聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
その朝議で話し合われたことは、たちまち市民の間にも広がった。
各所で「おしゃぶり姫からトリーネたまを譲り渡すな!」という叫び声が起こった。市民らはマレーネをいたく好いていたのだ。
いや、トリーネではなくそもそも、亡くなったロゼを慕っていた。市内の訪問行事や、公式のお披露目で美少女ぶりを見せたロゼこそが、マイヤに代わるナントブルグのアイドルとなっていた。
ロゼの実の父親だが、イーガ王家の亡きアドルフ=トードヴェル=キョウゴクマイヤーである。しかしその事実を市民や朝廷の者達は知らない。
彼等はロゼを、イズヴァルトとマイヤの実の娘と信じていた。そしてトリーネは戦死したセイン王の遺児でもある。
住所不定の流浪の旅を続け、数多くのホーデンエーネン兵の命を奪った裏切りの者の祖父と、かつて民から血税を搾り取って学術の都なんぞをヨーシデンに無理やりつくった祖母なんかには、絶対に引き渡したくなかった。
暴動は昼頃になると収まりがつかなくなった。何故なら街の守備兵やそれを指揮する騎士や小貴族もそれに加わったからだ。
そして国王がついに動いた。暴動の主だったメンバーと会談の場を設け、暴動をやめてくれる要求を聞くことにした。
ただし、イズヴァルト達には引っ込むように頼んだ。それほどイズヴァルトとマイヤは、今のナントブルグでは恨まれているからである。不倶戴天の仇敵呼ばわりだ。
会談は王宮の外郭の内の三の丸にある中庭で行われた。ここでは生きていた頃のトーリがよく、市民の前でお小水を放ちながらの腰振りダンスを披露していた場所でもあった。
設けられた壇上にあがった国王は、拡声魔道具の前で声を張って大衆に呼びかける。
「マレーネもといトリーネは、イズヴァルトとマイヤの孫娘である。彼等に預けることのどこが悪いのか? その道理を君達には示してほしい!」
対して携帯用拡声魔道具を手に持った、暴動の指導者の1人がこう論じた。
「イズヴァルトとマイヤはとっくにホーデンエーネンを捨てた! 今のヨーシデン公はザーチャ様とディーク様の共同統治である! 既にマイヤは貴族の座をはく奪され、一介の庶民そのものである。ゆえに一国の姫をどうこうする権利など無い!」
ジューンショーンは首を傾げた。はて、マイヤの貴族の座ははく奪したっけ?
一応、死んだことになってはいるが、彼女はまだ形式的には貴族の地位を保っているはずだ。文官にマイヤに関する過去の決議書を持って来させ、地位はく奪の話がないのを確認してから、こう述べた。
「朝議にはそんなこと決まっていないよ? マイヤちゃんは今も王族衆に名を連ねているよ。死んだら王家の墓に納められるままだね。ねえねえ、どこからその情報を仕入れたのかね?」
問われた首謀者は黙ってしまった。マイヤが王家から除籍された噂を信じただけだろう。
ここで別の者が手を挙げた。近衛騎士団の孫組織である、ナントブルグ防衛団付きの騎士だ。
「王家の除籍の有無についてはこの際差し置き、マイヤ様がイズヴァルトに加担し、ヨコヤマヴァールでの大量虐殺にひきおこしたことを持って、ホーデンエーネンを裏切ったと見るべきでは!」
「あれは戦争だよ! 戦いはどれだけ効率的に人を殺せるか、傷つけるかが肝要なんだよ!」
「それがホーデンエーネン武者の美意識にそぐわぬ考えなのです! 馬に乗り、正々堂々と戦って鍛え上げた武勇でつばぜりあうことこそが、騎士の名誉というものでございますぞ!」
そうだ、そうだ、と兵士や騎士の間から声があがった。市民たちもそれに乗っかる。
ちなみにこの騎士は、鉄砲や投石機を扱うのに長けた飛び道具専門の軍人だった。効率的な死体の作り方を突き詰めているほうだった。
そこから反対者側の説法が鋭くなった。いや、屁理屈を並べ立てて強引に押し通そうとする。
ジューンショーンは誠実に、正論を述べて反対したが、全く聞き入れてくれなかった。
どんなに正しい意見でも、広まったデマや嘘にはかなわないものである。
その会談はこのように結論がついた。
「イズヴァルトとマイヤをさっさとナントブルグから追い出せ。孫娘を引き取るなんてもってのほかである」
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孫娘としばしの別れを告げてナントブルグを去った後、マイヤはひどく落ち込んでいた。
ここまでホーデンエーネンの人々に、自分達は恨まれているとは。
立ち寄ったアスカウの牧童の村で、彼女はコリアンナの家に到着した後、同じように難しい顔をするイズヴァルトに呼びかけた。
「ねえ。私たちはもう、この国に近づかないほうがいいのかな?」
「少なくとも、ナントブルグはそうでござろう。あそこは近衛騎士団のおひざ元でもあるでござるよ」
つまり、自分達を恨みに思っている連中の本拠地でもある。
近衛騎士団の連中は、陰険な連中ばかりで信用できない。今度の暴動はもしかしたら、裏で手を引いていたかもしれない。
「しかしでござる。そもそもトリーネどのを引き取るのは、無理な話ではござらぬか。拙者の孫だと皆は思っているようでござるが、本当はイーガのアドルフの……」
「だから私は手元に置きたいの。イーガ王家は私の一族をかつては恨んでいた。その呪いがロゼちゃんに降りかかったの」
ロゼのような不運に見舞われないよう、トリーネを傍に置いて守ってやりたい。マイヤはその様に思っていた。それがもしダメなら、アスカウやヨーシデンに住まわせて欲しい。
「むしろ、カツランダルク家が引き取るほうがよろしいでござる。コリアンナどのとザーチャどのに、そのように働きかけるように頼もう」
「うん……」
自分達が引き取るのが駄目なら、カツランダルク家がトリーネを引き取り、成人まで育ててくれればいい。
トーリの遺児たちに頼んだ。彼等は快く引き受け、熱心に動き出してくれた。特に王妃のフレッダが中心になって、ひそかに話を進めてくれた。
けれども、その働きかけはこの1年後、次男の出産直後にフレッダが亡くなったことで進まなくなった。
その頃から近衛騎士団が、再び勢力を巻き返しだした。
彼等はもう1つのカツランダルク本家を探しあて、その中心にいた娘を錦の御旗として担ぎだし、国王の新たな妃にと働きかけ始めた頃でもあった。
そしてトリーネはこの数年後、あるスキャンダルを起こして王宮から逃げ出すこととなる。
13歳になる前の年の末、王宮の奥でひっそりとアーノンレンシという名前の姫を産んで、しばらくのことだった。
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しばらくはホーデンエーネンには戻らないだろう。
ホーデンエーネン王国暦361年12月。
ヨーシデンの南にある港のふ頭で、イズヴァルトとマイヤは港の北側を仰ぎ見て仲良さげに、ひそひそと語り合っていた。
ここから先は、一旦イーガに寄ってそれからウーゴ王子を届けにシマーヅ国へ向かう。
イーガのマレーネからはイズヴァルトとの新たな子がそろそろ生まれそうだという手紙を貰った。
シマーヅのピピン王子には、アソマリアのデボラとフロウラが、いよいよ起きていられない身体になったから見舞って欲しいと頼まれていた。
これからやることがたくさんある。ホーデンエーネンに居座れない。
とはいえ、イズヴァルトはこの国を出る前に、感激するものを見て来た。
「まったく……素晴らしいところでござったな?」
イズヴァルトはマイヤに言う。立ち寄ったヨーシデンの都について述べたのだ。
もうすでに10万人近くの人々が集まり、トーリから名前を拝借した『トリシア大学』では、まだ学問所という形態ではあるが、沢山の学生が学んでいる。
ちなみに今の学長はマイヤの元部下である。その人物はマイヤの気が変われば、すぐにでも学長の地位を譲り渡すと言っていた。
しかしマイヤは固辞した。自分が夢見たのは大学を作ることで、学長の地位に居座るのではないのだと。
「貴殿の夢はもうかなったでござろう。拙者もそうでござる」
「いや、まだまだこれからだよ。イズヴァルト。一緒に旅をしよう? いろんなところを巡って、毎日を楽しく過ごそうよ?」
「たまには苦しい時があっても、でござるな?」
マイヤは嬉しそうにうなずいた。ルチアたちのお守り役を頼まれ、彼女達にまとわりつかれていたミツクニュモスはその様子を見守っていた。
待ち合わせていたエルフの船がやって来た。桟橋に板がかかると、イズヴァルトはマイヤを持ち上げて歩き出した。
その時のどこか嬉しそうな2人の顔が、後になっても忘れられなかった。
そしてこの時からおおよそ20年ほど後。
オリガの母で妻となっていたオルタンスを伴い、60過ぎのミツクニュモスは大きく成長したウーゴ王子と共に、シマーヅからの使者としてヨーシデンにやって来た。
「……あの頃より栄えているな、この港」
そうですねと、大兵肥満のシマーヅ人がうなずく。ウーゴ王子だ。
身長は190あるぐらいに背が高く、立派な体型をした彼だが父親とは違って『おすもう』の武術家になる道を選ばなかった。
ウーゴ王子はお姉ちゃん代わりのオリガを妻とし、チャゴスという息子を儲けていた。チャゴス以外にも何人も姫を作っていたが。
ヨーシデンの南にある港町は、20年ほど前と比べ物にならないぐらいに発展していた。いくつもでかい倉庫や港湾施設、商会などが並んでいる。
ちなみにこの港はすでに、ヨーシデン市に吸収され、その一部となっていた。
「イズヴァルトさんはあちらの商会で、アーノンレンシさんたちと待ってますズラ」
「『ショリィちゃん』とか。だいぶ大きく育っただろうな?」
とんでもなく美人に育ってる。しかも吸精具合が凄まじい。マイヤちゃんぐらいにだとオルタンスは囁いた。
「でも、ご存じの通り肉食獣ですよ、アーノンレンシさんは?」
「……そこはマイヤさんとは似なかったか。甘えて来る可愛い子が好みなんだけどな」
「オラたちエルフが育てたものズラよ。アーノンレンシちゃんは」
歩いてすぐの商会にイズヴァルトはいた。イナンナの夫だったパスカルという金色エルフがやっている交易会社の、ヨーシデン支店である。
久しぶりに会ったイズヴァルトは髭面だったが、全く老いていなかった。美男ぶりが輝かしい。
成長したアーノンレンシに至っては、少々背は低いが肖像画で見るトーリ=カツランダルクにそっくりの美人になっていた。
いや、美少女にしか見えない。今年で23になるが、まだ14歳ぐらいの少女のようだった。
とはいえ、この義理の曾祖父と孫娘の2人は美貌ぶりだけをたたえていたわけではなかった。
殺気が籠もった、強い目の光を帯びていた。
同席していたトールキンやクリスタ、ナハリジャーヤの豪傑エルフことカンチャーナもまた、ぴりぴりとした闘気を身体中に帯びていてただ事ならぬ気配を漂わせていた。
ミツクニュモスはただの外交で来たわけではない。シマーヅ国が代表する『遣い』としてイズヴァルトを訪れたのだ。
(そりゃそうか。これからかたき討ちに行くもんな。)
イズヴァルトが口を開いた。外見の若々しさと比べ、ひどく老いた様な声色だった。
「これよりすぐに、エレクトラどのとピピン王子様を連れ去り、マイヤを
もしかしての、最後の語り合いになるかもしれない、とイズヴァルトは告げ、アーノンレンシたちがそれにうなずいた。
「……エチウにいたっていうのは本当だったか?」
「左様でござる。ゆえに、親友たる貴殿と会いたかったのでござるよ?」
イズヴァルトはやっと顔をほころばせた。その目は、昏い復讐の光だけが輝いていた。
イズヴァルトは椅子から立ち上がり、ミツクニュモスと抱き合った。
これが彼の記憶にある、イズヴァルトが祖国に永遠の別れを告げたその日であった。