聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
前世の世界へ転移する日が、あと三日となった。
着々と準備を続けていたヘラ達だが、思わぬ来訪者のご挨拶を受けることとなってしまった。
森の中にある彼女のアジトの付近で、武装した集団がぐるりと囲んでいた。おおよそ800にも及ぶその集団は、パラッツォ教国の精兵たちである。
彼らを率いていたのはエドワード=ルーカスだ。彼はこの数ヶ月、教帝に許しを得て副司祭騎士団長捜索のためにこの部隊を率いていた。
このアジトについては、この森の近隣の集落の人たちからの目撃談で知った。
この森からすごい勢いで何かが飛んで行くことがよくある。あと、近頃はサキュバスっぽいにおいを漂わせる美女2人が、村の男たちに情をねだりによく訪れるとか。
(野良の大魔道士の可能性もあるが、もしかしたらヘラかもしれない。)
エレクトラをさらったヘラなら彼女の行方を知っているだろう。そう思ってエドワードは森に入り、見つけた小屋を取り囲んだ。
逃げ道を全て閉じて、おおよそ10分。彼は副官を務める司祭騎士ウォルブレンに呼びかけた。
「中に誰かいるか? 魔力探知は?」
「魔力については……はっきりとわかるのは6人。どれも凄い。正面切っては無理でしょう」
うち2つは亜人くさい。他4人は魔族だろう。『すかうたー』を持っている者に確認すると、6人とも魔力値は50万を超えている。
「ははは。私はその正面きってとやらを敢えて行うつもりだよ。猪武者というものはただただ、突撃、あるのみだ!」
エドワードは落としていたバトルハンマーを持ち上げる。10キロぐらいあるそれは柄も鉄でできていた。ドワーフ並みの馬鹿力がある彼がそれを振るえば、鎧をまとっていてもタダでは済まされない。
火攻めの用意を。エドワードがウォルブレンにそう伝える。正面攻撃だと言っていたのに嫌がらせというのは話が違う。
「突撃あるのみ、とおっしゃってましたよね?」
「ははは! ヘラに対しては火攻めもちょっとしたご挨拶に過ぎんよ! 私は炎魔法が使えないから、君達でやりたまえ!」
「なんだか釈然としませんが、いいでしょう」
ウォルブレンが各所の司祭騎士達に呼び掛ける。魔法防壁をかけている可能性があるから、射手に火矢を用意させた。
火をつけるのは魔法でだが、それにナフサと火薬を染み込ませた布を巻き付けた矢につけた。射手達が火矢を構え、用意が終わるとウォルブレンに連絡が届いた。
「準備が終わりました」
「ははは! 一斉にかかれ!」
火矢が放たれ、司祭騎士達は印を切る。屋根や壁のあちこちに魔力素が出現して炎と化す。火矢は板葺きの屋根に刺さり燃やし始めた。
どうやら防壁術式はかけていないらしい。魔法使いにしては随分と不用心だとエドワードは思った。しかし家が火に包まれても油断ができないのは確かだ。
「呼吸するのは辛いだろうな! さあ、姿を現わせ!」
そのヘラ達だが悠然とした様子で出払う準備を続けていた。アジトの部屋の中に防壁術式をかけていたのだ。見えない壁が黒煙を防いでいるのをたまに見ながら、ヘラはこれをかけたミーシアに尋ねた。
「ふーん。こういう騙しの方法もあるんだね?」
「合戦でよく使う手だべえよ。あと、王様やお屋形様のお部屋は必ず、こういう仕掛けを施しているんだべえ」
「ありがとう。覚えておくね!」
朗らかに笑うヘラを見て、ミーシアは照れ臭そうに笑った。傍にいた『屍人形』は「なるほどー」とうなずいていた。
彼女は首のないセイン王の動く死体に軽く持ち上げられ、桶の中にお尻を入れてうんちをぶりぶりとひねっているところだった。
最近うんちとおしっこが出る様になった。ものを食べたり飲んだりするようになったからである。身体がようやく『生体』として再開したらしいと、彼女は周囲に言っていた。
「ぶりぶり~。ふんぬー。ふんぬー」
尻からぶりゅぶりゅとうんちをひねるのにセイン王はこう思った。マイヤのやつ、死者になっても『くそひねり姫』になってやがる。
「うーん。うんちがとまらなーい。もっともっとでちゃう。きもちいいー」
『屍人形』は可愛らしく腰をくねらせ、尚も肛門から便を出す。いいかげんにしろ、とセイン王は思った。
「このままじゃそとにでられないよー。でも、うんちするのがきもちいいからもっとだしたーい」
何を食べたらそんなに出るんだ。セイン王は文句が言いたかった。しかししゃべれない。魔法の才能に乏しい彼は、念話もままならなかった。もどかしい。
桶の中には大便と小便とがおおよそ2キロぐらい溜まっていた。よく出るべえなあ、とミーシアが笑うと、『屍人形』は赤ん坊のような無邪気そうな視線を彼女に向けた。
「いらないさいぼうとすいぶんをすててるのー。にげおわったらどこかでおしょくじしよー?」
「そうするべえ。でも、まずは外にいる連中を蹴散らしてからにするべえよ」
「それならいいほうほうがあるよー!」
『屍人形』は肛門をきゅっと締めると尻を持ち上げた。自分から念を込めて水魔法で股と尻を洗うと、セインに持ち上げてもらった。
桶からはものすごく甘いにおいが漂っていた。しかもただのいいにおいではない。強烈な催淫効果をもたらす力があるものだ。
大きなお尻という蓋が外れ、そのにおいが部屋いっぱいに漂うと、セイン王とズルイルとピピンが勃起しただけでなく射精してしまった。女達も皆、股がぬるぬるになってしまった。
「これをおそとにぶちまけるのー。においがすぐひろがってみんながおかしくなっちゃうよー」
「なるほど。そりゃいたずら心いっぱいのご挨拶に対してよい返礼になるべえな?」
ミーシアは桶を持ち上げ、外に出た。それから桶の中身をぶちまけて扉を閉める。
『屍人形』の排泄物のにおいが風に乗り、外で取り囲んでいる連中に伝わった。彼等は強烈な欲情を覚えてしまい、硬く勃起し射精しだした。しかも1度で終わらず硬くなったまま、2度も3度も連続でだ。
その知らせがエドワードの元に入ると、彼は首をかしげ、信じられんとつぶやく。随分と変わった意趣返しである。サキュバスのうんちを集めたものをお返しに受けたのだろうかと思った。
「面白い! そうなれば早速ご訪問だ!」
彼は続け、と言って前に出る。ウォルブレンたちが後に続いた。燃え盛るアジトの玄関に向かうと、確かにたまらぬにおいを放つ汚物があった。彼もまた、勃起して射精をしてしまった。
「ぬはは! いかん! これは強烈だ!」
「サキュバスのうんこしょうべんでしょうが……かなりのよい芳香ですね!」
ウォルブレンが呻く。また射精したようだ。エドワードもまたちんぽからきんたま汁が出るのが止まらなかった。
「香水の原料にしたいぐらいだな。いや、惚れ薬かな? まあしかしちんぽからぴゅっぴゅと出続けても務めは果たさねばならんのだよ!」
エドワードは出て来い、と叫んでバトルハンマーをドアに叩きつけた。木でできた粗末な扉はその一撃で割れた。
扉が開くとヘラが現れた。『獄炎の凱歌』をひっさげ、ひもで背中に『屍人形』をくくりつけてだ。
エドワードはそれを見て激怒した。イズヴァルトが血眼になって、憔悴しながらマイヤを探し続けているのを知っていたからだ。
エレクトラやピピンだけでなく、マイヤもさらっていたとは。
「……ヘラ。背負っているのは?」
尋ねると『屍人形』が代わりに答える。ざらついた、潤いの無い声で。
「マイヤのたましいは、もうわたしのなかにはいないよー」
「いない? となれば君は誰だ?」
「マイヤのぶんしんみたいなものー。でもわたしはマイヤじゃないよー。かのじょはねー」
ヘラが言う。あたしが殺した。
それを聞いたエドワードは少し安心した。強敵とはいえ、若い娘を討ち果たすことへの躊躇はこれでなくなったからだ。
「覚悟!」
ヘラの頭蓋めがけてエドワードが大槌を振う。しかし彼女は動かない。
(何か、たくらんでいるのか?)
そう思ってエドワードは気配を察する。右手に何かがいた。気づかない内にこっそりとやって来る、その隠密さに恐怖を覚えた。
そして何かが光るのが見えた。エドワードは槌でそれを受け止める。細い剣を持ったエレクトラ。
金属音と共に彼は身体を引っ込めた。槌の、刃にぶつかったあたりがいともたやすく削れていた。
「……どういうことですかな、副司祭騎士団長殿?」
エレクトラは両手持ちにしていた剣を右手だけで持つ。義手のほうでだ。だらりとした構えをとると、エドワードに言った。
「ヘラさんが『前世の世界』に連れて行ってくれるってことで、鞍替えしたんですわ」
「前世の世界に? それは現世と比べ、どれだけ重んじられることですかな?」
「自由に、夢をもって生きるってのがあたしの性分でしてねぇ」
エレクトラが踏み込む。下からの斬り払いだ。そろそろ老婆と呼んでいい歳でもあるが、俄然速い身のこなしである。
とはいえエドワードも剛の者だ。目で追って槌で弾こうとする。が、エレクトラは飛び上がってくるりとまわり、上段からの回転斬りをエドワードの両腕に喰らわせた。
「……!!」
彼の両腕すっぱりと斬り落とされた。血しぶきを見て見届けていたウォルブレンらが驚く。着地したエレクトラは振り返って、呆然としていたエドワードの首を斬った。頸椎まで斬り込まれエドワードはその場で倒れた。
エレクトラは剣の血を斬って払った。エドワードの太い腕を小手ごと斬り落とした、美しい細剣の刃に触れてつぶやく。
「……凄い威力でやんすね、『姫竜の牙』は?」
これ、あたしにちょうだいとヘラに言う。ヘラは何も言わず笑うだけ。代わりに『屍人形』が抗議する。
「あなたなんかにあげないよー。ぶーぶー!」
「じゃあ貸して?」
「だめだめー! つかいおわったらヘラちゃんにかえしてー!」
しかし返却するのはまだまだだ。正気に戻ったウォルブレン達が、矢と鉄砲を構えだした。それに呼応するかのように、ズルイルとセイン王の屍が家から出てきた。
「一番の強敵は殺ったか?」
「うん。副司祭騎士団長さんが簡単に倒してくれたよ。でもまだたくさん残っているよ?」
ズルイルが周囲を見て印を切る。地面が盛り上がり、彼等を囲う様に高い土の塁が現れた。
「まずはこんなところだ。で、どうする? とりあえず全員、狩っておくか?」
ヘラはにひ、と笑った。手に持っていた『獄炎の凱歌』に焔が立った。
「もちろん♥ この森をたき火にしちゃうぐらい派手に行こうよ♥」
ズルイルがうなずき、エレクトラが次の手を仕掛ける為に術式印を切った。
しばらくしてその森は、ヘラのアジトと包囲した者達の屍を包んで盛大に燃え上がった。
およそ数日、火災は尽きず、森の半分ほどが燃え滓になった。
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『逆天術式』による異界転移は南極で行われる。
この世界の南の『極』は、果てしない砂漠ばかりで真昼は灼熱地獄だった。しかし夜は氷点下にまで下がり込む、極端な気候をした大地である。
ヘラは『屍人形』と共に飛びながら、極点に向かって砂の大陸の上を旅していた。背後には球体の防護壁の中に入る、エレクトラとピピン王子の姿があった。
「ずっと砂地ばかりなんだね! しかも暑いね!」
この先ずっとこの砂地が続くのかと『ともだち』に尋ねる。マイヤの形をしたそれは、「む~ん」と唸ってこう言った。
「そろそろ『きょくてん』にはいるよー。にっしょくはあと3じかんといったところかなー」
「あなたってそんなこともわかるんだね?」
「あくまですいそくー。ほんでよんだちしきをもとにしているだけー」
しかし『屍人形』の言った通りだった。極点に降り立って待っていると、きっちり3時間後に皆既日食が始まりだしたのだ。
『屍人形』は全ての魔力を転移術式に注ぎ込めとヘラに言った。ヴァネロペからいただいた魔力があれば、充分発動できるだろう。
「じゅつしきをはつどうしおえたら、どのせかいに、いつごろにいきたいのかちゃんとイメージしてー? そうしないとへんなところにとばされちゃうらしいよー?」
そんなことはわかっている。ヘラはどの時代に行きたいのかを想像した。
マイヤとエレクトラが知っていた話によると、自分の死後以降でないと行けないらしい。1つの魂は一緒の世界にいられないという。
一緒に連れて行くピピン王子は前世、西暦でいうと2007年頃に世を去ったと聞いた。
となれば、その条件にあったできるだけ古い時代がいい。欧米諸国に『同胞』たちの虐殺ができぬよう、痛撃を与えるのにちょうど良い時代。
(できるだけ、重い一撃を与えないと事は為せないんだ。)
ヘラは印を切り、まじないの言葉をつぶやきながら願う。
日蝕は完全なものとなった。あたりは真っ暗になった。
そして、異界への扉が開いた。