聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
あの記憶を思い出してから、見えるもの全てが『嘘』に思えてならなかった。
いや、幻ではないだろう。
首無しのセイン王や行きずりの男、あるいは、オルランドゥや教主コーザとの『法悦』は確かな快楽を与えてくれた。
それから『仔』の出産と喰らうことだ。あれほど生を実感させ、充実する時は無かった。しゃがんだ格好で地べたにそれを産み落とし、そのまま排便しながら喰らうのは最高の楽しみだった。
しかしだ。それでもあの記憶が気になる。
ある日、ヘラはカヅノを自分の隠れ家に呼び寄せた。イナーヴァニアのとある森の中につくったものだ。
「ほう……随分ときれいにしているな」
人骨や肉片が散らかった床を見てカヅノは笑う。腐臭が立ち込めないのは寒いのと、喰われてから既に時間が経ったものばかりだったからだ。
今日のヘラは色合いの地味な、灰色の毛織りの貫頭衣とサンダルといった格好だ。流石にこの寒いイナーヴァニアでは、ビキニアーマーは辛いものだあるだろう。
「ここに来るのは週に1度か2度くらいだよ。きれいにする必要なんてある?」
「おいおい。仮にもセイン王陛下の御座所でもあるのだろう? もう少しはきれいにしたらどうだ?」
カヅノは薄ら笑いを浮かべた。ヘラは前よりも血なまぐさく、それでいて艶めかしくなっていた。
カヅノを案内したセイン王の首無し死体は、腐敗することなく生前の肉体を保ったまま、部屋の隅で腕を抱えてうずくまっていた。
「いいんだよあいつのことは。それよりもあたし、話したいことがあるの」
ヘラは最近よく見る夢のことを語りだした。どうも自分も転生人だ、という様子のしゃべり方だった。
「お前が、まさかの転生者だったとはな! しかも俺達の敵、イスラム教徒だったか!」
「イスラム……教典にあったね」
啓典の民以外を救う神の言葉を広めた、預言者による教団。
その人物は、その神託の天使に認められた、神からの言葉を伝えた者。教祖コージュの前世の姿の友でもあった。
ただ教典には、その人物の母親みたいな年頃の熟女と、まるで孫娘みたいな歳の童女を両方好んだ人物と記されている。
おっぱいは大きいのも小さいのもいい。まんこも毛が生えてこねくり慣れているものも、無毛で初々しいのもどっちもいい。
「天界では処女膜が再生する初々しい美少女天女たちと、ときめきでラブラブな学園生活が送れたり、俺は不細工だから絵画に顔を描くなと弟子たちに命じたけど、春画はたくさん描いておまんこもどしどしやれ、と信徒達にいつも言ってた人だったよね?」
パラッツォ教の教典の中では、という意味だ。
ヘラは面白おかしそうに言ったが、カヅノは至極不愉快そうだった。
「俺の前世の時代のその教団とおんなじだ。ああ、糞忌々しい」
「ふうん。『枢機卿サマ』はお気に召さないんだっけ?」
「今じゃだいぶ薄れている……少なくとも俺だけだがな。兄さんはまだ恨みに思っているようだが。俺達の時代のイスラムはだな、どっちかというと、旧文明時代の仏教や神道に近い」
一神教ではなく多神教だ。最上の神を人格ではなく神々が集合する世界、雑に言うと曼荼羅のような格にあげ、その下にアラビアの神や別の地方の神、例えば、アフラ=マズダなどを『神』として配しているのだ。
「ふうん。どうしてそうなったのかな?」
「よくはわからない。ただ、旧文明時代を終わらせた救世主が現れてから、そうした一派が生まれ出たとは聞いているな」
そしてカヅノは言った。その記憶は絶対に話すな。特に枢機卿にらだ。さもなければ誰も、ヘラのことを可愛がってくれなくなるだろう。
「あと、副司祭騎士団長様にもだ。コーザはもしかしたら勘づいているかもしれんが、お前を慮ってまわりに話したりしないだろう」
「肝に銘じとくわ。 ふふ♥」
ヘラは厚手の衣を脱ぐと、魅惑的な小さな肢体をカヅノに見せた。
前よりも大きくなった乳房と豊かな尻だ。出産を繰り返したのに腹は痕跡も余計な脂肪もついていない。
カヅノが近づき、彼女の右の乳房を鷲掴みにする。
「『法悦』をしながら今後のことを語ろうか?」
「そうしようよ♥ うふふふ♥」
□ □ □ □ □
これより1か月前、ホーデンエーネン王国暦360年の4月。
モナファン海賊団の残党が、ホーデンエーネン北部の諸侯のもとに逃げ込んだ。
それを追っていた近衛騎士団は、勝手な行動に出た。北部諸侯への高圧的な引き渡し交渉と乱暴狼藉だ。
それがもとでオーミゲニア動乱が勃発することになるのだが、『法悦』の後戯の最中、カヅノは「力を蓄えておけ」とヘラに言った。
「近々ジューンショーンが教帝サマに話を持ち掛けて来るだろう。北部諸侯と近衛騎士団の仲介をしろとな。しかし教団の亜人の戦士たちが勝手な行動をしだしている」
北部諸侯に味方する為、続々と義勇軍に加わっているのだとか。
「ふうん。それじゃあホーデンエーネンは勝てなさそうだね?」
「そういうことになるだろう。で、ナントブルグで悪いことをたくらんでいる連中は、こんなことを考えているんだ」
彼等が求めているのはクボーニコフの参戦だ。オーガの戦士がいれば、亜人が加わった北部諸侯軍に対抗できる。
「で、俺はそのお手伝いを陰でこっそりとするわけだが……ホーデンエーネンとクボーニコフががっちりと手を組むとどうなるか、わかるか?」
「教団とホーデンエーネンは敵同士になる、ってわけだね?」
「ははは、そうさ。同盟が決裂することになるだろう。そうなれば教団はホーデンエーネンと戦うことになる。北部諸侯側について戦争が長引くかもしれん」
そうなればヘラの力が要る。いずれイズヴァルトが邪魔をしに来ると思うが、今のところはなりを潜めている。
多分だが、軍師ローラという偽名で彼についているマイヤが、何かを企図して容易に手を出すのをイズヴァルトに禁じたのだろう。
「だが今は、不確定要素だ。というわけでいつでも戦争に加われるよう、力を付けておけ」
「わかった♥ 司祭騎士団長さんが介入してくる前に、事が終わるといいね♥」
部屋の隅っこでうずくまっていたセインが急に起き上がり、その場で地団駄を踏み出した。
その体にはまだ、魂は離れていなかった。ヘラの命令には絶対服従だが、かれは思っていることの発露ぐらいはできた。
「……うるさいなあ。ジューンショーンっていうあなたの弟がふがいないから、こういう騒ぎが起きてるんじゃん?」
セインの身体はますます暴れだした。弟を悪く言わて怒っているのだ。
「……話と全然違うな。『聖エリシャの反魂文字』は、死者を操り人形のようにする術だと聞いていたが」
「そんなことはどうでもいいよ♥ とにかく、あたしは力を蓄えて置けばいいってことだよね?」
カヅノはうなずいた。そういうことさ。
けれども事態はもっと複雑な情況になっていた。
教団は北部諸侯に味方すると言いながら、ホーデンエーネンにゴーレムの製法を伝えるという二枚舌を使い出したのだ。
コーザは介入したがらなかったが、パラッツォ教国は友邦との仲を重んじていた。
いや、教帝オルランドゥの故国を思う気持ちが、大義や正義よりも優先してしまっていたのである。