聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
教帝オルランドゥはジューンショーン王だけにではなく、近衛騎士団の主だった者達にも使者を送っていた。
その遣いだが、皆が若い女で豊かな肢体を持つ美人ばかりであった。
剣と魔道の素質があり、独りで冬のオーミゲニアの大地を行き来する北国の者のわきまえを持っていること。
そうした女たちはヘラの部下に多くいた。ただ、彼が密使に選んだ女達は、エチウではなくイナーヴァニアの生まれだったという。
【ギルバート=カツランダルク注:ゴール族の娘だったという言い伝えがある。】
オルランドゥは娘達に、書状の中身は決して開けるな、と伝えて放った。
オーミゲニアよりももっと寒い地方で生まれ、育ってきた彼女達は、全員が無事に近衛騎士団の者達がいる各地の砦へと入った。
もう1つ、密使らは教帝にこう頼まれていた。
「肌を重ねながら、相手がどう思っているのかを聞いてこい。男は寝床ではあれこれとしゃべってしまう。その弱さを利用しろ」
但し持たせる密書は、自分では絶対に開けてはならないし相手には帰ってから読むようにとかたく言いつけた。
冷たい砦での地味で苦しい仕事を押し付けられていた貴族達は、サキュバスかと思わんばかりの魅力的な若い娘の来訪に喜んだ。
寝台の上に組み敷き、その肌を味わい、女の奥に挿れて思う存分に精を吐きながら、ながらついつい本音を言ってしまった。
「ほんとうに嘆かわしい。国王陛下は積極攻勢を好まないようだ」
「軍師のライナー=イナトミッテンフェルトともども、イズヴァルトのでたらめな戦闘力を侮り、粗末な陣地で封じようとしている」
「戦わずして勝ちたいようだが、そのように説く兵法など机上の空論に過ぎん。戦争とは血を流して最後まで立った者が勝つものだ」
「戦場に出たことがない文人王に、土仕事を押し付けられ、こき使われて嫌になった。邦に帰りたい」
娘達の子宮に大量のおみやげを与えて帰した後、相手からもらった密書を悦楽で蕩けた頭は、彼女達が隠し持っていた密書を開いた。
「私はイズヴァルトを討ち破りたい。国王を説得し、わが軍とと共に決戦に向かおうではないか!」
オルランドゥは密書に、こうも書いていた。
自分達が率いているのは、ただのパラッツォ教軍とは違う。君達がよく知る『弱卒ばかりの教団軍』ではない。
「魔道と新兵器に知悉した、教団の精鋭部隊である。僕がエチウの各地での戦いで部下にした、クボーニコフのオーガや半亜人も大勢いるのだ。安心して頼って欲しい」
近衛騎士団員らは勇気づけられた。
部下を連れて続々とナーガハーマへ戻り、ジューンショーン王とこの場の王族衆筆頭であったヨーシヒデクスに詰め寄り、決戦を連呼した。
「イズヴァルト1人、なぜこうも恐れるのでしょうや?」
「正規兵が3万、その他を含めれば6万もおりますぞ! そしてエチウ勢は3万で計9万!」
「イズヴァルト側は5000もいないと聞き及んでおります。わが軍はこのまま包囲を続けていればきっと、他国はあざ笑うことでしょうな?」
近衛騎士団員らは強く迫った。ジューンショーンは怖気ず、堅く拒み続けた。そうしようとした。
しかしである。押しかけての軍議が始まった翌々日の朝、ケノービ=ソーローは顔を真っ青にして、シマナミスタンでの亜人の徴募ができなくなったと語った。
「ソゴプール及びゾウズジャヤの族長らが、この件は無かったことにして欲しいと言ってきました」
「話をつけていたのではなかったのか?」
ケノービは頭を抱えた。
「そのう……このたびの徴募について、サヌキスタン王が待ったをかけてきたのです」
サヌキスタン王だけでなく、主だった貴族達も。
理由はイズヴァルトの武名を恐れてだった。それと聖騎士はサヌキスタンと海を隔てた、カイロネイアのエルフ達の支持があったからだ。
「カントニアのエルフと事を荒立てたくない。もしいくさとなった場合、アワッヒドや南のナハリジャーヤのエルフ達がカイロネイア側に味方するだろう。そうなったら勝ち目はない、と仰せでした」
シマナミスタンからは期待はできない、とケノービは嘆いた。
かの地にはドワーフやゴブリンもいたが、彼等は最初からホーデンエーネンと北部諸侯の戦いに関与したがらなかった。
むしろ、北部諸侯の味方にならばなりたがっていた。ごく一部が北部諸侯らに義がありと信じて、エチウ経由で義勇軍に加わった者もいた。
「完全な包囲にはもっと時間がかかってしまうな。長距離投石砲の製造はどうだ?」
「そちらもうまくいっておりません。マイア=テクニカから見繕っているものも、飛距離はせいぜい1キロ弱でして、エルフの遠矢が届いてしまいます」
仮に出来ても1年かそこら、とケノービは答えた。
国王は「しばらく秘しておくように」と伝えたものの、午後になると近衛騎士団の要職の者全員に、事の詳細が伝わってしまっていた。
再び軍議が開かれた。そこにはケノービとヨーシヒデクスの姿は無かった。国王は激しく詰め寄られた。
ロンメルやライナーが国王に味方し、息巻く彼等を抑えようとしたが、とうとう押し切られてしまった。
騎士団長らは目を怒らせながら、出陣の命令書を国王にサインさせようとする。
そこで王は筆をとる前に提案した。
「ここに余の名前は書かぬ」
「なんですと!」
国王は激高した近衛騎士の1人に胸倉をつかまれた。それでも筆を掴もうとしなかった。
「こたびの総攻撃は、貴殿らが勝手にしようとするものだ」
「この期に及んで何を言う!」
「イズヴァルトとの戦いは、オルフレッドの3万がいれば容易に勝てるだろう。余が出向いて指揮せずとも、貴殿らはあの者の首を得るに違いない」
その勢いをかって、北部諸侯を打ちのめすつもりならば、またパラッツォ教団の教主が出向いて心を惑わしに来るだろう。
「しかも北部諸侯との戦いに、オルランドゥ教帝は手を貸してくれるだろうか? 余はそう思わぬ。イズヴァルトに勝ったら、次の敵はもしかすれば、オルランドゥだろう」
「……そうなるかもしれませんな」
国王の胸倉をつかんでいた手が離れた。
ジューンショーン王はこう言った。
「この戦いで得られるものは、ヨコヤマヴァールだけだ。しかも奪還するだけである。あの街の蔵は略奪に足る十分な銭があるのか? 糧秣も3000の兵が3カ月か4カ月籠れる程度のものしか無いのでは?」
攻める側にとって、まことに旨味の無い戦争である。多大な犠牲を払って戦う価値が無いいくさだ。
「ゆえに、余はこのいくさからは降りる。この戦いの後の北部諸侯らへの説得に力を入れる。取るに足らないヨコヤマヴァールの戦いは、その方らの好きにするがよい。敗戦の責は問わぬし、イズヴァルトの首は好きなようにしても良い」
ただし。
「聖騎士団長ロンメル並びに、ライナー=イナトミッテンフェルトを参陣させる」
この城市にいる聖騎士団1000とナーガハーマの防衛部隊のうち、戦場慣れしている者達を彼等につける。
「後備えに控えとして置くが、形勢芳しからぬ際は彼等の自由裁量で動いてもらう。だが、決してロンメルらを監督指揮下に置くな。彼等が出るまでに勝負は決しているだろう」
ロンメルらは耳を疑った。まさか投げた合戦に自分達を投入させるとは。
近衛騎士団の者達は、国王のこの申し出を受け入れた。
3日後、ナーガハーマのあちこちの屯所で出陣を告げる角笛が鳴った。
城市を出たのはヨーシヒデクスを筆頭とする、ナーガハーマにいる近衛騎士団の全員と5万弱の軍勢。
彼等はタッカテオッキに舟をならべて橋をかけ、対岸へと続々と渡って行った。
対してイズヴァルトらは、城壁から伺って静かに待つばかりであった。
一番激しい攻防が繰り広げられるであろう、ヨコヤマヴァールの南側は、陣地や堀は無くまっさらな坂となっていた。ローラの策によるものだった。
そのやり方は誘い込んで殺す為であろう、と生兵法の者でもわかるものであるが、近衛騎士団の者はイズヴァルトをただの猪武者としか思っておらず、侮った。
「あれだけあった堀や曲輪が、きれいさっぱりとならされておるぞッ!」
「イズヴァルト、いくさがしばらく続いたら、城から打って出るつもりなのか!」
「だがヨコヤマヴァールの南壁は、それほどの高さではないぞッ!」
ヨコヤマヴァールの城壁だが、ナントブルグやナーガハーマとは違い、5メートルにも満たなかった。街は高台にあり、南側以外は急峻な高い崖で囲まれ、そもそも高い壁は必要無かったのだ。
だが、城市を設計したトーリ=カモセンブルグとマイヤの姉妹は、市街戦こそを想定して街を作った。長期戦と玉砕を覚悟した、しつこい設計が施されていた。
そうした事実をすっかりと忘れて、近衛騎士団の者達は騎士や兵士らに号令をかけた。勝利を願いながら、パラッツォ教帝の軍を頼みにし、天啓が我が方に向く事を信じて、全軍に鬨の声をあげさせる。
果たして、ホーデンエーネンの武者達にイズヴァルトは膝を屈することとなるのであろうか?
その続きについてはまた、次回にて。