※この作品はR-18です。

聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ   作:CHACOとJAGUAR

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39 エレクトラ、生涯最後の謀略

 深々と刺さった小さな刃が入った腹を抑えて、ヘラはばたばたともがいていた。

 

 エレクトラがヘラの腹に打ち込んだのは、ただの暗器ではなかった。

 

 肉に埋め込まれると刃が砕け、動けば動くほど食いこむ仕組みとなっていた。

 

 しかもその表面には、きわめて強い放射性物質が塗りつけられていた。エレクトラの前世の世界では『ポロニウム』と呼ばれた代物だ。

 

 この毒物だが、モノノベダールのドワーフから届いたものだった。彼等の中には、材料を見つけて精製する者がいた。

 

 ただ、この毒を暗殺に使用したのはエレクトラが初めてではない。遥か昔に『先輩』がいた。

 

 この毒を刃に塗り付け、斬るだけで相手を殺す術を編み出した者こそ、『森の蝮』と呼ばれたカントニアの暗殺者だった。彼女はこれで1000人近くの標的を死に至らしめた。

 

「うああっ! あっ! くるしい! くるしいぃっ!」

 

 ヘラはうめき声をあげて暴れ、雪の上でもがき続ける。ゴール族には効いているのかと思いながら、エレクトラは咳き込んだ。粉が微量に彼女の身体に入ったのだ。

 

 解毒の術式の印を切り、自分も吐きながらヘラの様子を見届ける。

 

(これで、確実に殺せるはず。)

 

 もちろん、毒では食人鬼族(ゴール)を殺し切れないだろう。とどめがいる。

 

 エレクトラは『獄炎の凱歌』を握り締める。刀身が赤くなり炎がゆらめき出した。

  

 彼女もまた、これの力をいくらか引き出せることができた。アソマリアで入手した時にイズヴァルトに借りて試して実証済みだ。

 

 イズヴァルトとヘラとよりは才能は劣るが、3メートルほどの長さの火炎の刃を起こすこともできた。

 

 いや、その元となる『覇王の剣』が持つ、重圧の力についてなら、イズヴァルトに負けず劣らず引き出せることができる。

 

(まずは、そっちを試すか。)

 

 エレクトラは魔剣に呼び掛けた。もがき狂うあの娘を大地に押し込め。

 

「ぐわあああっ!!」

 

 ヘラは全身を押さえつけられる感覚を覚えた。もがこうにももがけない。身体が積もった雪面に埋まり始める。

 

 肺がうまく動かず息苦しい。ぜえぜえと息をしながら何度も血を吐いた。

 

(副司祭騎士団長さん、どうしてあたしをいじめるの?!)

 

 念話術式でヘラの心の声を聞き、エレクトラはこう返した。

 

「いじめじゃありませんよ。世の平和の為ですよ」

 

(へいわ? あたしは、前世の復讐をしたいだけなのに!)

 

 前世、と聞いたエレクトラはヘラに訊いた。

 

「あんたも転生者だった。そういうわけ?」

 

 ヘラはうなずく。ナヒーダとしての記憶をエレクトラの記憶に注ぎ込んだ。

 

 一度に大量に、目まぐるしいほどだったが何とか理解はできた。

 

(なるほど。似た者だったというわけね。)

 

 ならば、自分も教えてやろう。ヘラには殆ど話していなかったはずだ。全て話したイズヴァルトから、聞いているかもしれないだろうが。

 

 エレクトラも念話術式で通じているヘラに、前世の記憶を注ぎ始めた。ヘラと同じ世界の70年程前に生きた、1人の女の記憶をだ。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 エレクトラの前世は、大日本帝国の戦争の時代を生きた女スパイだった。

 

 1916年生まれ。父親は政治家たちとも食いこんでいる大富豪。母親はロシア人。

 

 母親が父の妾となった経緯は聞いたことがあった。貴族であり貿易商でもあったその父は、ロマノフ王朝を見限って日本に亡命していたのだ。

 

 日本に伝手を得る為、彼女は15の歳で妾にさせられた。姉妹の中で一番美しかったから、大富豪であった父に一番喜ばれたそうだ。

 

 母親は彼女が10歳の時に結核で死去。父親も13の歳に亡くなった。

 

 藤本は父からは愛され、母と共に本家にいたが、別腹の兄弟姉妹達に嫌われていた。

 

 疎まれ、冷遇されるとその当時流行っていた演劇と共産主義にかぶれ、その活動家たちと密接にかかわる様になった。

 

 そして18の歳になり、女学校を出ると満州へ渡った。そこには国内から逃げて来た、共産主義者のグループがあったからだ。

 

 だが、そのグループは帝国の特務機関が設けたスパイ集団だった。ソビエトや中国共産党と秘密の連絡網を設け、帝国の同行を教えながら相手からも情報を得るという、非公式の諜報集団だった。

 

 藤本は満州映画の女優にさせられた。その表の顔を演じながら、裏でスパイ活動に行ったのだ。

 

 秘密の空路でモスクワや八路軍の本拠を通い。スターリンには関東軍の同行を伝え、毛沢東には国民党軍と戦う日本軍の現在の戦略を教えた。

 

 その時は必ず、彼等と寝た。藤本峰子は若くて美しかった。満州映画界では指折りの美人女優でもあった。

 

 そして彼等の体臭と精液と共に情報を持ち帰った。日本の中央と国民党内でひそかに進めていた和平協議の情報や、ソビエトスパイが調べた、ヒットラーが隠したがっている第三帝国のよろしくない裏話をだ。

 

 そして終戦直前の7月、藤本はスターリンからこんな話を聞き出していた。

 

「日本がこのまま降伏しない場合、ソビエトは連合軍と協調をとって満洲とサハリンを攻める。場合によっては北海道にも軍を派遣するだろう」

 

 要はさっさと負けを認めてこれ以上の損害を増やすな、ということだ。

 

 けれども持ち帰った話は特務機関から本国に渡ったが、東京の軍部で握り潰された。藤本のようなスパイの情報を活かす様な柔軟さは、この時期の帝国は持ち合わせていなかったのだ。

 

 藤本はソビエトの侵攻が開始される前に満洲を離れた。それから終戦を迎えた。

 

 その後、彼女は満州映画の関係者の伝手を頼り、映画女優として生計をたて、戦後10年間を生き続けた。時には政府の招聘を受け、ソビエトや中国共産党との、秘密の外交官として海を渡ったりもしながらだ。

 

 だが、知り過ぎた彼女に天寿を全うさせる気は、日本国には無かったようだ。藤本は旅行の最中、列車の最後部にいたところを刺客の手により突き落とされた。

 

 彼女の死は新聞の記事となった。鉄道自殺と書かれていた。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 あらかた伝え終わったところで、エレクトラはエドワードとリシェナに呼び掛ける。

 

「撤退しなさい。とどめは私が刺す」

 

 けん責を受けるのは自分だけでいい。エドワードはこれからも、パラッツォ教団になくてはならない人物である。

 

 ピピン王子は丸め込む。自分だけが謀殺の罪を負う。教主はわかってくれるはずだ。

 

 実を言うと彼女は、そろそろ教団の職を辞してシマーヅでゆっくりしたいと願っていた。

 

 体力はまだ充分あったが、副司祭騎士団長の座は精神的に辛かった。そもそもが1つのところでじっとしていられない性分だ。

 

 処分を終え、ヴィクトリアを連れてシマーヅに戻ったら、ウーゴ王子と嫁の面倒を見ながら、ピピンの為にもう1人ぐらい子を産もう。イズヴァルトとは義務だったがピピンとは相思相愛に近かった。

 

 そして彼女は逆手にして構え、ヘラの首元に切っ先を向ける。これが生涯最後の謀略。それを今成し遂げる。ヘラには申し訳無いが、彼女は罪を犯し過ぎた。

 

 剣の炎が盛んに燃え出す。真昼にはあわぬかがり火となり、松明となった。

 

 その炎は、悪しき心を焼き尽す浄化の炎、とアソマリアの炎神と巫女や妖精達に語るものであった。

 

「……よき来世を」

 

 もがきうめくヘラの頸に、突き立てようとしたその時だ。

 

 何かがエレクトラの影から現れ出て、持っていた大剣で斬りつけた。

 

 まともに喰らえば背中が裂かれる一撃だったが、間一髪のところで彼女は避けたが、すこしばかり皮膚を斬られた。

 

 くるりと向いて相手の剣を弾き、その姿を見て驚く。

 

 首が無い鎧武者。

 

 それと、少しばかり死のにおいが漂っていた。

 

(なんですかい、こいつは……。)

 

 鎧武者が再び斬りかかる。大刀を手首で回して叩きつけようとする。

 

 エレクトラは難なく避け、剣を弾き飛ばしたが鎧武者は続けて下段から斬りかかった。左足を狙っていた。

 

 それを飛び越えた彼女は相手の剣を持っていた小手を払う。相手は剣を落とした。今だ、と思い相手の胸を刺し貫こうとする。

 

「……ぐっ!」

 

 エレクトラの右わき腹に、刀子が刺さっていた。炎の中から何者かが現れた。小剣を握った金髪の女エルフ。顔に見覚えがあった。

 

「……あんたは?」

 

 女エルフはパラッツォ教団の亜人の傭兵部隊に所属していた。ミーシアという。ヌマタラシュク派に属するミナッカミニア=エルフだ。

 

「ここまでですべえ、副司祭騎士団長さん」

「そりゃあ、どういうことですかい?」

「まあ、こういうことさ」

 

 風を切る音と共に、斬られた背中の傷口が深くなる感覚があった。

 

 彼女の背後に、切っ先に血が付いた湾曲刀を持つ褐色エルフの男がいた。

 

 エレクトラはこの男のことも知っている。カヅノ=セイジ枢機卿がいつも連れている、ソゴプール=エルフのズルイルだ。

 

「ミーシアどころかズルイルまで……どうしてこんなところに?」

 

 何かが勢いよくぶつかってエレクトラは突き転ばされる。鎧騎士がタックルをかましたのだ。

 

「俺達はヘラの護衛だ。そこでうめいているのは知らんだろうけどな。……おい、プジョンデビッヒ!」

 

 はいはい、と声が聞こえて何かが中空から現れた。頭にツノを生やし、蝙蝠の様な羽根を広げているサキュバスだ。

 

 覚えにくい変な名前とダークピンクの髪の毛。下級のサキュバスだ。

 

「ヘラが苦しんでいる。とりあえず解毒魔法をかけてやれ!」

「わかったわー!」

 

 彼女は地上に降り、でかい乳房でヘラの肩を支えたが、途端に難しい顔をしだした。自分がどうにかできるレベルでは無かった。

 

「どうした、プジョンデビッヒ?」

「これ、あたしじゃどーにかできる程度じゃないわ。中級のサキュバスか治癒魔法のスペシャリストじゃないとだめみたいよ?」

「……何の毒だ?」

 

 プジョンデビッヒはこう言った。ハーフエルフでも命に係わるぐらいの、とても強い放射性の毒。

 

「あんたたちやあたしら魔族なら、どうってことないもんだけどさ?」

 

 ズルイルとミーシアが互いに顔を見合わせる。

 

「……わかった。じゃあコイツのアジトに戻ろう」

 

 ズルイルは口笛を吹き、もう1人のサキュバスを呼び出すとエレクトラを抱き上げた。

 

「こいつとあっちでへばってデブを連れて、先にアジトに行け。『屍人形』にヘラが喰らった毒のことを話しておくんだ。多分あいつなら治療法を知っているかもしれん」

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