聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
エレクトラの部屋に入るなり、オルランドゥは異母妹のちっちゃなヴィクトリアに、「だっこ~!」とせがまれた。
かれこれ7歳のこの妹だが、実父よりもオルランドゥを慕っていた。イズヴァルトは殆どヘラにつきっきりだったし、いくさ旅ばかりに出て、なかなか会えなかったのもあった。
その代わり、今はオルランドゥが父親代わりだ。教帝の寝所では、彼の夜伽をする女達と、枢機卿や妾らが産んだ子供らに混じって一緒に寝ている。
ちなみに寝所はめいいっぱい暖房魔法が効いており、全員が全裸で寝ていた。当然、教帝は妾と性交を必ず行う。子供達はそれを見て、自分達も股をこすりあわせて遊んでいた。ヴィクトリアもその一人だった。
「オルランドゥおにいちゃん、今夜もみんなといっしょにおねんねしようね!」
「うん。でも僕が寝ている時におちんちんを触っちゃだめだよ? この前もやったでしょ?」
「やだ! おっきくてぷわぷわしているから触りたいもん!」
ヴィクトリアは短いスカートから丸出しにしたお尻をオルランドゥの股間につけ、ぐりぐりとして彼を困らせた。
この時代のパラッツォ教徒の子供達は、暖房がきいている部屋だと下半身は何も身に付けなかった。活発に過ぎる下半身が覆うものを嫌うからだ。
「おやおや。ヴィクトリアは相も変わらずおにいちゃんが好きなんですねぇ?」
エレクトラが笑う。この年で42になるが若々しい。特殊な美容術を使っているのもあるのだが、顔や体つきは30歳手前ぐらいに見えた。何せ少女時代は『天才魔法少女』と言われた怪物だ。
「さて、この席では、ヴィクトリアちゃんはお出になっていただきましょうか」
ヴィクトリアは侍女に持ち上げられ、連れ出された。
幼子を出て行かせるというのは当然、かなり重要な密談をしたいという意思表示である。
「副司祭騎士団長、これはどういう風の吹き回しだ?」
「ここからはご内密に……臣、エレクトラより今上陛下にご奏上いたします」
エレクトラは恭しく頭を下げ、それから袖から丸めた紙きれを取り出した。
それを広げるとオルランドゥに手渡す。それにはこう書かれてあった。
「サイゴークで相次いだ人さらいの被疑者について……」
その続きには、驚くべきことが書かれてあった。これは誰からの知らせだろうか。
「古巣の同僚、というよりは部下からです」
「……イーガの魔道諜報部隊か」
エレクトラはうなずいた。人さらいが起きた、イナーヴァニアやヒッジランド、イーズモーで。
南のほうでも、トサヴァールでも起きているという話が伝わっている。
その失踪したサキュバスたちだがその中に、シマナミスタンにて活動するイーガの諜報部隊の協力者がいた。
ゆえに、失踪が続出しているという知らせもまた、エレクトラは把握していたのだ。
「そして最近ではシマナミスタンのみでございますが、サキュバスの行方不明者が続出しているとのことでございます」
「まさか……まさか……」
「ええ、そのまさかです」
実行犯は何かしらの目的があって行っている。しかしその理由がどうであれ、行ったことはパラッツォ教の教義に反するし、教国の名を汚す行いである。
「ここからは教主様にも話しておりません。いえ、話せません」
「そういうことか。僕に、腹を決めろというのか?」
「いえ、教帝陛下におかれましては、黙って見過ごしていただければと」
つまるところ、その実行犯の抹殺だ。
「この作戦ですが、私が指揮をとらせていただきます」
彼女は口笛を吹いた。すると部屋の物陰から1人の女が現れた。褐色の肌の黒い髪の女エルフだ。
寒いエチウなのに袖の無い薄手の服をまとい、腕に手甲をはめている。肩幅はとても広かった。
美しくて乳房もばかでかく、性的な魅力はとてもあるのだが、オルランドゥはどうにも欲情できなかった。
とにかく、恐ろしいほどの闘気を感じるのだ。
無理もない。この黒髪エルフは拳士としては最強と謡われる、ナハリジャーヤのエルフだからだ。
「お初におめにかかりますのう」
「エレクトラ、この人は?」
「うちの名は、リシェナじゃき」
「シマナミスタンでのイーガの諜報団の協力者。その奥の手と言って差し支えありません」
リシェナは諜報団の戦闘要員として、最強クラスの戦士だ。ナハリジャーヤの五大拳術の1つ、『破衝拳』の使い手である。
『破衝拳』は手や足に闘気や強化魔法を極限まで移し込み、その一打で相手を遠くまで吹き飛ばす。
ナハリジャーヤのその他の流派だが、対象を砕く『破壊拳』、断ち切る『斬鉄拳』、刺し貫く『刺突拳』、関節技や身固めを主とする『柔拳』がある。
その1つを極めたものを『拳聖』、3つ以上を修めた者を『拳王』、そして5つを学び向かうところ敵なしの豪傑を『拳神』と称していた。
「リシェナさんはそのうちの『拳聖』。そう簡単に仕損じることは無いでしょう」
「いや、そこまででもないちや。うちはもう2つか3つ下の段階じゃよ」
「……でも、強いんだろう?」
リシェナは否定した。上には上がいる。『拳聖』に至ってはまだまだ先の話だし、最上級の『拳神』の座に至っては、最強と恐れられているシリマヴォとカンチャーナの2人と戦い、勝たねば得られぬのだ。
「それともう1人、『とっておき』の人材をこの計画に呼ぶつもりです」
「誰だ? 枢機卿か?」
「彼等では相性が悪すぎます。神聖術式はとっくに覚えておりますから」
そして今度の作戦では、自分も先頭に立つつもりだ。エレクトラはそう言った。
これは自分が見過ごしてしまった失態を取り返す為の計画だと彼女は言った。
それだけこの度発覚したことは、彼女にとって極めて衝撃的なことだったのだ。
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ヘラ戻って来たのはこの3日後だった。久しぶりに会った彼女は、イズヴァルトとマイヤによそよそしかった。
呼びかけても会釈するだけでこっちに近づこうとしない。放浪をし過ぎて感覚が変になっているのだろうか。
(ヘラちゃん、何かおかしいね?)
(確かに。ううむ。反抗期でござろうか?)
(うーん、それともちょっと違う感じがするよ……。)
妙な秘密を隠している。マイヤはそう思った。
しかしヘラが2人に近づきたくなかったのは、『人食い』のことに勘づいているとコショーショーから聞かされたからだ。
身体は血の匂いがするゴール族の戦士のそれになっている。
体臭をごまかすために薬や幻惑の魔法を使っているが、魔族や半亜人の鋭い嗅覚ならば、そのような工作も嗅ぎ取ってしまう。
ただ、彼女に施す薬は、亜人よりも鼻がいい犬をだましたのは事実だったが。それでも彼女は恐れていた。
ヘラは何も言わぬまま、イズヴァルト達と一緒に教主の元に向かった。コーザはヘラと久しぶりに会ったことを喜んだが、
「ヘラさん。しばらくはこのカナザワースに留まってくださいね」
「どうして?」
「貴方には、使命があります」
そして、コーザはヘラにこう言った。
「今より私の義娘であることを終わりにします」
「……!」
絶句するヘラにコーザは、これが貴方の『使命』だと告げた。
「イズヴァルトさんの娘として生きるのです。あるいは妻となり、子を為しても構いませんよ」
つまりは、ヘラを後継者から外すという意味と等しかった。
そして新たな教団の後継者候補に目を向けた。
彼の視線の先にあるのは、イズヴァルトに抱き上げられる、両腕両脚の無い女だ。
「マイヤ=カツランダルクさん。私は貴方に、貴方こそがパラッツォ教団の次の教主、『聖王』にふさわしい方だと思っております」
言った瞬間、ヘラは目を輝かせていた。つまりはこれを意味するからだ。
(あたし、ずっと司祭騎士団長さんとマイヤちゃんと一緒にいられるの!?)
だが、逡巡も差し込んで来る。じゃあ2人にばれずに『聖戦』を行うにはどうすればいいの?
それを為した暁には、果たして自分を2人は受け入れてくれるだろうか。
ヘラは喜びながらも悩みだした。呆気にとられるマイヤの顔を見て、イズヴァルトがその真意を問う。
「マイヤは、パラッツォ教徒ではござらぬよ?」
「それで良いのです。マイヤさんは教義を知り、それの深奥を解ける知性と心の持ち主です」
マイヤが照れるのを見ると、教主は続けた。教主になるのにふさわしい人物はどういうものか?
「教義と信心とは、常により正しい真実に向かって進歩するべきものです。マイヤさんはそれを考えてくれる知の力があります」
盲信は教義を腐敗に導き、信心を老化させてしまう。頑迷固陋になれば教団は滅びの道に向かうかもしれない。
だからこそ新たな論が欲しいのだ。
それは教義だけではなく、社会の流れや物理の法則など、ありとあらゆる学問や知識が必要となる。マイヤはそのうってつけの人材だ。
「神の教えとは、ただただ信じるだけではいけません。疑うことも大事です。疑い、本当はどうであるのかを突き詰める問いこそが肝心なのです。マイヤさんにはそれを為す知力がある。それと……」
元々次の候補と密かに望んでいた、トーリ=カツランダルクの妹だ。
コーザは彼女に新たな『神』を見出していた。これからも成長するだろう、圧倒的な力。来るもの拒まずという様な度量の大きさ。
とはいえ、カツランダルクの支流に対しては、ある種の殺意を頑なに抱くような、危うさも心のうちにあったのだが。
「教主様、私に……そんな大役を押し付けていいんですか?」
「良いのです。マイヤさんには、その座につく才があるのです」
そして魔族への先祖返りを果たした暁には、数万年の命が約束されるだろう。後継者たちをずっと長く導くことも可能だ。
それと、実体は思念そのものとなる。肉体を修復し、手足もまた元通りになるだろう。
「とはいえ……元々あった身体の一部があれば、貴方はもっと容易に元の姿に戻れるでしょう」
教主は侍っていた教典の巫女に呼び掛ける。あれをこちらに。
彼女が部屋の奥から大きな箱を持って来た。そしてマイヤの元に置くと、箱を開いた。
その中には、両揃いの腕と脚が真綿にくるまれて包まれていた。白く、指先がきれいな少女のものだ。イズヴァルトとマイヤの2人には見覚えがあった。
「どうして、ここに……?」
「今は亡き、イーガのアドルフ王子からの贈り物です」
青ざめたマイヤがコーザに目を向ける。イズヴァルトに掴まれた右腕が動き出した。
彼の太い腕をつかんで愛おしそうにさすりだす。脚もイズヴァルトの気配を察したのか、関節をくねらせながら、彼や元の持ち主に抱かれたいと欲していた。
「なぜ、動くのでござろう?」
「『不死のトカゲの尻尾』の秘術によるものでしょう。カントニアの『森の蝮』と呼ばれる魔術師が編み出したと聞き及んでおりますが」
イナンナのことだ。イズヴァルトも彼女から聞いたことがあった。シマナミスタンのとある小国の話だ。
その王には、手足がとてもきれいな寵姫がいた。それで王のものを愛撫するのを得意とした、一番愛された妾であった。
その寵姫が死病に冒された時、王は彼女の美しさを死後もとどめて置きたいと思い、『森の蝮』と呼ばれる名医でもあり暗殺者でもあるイナンナを呼び寄せた。
イナンナは死ぬ間際の寵姫の両腕と手足を斬り落とし、腐敗せぬように、それから意志を持って動く様に施した。
だがその王は、姫が遺した腕と愉しんでいる最中に、その首を絞められ、事切れたそうだ。
「これを、貴殿は黙っていたのでござるか?」
イズヴァルトは腰の『氷雪の栄光』を抜いた。それに刻まれる文字が輝いていた。
ヘラでも怖気づいてしまう様な殺気が漂っていた。このままでは教主様が殺されてしまう。
「答えよ!!」
マイヤもまた教主をにらみつけていた。ヘラが一度も見たことが無い怒気が漂っていた。
コーザは微笑みを湛えたままだったが、眼はひどく悲しげだった。
自分の望みは到底、叶えられないものになるだろうと、予感していたからだろう。