聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
海賊達の慰み女であるソレアは、密貿易に手を貸した理由についてこう述べた。
「白状いたします。海賊団と漁民の多くがパラッツォ教団を隠れて信奉しております。私もです」
教団の篤い信奉者ではないが、親から続くパラッツォ教団の信徒であるとソレアは言った。もちろん嘘である。ただし、これから言う事は本当の事であった。
「この海賊団や他の海賊団にいる何割かは、エチウからやって来たパラッツォ教徒。『甘露(アームリータ)』でのみ生きる正信徒ではございませんが、コージュ=ストーンマウント教祖が記した教典を読み、日々を心がけております」
しかし自分達は決して布教をするつもりはない。あくまで家庭に加わる者のみを改宗させる、あるいは元から信じている教えにパラッツォの教典を加えさせる程度に留めている、と武将達に説明した。
「そうですよね、カリグラ様?」
「うん……そうだったな!」
その話が海洋公に知られる様になった。ホーデンエーネン王国とパラッツォ教団は、王国の排斥派による信徒への異端審問や虐殺で一触即発の段階になりつつあったから、『篤い信奉者』である彼はカリグラ達に強い語気で手を貸せと求めた。
「民間の貿易だったら、まだエチウとやりとりしているが殿様や王様が話に加わる、でっかい商売になるとそうもいかねえ。特に海洋公様のはでかい仕事だ。兄上のオバーマゲルク公様も噛んでいる。話を持ちかけられた時、変な政治の争いごとに巻き込まれるのは嫌だと思って最初は断ったが、パラッツォの教えとやらを信じている手下どもがいるってのを海洋公様は嗅ぎつけてゆすって来たんだ」
パラッツォ教徒の部下や漁民達を追い出すのもかわいそうだ。だから致し方なく手を貸したと海賊の長は弁明した。
武将らは腕を組んでうなずいた。ならば致し方ない。密貿易の件は国王陛下にお伺いを立て、海洋公の独断でやったことに処理しようと意見をまとめた。
それよりもソレアという女が気になった。鼻がやや大きく頬がやや膨れているがそこそこに目を引く容姿である。中の上といったところだ。あんなのが海賊達の情婦なのがいささか妙だった。
武者のうち1人が、戻っていたイズヴァルトを呼び寄せた。
「イズヴァルトさん。あの女を見て思いませんか?」
「何をでござる?」
「抱きたいとか赤ちゃんを孕ませてみたいとかですよ。なかなかに美人に思える。鼻と頬を気にしなきゃ、愛人にしたいぐらいに思えるんですけど、どうですかね?」
「下品な話はよしていただきたいでござるよ……しかしでござる」
どこかで見たことがある様な、とイズヴァルトは首を傾げた。ソレアの弁明に感心して深く考え込んでいるマイヤに尋ねてみた。
「あのソレアというご婦人。ちょっと前に見たことがある気がするのでござるが……」
「うん。イズヴァルト。年上のお妾さんを持つならああいう人にしなさいよ?」
「またまた……何故でござるか?」
「きっと家宰としても有能だからよ。いずれ大きな領地を手に入れたら、ああいう頭の良い人が幾人も必要になるよ。ついでに私たちのお母さん代わりとしてもいいかもしれない。ちょっと厳しそうかなと思うけど……」
そう言ってマイヤは胸を張る。おっぱいの大きさは私が断然上なんだから。そんなどうでもいい事はともかく、彼女もまた「どっかで見たことがあるなあ」とイズヴァルトの意見に同意した。
「あの関所で捕まっていた女の人にどこか似てない?」
「似てる。すごーく似てる……」
イズヴァルトとマイヤが後ろを振り返る。美少女みたいな青年のカイルが、ソレアをじっと凝視してつぶやいていた。誰に似ているのかと尋ねると彼はご本家の令嬢のうち1人と答えた。
「エレクトラ=ガモーコヴィッツさんにですよ。僕は何度かお会いしましたが……もう少し顔がしゅっとしていて鼻もあんなに大きくなかったはず。出産と育児で太ったのかな?」
「いやいや。顔だけが太るなどとは初耳でござる」
「ちょっと気がかりなので尋ねてみます。イズヴァルトさん、ご同行お願いします」
カイルは急に貴公子然とした様子となって、イズヴァルトを伴って前に出た。なんだこの可愛い女の子はとカリグラは年甲斐も無く頬をぽっと染めてしまった。
エレクトラも気づいていない。そこにカイルが問い尋ねた。
「もしかしてあなたは……ソレアという名前ではなく、エレクトラというイーガの女の人ではありませんか?」
エレクトラは耳を疑った。何故顔を変えたのに、自分の正体を見破った?
「いいえ。アドルフ王太子様の側室のうち1人。王国の名家ガモーコヴィッツが誇る『無双の姫騎士』と言われたエレクトラ=ガモーコヴィッツ、その人じゃないのですか?」
「人違いでしょう。私はソレアといいますが……」
「人違いも何も、貴方は私と何度か会ったはずです。僕をお忘れですかエレクトラさん。グリーヴァス家の『おにもつ』のカイル=グリーヴァスですよ」
彼は長い髪をかきわけて、やや長い尖り耳を見せつけた。エレクトラは顔を思い出し、やっとのことで気が付いた。まずい。イーガ人、それも自分の顔を知っている身近な人物がこんなところにいるとは。
「あなたがエレクトラさんご本人であれば……右手は訓練の負傷で手首から先が無いはずだし、あなたに惚れて近づいた女の子をぺろぺろと楽しませて、ますます虜にしたりするはずです!」
エレクトラは男だけでなく女にも恋をされる事がままあった。沢山の言い寄ってきた娘達と膣の入口を舐めるのも散々行った事もある。
「……だから人違いだと思われるのですが」
「しらを切るつもりですか! ならばこうですよっ!」
カイルはいきなり右手で印を切った。ソレアの背後から槍状の細長い炎が現れ出て飛び掛かる。しかしソレアはすぐに気づいて伏せ、飛び込んできた炎をかわそうとした。
炎は伏せた彼女の頭上に来たところで分裂し、細かい火の粉がその身に振りかかる。この炎の魔法はその火の粉こそが曲者だった。衣類や皮膚についたところで温度が高くなり、燃やしたり溶かしたりする技なのだ。
しかしソレアがまとっていたローブやマントが燃える事は無かった。彼女もその魔法の種類についてとっさに見切り、印を切って身を守ったのだ。
いいや、その魔法はイーガの魔道戦士の十八番でもある。『火炎衣』と呼ばれるそれは、イーガ魔法騎士団では必修とされていたものだ。
「見切りが早い……前からはともかく背後からはなかなかに避けるのが難しいはずですよ、エレクトラさん?」
「ちっ。グリーヴァスさんちのカイルぼっちゃんでしたか。身なりはずいぶんと可愛く成長したみたいですが、魔法のほうは憎たらしくなっちまいましたねえ?」
エレクトラはとうとう正体を顕した。こうなったら押して通るしか無い。彼女は武者達に狙いを定めて印を切った。
「脅し程度に抑えときますが、こいつを喰らっていただきますよ!」
エレクトラは左手を前に突き出し、掌を武者達に向けた。突如紫色に輝く。カイルは目を見張り、「まずい!」と叫んだ。
「『紫電砲』です! 逃げて!」
カイロネイアとツックイーのエルフが得意な攻撃魔法の1つだ。イズヴァルトが動く。『覇王の剣』を抜き強く念じた。エレクトラに向けて重圧の魔法が襲い掛かる。
しかし『紫電砲』が早かった。エレクトラは前方から飛び込んでくる強い力場を受けて弾き飛ばされたが、紫色の電撃はイズヴァルトの背後にいた武者達に襲い掛かった。
鋭く弾き躍る音とともに武者達はばったりと倒れ込んだ。ところどころに火傷を負い、身体がしびれて動けなくなった。本家本元であれば高圧電流で身体が弾け飛んでいたが、エレクトラのは確かに『控えめ』だった。
「ひ、ひえっ!」
柱の陰に隠れていたマイヤは怖気づいた。何か起こると思いとっさに逃げたのだ。おなかが痛くなり、ぎゅるぎゅると鳴るのを感じた。
すぐさま部屋の外に出て目の前の窓の鎧戸を開け、めくって丸出しにした尻を出すとぶりゅぶりゅぶりゅと嫌なにおいを放つ下痢を真下に放った。
「ふえええええ……」
壁にもたれかかったまま、扉の向こうでその様子を見ていたエレクトラはおかしくなって笑ってしまった。えらくお通じの良いお嬢さんですねえ。
「こんな場面にうんちを垂れるなんて大物ですよ……目の前にも大物が2人いるんですけどね!」
気づけばイズヴァルトが飛び上がり、剣を振り下ろそうとしていた。殺すつもりでかかっていると見たエレクトラは、すぐさま印を切って横殴りの突風をイズヴァルトの右側面にかました。
「うわっ!」
剣を構えたまま転がる。それからきれいに立ち上がると、次の一手の印を切るエレクトラに向けて切っ先を向ける。今度は不意を打たれぬよう気を配る。なれど猪突猛進に突っ込んだ。
「諦めが悪いみたいですねえ……」
彼女は印を切らない。獲物を捕まえようとする猟犬みたく、イズヴァルトは背を曲げて剣先を突き出しながら飛び掛かった。
エレクトラは寸前のところで身をひるがえした。それから左手で印を切りながらイズヴァルトの顔面に足蹴りをかまそうとする。右足の靴の裏に風の魔法がかかった。
今度は何をするつもりかと見切り、イズヴァルトは飛び退いて直撃を防いだ。風の魔法を仕掛けた右足の裏でエレクトラは宙返りしながら跳躍し、天井に両足をつけるとイズヴァルトに向けて右手を向けた。
今度は印を切っているところを見ていない。イズヴァルトは魔剣に秘められた重圧の魔法を引き出し、エレクトラにぶつけようと念じる。イメージ通りに進めば彼女は真下の床に叩きつけられるはずだった。
「……?!」
エレクトラの掌から何かが飛び出たのを悟って剣ではじく。からん、と音が足元で。見れば矢じりの様な形と大きさの刃が落ちていた。
「暗器でござるか?」
床に落ちた矢じりはうっすらと油の膜に覆われていた。エレクトラの右掌には穴が開いていた。本物の手に似せた精巧な義手の中には、毒剣や毒針が仕込まれていたのだ。
「姑息なり! 貴殿には正々堂々と打ち破る気概はござらぬのか!」
「勝ちゃあいいんです。殺し合いはねぇ!」
エレクトラは右手の指を揃え、左手で印を切った。指先から冷気が漂い出して氷の刃が現れる。彼女は脚に力をかけた。着地してイズヴァルトに斬りかかった。
イズヴァルトとエレクトラは互いに、不意の一撃を喰らわないかと用心しながら切り結ぶ。氷の剣は鎖帷子を切る事は出来なかったが、着ている者に打撲傷と凍傷とを与える事が出来た。
イズヴァルトは身体のあちこちに痛みとしびれを覚えた。膂力と武器の質は彼のが上だが、素早さと身のこなしではエレクトラに軍配があがる。
エレクトラはヴィクトリアよりも数段手ごわかった。なおかつ魔法も沢山扱える。至極やりにくい相手と心の中で嘆いていた。
対するエレクトラもまた、イズヴァルトの大剣が唸る音に身をすくむ思いをし、まだ少年の頃なのに早々に首を与えてくれないのに畏怖を抱く。
「仕掛けるから離れてください」
念話魔法によるカイルの声が頭の中で。イズヴァルトは上段からの大振りの一撃をエレクトラの頭めがけて放とうとすると、相手は右にそれて剣と石床がぶつかり合うけたたましい音を聞いた。
それに気がとられてしまった。左側面から鞠ほどの大きさの火球が現れるのを見ると、舌打ちして氷の刃をぶつける。火と氷は互いに打ち消し合ってもやとなった。
「……熱くなりすぎましたね!」
もう一人のややこしい相手、カイル=グリーヴァスの掩護である。分が悪いとエレクトラは思った。1人でこの2人を相手するのは難しい。
その時である。エレクトラの足元に一本の短槍が突き刺さったのは。飛んできた方角は入口からだった。彼女にとって心強い味方が立っていた。
「待たせたべえ! その槍が無きゃおめさまはそのガキに勝てねえんだろ!」
金色エルフのエイオンだった。彼は十文字槍を手にしていた。しかもエレクトラにとって逃げる為に役に立つものを右脇に抱えている。
「でかしましたよエイオンさん!」
彼女は短槍を手にして口をあんぐりと開けて入口を見るカリグラの姿を見た。さて、この女暗殺者と海賊の長が目にしたものとは?
その続きについてはまた、次回にて。