※この作品はR-18です。

聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ   作:CHACOとJAGUAR

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ゲヘナ② 『篝火』

 デトロイト中心部を焼き払った後、ヘラはシカゴへ向かった。

 

 イリノイ州最大の都はデトロイトとは比べ物にならないほど、人で溢れかえっていた。

 

 車の走る音やジェット機の音、コンクリート作りの大都市から漂う熱気は、人々の生業の息遣いや体温とも言える。

 

 それをヘラは、はるか上空にいても感じていた。音や温度だけででない。ゴールとしての鋭敏な感覚が、数百万にも及ぶ命の気配とエネルギーを、彼女の全身に感じさせていた。

 

 なんて生き生きとした街なのだろう。まるでカナザワースの都のようね。

 

 奇しくもこのシカゴの街は、カナザワースとほぼ同じぐらいの人口だった。デトロイトの中心地を焼亡させてから3分のち。まだ昼間だ。これからお昼時だ。

 

(全て燃やして壊してやる。イーサーの狗ども、死んでしまえ。)

 

 ヘラが憎しみを向けた時、背中に負っていたそれが口を開いた。

 

「だめだよ。もうひどいことをしちゃもどってこれなくなるよ?」

 

 抑揚の無い声。たどたどしい言い方。ヘラは一切を無視した。黙らせないのは、要らない慈愛とやらを確認するためだ。これが言う諌めを無視すればするほど、自分は強くなれると信じていた。

 

「あは♥」

 

 ヘラは大きく目を見開き、左手に持った『魔蜂の突針』と右手の『獄炎の凱歌』の切っ先をあわせた。

 

 これから始まるのは、風の魔法と火の魔法の新しい合せ技だ。神聖術式を媒介にする。

 

 ヘラの頭上に光輪(ヘイロー)が現れた。神聖術式を用いた時に顕れるものだ。彼女のそれは、黄色く輪に剣のような文様がいくつも刺さるかたちをしていた。

 

「焼いちゃえ♥」

 

 そう呼びかけた時、あわさった切っ先から、砂のように細かな朱い粒が、次々と生まれて落ちていった。

 

 その粒子は風に運ばれ、あっという間にシカゴの街の上空全域まで広がると、急に大きく広がり、円状の燃え盛る輪と化した。

 

 そして。その輪が内側からくねり始め、ドリルのような形状になると一直線に落下してあらゆるものに降り注いだ。

 

 土砂降りの雨の様に降る炎のドリルは、セメントも、鉄の屋根も、シカゴにあるありとあらゆるものを焼き溶かし、穿ち抜いた。

 

 それに当たった生き物は、誰一人として無事でいることは無かった。当たって瞬時で蒸発し、脂ぎった煙と化して消えた。

 

 炎のドリルはアスファルトをも貫くと、地下にいた人たちをも巻き込んで燃え盛る炎と化し、街の至る所を炎で輝く亀裂を生んだ。

 

 これらの炎はすべてが魔法の炎である。魔力が尽きるまで燃え続けるものだ。物理法則はまるで無視されていた。この世界の魔法抗力が著しく低いからだ。

 

「あはは……♥」

 

 大きな松明となり、ミシガン湖を赤く輝かせるシカゴの街を見て、ヘラは歓喜を覚えた。

 

 こんなあっさりと滅びるなんて。でもまだ滅ぼし足りないとヘラは思った。

 

(さあ、邪教の徒をもっと滅ぼさなくちゃ♥)

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 インディアナポリス、シンシナティ、コロンバス、クリーブランド、ピッツバーグ、ボルチモア、フィラデルフィアを順に回り、2時間以内にこれら全てを火の海にした。

 

 陸軍のヘリやミサイルなどが飛んできたが、どんな重火器もヘラの魔道防壁を貫けなかった。武装がまるで役に立たない空飛ぶ乗り物など、コバエと同じだった。

 

 アメリカ軍の攻撃をいなし、街を焼き殺すのはあっという間だった。炎の束に触れた瞬間、人体は骨ごと蒸発して消え失せた。

 

 火に巻かれて泣き叫ぶ者など一人もいなかった。ヘラが街に炎を振り散らせば、何もかもが燃え盛り、生存者をほとんど残さなかった。

 

 浄化の火。

 

 『獄炎の凱歌』に火の力を授けた『邪悪を討つ者の光炎槍』が宿す炎が、それだと言われている。

 

 清めの炎をもって、ヘラはアメリカの各都市を焼いて回っていたのだ。アメリカ人は皆、故郷を滅ぼした害虫だった。

 

「あははははっ! あははははっ!」

 

 無数の黒煙をあげるフィラデルフィアの街を見下ろしながら、ヘラは笑い続ける。

 

 これは焚き火だ。ビルや人という炭を用いて自分は暖をとっているのだ。

 

 あの炎の下にどれだけの人が、どんな生活をして暮らしていたのだろうかなどと、今の彼女は思うことができなかった。

 

(ああ脆い。この世界はこんなにも簡単に火がついて。それから燃え移るのが早いんだね?)

 

 フィラデルフィアの中心地に燃え盛る炎は、いつの間にか郊外にも侵食しだしていた。

 

 ヘラは南西に目を向ける。地平線の向こうに燃え盛る炎があり、空は真っ赤に灼けていた。ボルチモアの街が今も燃え上がっていたのだ。周囲の街をも飲み込んで。

 

 『獄炎の凱歌』が起こす炎は、燃え尽きることが無い篝火だった。そしてこれから、彼女はアメリカという国の『篝火』を消しに行く。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 5秒後。

 

 ニューヨーク世界貿易センタービル跡。

 

 飛び降りてきた彼女と『屍』を見た者たちは皆、目を見張って驚いていた。

 

「あの娘はなんだ?」

 

 まるでアメコミに出てきた様ないでたちだった。ヘラはビキニアーマーというやつをまとっていたからだ。

 

 そしてその背が負っているものは、丸裸だった。黒髪の愛くるしい美少女だ。

 

「まだ10代だろうか。フランスの南部かスペインの顔立ちにありそうだな」

「でもやけに、乳房と尻が大きいわね。赤ちゃんを生んだことがあるのかしら?」

 

 ラテン人のような、と人々が言い表すそれは、ヘラの耳元でこうささやいた。

 

「みんながあなたとわたしのことをみているよ? なんだかきょーみしんしんみたい。ちょっとはなしかけてみようよー?」

 

 皆殺しをしようとするヘラに、翻意を促しているのだ。

 

 でもそれだからこそヘラは、こう意気込めた。

 

「みんな、死ね」

 

 そう言うと、彼女の右手の獄炎の凱歌が、浄化の炎を噴き出した。

 

 瞬時に1キロの距離まで伸びると、彼女は思い切り振り回す。

 

 突如起こる爆発音、悲鳴。

 

 熱い炎の嵐で肉を溶かされ、焼けこげる人々は声をあげた、親や、愛する人や、神の名前だ。

 

 ヘラがもたらす黙示録の破壊の炎は全てをことごとく火だるまにし、炭だらけの肉塊にし、骨をも焼き砕いていった。警察官が出動する暇や隙など全く無かった。

 

 ヘラは浮き上がり、かつてあったワールドトレードセンターよりも高く飛ぶと、清めの炎による浄化を始めた。

 

 ブルックリン橋。

 ウォール街。

 ソーホー。

 

 それら全てが一瞬にして炎に包まれ、融けていった。

 

 それだけではとどまらなかった。

 

 戦闘機よりも速く飛び、マンハッタン島全域を炎に包んだ。ブルックリンなどの周辺の街区も焼き払い、阿鼻叫喚の炎の地獄絵図に塗り替えた。

 

 ありとあらゆる高層ビルを、彼女はWTCのように焼き崩してやった。ニューヨークの街の火葬は終わった、と思ったところでだ。

 

(あれ、まだ立っていたんだ?)

 

 沖合に浮かぶ島のニューヨークのシンボル、自由の女神だ。

 

 高々と松明をあげているその女神像を見るなり、ヘラはにらみつけて吐き捨てた。

 

「さっさと寝ちゃいなよ、死にぞこない!」

 

 長大な炎の刃を掲げながら、矢の様に飛び出すと、自由の女神を袈裟懸けに斬った

 

 崩れる音。そして女神の半身は掲げていた光ごと、海の中に落ちた。

 

 アメリカ、ひいては彼女の前世の神の信仰の敵対者のシンボルだったそれは、その時をもって長い寿命を終えたのだ。

  

「あはははは!」

 

 ヘラは高らかに笑う。

 

 ちょうどその頃、彼女は面白い『遊び相手』が南からやってくることに気が付いた。

 

 アメリカ空軍の戦闘機、科学技術の粋を集めたステルス機である。おおよそ10機。

 

(ふひ♥)

 

 彼女は犬歯を覗かせて、聖戦の本番が始まった事へ神に感謝した。

 

 前世での父と兄の名をつぶやく。それから、前世の自分を妻にした、18人の聖戦の勇者達の名を連ね、

 

「見てて。神の剣を手にしたあたしは必ず、みんなの仇をとってあげるから! 神は偉大なり(アッラー・アクバル)!」

 

 主よ、私をお守りください。そして勝利を必ずお与えください。

 

 ヘラの本当の『聖戦』を知らせる狼煙が昇った。復讐という火種が夜明け前を照らす篝火から、狼火へと変わったのがこの時だった。

 

 海に投げ出された自由の女神の首と篝火は、これから起こるもう何も見たくないと嘆いて、地上での悲しみが届かぬ海底へと向かっているようだった。

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