聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
その姿が顕わとなる。
1人は太くたくましい腕を露わにした、手甲をつけた真っ黒い肌の女エルフ。
そしてもう1人は、ミスリルの段平を持った強そうな大男だった。ヘラは男のほうに目を釘付けにした。
「……アナタは?」
「ははははッ! こんなところで会うとは奇遇ですな!」
男はヒッジランドの豪傑であり、パラッツォ教団の切り込み隊長でもある、エドワード=ルーカスだった。
「これは、どういうことなの?!」
「わはははは! もうとっくにご存じでしょう、ヘラ!」
エドワードが動き出した。目に見えない速さだ。とっくに身体強化魔法をかけ、臨戦態勢に入っていたのだ。
ヘラはよろよろと立ち上がる。凄まじい殺気が近づいて来た。背を反らし避けようとしたが、間に合わなかった。
「うわああああっ!」
悲鳴を上げる彼女の2つの乳房が、それを覆っていた布ごと宙を舞っていた。ヘラの胸は血まみれになっていた。
エドワードは掲げた己の剣を見る。刃にはヘラの血と乳房の脂肪がべったりとついていた。
「はははッ! やはりゴール! 毒を受けてもなおも素早い! これは手ごわい!」
「んぎいぃいっ!」
痛みをこらえながら、ヘラは印を切る。超回復の力があるゴールの身体に魔族からいただいた治癒魔法の力だ、瞬時に彼女の傷は塞がった。
だが、血糊の中は、醜くえぐられ引き裂かれた傷跡となっていた。もともとついていた豊かなものは、雪の上に落ちて惨い塊だ。春になる前に獣が喰らうことだろう。
彼女は背中の『獄炎の凱歌』を抜いた。いびつな形となった刃から焔がたつ。
「ははッ! 全力で来られるつもりか! なかなかに分が悪くなった!」
「ぶっ殺してやるッ!」
炎が長く伸びる。しかし振れなかった。
右脇に力強く、何かを打たれた感覚があった。
振り向けば黒い女エルフが、彼女に拳を突き立てていた。
「か……はっ!!」
思い切り血を吐くが、それでは終わらなかった。
彼女の身体は雪面を滑るように転がり続けた。『獄炎の凱歌』が手から離れ、純白の大地に点々と血がつけられた。
きわめて痛烈な一打だった。並大抵のニンゲンの戦士であれば骨が砕け、内臓が破裂してこの場で絶命する。
だが、ヘラは意識があった。血を流せば流すほど意識がはっきりとしてくる。彼女は身体は既に『食人鬼』の、いやその中の戦士と呼ばれる段階にまで進化していた。
右わき腹はえぐられるように痛かったが、骨は折れていなかった。内臓もいくらか潰れたが、凄まじい治癒能力で元通りになりつつある。
悪態をつきながら立ち上がろうとするヘラを見て、黒肌の女エルフ、ナハリジャーヤのリシェナはこうつぶやいた。
「……かなり、いや、とんでもない段階まであがっているようじゃな?」
ヘラは印を切り、周囲に火炎の輪を作り出して、身構えだしている。治癒魔法の力もあるだろうが、立ち直り方が異常に早い。
(昔の……ゴールのやつらみたいよのう。)
しかも、きわめて強い種の。戦士のだ。
(あれを殺るのは大変骨が折れるちや。)
リシェナは全身に闘気を巡らせる。エドワードもまた剣を構え直した。
「はは。全身を叩きつぶすまで行かないと、殺せないというわけですな?」
「そうちや。だが、至極厄介じゃよ?」
文字通り、擦り潰さなければ死なないだろう。
ヘラがもう一度印を切った。『獄炎の凱歌』が動き出した。彼女の手元に戻ろうとするのを見てエドワードが駆け出す。
「誘い水かもしれん! 気を付けい!」
「ははははは! かもしれませんな!」
雪原を蹴り続けてエドワードは、ヘラの手元に戻ろうとする剣に腕を伸ばす。しかし途端に剣が回転し始めたので腕を引っ込め、無理やり自分の前に風魔法をかけて後ろに吹っ飛んだ。
見立て通り、とエドワードは笑う。回転する剣は長い焔を伸ばしたからだ。それにやられずに済んだ。
だがヘラは戻そうとはしなかった。また印を切り、くるくると回る炎の剣に念じてエドワード達にぶつけようとする。
(殺そうとしたこと、後悔させてやる!)
だが、その剣は一瞬で見えなくなった。ヘラの遥か後ろに吹き飛ばされていた。
リシェナは拳を突き出していた。前に誰もいないのにだ。何故なら彼女は闘気を飛ばす為に振ったからだ。『獄炎の凱歌』をだ。
「……なにをしたのよッ!」
ヘラが叫ぶ。リシェナは答えなかった。
エドワードが再び走り出して火炎の環を飛び越えて斬りかかる。それを避け、次の斬撃もかわしてヘラは空に飛びあがった。
ここならエドワードは斬れないだろう。『獄炎の凱歌』はどこだと見回す。
すると腹に激痛が走った。みぞおちに矢を喰らっていた。彼女は痛みをこらえながら引き抜き、怒りの赴くまま印を切る。このあたり一帯を焼き払うような大技だ。
凄まじい魔力を感じたエドワードは逃げ出した。リシェナが彼女を撃ち落とそうとまた闘気を拳に込める。
「……!」
彼女は突き飛ばされていた。見れば大柄な黒い肌の男がしっかりと腰を落として右の掌を突き出していた。
(チンゼーの『おすもう』の武人か!)
ピピン王子だ。彼は両膝に手を付けて前かがみになる。それから高々と右脚をあげた。
おお、とリシェナは慨嘆する。足が彼の頭の背を超え、高々と伸びたからだ。
そうして力強く地面を踏む。気持ちの良い音と共にかすかな地響き。『おすもう』の武芸者の実力をはかる手段がある。足をどれだけ高くあげられるかだ。
ピピン王子は左足も同じぐらい高く上げてみせた。彼女は判断した。相当な使い手だろう。大陸でも指折りの。
肉弾戦においては最強と言われるナハリジャーヤ=エルフとて、『おすもう』の武芸者に対しては油断しない。何しろチンゼー人の『おすもう』の使い手は、ドワーフ並みの膂力があると言われているからだ。
彼女を突き飛ばしたのはピピンはエドニアでの戦いで負傷し、全盛期と比べればいささか衰えている。
それでもリシェナは、その実力とこれからもまだ伸びあがるであろう身体的な潜在力を、闘士を隠さぬ彼の全身から感じ取っていた。
そのピピンは、構え直したリシェナを見据える。雪の上に両こぶしをつけて前のめりになり、次の手を仕掛けようとしていた。
身体強化の魔法も使っていたが、凄まじい闘気に満ちている。リシェナが動いた。跳躍して瞬時にピピンの顔面に右脚の蹴りをかまそうとしていたが、彼はそれを受け止めて投げ飛ばした。
(ようやる!)
宙を舞いながら身体をひねって着地する。そこにピピンが殺到した。がっつりと組みあう。リシェナは全身の膂力を働かせてピピンを投げ飛ばそうとする。
しかしこの『おすもう』の武人を投げ倒すのは至難の業だった。体重もさることながら、ピピンの剛力が想像以上だったのだ。
リシェナは彼を押し返すことができない。ナハリジャーヤ=エルフは格闘戦では最強だが、膂力に関してはドワーフにささか劣る。
そのピピン王子はニンゲンではあるが、力自慢の大地の精霊の末裔に負けず劣らずの肉と骨の持ち主だった。恐るべき『おすもう』の武芸者たちが集うシマーヅ国で、最強と謳われたことがある猛者であった。
(すごい馬鹿力ちや。これに勝てるのはシリマヴォ……いや、『鉄拳』のカンチャーナぐらい、か!)
どちらもナハリジャーヤで最強と言われている女武芸者達である。ピピンはそれだけ手ごわいと見なされていた。
リシェナはピピンが抑えているという恰好となったが、エドワードはヘラに近づけなかった。彼女が起こした炎の防壁が、あまりにも厚く広かったからである。
ははは、と笑いながら彼は考える。どうすべきか。
しかしヘラも本調子では無かった。毒矢はどうにか効き目を抑え込んでいるが、防ぐのが遅かった。げほ、げほ、と咳き込んでいた。
(やって来るまでに空を飛んで……『獄炎の凱歌』はどこ?)
魔力の気配を探りながら見回すと、今から持ってきますよ、という声が脳裏に響いて来た。エレクトラの声だ。
エレクトラの魔力を感知する。呼びかけに応じてこっそりと背後に道をあけた。
振り向けば彼女の姿が見えた。確かに『獄炎の凱歌』を抱えていた。傍に来ると、ヘラは右膝をついて後ろに手を伸ばす。
「ちょうだい。今からあいつをぶっ殺す」
呼びかけると剣をとる代わりに、腕を引っ張られて抱え込まれた。
(……何?)
エレクトラの右手が、義手がヘラのへそにあてられていた。
そして激痛が走った。叫んだ。エレクトラの義手の掌底から何かが飛び出し、ヘラの腹に突き刺さっていたのだ。
(なに……これは……?)
エレクトラは彼女の耳元でそっとささやいた。
「人食いの化け物、あんたはもう、ここでおしまいですよ?」
その声の響きは、あまりにも冷え冷えとしていた。