聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
火に包まれるアメリカの大地を見て、エレクトラは後悔していた。
まさか前世の世界の何もかもが、ここまで脆い世界だったとは。
ヘラがアメリカの東半分を焼き滅ぼすのに半年はかかると思っていた。あるいは最新の科学兵器にやられ、途中で夢が潰えるかもしれないともだ。
だが、復讐の炎の女神と化した『ナヒーダ』は、それを3日もせずに成し遂げてしまった。
彼女が知っていた東京や奉天を遥かに超える規模のコンクリートで覆われた大都市を、ものの数分で燃やして溶かした。シカゴやニューヨークをまるまる、『浄化の火』にくべてしまった。
マスタングやスーパーフォートレスよりも遥かに速く飛び、強力な武装を持つ兵器をことごとく叩き落とした。ミサイルやバルカン砲は、ヘラや自分達の防護結界を突き抜けることは出来なかった。
そしてこちらに来て3日目。『もののついで』にカナダのいくつかの都市を焼き払い、スペースシャトルよりも速いスピードで北極からロシアの空に入ったヘラは、回廊の向かう先にずらりと並ぶ蝋燭に火を灯すかのように北の大地に巨大な火柱をたてながら、モスクワへと飛んだ。
北の大国、ロシア。冷戦時代はソビエト連邦としてアメリカと覇を争った大国。
しかし手ごたえは片方の強国と比べて、遥かに呆気なかった。
ロシアも最新鋭の戦闘機やミサイルで歓迎したが、どれもヘラの防護結界を通らなかった。アメリカの兵器のように。
しかも最初に襲来したもの以降の戦闘機は、アメリカの旧式機ほど近代化改修を施していなかった。『骨董品』と呼びたくなるものばかりだった。
そうしてヘラは、ロシアに到着して1時間後にモスクワの街に襲い掛かった。
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クレムリン宮殿のその一室にて。
参謀総長が軍事用ホットラインの受話器が鳴って最初に耳にしたのは、急いで逃げる準備をという一言だった。
「馬鹿なことを言うものだ! 君の冗談に付き合えというのか?」
「本当です! 北の最終防衛線を突破されたのです!」
その声は悲痛な響きが感じられた。しかし、この目で見なければわからない。とはいってもこれから大統領と重要な会議がある。そんなことに時間を割けない。
「ふん、馬鹿な。どうせ誤報だ。CIAかMI6のタチの悪い、虚報か何かだろう。大体……」
アメリカ東海岸が壊滅したのは、三流報道局によるフェイクニュースではないだろうか?
衛星から送られてきた画像や映像も見た。地球の上から見れば確かに東海岸は炎に包まれていた。だが、これも部下のいたずらではないのだろうかと大統領は思った。実のところ彼は、衛星写真というものをあまり信じていない。
(アメリカの連中め。どういういたずらを思いついたんだ?)
とはいえ、アメリカで何かが起こったのは確かなようだ。情報統制を敷かれていて詳しくはわからないが、何者かの襲撃を受けたようだ。
確かに、ワシントンDCにあるロシアの大使館からも連絡は無い。しかもメールも電話も通じない。多分CIAが回線を切ったのだろう。忌々しい連中だ。
受話器の向こうの相手は、早く逃げろを繰り返していた。もういい、と叫んだ参謀総長は受話器を切ってしまった。
(フン。わが軍が訳の分からぬ襲撃者を、倒さぬわけがなかろう。)
参謀総長は落とした受話器に向けて、ばかばかしいと吐き捨てた。鳴りだしたが取らない。携帯電話が鳴りだした。取れば大統領からだった。
「参謀総長、軍はいつから冗談を言うようになったのだ?」
聞けば大統領も報告を受けたという。ばかばかしいと笑っていた。
「こんな悪質な嘘をつくとは。緩みがちになっているな?」
「はい。一度軍法会議を開いてこの様な嘘をまき散らした者達を厳罰に処さねばなりません」
これはクレムリン内のジョークだ。ロシアの大統領は余程の裏切り者や問題児でない限り、過剰な『放射性治療』を受けさせるないし、この程度ならちょっとした左遷だけで終わらせる。
「はは、そうするべきだな。ところで……」
北の空を見て見ろ。
言われた参謀総長は部下に命じてノートパソコンを持って来させた。クレムリンの屋根についた監視カメラとつながっていた。
液晶モニターには北の空で、たくさんの花火が炸裂するのが見えた。
「運動会か何かでしょうか?」
「そうだろう。しかし、いやに数が多い」
「そうですな……」
その花火だが、高射砲弾や対空ロケットが炸裂したものだった。呑気に構えている間に、ヘラはモスクワに迫っていた。
そして炎の剣が、巨大な火柱となり空を赤く照らし出した。
参謀総長の部屋に沢山の軍人らが飛び込んで来た。もう持たない、大統領と共に早く逃げてくれと叫んでいた。
「わからん! 何故そうもお前たちは嘘をつくのだ!」
わめいた時、ヘラの炎の剣はクレムリンを狙っていた。その参謀総長のほか、大統領や閣僚は死ぬ直前まで『ひどい冗談』だと信じていた。
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ヘラはものの数分でモスクワを焼き滅ぼした。
それからレニングラード、いや、サンクトペテルブルグに向かって進路の街を焼き払い、歯向かって来たロシア空軍をことごとく殲滅させた。
噂されていた、大統領の死と共に発動する核ミサイルの発射システムは一度も機能しなかった。それが発動する前に大統領が死んだのだから。それと通信網もずたずたになったのだ。
ヘラは炎と破壊を続けて行った。サンクトペテルブルグを焼き滅ぼすとバルト三国に攻め入り、ものの30分で主要都市を壊滅せしめた。
ベラルーシとウクライナ、それからポーランドに入り、ヨーロッパ諸国への『火あぶり刑』が始まった。
エレクトラは提案した計画で、これぐらいでいいとヘラに言っていた。首都と主要都市だけを焼き滅ぼせ。地方の主要都市は攻め滅ぼしても意味がないと事前に諭していた。
「大抵の国々は首都か第二第三の都市に、インテリや資本家がいるんですよ。ヨーロッパはアメリカと違って、あんまり余力はありませんから、ピンポイントで攻めて行けばいいんですよ」
例えばポーランドならばワルシャワとグダニスクとクラクフ、といった攻め方をしろということだ。
とはいえエレクトラは本気で滅ぼしたいと思っていたわけではない。だいたい、もっと地方にもインテリや資産家がいる。工場だってある。
彼女はヘラによる大破壊の後に、各国が立ち直れる余力を残してもらいたいと思っていたのだ。
そもそも、首都が虫けら1匹残さずに焼けてしまえばヘラが恐れている『移民』を受け入れる力を喪うことだろう。増え過ぎた移民を虐殺する事件だって起きないはずだ。
前世の素直な少女だった記憶を取り戻していたヘラは、エレクトラの言う事にきっちりと従った。『屍人形』からは「ぶー!」と批判されたが、相手にせずに焼き滅ぼし続けた。
そして、『前世』の世界に来て5日目。
ヘラはナチスのヒットラーが成しえなかったことを遂げていた。
ロンドンの街全体が、いや、エンフィールドやウィンザーに至るまで、炎と煙に包まれていた。
バッキンガム宮殿はもちろんのこと、大英博物館やビッグ・ベンも劫火の中だ。
ヘラはロンドンとその広大な郊外を、たった20分でゲヘナの炎の中に叩き落とした。
街のあちこちで悲鳴があがることは無い。『獄炎の凱歌』による『浄化の炎』は、建物の中にいる人体を一瞬で蒸発させるからだ。
(これで、もう大丈夫……。)
ヘラはこの20年ぐらい後に起こると言われる、一番残酷な『移民虐殺』がどこで起こるかを思い出す。このロンドンでだ。
市民たちが、民族主義者たちがクーデターまがいの騒動を起こし、時の国王を擁して軍隊を動かしたという。
20数年後のイギリスでは、おおよそ20万人のイスラム移民が虐殺されたらしい。これでその未来が無くなった。
ヘラは、いや、『ナヒーダ』は感慨を覚えながら、球体の中にいるエレクトラに呼びかけた。
「……これで、わたしがやりたかったことは全部、成し遂げたんだね?」
(ええ、そうですよ。)
球体の中で念話で答えたエレクトラは、ごほ、ごほと咳をした。半年前にかすかに吸い、少しずつ蝕んでいたポロニウムが、彼女の肺に病巣を産んだのだ。
「ごほっ、ごほっ……」
苦しそうに咳が続く。ピピン王子がエレクトラの背をさすった。彼女は印を切って治癒術式を胸にかけると、少し息を落ち着かせて球体の中に入って来たヘラに言った。
「でもまだまだです。ロシアの残りを叩かなくちゃなりませんよ」
「どうしてロシアを嫌うの? あなたの前世のお母さんの国だったじゃないの?」
「だからですよ。あたしの母親はあの国でひどい目に遭った。だから日本に来たんです」
ロマノフ王朝がもう少しまともだったら、母親は苦労せずに済んだ。いや、自分と『祖国』についてもだ。
「余力でロシアを叩きつぶしてください。そうすりゃ、ヘラさんは世界を統べることだってできる」
「……この世の王様に、なりたいと思っていないよ。これからあの世界へ帰るつもりだよ、わたしは?」
「……!」
あの世界に戻るとは、『ナヒーダ』は何を考えているのだ?
「だめですよ。あんたがこの世界に残らないと、きっと乱世になるでしょうね。イズヴァルトさんやコーザ様のように、強い強いあんたが支配者として君臨すれば……」
「そうは思わないわ。わたしは復讐をして、同胞の未来を救う為にこの世界に来たんだもの」
ヘラは『屍人形』に尋ねる。元の世界に戻る方法は?
「おなじことをすればいいよー。もちろんなんきょくにいくんだよー」
でも、と『屍人形』は続ける。この世界の魔法抵抗力であれば、いつでも戻れるかもしれない。
「そうなんだ。じゃあ、一緒に戻ろうよ?」
唖然とするエレクトラを尻目に、ヘラは背負う『屍人形』に告げた。
それから彼女はエレクトラとピピン王子の2人に呼び掛けた。
「その前に日本に行こうよ? アナタ達の前世の国が、どんなところか一度見てみたいから」