聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
アネモネから送りつけられた、ミツクニュモスの日記を読み終えたギルバートは、これをモアナに手渡した。
「神の世界に行ったなんて、信じられるか?」
「疑問に思うの、そこ?」
何ならアカサカチハヤに出向いて、魔族達に聞けばいいじゃない。
そうは言うがイズヴァルトの時代と違う。今のあの周辺は、ニンゲンでは耐えられぬ毒が、あちらこちらに充満しているそうだ。
放射能、と呼ばれるものがそれだ。
イズヴァルトの後の時代、何らかの大きな災害が起きて、アカサカチハヤ一帯は汚染された。
車輪や四角い箱みたいな形をした殺傷石みたいなものがあちこちに、今もごろごろと落ちているという。
「嫌だよ。エルフやドワーフでも下痢気味になる土地になんて行きたくない」
「そりゃそうかもね。魔族もあそこに住むのを嫌がって、オーミゲニアに移住しちゃったのもたくさんいるし」
ちなみに今、魔界への扉だのコンゴウアミダラデンなどというものは存在していない。何故か知らないが更地になった。
サーガではコンゴウアミダラデンでの、イズヴァルトとその仇敵との、まるでこの世の終わりに出て来るバケモノのド付き合いみたいな一大決戦が描かれている。
しかしそのせいで、魔竜の城が山ごと吹っ飛んだという話ではなかった。
何か別の、誰かによって隠された事件か災害で、イズヴァルトの頃の魔族の本拠は姿を消してしまったのである。
とりあえずだが、アネモネがこっそりと寄越してくれた本は、理解できた。マイヤは死んで新たな生に向かったのではなく、生き戻ったのか。
ならば、イズヴァルトが死んだのかどうかわからない最後の戦いから、歴史上の記録から姿を消した理由もわかった。彼女に会いに行ったのだ。
(だがな……。)
ではどうして、アーノンレンシ姫を捨てたのだろう。
続く忠義の臣と烈なる戦いのサーガでは、彼女を孫娘のようにかわいがっていたのに。
(ということは、それほどイズヴァルトは思っていたのか。)
彼は勝利の後、亡き妻に会おうと向かったのだ。
つまりは彼は、そこで自分が『死んだ』と思った。
生きているし不老不死でちんぽが常に生殖したいとギンギンに勃っていただろうが、彼は人間であることを捨てたのだろう。
(だが、それこそが、私がひそかに研究したいものに書かれているのだよな……。)
その姿を消したイズヴァルトのその後を謡う、『隠されたサーガ』というものがあった。
彼の祖の1人が歌ったものだ。聞き慣れぬ名前で、エーキチ=ヤザワという名前の男だったそうだ。
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ギターを持って舞台にあがったその男が演奏を終えると、盛大な拍手が鳴り響いた。イーガのコーヅケーニッヒにある劇場での一幕だ。
演奏し、歌っていたのは黒髪の若い男だった。年は30をもう半ば過ぎていると公言していたが、二十歳ぐらいに見える顔立ちだった。
顔の構造はオーガ族の男みたいにのっぺりとしていて、髭の剃り痕が青く残ってはいるが、なかなかの男前だ。
いや、化粧を施して女の格好をさせるほうが似合っていた。この男は髪が長く、真ん中に分けて肩までかかっていた。
男がなおも歓声が聞こえる観客席に頭を下げ、舞台袖に出ていくと、彼よりも背が高く、長い野太刀を背負った黒髪の若い男と、猫の耳としっぽを生やした女獣人が待っていた。
楽師が近づいてくると、女は駆け寄って飛び込んだ。
目がぱっちりとしてとても愛らしい。それでいて、とてもやらしいかたちのボディライン。男達の射精中枢を活発化させる身体つきだった。
大きな胸と柔らかな身体に抱きつかれ、彼は照れくさそうに笑った。ついでに股間も反応してしまう。この女とは毎日寝ていたから、勝手にそうなってしまうのだ。
「エーキチさあーん! 今日の演奏もとっても良かったにゃん!」
「だよな? 何せ俺様はこれからイーガ随一の楽師になる男だからな!」
物言いはいささか傲岸不遜だが、その自信にそぐう演奏力と歌唱力を持っていた。
「今夜のお仕事も終わったし、エーキチさんはローザとこれからおねんねするにゃん?」
獣人の名はローザマイヤ。イズヴァルトとオットーとの娘だ。
いろんな男と仲良くして、8人も子を生んだのだが、まるで子供がいるというような感じではなかった。まるで身体だけ立派に育った小娘である。
「そうするか……じゃあマサタカ、お前が大好きな俺様の歌をタダで聴かせてやったんだから言うことを聞いてくれるよな?」
彼はその男とこういう約束をしていた。
持ち歌を聴かせて感動したら、ずっとこのイーガで暮らせ。俺の親友として。
「ありがとう。いい曲だった。満足して死ねるよ」
「……んあ?」
エーキチはローザマイヤを突き飛ばし、マサタカを睨みつけながらにじり寄った。胸ぐらを掴んだ。
「おいおい。約束を違えるのか? ふざけんじゃねえ! おめえはなァ、ルチアさんやアーノンレンシさんとつるんで安楽な暮らしをしながら、俺様の歌を聞き続けなきゃならねえんだよ!」
「そうでチュウよ! しかしあてを忘れてはいけましぇん!」
マサタカと呼ばれた男の足元から声が。
影から出てきたのは、おかっぱ髪を少し伸ばした、黒いドレスをまとう童女だった。子供サキュバスのエスカだ。
「だろ、エスカ? 遊び相手でお気に入りのちんぽ汁の供給相手といつまでも暮らしていたいだろ?」
「ふしゅしゅ。おっしゃるとおりでチュウね!」
けど、とエスカはマサタカを見上げながら浮かび、彼の肩の上に尻を乗せた。
「でも、意思はなかなか硬いでチュウね。だからあてと他の司教たちは、マサタカしゃんを生きてここに連れ戻す為に全力を尽くすつもりでチュウよ?」
「それって、ついていくってのか?」
「まあ、そういうことさ」
マサタカは胸元を掴んでいた相手の手を振りほどいた。
「くそっ。俺達に散々、『ゆうしゃごっこ』をやめさせたがってた、怠け者で最弱だったお前が『ゆうしゃ』になろうってのか?」
ローザマイヤも寄って来て言い始める。
「気にする必要は無いにゃん! 後はぜーんぶ、とってもつよいパパに任せるにゃん!」
「そうしたいのはやまやまなんだけどさ、俺はイズヴァルトさんを助けたいんだよ」
それにこちらの一番の必殺の手は、自分が持っている。
マサタカは背中の大太刀の柄を握ると、独り言のように呼びかけた。エーキチとローザマイヤの脳内に、聞いたことも無いような声が響いた。
「安心しろ。そこのサキュバスと俺がいれば、この男もそうそう死にはしないだろう」
「……マサタカ、これが『髭切』の声なのか?」
「おたくらは初めてだったか。そういうことだよ」
だから向かう。決着をつけに行く。
「今度ばかりは俺も行かないとダメなんだ。すまないけどおたくらは置いていくよ。とてもじゃないが太刀打ち出来ないだろう」
「……わかったよ。行って来い。そして、これだけは言わせてもらうよ」
帰って来たらこの旅のこと、
「お前みたいなおしゃべりが、あちらこちらに吹聴するだろうからな。歌にしても珍しくも面白くもなくなるだろう。忘れら去られる歌になるだろうさ」
「悪かったね。ちゃんと戻るよ。じゃあ、みんなにはよろしくね」
マサタカは去っていった。
そしてエーキチは、ギルバートの先祖は、彼と共にした旅を題材にした、長い長い歌を作った。