聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
ここまで読み進めて来た読者諸氏もご存じであろう。クボーニコフ軍、それも海軍はそれこそ、狂獣そのものであった。
ホーデンエーネンより援軍の受け入れを言質をとったクボーニコフは即座に行動を開始。
半ば実効支配をしていたアヅチハーゲン近辺に、増援を受け入れるための兵舎の増設に乗り出すのだが、材木と人夫を強引に近隣から徴発した。
「これはホーデンエーネン王の御意向そのものだ。逆らう者は全て切り捨てる」
そう触れを出すと、実際に異議申し立てをした村の長や代官は首を刎ねられた。
それだけでは終わらなかった。抗議者の家は火をつけられ、遺体にすがる家族に鞭を打ったり、若い娘であれば反逆者の子だということで下級兵士の嬲り者にされた。
クボーニコフ軍の横暴な振舞いに、ホーデンエーネン側は何もしなかった。いや、黙殺した。アヅチハーゲンに展開していたのは国王の直属軍ではなく、近衛騎士団が指揮する方面軍だった。
かくしてホーデンエーネン王国暦360年8月。クボーニコフは兵の数を増援を含め、約束の8000を超える1万5000の軍勢を進発させた。
同行する近衛騎士団の総大将は、シマモトッセン領の当主・ゲラルド=シマモトッセン公。ヒラジマッシモやサカーイに近い領地が本拠である。パラッツォ教徒の若い娘を平気でさらい、手籠めにするので評判は悪かった。
1万以上、しかもオーガの戦士団も含む陣容に、シマモトッセン公は心を大いに励まされた。
「これほどの大軍がいれば、反乱に加わった北方諸侯の軍勢など恐れるに足らず! ものの1カ月ですべて鎮められるであろう!」
混成軍2万は集結地となる西のナーガハーマへと向かったが、まずは手始めに、公然と反旗を翻し、近衛騎士団の徴発を断固として拒絶したフワッセン公領を攻めることにした。
フワッセンはナーガハーマ地方の、東の玄関口にあたる土地を領していた。ナーガハーマ市に物資を運ぶ、アネガウ河の物資集積港があった。
その西には要害・サワヤマシュタット、さらに行くとナーガハーマの北の防壁ともいえる、要塞都市ヨコヤマヴァールである。ヨコヤマヴァールの南側に伸びるタッカテオッキ河を渡れば、ナーガハーマ市だ。
【ギルバート=カツランダルク注:アヅチハーゲンからであれば、河艦でアネガウ河を遡上する方法もあった。しかしクボーニコフの援軍を乗せる数の船を手配できなかったという。ゆえに街道に沿って向かったそうである。】
この2万の軍勢だが、あまり軍紀が良いものとは言えなかった。近衛騎士団とクボーニコフ軍は通り過ぎる町や村で、物資の徴発だと称して略奪をしでかした。フワッセンの領内に入る前からだ。
集落の共同の蔵を襲っては穀物を持ち出し、村民を蹴飛ばして囲いの家畜たちを奪い取った。
そして若い人妻や娘は皆、戦いに赴き気が荒立っている武者や兵卒たちの慰みものにされた。
家畜や財産を担いで山や森に逃げ込んだ民もいたが、兵団は集落の裏切者から共同の隠れ場所を聞いて襲った。無残にも斬り殺される百姓もいたという。
向かう先の無辜の民をいけにえとしながら、混成軍はフワッセンの本拠に着いた。細長い丘陵の上に構えた城だ。その南端はタッカテオッキ河が臨んでいた。
本陣と定めた高台で望遠鏡を覗き込みながら、クボーニコフを率いていた総大将のピョートル=ヒヤマスヴィキは、ゲラルド=シマモトッセン公に尋ねた。
「ほーう。あれがフワッセンの領主の館だべな?」
「はい。フワッセン公は東の反乱軍に参加して、今は奥方が留守だと聞いております」
「……どんな奥方だべ?」
「まあ、歳が35ぐらいのきれいな奥方殿だと。娘達も3人ほど、城に籠ったきりと聞いております」
ヒヤマヴィスキはにひ、と笑った。捕らえて存分に楽しむつもりらしい。その折には是非ともご相伴を、とゲラルドは笑った。
「では籠もる兵の数はいかほどだべ? あの城は落ちたことがあんのか? あったら落とし方はどうだったんだべ?」
「さ、さあ……フワッセン城の籠城戦は、これが初めてかと……」
【ギルバート=カツランダルク注:キンキ大陸戦国時代には何度かあった。城ができる前であるが。そこで何度も激戦が行われたという。シマモトッセンは戦史をまるで知らなかった。】
要領を得ない回答に、クボーニコフの総大将は「そんならしゃあねえ」とだけ答えた。開けた場所にある丘の上に建てられた城だが、所詮は小城である。1000も籠っていないだろう。
「翌朝総がかりに取り掛かるべ。ホーデンエーネンの衆、クボーニコフの戦いぶりをしっかりと目に焼き付けておけよ!」
とはいえクボーニコフは城に潜入する間諜どころか、物見や物見の斥候を出さなかった。あんな小城、ものの1時間で攻め取れると判断したからである。
かくして翌日に総攻撃が始まった。先陣はクボーニコフの下っ端の兵士達である。彼等を肉の壁にして矢弾を受けさせ、抵抗が緩んだらオーガの戦士団といった精鋭たちが攻め込むというのが、クボーニコフの陣立てだった。
しかしクボーニコフの見立ては甘かった。フワッセンは念入りに準備を整えていた。
城のふもとに細くはあるが土塁を築き、その外に空堀を備えていた。しかも緒戦は塹壕代わりになる。
クボーニコフの先手衆の武装だが、弓矢や鉄砲を持たされていなかった。
鎧も小手もところどころが禿げた革製で、中にはそれすらも支給されず、細かい木板を用いた自作の胸甲のみで守る者もいた。鉄板を張った盾なんぞは、正規の海兵しか持たされぬ代物であった。
合戦が始まった。攻め手側から鬨の声が起こる。槍や剣を持って駆けてくる敵兵の姿をみると、守備側は土塁から出て浅い空堀に入った。
守備側の兵士達は弓矢と鉄砲で充分に武装していた。放て、と掛け声があがる。風を切る音と乾いた炸裂音が戦場で鳴り響いた。ろくな防備を施していない、クボーニコフの兵士達がバタバタと倒れた。
「うわあああ! 敵方は鉄砲を持ってただあ!」
兵士のうち、恐れ怯んだ何人かがきびすを返して逃げて来た。それをクボーニコフの武者達は、有無を言わさず斬り伏せた。戦場で最も命が軽い連中は、こうなる運命にあるのだ。
守り手側の射手達は、おおよそ100や200を射殺すと土塁に逃げて行った。その上に、小柄で細身の、鎖帷子に身を包んだ女戦士が出て来て皆に号令をかけた。どうやら指揮官のようだった。
ピョートル=ヒヤマスヴィキはその様子を、手にしていた望遠鏡でしっかりと目にした。
「ほう……女だてらに兵の統御だべか? あれは奥方かあ?」
「どれどれ。違いますな、多分ですが、公のご息女でしょう」
シマモトッセンの言う通りであった。その女指揮官はフワッセン公の長女であった。この当時の騎士や領主の奥方や娘は、ダンスやおしゃれを嗜むだけで良いものでは無かった。
このような危急の時に至っては、鎧をまとって防壁や曲輪に出なければならなかったのである。それが領主の一家に嫁いだ、生まれた者の宿命であった。
【ギルバート=カツランダルク注:戦場で指揮する姫で最も有名なのは、イズヴァルトの後のサーガに出るアーノンレンシ姫である。彼女はホーデンエーネン史上、最も多く戦場を駆け巡ったと言い伝えられている。】
「弓隊、構え!」
フワッセン大公の長女が叫ぶと、土塁の裏に隠れていた兵士達が駆け上って弓矢を構えた。空堀に阻まれたクボーニコフ兵たちが次々と射殺された。
しかし数は圧倒的に攻め手側が上であった。空堀に入って土塁に近づく。姫は剣を掲げて合図した。
「魔道士、炎を放て!」
その土塁の下には、油を吸った藁束が仕掛けられていた。これを攻め手側は足元を悪くするためのあがきとしか見ていなかった。
彼女の呼びかけに応じた魔道士が呪文を唱えて火の玉を起こすと、それを土塁の下に投げ入れた。わっ、と炎があがった。
突如としてあがった炎に巻かれる者が出て、大混乱となった。それを新たに出てきた槍兵が突いて、先手衆を退かせた。肉の壁は成り立たなかった。甘く見過ぎていた。
「ほほう! なかなか面白い仕掛けをするなあ! わかった。もう遠慮なくやらせていただくべ!」
ピョートル=ヒヤマスヴィキは馬を持て、と部下に命じた。直接指揮するつもりだ。彼が動くことは精鋭のオーガの戦士団も出ることを意味していた。
そして山が動き出した。だがそれこそが守り手側が狙った事であった。
かくして小さな取るに足らない小城の戦いは、更に激化する段になるというわけだがさて、その結末はいかに?
その続きについてはまた、次回にて。