聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
一方、聖騎士団はホーデンエーネン軍から離れ、パラッツォ教軍を目隠しにすると、北街道を全速力で駆けていた。
馬はへばると思いきや、この時の彼等は機動兵装をとり、簡素な鎖帷子をまとい、馬には甲を身に付けさせず、武器は剣と小さなメイス、短銃という格好だった。
聖騎士団の馬はずっと駆けていた。頑強なものばかり選抜されていて、たっぷりと訓練を施されていた。そうそう息はあがらなかった。
闇夜の中でも星明りだけを頼りにして路を進み、城市の壁からの監視をかいくぐって突き進んだ。
そして一団は丁度、イズヴァルトとオルランドゥが激突した時に、ヨコヤマヴァールの北側にある森にたどり着いた。
「ここに抜け道があるというわけだな、ライナー?」
エルヴィンに問われたライナーはうなずいた。彼の護衛であるベートーベンが、その入り口を探しだし、見つけた、と叫んだ。
「こちらです! エルヴィン団長!」
「ライナー、この抜け道は誰が設けたのだろうな?」
「マイヤちゃんですな。生前、彼女がお手紙を送って教えてくれましたよ」
ヨコヤマヴァールのいくつかある抜け道について、詳細に記していたという。この森にあるのは、逃げ遅れた市民を逃がす為に設けたものだと。
「そうか。これがうまくいけば、イズヴァルトはマイヤにまた負けることとなるだろう」
「城に残っている軍師ローラをとらえれば、きっと交渉に応じるでしょう」
「猿轡は絶対に忘れるなよ? 四肢が不自由だから、真っ先に舌を噛み切るに違いない」
聖騎士達は続々と、抜け道の入り口に入って行った。ヨコヤマヴァールにまだいる女軍師を捕らえ、起死回生の一撃を加えて形勢を逆転させる為にだ。
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突如として現れたコーザ=ストーンマウントは、目に怯えの色を浮かべるイズヴァルトにこう告げた。
「私は、この戦いを終わらせに参りました」
「戦いを終わらせる? もうすでに終わったとも言えるでござるよ?」
「いえ、パラッツォ教軍の戦いをですよ。この様な介入はよろしくないことです」
教主はオルランドゥの背に槍の穂を向けるクリスタの肩を、そっと叩いた。
彼女は目を潤ませ、その場でへたり込んでしまう。下腹のあたりを抑えて低く声を漏らしていた。淫魔の王の不思議な力で、子宮のあたりに強い快感を覚えてしまったからだ。
「私は戦う気はございません。勘違いしないでくださいね?」
優しく、心地よい揺らぎがある声が教主の口から放たれると、イズヴァルトを含むその場の全員が腕に力を込められなくなった。中には手から武器を落としてしまう者も出てしまった。
教主はオルランドゥを抱え上げ、背負ってやった。
「教主様……」
「オルランドゥさん、何も言わなくても大丈夫です。心の中で悔いればよいのです。マハーヴァラ様は、貴方の心の中の声も拾ってくれることでしょう」
オルランドゥは、教主の背に顔を埋めて泣いた。それからイズヴァルトをこう賞する。
「世界第一の英雄とは、貴方のことを指すのでしょう。魔竜戦役で、サイゴークで、そしてエチウやムーツで、この戦場で、貴方はそれを皆に示しました」
イズヴァルトはこの戦いで、2000人以上の相手を討ち滅ぼしていた。負傷者となればその倍だ。
ヨコヤマヴァールの南門とこの平地には、数多くの死者が横たわっていた。
「これからはこう名乗ればよろしいかと。百万一身の勇者、と」
百万一身。百万の軍に匹敵する猛者という意味で名付けたとコーザは告げた。
「いや、拙者が称せるのは、せいぜいが100人斬りでござる。100人じゃ多すぎる、10人でよろしかろう」
「それでは世の人々が不満を言うでしょう。百万一身、と堂々と名乗ってください。もう立派な『ゆうしゃ』だと思います。とてもすごいです」
教主は全く悪気が無かったが、イズヴァルトは口ぶりに余裕というものを感じ、かすかな反抗心を抱いた。
コーザとはサート銀山の決戦で負けている。今この場で再戦を挑もうかと考えた。
だが、コーザは彼の内心を見抜いていた。
「いけませんよ。今、貴方が戦うべき敵は私ではなく、ホーデンエーネンの君主たちの、残忍さと傲慢さでしょう?」
「おっしゃるとおり。ではござるが……」
「相手を違えてはなりません。イズヴァルトさん、貴方は『ゆうしゃ』としてこの地に現れ、ホーデンエーネンの暴走を正しに参ったのですから」
コーザはイズヴァルトが己を、『ゆうしゃ』と名乗りだしたことを知っていた。ローラから手紙を受け取ることは無かったが、人づてで聞いたのだ。
そしてコーザはホーデンエーネン軍のほうを見回し、呼びかけた。声は川べりにまで通り、風の音や馬のいななきと聞き分ける程であったが、念話魔法を使って下っ端の兵卒まで漏らさず聞こえるようにさせていた。
「イズヴァルトさんと、まだ戦いを続けるおつもりでしょうか? パラッツォ教国軍はもう退きます。皆様方だけでイズヴァルトさんとたたかうのですよ?」
その戦いについて、自分は止めるつもりは無い。教団軍がイブキラッセンに戻ったらすぐに、イズヴァルト達に仕掛けた縛りの魔法を解くつもりだからだ。
「さすればイズヴァルトさんは全力で、皆様方を滅ぼすことでしょう。よしんば討ち果たしたとしても、生き残るのは幾万、いや、幾千か……」
ヨーシヒデクスが進み出た。馬で教主の傍まで来ると、降りて右膝をついて頭を下げた。
「もっともなご懸念。我らとて、数万の兵を失ってまで聖騎士イズヴァルトの首をあげるなど、考えたくもない話でございますぞ」
勝利し、ヨコヤマヴァールを奪還できても、甚大な被害を被れば勝ちとは言えない。そもそもこの合戦は防衛戦でもある。
恩賞は北方の領主達から奪う土地となるだろうが、残った兵力ではそれもおぼつかないだろう。
「ゆえに、これ以上の被害は御免被りたいですな」
「そうですか。では、イズヴァルトさんが勝ち、ということでよろしいでしょうか?」
「……ここで、一つ提案がございます、教主殿」
この戦場にいる王族衆筆頭であり、国王の代理の総大将としてヨーシヒデクスは申し出た。
「我らは一旦、タッカテオッキの向こう側に下がることにいたします。ナーガハーマの国王陛下にも急ぎ伝えることにいたします」
但し負けは認めない。ホーデンエーネンが負けを認めるのは、自分か国王の『代理人』となる人物が捕らえられるか討たれるか、だ。
「その代理人とは、どなたになられるのでしょう?」
「我が国の聖騎士団団長である、エルヴィン=ロンメル殿になります。聖騎士団長は陛下自身より、王の代理である、と言付かっております」
イズヴァルトは気付いた。そういえば、今のホーデンエーネン軍の陣には、聖騎士団の旗が見えなかった。ヨコヤマヴァールから打ってでた時には、ちらとだが目にしたのに。
「なるほど。噂の聖騎士団の団長殿ですね? ホーデンエーネン王の剣ともいえる騎士団の。でございましたら、貴方のおっしゃられることは申し分無いでしょう」
ヨーシヒデクスはうなずいた。
そしてイズヴァルトと教主の顔に、交互に目を向けた。
「今この時より、ヨコヤマヴァール側の総大将を、イズヴァルト殿の軍師、ローラ=ラダトゥム=セアックにする、というのはいかがでしょうか?」
イズヴァルトは激しい怒りを覚えた。ヨーシヒデクスに襲いかかろうとする。
それをコーザが念じて、聖騎士の心を抑え込んだ。
「……ぐっ!!」
イズヴァルトは両腕に強いしびれを覚えた。かろうじて『氷雪の栄光』を握りしめられたが、それを振るうことはできなかった。
「軍師ローラを我らが捕らえるか討つかすれば、この戦い、勝ちとまでは言えませんが両者引き分け。イズヴァルト殿にはヨコヤマヴァールを引き払っていただき、後日改めて再戦、ということでいかがですかな?」
コーザが相槌をうった。
「ヨーシヒデクスさん、それで進めていきましょう」
「勝手なことを! ローラどのに害を加えるならば、拙者がここで一人残らず討ち果たしてくれる! 教主どのも覚悟せよ!」
とはいえ、意気込んでみたもののまだ腕の力が戻らない。
罠にはめられた、とイズヴァルトは思った。教主とホーデンエーネンは最初から共謀して、このような締め方にしようと目論んでいたのだと考えた。
「……イズヴァルトさん、ここは一度、ヨコヤマヴァールに戻っていただけませんか?」
「言われなくてもそう致す! だが、ローラどのを害されたらその時は、陛下も含めただでは済まさぬ! ホーデンエーネン全土を死と破壊で満たしてやる!」
イズヴァルト達は腕がしびれたままだったが、馬たちは皆、首をヨコヤマヴァールの方角に返した。
教主もまたパラッツォ教軍を率いてゆっくりとさがっていく。ホーデンエーネン軍も川渡りを開始した。
戦場には屍だけが残った。イズヴァルトが率いていた者で死人は1人か2人だけだった。この戦いでホーデンエーネン軍は、魔竜戦役に次ぐ数の死傷者を出していた。
【ギルバート=カツランダルク注:この合戦で近衛騎士団の重職のうち6名が隠居を余儀なくさせる大怪我をし、2名が命を落とした。後にヨーシヒデクスは「歴史的大敗」だったと、ナントブルグに帰還した直後の朝議で語っている。】
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ヨーシヒデクスが教主コーザ申し出た勝敗の条件。
それこそが、聖騎士団の行動を見越してのものだった。
この時、聖騎士団は隠し地下道を通り、ヨコヤマヴァール北側の厩の中に入っていた。
ここからはどうするか。思う存分、暴れまわる所存だ。相い討ちなどとっくに承知していた。彼らはベッドの上で死ぬよりも、戦場で死ぬことを尊ぶ騎士だからだ。
「気づかれてはいないか?」
ロンメルが斥候から戻ってきた部下に尋ねた。
「皆、城壁の守りに出ているのでしょう。あちこち歩いて回りましたが、誰もおりませんでした」
ライナーが団長に助言した。
「多分、軍師ローラという者は行政庁にいるでしょう、あそこがこの街の中で一番頑丈な建物です。そこを司令塔として、各所に指示を出しているのに相違ございませぬ」
まずは行政庁への奇襲だ。ローラの身柄を確保し、イズヴァルトに交渉を持ちかけるという算段だった。
交渉役となるのは、ルートヴィッヒ=ベートーベン。イズヴァルトの聖騎士団時代の親友だった。
「ベートーベン。やれるな?」
「もちろんですよ。アイツからとってやります。戦場では天下無敵だが、惚れた女のことになると途端にガキみたくなっちまう。この作戦はアイツの弱点をついた良策、と思ってますよ」
聖騎士団が動き始めた。
馬を走らせ街路を一饋に駆け抜ける。ヨコヤマヴァールの道路は迷路のようだったが、ライナーほか多くの者たちが地図を頭に叩き込んでおり、行政庁に近づきつつ遭った。
気づかれての襲撃もほんの少しだった。弓矢を射掛けられたが当たらなかった。
目的の場所が見えた。ヨコヤマヴァールの行政庁はすぐそこだった。
だが、その扉の前に、手押しの荷車があり、その背後に銀髪のエルフの女が立っていた。
「あれは……!」
荷車には『だいぶへんもの』と『げりべんだるま』と書かれた2つの旗指し物がついていた。
その中には蒼にも見える黒い髪の、年若い少女に見える女が座っていた。彼女はエルヴィン達のほうをじっと見ていた。
「あれは誰だ?」
ロンメルがライナーに呼びかける。人づてに聞いた、旗指し物をつけた箱型の手押し車に乗る女の話を思い出した参謀は、あれこそがローラ=ラダトゥム=セアックその人だろうと断じた。
「あの女こそが本命です!」
「なにっ!」
「全力を尽くしましょう! 但し、あのエルフはおそろしく強いはず!」
荷車のハンドルを握っていたのは、エルフのイナンナだった。ライナーが「恐ろしい程強い」と評したのは、彼女の全身から放たれる魔力のせいだった。
それでも止めてはならぬのだ、とロンメルは答えた。
聖騎士団全員が剣を鞘から抜き、馬上筒に弾を込める。
そこで黒髪の女が呼びかけて来た。
「お待ちしておりましたよ、聖騎士団の皆さん」
その女、ローラ=ラダトゥム=セアックは、これから襲われかねないというのに、にっこりと微笑んでいた。
寒いのに何一つ服をまとわず、ただ、やわらかな水袋のような乳房の上に、メダルがついた首飾りを身に着けていた。
さて、この女がこれから為そうとしていたことは一体、何だったのか?
その続きについてはまた、次回にて。