。となると後見役が何かと手助けしなくちゃならんということだ。もちろん、クボーニコフは何か企んじゃいるだろう。だが、目を光らせて悪さしないようにすりゃいいだけの話だと思うが、違うか?」
ヨーシハルトスの声はさっぱりとしていたが、どこか圧が籠っていた。大将軍や乱世の英雄の様なその気配と容貌に、ジューンショーン王と側近らは吞み込まれそうだった。
「ううぬ……」
ジューンショーン王は歯噛みした。親族衆の特権はまだ有効だから、受け入れざるを得なかった。
かくしてホーデンエーネンは『国王の勅』という名目で、クボーニコフ軍を受け入れることとしたが果たして、うまく御することができたのであろうか?
その続きについてはまた、次回にて。