聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
半刻後、ナーガハーマの近衛騎士団の本部にその知らせが届いた。
「急報! タッカテオッキ側の各陣地で、ヨコヤマヴァールの者と思われる者に襲われている! 至急援軍を頼む!」
会議室の近衛騎士団の武将らは一斉に嘆いた。
「聖騎士イズヴァルト、とうとう攻めて来たか」
彼等は全員が寝不足で、目に隈をつくっていた。しゃっきりぽんとなる薬をやってこらえていたが、1か月もそれをやっていると身体のところどころにガタが来ていた。
それから、うち何人かは下半身を丸出しにして愛人にしゃぶらせていた。麻薬でも抑えきれぬ苛立ちを、射精で紛らわせていた。愛人だが、女もいれば若い男もいた。
「さて、ここでどうする、皆様方?」
領主のうち1人が呼びかける。この会議の場にはシマモトッセン公の姿は無かった。とうの昔にナントブルグに戻る船に乗って、西回りの帰路についていた。
「ヨーシヒデクス様に訊こう、と思ったが姿が見えないぞ?」
「ヒラジマッシモ公はいつも、夜の軍議に参加しないだろう?」
「そうだった。風呂場と寝床で『ひよこ』と戯れたいと言っていたな。毎朝、ヒラジマッシモ公だけがいいにおいを放っていたな……」
そして皆が窓を見る。もう朝だ。はっきりしない頭でしゃべりながら、居眠りもしながらも、夜通し、ああだこうだと語っていたが、とうとう次の朝を迎えてしまった。
しかし、外は真っ白だった。屋根や路にうっすらと積もった雪と氷もそう見せたが、タッカテオッキからの霧が、ナーガハーマの中心地にも流れ込んでいた。
それと曇り空である。まことに憂鬱な空だった。
冬のナーガハーマもといオーミゲニアは、晴天を拝めるのは月に1度か2度であった。この空が気分をくさくさとさせ、イズヴァルトに痛撃を加える策をひねり出せない、と皆はつぶやいていた。
「さて、どうする?」
誰かがそう呼びかけても、的確な作戦を答える者はいなかった。
この軍議の中に名将や猛将はいなかった。大領主やその倅から構成される近衛騎士団のお歴々は、大抵が生まれの高貴さだけで難なくやり過ごして来た。たたき上げの武者の姿は無かった。
お歴々がぼやぼやしているところで、位の低い武将らが怒鳴りこんで来た。もともとナーガハーマ一帯で暮して来た騎士や小領主たちだった。
「皆様方、ぼやぼやなされまするな! ヨーシヒデクス様はとっくに兵舎に向かっておりまするぞッ!」
近衛騎士団の武将らは、急ぎ従者らをよびつけた。
すわ、出陣の準備かと問われれば、まずは朝風呂と飯である。
「身なりを整え、腹いっぱいにしなければいくさはできぬ!」
そう語る大貴族達に、ナーガハーマの武者達は呆れかえった。
口ではヨコヤマヴァールを奪還してやると息巻いていたが、戦いが近づくとすぐにこれだった。
古来より、ホーデンエーネンの良いところの領主や騎士というものは、攻めのいくさこそやる気になるが、守りに入ると途端にだらけだし、役立たずのでくのぼうだと言われている。
この場にいた近衛騎士団のお偉方こそ、まさにそれだった。
そもそも、ホーデンエーネンの武者を誉れある男とせしめていたのは、各地の下級の騎士や田舎の小領主、聖騎士団や南天騎士団といった面々だった。
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とはいえ、近衛騎士団でもヨーシヒデクスだけは、守りの時でも気が緩むような凡将ではなかった。
知らせを受ける前までは、夜伽役の童女たちと寝床で朝の交合にいそしんでいた。
彼女らに勃起をしゃぶらせたり、精虫のにおいを放つ可愛いすじをしゃぶったりをいそしみながら、股奥を更に己の男根と精虫汁のにおいを染みつかせていた。
しかし急報を聞きつければぱっと飛び起き、簡素な具足に身を包んで、ナーガハーマの防衛部隊の激励と指示に向かった。
この男は、近衛騎士団でも一番の偉丈夫であり豪勇だった。
王族衆の筆頭・ナガオカッツェ公先代の庶長子は、猪武者だった父親よりも兵を率いる武将に向いていた。
まずは通信魔道士を介し、タッカテオッキ側に展開する、5000の兵を差し向けろと指示した。
「濃霧だ。弓や鉄砲はうまく当たらんだろうが、至近距離なら当たるだろう。だが敵には亜人の姿があると聞く。心してかかれよ」
それから指示をかけた。敵に射かけたらさっと引く。猪武者ばかりの騎馬武者たちにも注意する。突撃は絶対に厳禁だ。
「指揮は俺がとる。それまでは陣地から出てはならん。どうせナーガハーマは攻め落とせんよ。いかに亜人といえど、数百ぽっちの兵では城壁を越えられん!」
かくしてヨーシヒデクスは馬に乗り、少数の供を連れて北の陣地へ向かった。
城壁の外はヨコヤマヴァールの南側と同じように、塁をつくり柵をたてていた。
そこに5000の兵が駐屯していた。籠城戦よりも野戦を得意とする騎兵たちであった。『六枚銅貨部隊』やゴーレムを扱う魔道士の姿もあった。
ヨーシヒデクスは陣立てを告げた。ゴーレムで護りながら、それを越えてきたところで飛び道具で撃つ。今回は、『六枚銅貨部隊』の出番は無しだった。
「多分、挑発目的の奇襲だろう! 本気だったらもっと別の手で攻めて来るはずだ! 守りを固めながら追い返せ!」
ヨーシヒデクスは出陣を呼びかけた。しかし濃霧が立ち込めたままだった。
遭遇は、襲撃をうけた陣地の近くで起こった。タッカテオッキの川べりまで、おおよそ700メートル離れたところにあった。
盾となるゴーレムの身体に魔力探知術式を張った魔道士が、ヨーシヒデクスにこう知らせた。
「敵は、ただ1人!」
「まさか、イズヴァルトか!」
術式は、ゴーレムたちの背中から探知を発した。すり抜けられたのだ。すぐに探知が見当たらなくなった。
ホーデンエーネンの魔道士がゴーレムに仕込んだそれでは、せいぜいが50メートルいくかいかないかの範囲だった。
【ホーデンエーネン魔道士協会による注釈:この頃のホーデンエーネンの魔道では、せいぜいがそれぐらいだったと言われております。対して魔道具製造に長けたイーガやカントニアの各国では300メートルほどだったとか。しかし現在では我が国の魔道士も研究と他国の人種の血を入れて魔力増強を図り、この当時の5倍以上離れた距離の魔力を探知できるようになっております。】
第一の壁を突破されてしまった。
ヨーシヒデクスは前列の騎兵らに、急ぎ短筒の弾込めを命じた。
しかしである。彼等の手はいつもより手間取っていた。手元がおぼつかなくなっていた。
中には玉薬を銃口にいれられなかったり、棒を落とす者も出た。弓騎兵はなんとか番がえたが、銃兵はなかなか準備が進まない。
「弾込め、戸惑ってます!」
「何をしている……いや、これではそうなるよな!」
霧がさっきよりも濃くなりだしていた。明らかに自然の霧とは違っていた。ヨーシヒデクスは魔法による仕掛けだと思った。
彼は魔力探知を、と傍の魔道士に呼び掛けた。
「……お察しの通りです」
「謀られた! きゃつらは鉄砲を使わせない気だ! いい勉強になったと言いいたが、強がりにしか聞こえんだろう! はははッ!」
相手はかなり実戦慣れしているようだ、とヨーシヒデクスは嘆いた。それも魔道を駆使したいくさをだ。
急ぎゴーレムを戻させようとした。しかし間に合わなかった。
「イズヴァルト! イズヴァルトだ!」
その名前こそが恐怖の始まりだった。
前列の射手騎兵らは次々と馬から跳ね飛ばされていった。
鎖帷子や板金鎧で身を守っても、骨は折れ、砕けた。中には打ちどころが悪く、一撃で絶命した者も出た。
騎兵の中の猛々しい者がその名を聞き、飛び道具を投げ捨てて剣を鞘から抜いた。ヨーシヒデクスは魔道士たちに告げた。
「ゴーレムは!」
「やってます! でもこのままだと、倒れた騎士が巻き添えをくらってしまいます!」
「……思いきれん!」
魔道士たちには撤退を呼びかけた。悲鳴は陣列の中段あたりから響くようになっていた。
それでも銃声が聞こえてきた。混乱し、暴走した銃士らが発砲したのだ。
味方撃ちこそしたがイズヴァルトには一発も当たらなかった。ヨーシヒデクスは怒号を放った。
「何をしている! 銃騎兵を下がらせろ! 退却だ!」
ヨーシヒデクスは抜刀し、剣を真上に掲げた。
「命知らずども、俺に続け! 末期には母親の名ではなく、昨晩抱いた女の名を叫べ!」
陣構えが変わった。発狂する者以外の弓騎兵や銃騎兵らは手綱をひいて八方に散り、ヨーシヒデクスと死を恐れぬ突撃騎兵らがしんがりとなった。
濃霧の中、ヨーシヒデクスは荒武者達に呼び掛けて集わせた。集まったのは200近く。ヨーシヒデクスは声を張った。
「総大将、ヨーシヒデクス=ヒラジマッシモ見参!」
イズヴァルトも呼びかけた。
「イズヴァルト=シギサンシュタウフェン! 拙者はここでござる!」
声のもとを聞いた。ヒラジマッシモは「国王万歳!」と叫んで馬を駆りだした。
ヒラジマッシモはイズヴァルトの気配を察した。さあ、尋常に勝負。イズヴァルトも声で答えた。風魔法で己の周囲を取り巻く霧を吹き飛ばした。
ヒラジマッシモはにやりと笑った。イズヴァルトだが実際に見るのは初めてだった。白髪だが若々しく猛々しい美丈夫であった。
「なんと色男! 王国一の孕ませ魔とお見受けした! あえてうれしいぞ!」
「拙者も同じく! ヒラジマッシモ殿もまた良き男ぶり!」
「褒められて悪い気はしない! だが俺は、男と尻の穴をほじりあう趣味はない! 覚悟!」
ヒラジマッシモは剛腕だ。1メートル以上もある長めの重い騎馬剣を片手でもって振り降ろした。
それをイズヴァルトが『氷雪の栄光』で受け止めた。腕の太さは同じぐらいにであるのに、ヒラジマッシモの方がしびれを覚えた。
しかしヨーシヒデクスは、それだけで逃げる男ではなかった。重そうな剣を軽々と振り上げ、イズヴァルトに幾度も打ちかけた。
ヨーシヒデクスは剣術にも優れていた。天下のナガオカッツェ家の妾腹のご令息であったが幼少のみぎり、父はしっかりとした剣の師匠を彼につけていた。
だが、並みの武者ではとうに刀傷を受けそうな剣は、そのことごとくを指揮棒で受け止められてしまった。
イズヴァルトに仕掛けられぬまま、騎馬剣は刃こぼれを起こしていた。ヨーシヒデクスは見切りをつけた。
「勝てぬか! ままならん! 者ども、命は明日の為にとっておけ!」
ヨーシヒデクスは踵をかえして逃げて行った。他の武者達もすっかり覇気を無くしてそれに従った。
これが世に言う、『タッカテオッキ河畔の合戦』であった。イズヴァルトは濃霧を利用し、たった1人で5000の騎兵を蹴散らした。
しかし彼はここで追撃をせず、小舟に乗ってヨコヤマヴァールへ戻って行った。
近所の川へ釣りに行くような気軽さで敵陣へ向かい、そこで騎兵を呼び寄せて食い漁る肉食魚の如き戦いぶりは、ヨーシヒデクスの口を介してますます広まるようになった。
かくして、イズヴァルトはナーガハーマに拠る近衛騎士団に手痛いご挨拶を果たしたわけであるが、さて、彼等はこの返答をどう受けようと決めたのか?
その続きについてはまた、次回にて。