聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
マルティンとヴィルヘルムはその時、たいへんばつが悪そうな顔をしていた。
マイヤがふんぎぎぎぎいと怒り狂うと、オクタヴィアが剣を抜いてエレクトラに突きかかった。手練れでもかわしきれない素早い刺突だ。
が、エレクトラは右の義手で切っ先を掴みいなした。
それの手首に仕込まれていた隠し剣が出されると、ヴィルヘルムが「そこまで!」と二人に怒鳴りつけた。
「恐れ多くもイーガ国王マルティン=トードヴェル=キョウゴクマイヤーの御前であるぞ! 私闘は慎めいッ!」
オクタヴィアが先に剣を収めた。
「嬢ちゃんの怒りの肩代わりをしただけずらよ?」
自分のせいにされたので釈然としなかったが、マイヤは何とか落ち着くことができた。
エレクトラを見据える。こいつのせいでいろいろとひどい目に遭った。イーガを入国禁止になったと聞いたのに、どうして堂々と入ってこれたのだ?
「わからないという顔をされておりますねぇ。パラッツォ教の代表として交渉に来たんですよ」
「それ、信用できる司祭騎士さんや教典の巫女さんにやらせればいいんじゃないかな?」
「へへへ……特別なお話でして」
技術提携の話だ、とエレクトラは答えた。
パラッツォ教が抱える『枢機卿』が持つ『前世』の技術を一部をマイア=テクニカに提供する。初歩的な『神聖術式』を用いたものもある。
その代わりにイーガはパラッツォ教に、彼らがまだ知らぬ精霊魔法の術式書や魔道具を譲り渡す。それから技術者の育成もだ。エチウの各地の魔道工房の技術力を、底上げしようというのだ。
「それとついこのあいだ成立した、オーミゲニア自治同盟の援助をパラッツォ教国とイーガは共同でやっているわけですよ。その意識合わせも兼ねて来たんでさぁ」
そういえばそうだった、と思いだしたマイヤの中で合点がいった。
オーミゲニアはまだ独立国ではない。半分はホーデンエーネンに属しているようなものだ。
南への納税こそかつての20分の1となり、北方諸侯がたてた法律で動き始めたが、この時は独立した国に至っていなかった。1つの独自の国家として本格的に始動するのは、この時から20年程後のことになる。
そのオーミゲニアは今、イーガとパラッツォ教の援助を受けている。それから諸外国からも親交の使節が続々と入ってきていた。(名目上だが)盟主となったイズヴァルトとマイヤの名前のおかげだ。
ヨコヤマヴァールの戦いで大勝利し、世界最強の魔道士と恐れられるコーザを打ち破った威光は、今や全世界に轟き、容易に手出しできないようになっていたのである。
「イーガとエチウが手を組めば、マイヤさんが女王様みたいなもんになっているオーミゲニアの助けにもなるわけなんですよねぇ」
「これについては結局、貴方の目論見通りになったということかもね? イズヴァルトを北キンキの王様にしたいと望んでたらしいし?」
「へへへ。経緯はともあれ、志が成ったからあたしも鼻高々でいられる、ってわけですがね」
ニヤニヤと笑うエレクトラを見て、マイヤはどつきたくなった。自分たちの手柄を自分のものと吹聴しやがって。
しかし彼女が考えていた、広く大きな強い国、イズヴァルトを旗印とする理想の『満洲国』みたいな国は、一応成りはじめたわけである。
「で、私には用は無いんでしょ? 偶然会っただけだよね? エレナちゃんと会いたいなら後で来てもいいけど、マルティンくんのお母さんとしていろいろと用事もあるでしょう?」
「いやいやいや。子どもたちのことよりも大事な用事ができちゃいまして。本当にダメな母親ですねぇ。えへへへ……」
エレクトラはしっかりとマイヤを見て、
「世界の碩学姫様のお知恵や知識を、ちょっと拝借願えませんかねえ?」
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エレクトラが持ちかけたのは、こんな話だった。
「『どろーん』とかいう、あたしたちの前世にある、はるか未来の道具って、作れやしませんかねえ?」
遠隔操縦、あるいはプログラムした通りに空を飛び、偵察や荷運びに使える
マイヤの前世は1985年で終わり、エレクトラに至っては1955年頃なので、遥か未来にできたそれについてはよくわからない。
ただ、オクタヴィアやパオレッタ達に言わせると、『古代ムサシノ帝国』には似たようなものがあったらしい。エルフを束ねた英雄・スーワシューロも似たものを用いたという。
「ふーん。じゃあどうして今のエルフさんたちは、そういうもんを使ったり作ったりしてないの?」
「飛翔魔法で空を飛べるし、鳥たちに視覚と聴覚を貸して貰えばきゃつらが見たり聞いたりしているものがわかるずら」
カラクリを作って飛ばす理由や場面があんまり無い。探知術式を使えば大抵の亜人は、最大5キロ先までわかるからなおさら必要性というものが無かった。
それから、カイロネイアとその周囲限定だが、今じゃグリフォンを用いた『カイロ航空』という、便利な空輸システムも備わっているし。
「しかしマッハ1だか2だかで飛ぶような、すっごい速いものが欲しいと言っているんですよねぇ。『枢機卿』様がたは」
「そんなに速く? 何のために使うんだろ?」
「下々の者たちの運輸システムに、急ぎの配達便を作りたいというのですよ。なにせ、エチウの島々は海で隔てられておりますからねぇ」
転移魔法があるじゃないか、とは言いたいが、教団の司祭騎士や教典の巫女が扱えるのはせいぜい100キロ圏内。それも1日に2回か3回で疲労困憊してしまう。
サキュバスはもっと長距離だが、そもそも絶対的な数が少ない。1回使うたびにまんこに精液を注入しないといけない。意外と燃費がよろしくないのだ。
「うーん。動力は? 燃料は? この世界、ガソリンとかプルトニウムとか無いじゃん?」
「ここは魔力になりますねぇ。エチウの普通の魔道士が扱えるぐらいなのが条件で……まあ、偵察はともあれ、運べる荷物はこの際、小包1コぐらいしておきましょうか?」
はて、そんな道具を自分の頭では想像つくだろうか。
音速超えでエチウの島々を渡れる航続距離があり、普通の魔道士でも扱えるものを作るには?
(大容量の魔力蓄積装置と出力器……うーん、エチウの島と島との間の平均的な距離って、どれくらいだったかな?)
頭の中で地図を思い出す。例えばカナザワース島から西のアサークラント島までは、岸から岸まで約600キロ近く離れているが、その間に小さな島々がいくつかある。
よく考えればエチウには島が多い。それぞれに司祭騎士や教典の巫女、あるいは、彼らに属する魔道士がいるそうだ。
(魔力供給、リレー式でいいんじゃないかな?)
駅伝みたく、中継基地に入ったら別の魔道士が次の島に入れるぐらいの魔力を注げばいい。
となると、ものは小型がいい。飛ばす速度をつける装置こそ重要だが、エルフの風魔法術式は余裕で音速にいくものがある。それを利用しよう。
あと、魔法は小さいものを飛ばすほうが大きいものを飛ばすよりも魔力の消費量が少ないからだ。
偵察や監視に関しては術者から10キロメートルから100キロメートルぐらいの範囲で十分だろう。そのぐらいの飛距離がある遠距離兵器は、まだ存在していないからだ。
「ええと……マルティンくん、『禁書図書館』の入館証を貸して?」
それからエレクトラに呼びかけた。お前も手伝って。
「お、お前呼ばわりですかい?」
「そんなんでいいじゃん? ガモーコヴィッツ家なんてカツランダルク家の家来のそのまた家来なんだし?」
「へへへ。そういう考えでしたら理解も早いですねぇ」
雷管式銃の完成の後、マイヤは新しい『道具』の発明に取り掛かることとなった。
エレクトラのほかに、エルフ達やマイア=テクニカの主任技術者達と禁書図書館に籠もり、全体的なデザインと仕組みを固める為の書類を読み漁り、2週間でその原型図を作り上げた。
しかし彼女は、それが形作られ、試作品が空を飛ぶ前にイーガを出た。シマーヅ王よりウーゴ王子に会いたいという督促の手紙が届いたからである。
ただ、それの第一号は、試運転で素晴らしい結果を出した。
エレクトラやエチウの枢機卿達の望みどおりに、飛んでみせたのだと、ミツクニュモスは伝え聞いた話として日記に残している。
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おおよそ40年後のことになる。
ウマヤーノから街道を経て、カイロネイア山地に入ろうとしていた4万ほどの大軍があった。
その軍団を率いていたのはウマヤーノの武将たちだが、この軍勢にはとある一団が従っていた。
『救世主派』と呼ばれる、パラッツォ教団の一派閥だ。
その一団の中心にいたのは、つややかな黒髪で紅い瞳の、見目麗しい童女である。
エスカ=クロサワ。ただの子どもではない。サキュバスを母に持つ半魔の娘だ。組織内では『司教』と呼ばれている。
この娘は小さいながらも、魔界の上級魔族に匹敵する強大な魔力を蔵していた。祖母は『大淫婦』と魔界で恐れられた天才だったからだろう。
この一団には、彼女に従う金色髪のハーフエルフ達がいた。『聖女』とか『魔道尼僧』と呼ばれ、信者たちの上に立つ聖職者たちだ。
夜、天幕にいた彼女はテーブルに広げた、カイロネイア全土の地図を広げてじっと睨んでいた。この街道からカイロネイア=エルフの最大の拠点・ニラッサに向かう最短のルートを、朱いインクで塗ってあった。
「……遅いでチュウ」
愛らしい声でエスカは唸る。先遣隊として先に入っていた1万の軍に従う、同じ司教のアニーからの連絡がまだ来ないからだ。
カイロネイアは、通信魔法がなかなか使いづらいところとして知られている。
山地の奥には一切の魔法を受け付けぬ『禁足地』が存在し、そこからの影響を受けているからだ。
エスカやアニーが飛翔魔法を使えば、ここからニラッサまでひとっとびでいけるかもしれないが、カイロネイアの『禁足地』は困った特徴がある。
魔族の魔力に対し、強く妨害してくるのがそれだ。
なにせ、風の精霊のお膝元であるから、その末裔たるエルフが絶対的に有利になるような土地でもあった。
天幕にウマヤーノ軍の武将らが入り込んできた。
「エスカさま、先に山地入りした先遣隊はどうなっております?」
「かれこれ4日、連絡が届いておりませんが……カイロネイアエルフに全滅させられたのでしょうか?」
「たぶん、そうはならないでチュウよ」
エスカは部下に告げる。
「別の手を使うでチュウ」
「司教様。『黙示録の騎士』を飛ばしますか?」
「だめだめ。あれは目立ちすぎ。『福音の童子』を代わりに飛ばすでチュウ」
エスカはエルフの尼たちを連れて外を出た。目をつぶると頭の上にヘイローが浮かび上がる。黄色い円の中にピンク色の、抽象化された女性器が輝く変わったものだった。
「ほりゃっ!」
エスカが腹に気合を込めて声を放つと、股から魔力が放たれて眼の前で集まり、丸っこくて小さな何かを形作った。
松明に照らされたそれは、おおよそ40センチほどの、素っ裸の赤ん坊の人形だ。地面にちょこんとすわっていた。
目はまんまるくにこやかに微笑んでいいる。頭のてっぺんにちょっとだけ栗色の髪が乗っており、とんがりあたまのように見えた。あと背中に、小さな白い羽を生やしている。
これを初めて見たウマヤーノの武将がエスカに尋ねた。まるで赤ん坊の人形みたいだが、これも魔道具なのか?
「見てくれはただのお人形さんのように思えますが、これがパラッツォ教の魔道具なのですか、エスカさま?」
「そうでチュウ。あてはこれを計3体、物見といざという時の為に持ち歩いているのでチュウ」
そしてこの魔道具はハーフエルフの部下達も扱える。魔力を注ぎ込めと告げると彼女たちは念じて己の魔力をそれに注ぎ込んだ。
それが終わると『福音の童子』は動き出した。いや、いきなり空に飛び上がった。激しい風がまわりで起こった。
「何が起こったので!!」
「風魔法で空高く飛んだんでチュウ。あと、あんたしゃんらにはあれが見えているものを見せるでチュウよ」
エスカは背後の天幕に向けて印を切った。横長の投射スクリーンが現れ、薄暗い色に染まった雲と、星がまたたく夜空が浮かび上がっていた。
「……これは!」
「『福音の童子』ちゃんが見せてくれている景色でチュウよ。360度ぐるりと見えるのでチュウ」
さあ、と小さな司教は部下達に呼びかける。彼女たちが南に向かえ、と念じると上空の『福音の童子』は南に向かって飛び始めた。
スクリーンの映像も動き出した。南の方角に見えていた山の稜線があっという間に壁になった。それの谷間をくぐり、カイロネイア山地の険しい地形が広がりだしていた。
「……これですぐに先遣隊を見つけられるというわけですな?」
「そういうことでチュウね」
この魔道具に、ウマヤーノの武将たちは目を輝かせた。教団はこんなものを隠し持っていたなんて。
「これもまた、『枢機卿様方』作りし異界からの神秘、というわけか!!」
ある者がそう言ったのを聞くと、エスカはきっぱりと答えた。
「違うでチュウ。『福音の童子』こそ、昔いた『碩学姫』しゃんの知恵と知識が産んだものだと聞いたでチュウよ」
エスカは父からそう聞かされていた。試作品の最初の飛行実験こそ、2回目の飛行中に大爆発を起こして大失敗だったが、改良を重ねて今の段階にまでたどり着いた。
その原理と愛らしいフォルムは、マイヤ=カツランダルクによるものだと。デザインに関してはどこかで見たことがある、と言っていたが。
「つまり、あんたしゃんたちは『おしゃぶり碩学姫』しゃんを崇めなければならぬのでチュウよ。あてもお墓の方角におケツを向けて寝られないでチュウ。ふしゅしゅしゅ……」
エスカはふてぶてしい笑みを浮かべて、ぷっと屁を鳴らした。
このエピソードの後半で出てくるエスカというサキュバスですが、戦旗編での主要な人物となる予定です。