聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
マイヤは目を開けた。自分は寝かされているようだった。
コートを着せられていたが義手と義足は外されていた。空気は冷えておらず暖かだ。
どうやら、魔法か何かで自分の周りに温風が漂っているようだ。身体を起こすと目の前に、『獄炎の凱歌』を松明代わりにして持っていた、ヘラが岩の上に座っていた。
「ヘラちゃん、ここは?」
「あたしのひみつのきち! タンゴバルドの海賊さんがくれたの!」
ヘラがマイヤを連れて来たのは、タンゴバルド諸島でも、あまり人が立ち寄らない島の中にある洞穴だ。
彼女はここもねぐらとしていた。この奥に旨い湧き水があるからだ。
ねぐらという通り、照らされた地面には動物の骨や野菜といった、食べ物のゴミが散らかっていた。その不衛生な様子に、マイヤは顔をしかめた。
「どうして私をここに連れて来たの?」
「マイヤちゃん。お願いがあるんだよ」
ヘラが持つ炎の剣から、火の玉が生じ上へ昇った。洞窟はより広く照らされて、あたりが良く見えるようになった。
マイヤはボロボロの綿布団の上に座っていた。薄汚れた布団だ。ところどころ黄ばんでおり、固まったものがついていたのだが、ヘラが招き入れた男とのセックスの痕だった。
しかしマイヤはそちらに気を取られなかった。ヘラの背後にある何冊かの書や、壁に張られている大きな地図に目を向けていたからだ。
本の背表紙は読んだことがあった本だった。イーガの禁書図書館にあったものを写本した、ヨーシデンの書物庫にあった書籍だ。
歴史書である。
しかしこの世界を記したものではない。
自分の前世の世界で、自分の死後の200年あまりまで記されていた、転生者が記した本だった。
そして地図はそれこそ、彼女の『前世』の世界地図。ところどころが違っていたが、端っこに自分が住んでいた日本列島が描かれていたから確信していた。
「ねえ、あの地図はなに? どうして私の『前世』に関係しているものを張っているのかな?」
「マイヤちゃん。あたし、とうとうわかっちゃったんだ。マイヤちゃんと同じだったんだよ」
自分もまた『転生者』だ。それもマイヤと同じ世界の、彼女が死んだ後の世界に生まれ、生きて来た者だったと。
「『前世』ではね、あたし、ナヒーダという名前の女の子だったの」
「ナヒーダ……もしかして、中東やペルシアあたりの子、だったの?」
ヘラはうなずいた。彼女の魂がその体の口を開かせた。
「そう。わたしはイラクに住んでいた、ごく普通の女の子だったの。お父さんやお母さん、お兄さんたちと一緒に暮らしていたわ。アメリカ軍が攻めて来るまでは」
今のヘラは前世の彼女になっていた。それから自分の事について語りだした。
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自分の死後の世界について、マイヤは『転生人』が書き残した本や日記を読んだり、あるいはブライアンやピピンといった人物から詳しく聞き出していてある程度は存じていた。
しかも実際に行ったこともある。自分が死んだ20年後の世界にだ。そこで前世で産んだ娘の死と、残忍なやり方で殺害されたことも知った。
しかし、ヘラが語ったことはもっと過酷なものだった。
アメリカとイラクの戦争で父や兄たちを誤殺され、逃げた先では18人の自爆兵士の妻にされた。幼い身の上でだ。
そして自分もまた『聖戦』の駒となり、最期は爆弾を身体に巻きつけて、多くのアメリカ兵を巻き添えにして死んでいった。
「……だからあたしは、前世に行きたい。でもそれだけじゃない。あの本に書かれていた同胞を救いたいんだよ」
本に書かれていた、欧米人がイスラム移民を虐殺するのを止める為だ。
では、どうやるか?
ナヒーダの頃の自分を思い出しながら、ヘラはマイヤに告げた。
「わたしはね、
「あたしと……ナヒーダと手を組んで、前世の世界のみんなを救いに行こうよ?」
「救う? でもそれって、貴方と同じ宗教を信じる人を救いに行く、という意味だよね?」
「そうよ? アメリカとそれに手を貸した連中は滅ぼすべきよ。『偉大なるお方』も、ナヒーダにそう呼びかけているわ」
そう語るヘラの目つきを見たマイヤは、身体の奥から寒気を覚えた。絶対に断わることなどできないぞ、と凄んでいる眼でもあった。
どうやら本気だ。彼女は説いたやり方が一番正しいと信じ切っている。けれども、もっと別の方法があるはずだ。
あちらの世界に行ったとしても、例えばただの人殺しではなく、侵略行為を叩きのめす『ゆうしゃ』のようなやり方だってあるはずだ。
あるいは本で知ったことをいくつか予言して見せ、政財界や市民に警告して移民虐殺への道を逸らすというやり方もある。
(ナヒーダちゃん。人殺しみたいな乱暴なやり方じゃなくて、もっとみんなが犠牲にならなくなる方法だってあるはずだよ。でも……。)
ヘラの『前世』は、ナヒーダは、戦争で家族を喪い戦争で死んだ。あの優しくない世界では将来や命に悪影響を与える『児童婚』もした。
どう説き伏せれば良いか。
マイヤはあることだけを認めた。
「殺すなら……『ねおこん』と呼ばれた人たちだけに留めておきなさい。私も、あの本を読んでイズヴァルトだったら絶対に許さないだろうと思ったよ」
ヘラの目が輝いた。
「でも、それ以外の人達は殺しちゃだめだよ? 殺していいのは人に殺せと命じた人たちだけにとどめようよ? アメリカの兵士もイラクの兵士も、上の人に言われてそうせざるを得なかったんだよ。争うことをさせられたんだよ」
それを聞いたヘラは、目の前がぼやけて見えなくなった。涙が出たからだ。
彼女は自分の故郷で会ったアメリカ兵士達のことを思い出した。皆、近所のおじさんやおばさん達の様に親切だった。花売りのナヒーダだった自分を可愛がってくれた。
けれども、彼女の胸の奥にいる復讐鬼がささやいていた。
「自分達の父や兄を殺したのは誰だ?」
「あなたの街に攻め入って罪のない人たちを撃ち殺していったのはどこのどいつ?」
「『
理性と怨念が、せめぎ合い、叫び合う。
自分の中の論者たちの声に耳を傾け過ぎ、戸惑っていたヘラに、マイヤはもう一声をかけた。
「前に話したけど、私は2人の娘を亡くしているの。前世のシオリちゃんと、今の人生でのロゼちゃん」
「……」
「その子たちが良い来世に向かう為にも、悪いことは絶対にできないんだ。私をこんな目に遭わせたイーガ王国を滅ぼそうだなんて……思ったりしてもやってやろうとは考えてないよ」
弱い自分には復讐なんて無理だ。
けれども自分が遭った不幸に不貞腐れずに生きていれば、きっと良い未来が待っているはずだ、とマイヤは言う。
「それと、私がいいことをすれば、死んだ2人に神様がきっとやさしくしてくれると思うんだ。来世は天国みたいな素敵なところで、幸せに暮らしていけると思っているんだよ」
そうかもしれない。ヘラの頬に涙が伝わる。
「ヘラちゃんの亡くなった赤ちゃんは、きっとおかあさんい悪いことをして欲しくないと思っているよ?」
ヘラは胸に痛みを覚えた。とても強く、えぐられるような痛みだつた。
「あの子に悪いことをしている姿を見せちゃだめだよ。ヘラちゃんは優しくていい子だから……」
「あたしが? ヘラが? ナヒーダが?」
マイヤの目の前にいた娘の声は、冷え切っていた。
彼女はここで悟っていた。産んだ子供を何十人も食い殺した自分は、もう救えない大悪人だ。
「あたしは……ヘラは……ナヒーダは!!」
「ヘラちゃん、どうしたの……?」
「あたしが優しくていい子だなんて、そんなの絶対おかしいよ!」
わめき散らしながらヘラは何かを言おうとするマイヤに襲い掛かった。
マイヤは避けようとしたが『獄炎の凱歌』の刃は強い光を放ちながら、彼女の額を叩き割った。
勢いをつけてマイヤの身体が大きく反れ、傷口から血と脳漿が飛び散った。
「ヘラ……ちゃん……?」
額を打ち砕かれたマイヤはそのまま仰向けになって倒れ込んだ。大きな傷口からとどまることなく血が流れていく。
正気に戻ったヘラは、マイヤの血の脳のかけらがついた剣を落としてがっくりと膝をつけた。
「あ……あああ……ナヒーダは、ヘラは、わたしは……」
なんてことをしてしまったのだ?
呆然としているうちに、マイヤの胸が鼓動を打たなくなった。四肢が損なった身体から、命の気配というものが失せてなくなった。
こんなことをしてしまった自分に憎悪を覚え、落とした炎の剣を自分の首筋に当てた。
(わたしはマイヤちゃんを殺してしまった。大切にしてくれた人なのに。だから、わたしは死ぬしかないんだ……。)
嗚咽しながら、炎の剣に熱をまとわせる。地獄の業火の刃で己の頸を斬ってやろうと意を決した。
「『偉大なるお方』、わたしの命の代わりにマイヤちゃんを、生き返らせてください……」
でも、無理な相談というものだろう。
しばらくしたら自分の手でこの人生を終える。自分にはそんな選択肢しか無いとヘラは思った。
しかし、そうはならなかった。
「え……う……あ……」
死んだと思ったはずの『マイヤ』の口から、ひどくかすれた声が聞こえだしたのだ。