聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
魔法がろくに使えず弓矢の腕もままならない者が扱う武器と、発明されてから100年経った今でも言われている。
マイヤ=カツランダルクが発明し、魔法による発火装置や風魔法で飛ばすように発展させたこれは(それ以前に似たようなものをムサシノ帝国が作っていたとエルフ達は言っているが。)、オーミゲニアの内戦の後に彼女が生み出した『雷管式弾丸』でもって、一応の完成となった。
後にカイロネイアのエルフ達が雷霆魔法を用いた超高速の銃を作ったり、ドワーフ達による徹甲弾や連射銃も生まれたが、製造された数は威力も連射性能も劣るマイア=テクニカの銃のほうが、圧倒的に上である。
そして鉄砲は、現代における飛び道具の主体である。 弓や弩よりも小型で多く持ち運べる弾丸と、操作に多くの動作を必要としない銃身は、携帯性に優れ、世界各国では兵士1人1人に持たせるようになっている。
とはいえ、イズヴァルトの時代の鉄砲は、黎明期の頃にあった。確かに優れた新兵器と言えたが、今よりもっと『脆弱』で『デリケート』な武器とされていた。
その多くの弱点のうち1つを衝く、戦闘が今も言い伝えが残っている。
『タッカテオッキ河畔の合戦』と呼ばれたのが、それである。
『ヒッターチ帝国軍 軍事史教書』より一部抜粋。
籠城に向けての準備は着々と進められていた。
各地の砦と連絡する地下道を塞ぎ、城塞にはエルフやドワーフらが対術式の障壁を敷き、ゲオルギー公子とホージュリア妃が率いる騎馬隊は、城を出て周囲を哨戒しながら、戦場となる地とその周辺の地形を確かめていた。
そしてイズヴァルトは、思いついた作戦をどう実行するかを考え、ローラと話し合っていた。
その作戦。ナーガハーマから一歩も動こうとしないホーデンエーネン軍を挑発する為、タッカテオッキ河を渡り、奇襲を仕掛けるというものである。
タッカテオッキ河が凍っていたなら、できる作戦であった。
この年の2月は例年より暖かく、渡れる程の厚い氷は河面に張っていなかった。
その為イズヴァルトはこのように考えていた。
「『氷雪の栄光』の力を使って、河の一部を凍らせる以外無いでござる」
しかしローラはそこに注文をつけた。
「喫水が浅くなっているところでやりましょう。あくまで、魔法ではなく自然に河が凍ったのだと思わせたいのです」
「浅いところでござるか? どのあたりになるでござろう?」
ローラは地図で指し示した。ヨコヤマヴァール南側の東端から向かってまっすぐのところが、このあたりで一番川幅が狭く、しかも浅いという。
「マイヤ=カモセンブルグは、もともとそこに、橋をかけようと考えていたようです」
浮橋ではなく、船が通る時は真ん中がはねるしっかりとした橋をだ。しかし姉のトーリによって意見は退けられた。
何故ならその真向かいにトーリの別荘があった。河べりに臨む桟橋型のバルコニーが設けられていた。対岸にあるヨコヤマヴァールを眺めて楽しむ為にであった。
「しかしその別荘も今では哨戒の兵の駐留所と化していると聞きます。となれば、敵方を十分におちょくる為にも、私の提案を受けたほうがよろしいでしょう」
「それもそうでござるな」
作戦は決まった。ホーデンエーネン軍はなかなかし返してこないので、気温が高くなる日を待つことができた。
偶然なのか奇蹟なのか、作戦を立てた翌朝はぐっと暖かくなった。タッカテオッキ河の河面に浮かんでいた氷は溶け、小舟で自由に行き来できるようになった。
「決行する時は今、でござるな!」
イズヴァルトは櫂を手に取り、単身で河の向こう岸へと向かった。
□ □ □ □ □
さて、その向こう側である。
詰め所の兵たちは、河を臨むバルコニーで夜の見張りを受け持った2人を除き、全員が寝床で眠りについていた。
臨戦態勢と思いきや、焦るのは近衛騎士団のお偉方のみで、末端はすっかり士気が落ちていた。何故なら攻めて来たのが、あの恐るべきイズヴァルトだからである。
寝ている者は全員、詰め所に所狭しと置かれた粗末なベッドで、裸で女と抱き合ったまま眠っていた。ナーガハーマのパラッツォ教徒の町娘らであった。彼女達は誘えば気軽に『法悦』の相手をしてくれるのだ。
「……なんも見えねえな」
椅子に座りながらタッカテオッキの向こう岸に目を向け知恵た見張りの兵士が、そうつぶやいた。
川から真っ白いものがたっていた。この朝は濃霧であった。視界は5メートル程しか見えないくらい。いつもははっきりと伺えるヨコヤマヴァールの城市の姿は、白いものに遮られて見えなかった。
【ギルバート=カツランダルク注:タッカテオッキとアネガウに挟まれたナーガハーマの城市は、濃霧に遭うことがとても多い。冬に起こるのはあまり無いが、まれに発生するという。】
「おい、あいつらはまだ寝ているのか?」
椅子に座った哨兵が、川べりに向かって小便をしていたもう1人に尋ねた。
じょぼじょぼと音を立てさせて眠たげな顔であくびしながら、相手は答えた。
「わかってるだろ? 女と寝たとなりゃ、なかなか寝床を出られない」
「6時を過ぎているだろ? 俺ならとっくに目覚めているぞ?」
「で、パラッツォ教徒の娘と朝の
「そりゃあお前もだろ。みんなそうだが」
椅子に座っていた男はその辺に置いていた袋を開けた。手に取ったのはビスケットが入った包みであった。
中には干したぶどうや木苺が混ざっていて、とても甘かった。しかも『甘露(アームリータ』などの強壮剤を混ぜ、食べると力がみなぎった。マイア=テクニカの食料部門が開発した、軍用の携帯食だった。
「それ、俺にも一枚くれ」
「ほらよ。で、朝飯の後はどうする? ここでひと眠りするか?」
「頭がかゆくてしょうがない。街に戻って入浴場に行く」
それから知り合いの家に行くと、立っていた兵士は答えた。
「ああ、よく話していたパラッツォ教徒の女だな?」
6歳ほど年上で、機織りをやっている。そこに住む子供2人がよく懐いて来るので居心地が良いと聞いた。
「お前はそろそろパラッツォ教徒に改宗するのか? だったら、マハラ教徒の俺とは敵、というわけだ」
「どうせマハラの法典をろくに読みもしなけりゃ、パラッツォの娘と浮気してばかりのくせに。ここに来てから故郷の奥さんと子供達を裏切っているだろ、隊長どの?」
「だまれ、通信魔道兵長くん。そりゃそうとナーガハーマからは連絡が来ているか?」
「音沙汰無しだ。ここで仮眠している連中と同じだろう。イズヴァルトさんが相手じゃ諦めるしかない。躍起になっているのは近衛騎士団のお偉方と、首狩りや狼藉に励もうとする、阿呆な猪武者どもだけさ」
携帯食をかじりながら、通信魔道士は嘆いた。イズヴァルトの入国とヨコヤマヴァールまでの進撃が、あまりにも早過ぎたからだ。
逃げ戻って来た兵らによると、異次元の強さになっていると聞いた。元からそうだったがさらに磨きがかかった、ということである。
「鬼神が泣いて土下座をするどころか、着ているもの全部を脱ぎ捨てて這いつくばるほどらしい。ドワーフの怪力にゴブリンの素早さ、エルフの魔法使いっぷりを兼ね備えた剣豪になった、というわけだ」
「もはや何でもありだな。王様はイズヴァルトさんを説得して、魔竜戦役の続きをやりゃいい。今度こそ勝てそうだ」
「『おしゃぶり姫』の顔と髪の色がよく似た、だるま女を嫁に貰ったとも聞いた。ローラとかいう名のイーガの女だったか」
「実際に見た奴からこう聞いたよ。すっげえかわいい。イズヴァルトさんは、そいつを抱えながら戦っていたそうだ。しかも、でっかいちんぽを相手の股に突っ込みながらな?」
それから鎖帷子の裾からおケツを出して、戦場のど真ん中でぶりぶりとうんちをひねったりもしていたそうだ。
「でっかい美ケツだと言っていたか、兵士長どの?」
「らしいな。とんでもねえプリっケツだ。おっぱいもばかでっかそうだと聞いた。その上で愛くるしい顔貌なのだそうだ」
「本人、じゃないだろうな?」
「馬鹿を言え。『おしゃぶり姫』はとっくの昔に死んでいる」
高飛車な笑いと贅を尽くした生活をしていた、マイヤ=カモセンブルグは盗賊の襲撃に遭ってさらわれた。死んだと公表されていた。
彼女の遺品と、それらしい白骨死体も見つかっていた。マイヤの亡骸はヨーシデンに送られて埋葬された。その話も数年前にあった。
「やはり別人だな。よく糞が出るプリッケツといいでかそうなおっぱいといい、ご本人かと思ったが」
「でも、イズヴァルトさんは戻って来たというわけだ、通信魔道士くん?」
「そうだな。というわけで兵士長どの、出会ったら戦わずに逃げろというよう、部下にお命じするように」
通信魔道士はビスケットをかじりながら、河面を指さした。一艘の小舟がバルコニーに間近に来ていた。
櫂をこいでいたのはあろうことか、噂をしていた本人だった。イズヴァルトは「やあ」と挨拶して、岸からあがった。
「ホーデンエーネンの勇者たちよ、お勤めごくろうでござる」
兵士長は慌てて立ち上がって頭を下げた。携帯食がのどにつっかえて咳をした。
「お、お目見えできて大変光栄です、イズヴァルトさんっ!」
「固くならずともよろしいでござるよ。さて、拙者はこれより単騎でナーガハーマに突っ込むつもりでござるが、知らせていただけないでござろうか?」
「はは……ご冗談を。そんな回りくどいことをせず、なんなら、和議に来たと嘘をついて、近衛騎士団の連中を全員、騙し討ちにされてはいかがでしょう?」
兵士長の進言に、イズヴァルトは眉根をひそめた。
「やだでござる。戦場で正々堂々と勝負をしたいでござるよ?」
「ははは……降参します。降参しますから、命だけは奪わないでください……」
「戦いはこれから、でござる。多少オイタを致すかもしれぬが、ホーデンエーネン軍にたっぷりとおしりぺんぺんを致すゆえ、おケツを洗って待っていただく所存でござるよ?」
そういうわけで、イズヴァルトは通信魔道士に頼んだ。敵軍らしき影を発見、至急、タッカテオッキ河畔に援軍を差し向けるべしと伝えて欲しい。
「ああ、船は川べりの木があるところにつけていただきたい。船の中に縄があるから、それで結んでくだされ」
「わかりましたっ! この詰め所から西に30メートルぐらいのところに丁度良い松がありますんで、僕が漕いでやってきますっ!」
兵士長は急いで舟に飛び乗った。イズヴァルトは通信魔道士に声をかけた。
「ええと、拙者は単騎がけと言ったでござるが、おおよそ300か500の軍勢、とお伝えいただけぬか?」
「わかりました……どうせイズヴァルトさんが相手だし、1万と盛ってもかまやしないでしょう」
通信魔道士は念話魔法で、近くの見張り所の者に呼び掛けた。女とお楽しみに励みまくってぐっすり寝ていたその相手は、何度呼びかけても起きて来なかった。
「ダメです。寝てますね」
「もっと遠くの魔道士とは連絡つかぬでござるか?」
「僕の魔法だと、せいぜいが500メートル先でして。そのう、魔道士としては新人なんですよ。もともと日曜魔法使いにちょっと毛が生えた程度の実力でして……」
せいぜいが念話魔法か、タバコに火をつける程度の炎しか出せないと魔道士は答えた。他の魔道士も似たり寄ったり。もっと遠くになると、念話魔法の範囲を超えるという。
「ううむ……なら仕方ござるまい。ではそれっぽい見張り塔に押しかけて知らせさせてもらうでござる。では、御免!」
イズヴァルトは出て行った。辺り一帯は霧に覆われて姿はすぐに見えなくなった。