聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
門をくぐると、まぶしい光に包まれた。
そして見えた神の世界。
青く澄み渡る空がどこまでも続き、暖かい風がそよそよと吹く花畑の、美しさに満ち溢れた世界、ではあるものの、よく見れば微妙におかしい。
最初に指摘したのはエレナだった。神界で咲く花は、どんな珍しいものばかりなのだろうかと足元を観察していたが、
「とーちゃん。ここにある花、どいつもこいつも麻薬の原料になるものばっかだよ?」
ケシだの大麻だの、あるいはゴブリンの薬草師しか取り扱って無さそうな、希少な麻薬草の花ばかりであった。
「イズヴァルトさん……神様ってのは薬物中毒者ばかりなのかねえ?」
ここから見渡せる神界のスケッチをし始めたエレナを尻目に、イズヴァルトは「わからぬ」とつぶやいた。
そこへクラウスとリュカが近づいて来た。リュカは赤ん坊を抱えながらもタバコを咥えていたが、火がついていない。
「ちょっとおかしいわ、この世界」
彼女はクラウスに息子を預け、バッグから一つの護符を取り出した。エレナが筆の手を止める。
「これから何をするの?」
「精霊召喚が出来るか試してみるの」
火がついていないタバコはそういうことだ。彼女は契約した精霊の力を借りて魔法を使う。手にした護符は精霊を無理やり呼び出す、特別なものだという。
護符を眉間につけ、呪文を唱えだした。
「……我らがアルティルマ十二柱神の眷属、144の精霊の1人で焔の星をつかさどるユーフラウ。私の求めに応じて。光り輝くあなたの姿を今この場にてあらわし、暖かき灯から天を焦がす炎までを形作る力を示せ」
リュカの
大きさはリュカが腰に差す、女性用の護身用短剣と同じぐらい。『ばすけっとぼーるこーと』でイズヴァルト達が見た、リュカと契約した火の精霊だ。
「ワタシに何の御用事かしら、タツマイリアのリュカ?」
リュカが答える前にイズヴァルトが口をはさむ。
「貴殿、あの時リュカどのと親し気に語り掛けておったではござらぬか?」
「この言い方は儀礼みたいなものなのよ!」
火の精霊があごをあげてそっぽを向く。よく見れば可愛らしい顔立ちだが、燃え盛った火が人の形をしているのがわかった。うかつに触ると火傷するだろう。
「ユーフラウ。試しにこの花畑を燃やしてくれないかしら?」
ぎょっとするようなことをリュカが言う。ユーフラウは「だめよ」ときっぱり返した。
「何が駄目なのかしら?」
「ワタシ達の世界に比べると、異界の精霊に対しては魔法抵抗の力が1000倍以上もあるわよ、ここ。おおかたそこのでくのぼうの世界の精霊だと、50倍から100倍の負荷がかかるかもね」
つまり、今の彼女は大いに弱体化しているというわけだ。煙草の火をつけることさえ大仕事らしい。
「リュカ、戦いに参加するのはおやめなさいよ。ワタシ達の力を借りられないアンタじゃ、せいぜい腰の小剣を振る事ぐらいしかできないわ?」
リュカの剣術は並以下だ。女にしてはそこそこやる奴程度である。精霊召喚士としての力が引き出せなければ、ただの子持ちの女であった。
ユーフラウはぱっと消える。入れ替わる様にガンガがリュカのもとへやって来た。
「らしいわ。引き返したほうがいいかしら?」
「仕方ありませんわ。ここまで来られたのですし、わたし達の山で戦いの行方を見守ってはいかがでしょう」
クラウスがリュカに「そうした方がいい」と勧めた。第一彼女には赤ん坊の世話をするという仕事がある。ヴァーンという子は2人の大事な絆であった。
「わかったわ、クラウス。じゃあせいぜい、イズヴァルトさんや『
「俺がそんなへまをするか!」
クラウスは憮然として、じっと様子を見ていたイズヴァルトとミツクニュモスを睨みつけた。
□ □ □ □ □
その岩山は、花畑をおおよそ20キロほど歩いた先にそびえていた。
山といえどもあちらこちらに屋敷があり、柱だけをいくつも並べた祭礼場の様なものがあった。どれも純金や純銀でできていた。
「あれが、我々アプサラーの百姉妹が住むキャイラス山です!」
キャイラス山。イズヴァルトとミツクニュモスが知る、マハラ教の神話に出て来る女神たちの山だ。
その向こうにガンガの兄弟が住まう、男神の住処たるギリ―山があるという。向こうといっても20キロほど離れているが。
「ギリ―山の兄弟たちは、清楚で質素な私たち姉妹とは違い、それはそれは贅沢な暮らしをしているのですよ」
男神たちはあまり動かないし下界に降りない。暴飲暴食に明け暮れている。
ゆえに皆がでっぷりと肥っていて少し動くだけで息切れするのだという。
では、神も抱きたがる女はどうするのかと問えば、神よりもランクが低い高次的生命体の雌を抱いて性欲を発散するのだという。異界では『天人』だの『神霊』といった存在だ。
「ふむう……貴殿らと交わり、新たな神の子を殖やすわけではござらぬのか?」
「わたし達くらいの地位の神同士では、殖やせないのです。神産みの権利はマハーヴァラ様とヴァリシアナ様のみ許されておりますので」
それと、男神も女神も、生殖においては地上界にいる生物のみと許される。神の力を持つ子をたまにこの世に出現させ、人あるいは動物らを導く存在になってもらう為だ。
「もっとお知りになられたければ、わたし達姉妹の家に来てください」
ガンガはくたびれたと文句を言う500人の『ゆうしゃ』達に呼び掛けた。その山の中腹にある大きな洞穴の入口を指す。
「あれがアプサラーの百姉妹の住み処の入り口。あともう少しです。張り切って参りましょう!」
その後体感時間で1時間にも及ぶ登山の末、やっとのことでその入り口にたどり着いた。
ただ、入口には絨毯の様な敷物が広げられ、あちこちに美しい壁画が描かれていた。女神たちと人々の交流の歴史といったテーマのようだが、
「どれも、女神どのらと人々が、おまんこをなさっている絵ばかりでござるな?」
「アプサラーの姉妹は皆、愛と豊穣の女神たちですからね。当然のことですわよ」
「サキュバスどのらとあんまり変わらんでござるな。少々芸が単調でござるよ……」
ガンガは怒りながら事実を告げる。魔界のサキュバスはあちらの、生殖と豊穣の神みたいなもんに仕えていた巫女が源流だと。
「なのでお互いに似通っているところがございますのよ。似た者同士というわけですのよ。格の違いはありますけれど」
そのサキュバス達とよく似た、ガンガの妹たちこと豊穣の女神たちと顔を合わせたのが、通路から最初に入った広い部屋でだった。
絢爛豪華な装飾や家具ばかりが並び、中は昼間のように明るい。その中に、姉に負けぬ美貌の、豊かな乳房を尻を持つ装飾具だけを身に着けた裸の女達こそ、ガンガの妹たちだった。
「ガンガお姉様。御帰りなさいませ」
女神たちの声が唱和する。聞き心地のよい、柔らかい声質だった。
その内の1人、一番背が低くてエレナよりも幼なそうな女神が、イズヴァルトのところに浮いてやって来て頭を下げた。
「あなたが『ゆうしゃ』イズヴァルトさまですね? わたくしは姉妹の末妹、クマウリと申します」
背が低く幼い顔つきとはいえ、乳房と尻は丸く大きく重そうだった。多産神はこどもみたいな姿をしても、生殖に関わる箇所には魅力的な肉がつくようだ。
「クマウリどのでござるか。確かマハラ教の神話だと……」
その時には必ず、小さな身体についた見事過ぎるおっぱいを口に含ませながら、手コキや手マンをしてくれるという。
「早速ですが、お父様がお呼びでございます。ガンガ姉様とお連れ様と一緒に、ついて来てくださいませ」
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カイラス山の頂上。
そこから天に向かって伸びる光の柱の中に入ると、ふわっとした感覚が一瞬起こり、それから鎮まった。
クマウリに言われて光の中から出て来るとそこには、エメラルドグリーンにも、真っ暗な蒼にも見える、波打つ海があった。
「イズヴァルト、足元を見ろ」
クラウスの声を聞くと、イズヴァルトは足元に目を向けた。
「わかっているでござるよ。拙者らは海の上に立っているでござる」
「……驚くところだろ、それ?」
「ここは神様の世界でござる。何があってもおかしくないでござるよ?」
クラウスは釈然としない様子だった。しかし彼の子孫たちは、エレナみたくはしゃいでいた。海の上を駆けまわっていた。
女神たちは何も言って来ない。しかし、これが何なのかがなんとなくわかる気がした。
しばらく歩いてみると向かう先の海面から、球体の大きな何かが水しぶきをあげてせりあがって来た。
大きさは城郭の築山、いや、それ以上か。
身体は無色だ。くらげの様に柔らかそうな膜があるのが、ほんのりと見えた。
その中では、何かがさかんにうごめいている。
目を凝らしてみれば、イルカ程の大きさのオタマジャクシのようなものと、中に胚のようなものを持つ、まるっこい透明な球体が動いていた。
「あれが我らが母、ヴァリシアナ様でございますよ」
いつの間にか、イズヴァルトの傍にいたクマウリはそう言った。
「ヴァリシアナ様でござるか……想像したのとは随分と違うようでござるな?」
「これはあくまで身体の一部でございます。ニンゲンの皆様が絵や彫像で表すお母さまは、別のところにございます」
そうした別の身体を『化身』という。しかし仮初のものではなく、『化身』もまた神の本体だ。
ガンガが前に出てイズヴァルトに言った。父のマハーヴァラもまた、オーシラやメシェイドといった化身を持っていると。
そのヴァリシアナの身体の中で、大きなオタマジャクシが卵のようなものに入り込もうとし始めた。
それの頭が完全に入ると、しっぽが切れてかき消える。卵のようなものは、母親の身体の膜から弾け出て空へと飛んで行った。
「あれはなんでござろうか、クマウリどの?」
「『星の卵』です。宇宙の中に漂い、様々な元素を引き寄せて星を造るのです」
そうした『星の卵』はヴァリシアナの中で、100も200も作られ、空へ飛び立った。
星空の素があらかた出尽くすと、ヴァリシアナの身体にたちまち、卵の様ななにかがいくつも造られた。
そして膜の底、海の底から大きなオタマジャクシの様な何かが、ヴァリシアナの殻から入って卵を目指す。
「つまるところ……この海そのものがマハーヴァラ様そのもの、でござろうな?」