聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
熱くなりだした『獄炎の凱歌』を首筋にあてたヘラを、その目はしっかりと見ていた。額から血を流しながらだ。
そして、唇が動き出した。かすれた、生気を全く感じない声だった。
「あとおいじさつは、だめだよー」
「……え?」
「じさつ、だめー。けんをおろして。わたし、しんじゃったけど、しんでなーい」
言われるがままヘラは剣を降ろした。それは両眼の瞳を上に向け、それから目を閉じた。
傷口が光り輝き、割れた額の頭蓋骨が塞がって皮が覆った。
5秒後に光は消え、血と脳漿にまみれていたが、塞がった額が現れた。ただ、完全に治った様子では無かった。縫い合わせた様な醜い傷跡が残っていた。
「アナタ、それ……」
「むーん。わたしのちゆまほうじゃこれがげんかーい。でも、まあいっか」
それは起き上がるとコートを脱ぎ、宙を浮きだした。
血の気は全く消え、生きている気配も感じないそれはまるで亡霊の様に見えてしまう。
「アナタは……マイヤちゃん?」
四肢が欠けただるま女の屍に、ヘラは問いかけた。
「むーん。そうであってそうではない、というかんじー」
「どういうことかな?」
「わたしのたましいはどっかにとんでいっちゃったー。そしていまここにいるのは、もうひとりのわたしー」
屍はこう説明した。
自分はマイヤであってマイヤではない。彼女が蓄えた魔力が作った、もう一人の『私』であると。
「んんん……どういうこと? さっぱりわかんないよ?」
「つまりは、ほんたいがなにかあったときようのための、でぃざすたりかばりーがたのじんかくー。というよりかはいしきー。わたしはマイヤでもあるけどほんものとはちがうよ。さぶしすてむのマイヤだよー」
動く屍はこう説明する。魔族の思念体の構成がそうなっている。
ニンゲンなどの生命体が持つ主人格、つまりは魂にあたるのが、魔族のメインの思念体であり、その思念体が滅ぼされかけても、再構築して元通りに復元する為の副思念体のお仕事だという。
「わたしは『せんぞがえり』がけっこーすすんでたから、そうすることができたのー。けどふかんぜんだから、さぶのしねんたいは1つだけー」
「それが、アナタなの?」
「いえーす。ごめいとう」
おちゃらけた言い方をするが、その声はしわがれていて生気は無く、抑揚に乏しかった。
この死体だが、何もかもが生前と同じように滑らかに動いていた。肌の色こそ血の気が無くて真っ白だが、死後硬直は起きていない。顔の表情は乏しかったが。
疑問に思ったヘラは何故かと尋ねてみた。だるま女の屍は、魔力と気合で肉体を変えたのだと答えた。
「まりょくがつづくかぎりこのからだは、えいえんふへんだよー。のみくいしなくてもまりょくさえあればなんとかなるー。だけどまりょくのほきゅうはひつようだから、おちんちんたべさせてねー?」
「うん、わかった。さらったおちんちんはさいしょにアナタに召しあがってもらうことにするよ」
「さらうのはだめー。くどいてあげよーよ?」
「あたしが食べる為、っていう目的もあるんだけどね。あたし、今は人食い鬼だから」
「ひとくいはよくないよー?」
その説得に耳を貸す気は無かった。ヘラは浮いて近寄って来た屍を抱きしめ、それから生前と変わらぬ甘いにおいを放つ身体に頬ずりしながら尋ねた。
「ねえ、異界へ行く方法を知りたいの。マイヤちゃんの魂の『副産物』だったら知っているよね?」
死体はうなずいた。ヘラが本で知った異界への転移方法を語ると、それは「ぶー」と言った。
「ぜんぜんちがーう。わたしがごせんぞからきいたことがほんとーだよ?」
「えーと、ツダサンチョーさんが正しいの?」
「そーそー。ヘラちゃんがいっていたことは、まぞくのただしいいかいてんいのしかただよー」
日蝕であることは間違いない。しかし向かうのは北天の極だと、魔界の流儀にのっとった異界転移となる。
その場合は一度魔界、あるいは、魔界が管理している通り道を経由することとなる。それをやると魔王やその配下にバレてしまい、無断渡航として最悪、魔界で足止めを喰らってしまうだろう。
「だからねー、みつからないほうほうでやらなくちゃいけないのー」
その方法、北の極ではなく南の極でおこなうのだ。異界に密航する魔族達は、その方法を用いている。この方法だと魔界を経由することはまず無い。
そうした転移魔法だが、魔界では『逆天術式』と呼ばれている魔法の一系統にあるそうだ。
但し、魔族の中では使用が禁じられている。術式を誤ると思念体が消滅するか、全く別の『精神体』に変貌してしまう恐れがあるという。
それから、使いこなせるのはは相当強い魔力を持つ者に限られている。魔力の消耗量がとても激しいのだ。下級魔族なんかがつかったらそれこそ、思念体ごとこの世から消えてしまうそうである。
「ふーん。じゃあ、密航してこの世界に来る魔族って、誰かに頼んで運んでもらっているってこと?」
「そーそー。ぎゃくてんじゅつしきがつかえる、じょういのまぞくにおねがいしてもらっているみたい」
手を貸す条件として多いのは、相手が向かう世界の、珍しい文物や資源だ。魔界の貴族は物好きが多く、そういうものを欲しがる連中が多いという。
中には、その世界の知的生命体や動物を持ちかえってこい命じる者もいるそうだ。主に研究用や愛玩用に飼うつもりらしい。
「なるほどね。北の極ではなくて南の極か。次の日蝕がいつになるかはわかる?」
「きょうからかぞると、ざっとはんとしごー。でもわたしのまりょくとヘラちゃんのまりょくをあわせても、ぎゃくてんじゅつしきはつかえないよー?」
屍は言った。少なくとも上位の魔族の魔力が欲しい。今のヘラはそれに近づきつつあるが、この半年で十分な魔力を得る事は難しい。
この屍もまた、かつての魔力は無いと言った。マイヤの魂が居た頃と比べて魔力量がかなり落ちている状態にあるそうだ。
「それとわたしのからだはきほん、たましいがないからほとんどまほうがつかえないんだよー。まりょくをちゅーちゅーしてもたくわえるだけー」
「ということは、マイヤちゃんの魂が無い限りは本気が出ないというわけだね?」
「うんうん。そーそー」
『逆天術式』において、自分は全く役に立たないとそれは答えた。ヘラが成長しないとことを為せない。
半年後の次の日蝕は12年後ぐらいになる。
その場合、マイヤを探すことになるだろうイズヴァルトや、魔界の要人の末裔でもあるマイヤを重く見ている魔族の追跡をかわし続けなければならないだろう。
それをこなしながら12年、ずっと逃げ回るのは大変に骨が折れる。
(そうなると……。)
大貴族クラスの魔族を襲うことになる。一番収穫がありそうなのは触手姫ブランカあたりだろうが、コーザに手ごわいと言わしめる存在だ。返り討ちに遭うだろう。
自分のご先祖、ツダサンチョーもまた厄介だろう。戦いの実力を確かめることは無かったが、あっという間に迷宮を作ったり次々と造魔を作る魔法があるから面倒きわまりないだろう。
となれば。ヘラには心当たりが1つだけあった。彼女が何を考えているのか察した屍は、「ぶー!」と言ってたしなめる。
しかしゴールの娘は無視した。柔らかい身体を抱きしめ、ひんやりした乳房に頬ずりしながら呼びかけた。
「アナタはあたしの、最後に残った友達だよ! だから、あたしに力を貸して!!」
「それって、みまもりやくってことでいーい?」
ヘラは答えなかった。動く屍を抱きしめて洞穴の外へ出る。吹雪いて辺り一面に雪景色がひろがっていた。
見ているだけで凍え死にそうな風景だが、彼女はそれに臆することはなかった。進む道の道中はもう、一人では無いからだ。
元の魂を喪ったけれど新たに生まれ変わった『屍の友達』が傍にいるのだ。自分の身体を温めてくれる炎の剣があれば、悪いことに関しては頼りになる、カヅノ=セイジ枢機卿もついている。
彼女はそれを抱えて飛び立った。まずは自分に力を与えてくれる魔族の居場所を突き止めることにした。