聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
タカミ=ジュン枢機卿はこの時期、パラッツォ教の伝道司祭と偽って、ヨーシデンとその周辺にうろついていた。
パラッツォ教の布教が名目だが、本当の目的はヨーシデンにある、マイヤの図書館の蔵書だ。
その図書館は、おおよそ30万冊ほどの蔵書があった。
彼女が実際に最後まで読んだものや、一度目を通して、「ほかの人なら面白がれるかも」と念のためにキープしておいたもの。
あるいは、「このくそ本、なに?」と舌打ちして、最初の20ページでやめた本や、買ってはみたもののまだ手を付けていなかった本が集められている。それらは全て、図書館の1階と2階に納められていた。
しかし、タカミの本当の目的はそちらではなかった。図書館の地下の書庫だ。
そこには、イーガの『禁書図書館』に置かれた写本が、おおよそ1万冊ほど蔵されている。マイヤが目にしたことがある本の写本だ。
しかもその6割強は、転生人たちが前世の世界の技術や文化などを記した本ばかりだ。
書棚には『くるーぐまん』や『シカゴ学派』といった、この世界の者の知性では理解できぬ書物が、ずらりと並んでいた。
マイヤは、いつかはこの世界の人々の役に立つだろうと思って、マルティンに頼んで複製してもらったものである。
タカミ=ジュンは毎週必ず、開館時間から閉館まで入り浸ることにしていた。ここの図書館は貸出厳禁だ。いなければ、読めない。
そして図書館の受付は、ヨーシデンの共同の大公となった、ザーチャとディークの新妻。ルイーダとリッカだ。
彼女達は正式には公表していなかったが、ザーチャとディークの妻となった。まだ子供の時分だが、既に夫とやることをやっている。カツランダルク家の敵・ヨーシヒデクス=ヒラジマッシモの隠し子でもあった。
ろくに人がやって来ない図書館の受付席で、ルイーダは手元に『げーむうぉっち』を忍ばせていじっていた。
隣のリッカがあくびを噛み殺しながら、図書館に置いてあった一冊を開いて暇をつぶす。
「今日はあんまり人が来ないね?」
リッカがぼやくとルイーダは、かちゃかちゃと鳴らす手を止めた。
「仕方ないんじゃない? ここを使う学生さんはいないもの」
「……来たくないんじゃないかしら?」
リッカはガラスの扉の外を見た。でっかいおちんちんのような柱にしがみついてお尻をめくってしゃがむ、幼い頃の『おしゃぶり姫』の銅像が置かれていた。
それから、ちんぽのような形のつくねを咥える『8歳頃のおしゃぶり姫』や、本を開きながら股も開帳して見せつける『11歳頃のおしゃぶり姫』の銅像も。
これら全部、カイロネイアのエルフ達が、寄贈してくれたものである。彼女達はホーデンエーネンが産んだ、伝説的なアイドルを称えて作ったのだ。
「あれ見たら、でっかい娼館か何かと思っちゃうよね?」
「いや、あれを見ると本を読む気が無くなって、ちんちんやおまんこを、すりすりしたくなっちゃうから、入れないんだと思うよ?」
この『先代ヨーシデン公蔵書館』だが、入口付近のたいへんわいせつな銅像の他にも、彼女の幼い頃の肖像画を集めた別館が設けられていた。王国の貴族らが、彼女を偲んで集めて建てたのだ。
「仕方ないよね。マイヤちゃんの情け容赦ないかわいらしさに参っちゃうもんね、みんな!」
「リッカ。昨日も一昨日も、同じこと話さなかった?」
同じ話を繰り返すのは不毛だ。自分たちはまだ若いんだし、いろいろな話題を口にするべきでは無いだろうか、とルイーダはたしなめた。
「ふわあ……ええっ? ルイーダちゃん、おまんこの話と果実酒のお話と、げーむうおっちのお話しかできないじゃない?」
「そういうのでもいいのよ。同じ話題を繰り返して話すと、ボケ老人になりやすい、って言うわよ?」
「おまんこの話はついていけるけど、ここで話すのもなんだかなー。ふわああ……」
リッカはひたすら、あくびをするだけだった。小説や絵巻物の話ができれば飽きないが、ルイーダは読書に興味が無く、その手の話ができなかった。
リッカはもうひとあくびをして本を閉じ、後ろに置いてあったほうきとちりとりを手に取った。暇な時は決まって、図書館の周りを掃除するのだ。
外へ出ると、門の前でその日初めての来訪者の姿を目にした。毎週、いつも決まった時間に来るパラッツォ教の青年司祭、タカミ=ジュンだった。
「あら、タカミさん!」
手を振ると返してくれたが、もう1人いることに気が付いた。金髪の美少女だ。マイヤとは違うかわいらしさを持ち合わせていたが、なんだか生意気な顔つきで、好意を抱けなかった。
「タカミさん、その女の子は?」
「私の知り合いの妹さんです。ヨーシデンに遊びに来たので、ここに連れて来たのですよ」
金髪の女の子はリッカに笑顔を向けた。とても可愛らしい、という感想は変わらなかったが、どうにも好きになれなかった。
(なんかこの子、血なまぐさい……。)
実際に漂うにおいではなく気配を感じてだ。いくつもの戦場を渡り歩いた旅の傭兵のようだった。
リッカは小さい時、そういう男に抱かれたことがあったから一層強く感じ取れた。宿屋の娘だった彼女は、娼婦の真似事をしていた。相手は寝床にやって来た彼女を、うまい肉を食らうかの様に貪った。生臭かった。
リッカは嫌悪感を込めてヘラの背中を見た。刺すような視線はヘラもわかっていた。急に遠い目をしてうつむくと、タカミ=ジュンがささやいた。
「人は、気が合う、合わないがあるのですよ」
「……」
「でも人とは、それで良いのです。教主様もおっしゃっていたでしょう?」
わかっている。だけど寂しさが募った。
彼女はエレナとオリガ以外に、同年代の女の子と仲良く遊んだことが無かった。
□ □ □ □ □
タカミが案内してくれた、地下の『禁書』の棚は目移りがした。
経典と魔導書以外の本を読まぬヘラでも、転生者の筆による、異界の歴史や技術の本は魅力的だった。エチウとは言語が違うものばかりだったが、横でタカミが翻訳して読み上げてくれた。
そのいくつかの本で書かれたことに、彼女は不思議な気持ちを覚えた。異界に存在したというとある国、イラクやイラン、アフガニスタンなど。その名前がどうにも、懐かしいと感じてしまったのだ。
「ねえねえ、ここ、もう一回読んで?」
「ご執心ですね……『イラク』の『フセイン』は『クウェート』に攻め込み、『アメリカ』の懲罰を受けることとなった。『砂漠の嵐』と呼ばれるその作戦に、『フセイン』は為すすべもなかった……」
その他の本も、彼女にとっては面白く思えた。空を飛ぶ鉄の鳥の乗り物や枯れた大地の人々の食べ物。過酷な環境を皆で助け合って凌ぐ暮らし方。
そして、パラッツォ教やマハラ教とは全く違う、異界の宗教についてだ。
マハーヴァラを主神とする多神教ばかりのこの世界とは違い、異界ではある1つの神を、絶対の存在として拝したという。
「『あっらー』。どんな神様なのかな?」
「……私には想像できません。神がたった1人、というのはあってはならないことでしょう」
タカミ=ジュンは言葉を濁したが、彼はその神の名を知っていた。
彼と枢機卿ら全員の前世の世界で、宗教的な宿敵が信奉していた神の名だ。ただ、彼の記憶では数多くいる神々のまとめ役、という立ち位置であったが。
しかしその話を、ヘラにするつもりは無かった。彼女に語っても意味が無いと思えたからだ。自分の前世のことを語っても、わかることは無いだろう。
とは言え、世界の謎を解き明かし、枢機卿らが望む答えに導いてくれそうな人物には話している。2人の転生人。エレクトラとマイヤだ。彼女たちには洗いざらい話した。
(……。)
タカミのその心の動きを、なんとなくだがヘラは読んでいた。どうも信用されていない。自分が愚かだから、とまでは思わなかったが、タカミにはあまり心を開かないほうがいい、と思った。
「あたし、別の本を探してくるね」
そう言って席を立つ。本当に知りたいことが書いてあるものを読みたかったのだ。
世界各国の『ゴール族』の表記を頭の中で思い浮かべながら、ずらりと並んだ背表紙を目で漁り続ける。
(……あった!)
書庫南区画にある、手前から四番目の本棚の二列目の中にそれを見つけた。彼女がよく知る、サイゴーク語による本だった。工夫を感じられない題名だった。
『ゴール族に関する言い伝え』
その本の中に記されていたことは、ヘラが知りたかった殆どすべてを網羅していた。