聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
東シベリアの都市を焼き払ってまわっていた最中、ヘラは自分を呼ぶ声を聞いた。いや、頭の中で響いていた。
空耳か何かかと思って無視し続けると、もう一度呼ぶ声がした。進むのをやめ、周りを見渡す。見渡す限り針葉樹林ばかりだ。
(だれ?)
頭の中で呼びかけた。『屍人形』が腕でヘラの肩を叩いた。
「まほーのけはいがするよ。すっごいまりょく。したのほうにいるみたい」
言われてやっと気が付いた。魔力探知なら神聖術式のほうが手早く詳しくやれる。
彼女は自分の右手の甲を口に近づけた。それには黒いアラビア語で、ムハンマドの名前が書かれている。
この世界に戻って来てから、魔法で付けたものだ。神聖術式は信仰心で発動するものだ。ヘラは十字架にはりつけられた『預言者』の代わりに、これを用いる事にしていた。
「神は、偉大なり」
そう呟いて右手の甲に口づけし、額にあてた。神聖術式による魔力探知が発動した。
魔力の在りかがわかった。東のほうにいる。すぐ近くだ。相手は気配をかなり抑えている様子だった。
(あっちか。)
行く前にその魔力源に向けて呼びかけた。
「だれ?」
返事はすぐに来た。聞き覚えのある声だ。
「俺の声を忘れたのか?」
正体はすぐにわかった。忘れてなんかいない。何度も聞いた声だ。最後に聞いたのは旅立つ1カ月ぐらい前だったが、ずっと前から耳にしてきた声である。
「アナタもここに来ることができたの?」
「察知しているんだろう。さっさと降りて来い。仲間達と待っている」
果たして言われるがままにヘラは森の中に降りて行った。うっそうとした針葉樹ばかりかと思ったら大間違いだった。
どこもかしこにも機銃が置かれた陣地や小型のロケット砲の台場があった。あと、食糧や粗末な小屋がいくつも。
そして地面には、たくさんの死体が転がっていた。軍服を着たロシア兵だった。誰もが頭から真っ二つにされたり潰されていた。
この惨状を一通り見ると、また声が聞こえて来た。お前が話してくれた通りだ。
「ここで不意の待ち伏せを受けて、左手を喪ったと俺に話してくれたよな?」
「わたしが? アナタは何を言っているの?」
「ククク……。わからないのも無理はない。ゆっくり話して教えてやるよ」
その声の主は、突如として姿を現した。この世界での格好、革靴に黒いネクタイ、黒い紳士服という姿だったが、まぎれもなくあの男だった。
「……アナタもこの世界に来てたの? その恰好はなに?」
「いろいろと着たくなってみたんだよ。前世から見れば何せ、数百年ぶりのこちらの世界だ。まあしかし、大破壊前の時代だから俺が前世の頃に着ていた様式とはだいぶ違うがな……」
そう言ってカヅノは笑う。髪はポマードをつけてオールバックにしていた。狼を思わせるハンサムな男ぶりが、更に嫌味がかっていた。
『屍人形』は彼が右手につけたキラキラした腕時計を見てぷっ、とおならを放った。
「あれ、ロレックスだよー。なりきんがよくつけてるやつー」
「うん、覚えてる。わたしの前世のパパも身に着けてたわ」
「かづのせいじ、おかねもちになったのー?」
えらく顔をにんまりとさせながら鹿角はこう言った。『屍人形』に向けるその目には、愛情というものがしっかりと籠っていた。
「そうさ。まあこっちに来てから1年もしないうちに買えたがな。クククク……」
下りて来た球体を見ると、エレクトラとピピンにもここを自由に歩かせてやれ、と鹿角は言った。それから後ろを振り向いて叫んだ。
「ヘラ、お前に会わせたいやつらがいる! 俺はそいつらと一緒にこの世界にやって来た!」
□ □ □ □ □
ロシア人の死体を踏まない様に気を付けながら奥へ進むと、鎖帷子や鎧に包んだ男達が待っていた。ざっと50人ぐらいだ。
どの男も肌や髪の色が違っていた。褐色のシマナミスタン人だったり北のサイゴーク人やムーツ人みたいに色白で碧眼の者だったり。
しかしどの男達も異様な気配を、ヘラにとっては自分と似た気配を放っていた。
「なんで、ゴールのみんなが、この世界に?」
そして彼等は皆、尊敬のまなざしをヘラに注いでいた。まるでしもべのようにだ。自分達のあるじや姫君を見る目だった。
そしてゴール族よりももっと異質な存在が、その中に混じっていた。
ズルイルとミーシア、それとエレクトラとピピンにばつの悪そうな顔を向ける、リシェナというナハリジャーヤ=エルフの女だ。
「リシェナ、あんた一体、何でこの世界に……?」
エレクトラが呼びかけると褐色肌の黒髪エルフは、目を伏せて答えた。
「30年近くの間に、いろいろとあったんじゃよ……」
「え、なんて言ったんですかい?」
鹿角がにひ、と笑った。
「エレクトラ、俺達は30年後のあっちの世界からこの世界にやって来た。いや、厳密にいえば31年後だ! 教国暦で言えば、36年の1月にな!」
ホーデンエーネン王国暦で言うならば、395年。
「36年? つまりは、あたしらがこっちに来てから31年後のあんたが、ここにいるってことですかい?」
「まあな。俺達は8年前にこの世界に降り立った! あっちと違いまったくもってつまらん、カスみたいな世界だよ!」
人は多くて息苦しく、科学文明もイーガやエチウの魔法文明とは比べものにならないぐらいに劣っている。
「大体、病気の治療の手立てが効き目のよろしくない薬や下手くそな手術しか無いのはどういうことだ? イーガの魔道医療師でもガンぐらいは手をかざすだけで治せたぞ? 俺の『前世』の頃もそうだったがな?」
「ほう。あんたのいた頃は確か、神聖術式が誰でも使えたようですねえ?」
「『聖職者』だけだがな。黙示録の魔王を打ち破った異界からの『救世主』がもたらし、その友であった『聖マサタクトゥス』が発展させたそうだ……いや」
そこで彼はしゃべるのを止めた。ヘラではなく、その背に負われた愛くるしい顔をしただるま女に目を向けた。
(その魔王と使徒こそが、封印されていた『神聖術式』をよみがえらせたという異聞もある。)
その使徒だと言われる、あの墓の護り手の顔と姿を思い出す。瓜二つの姿かたちだ。いや、彼女自身が未来のそれだったのだろう。
(偽の救世主と共にやって来たと、『あの娘』から聞いたことがある。あちらの世界で『救世主』と一度戦い、蹴散らしてから二度目の『渡界』を果たしたとな……。)
それからエレクトラにもう一度目を向けると、そっと右手をあげた。
すると細い身体つきの1人が、ゴールの男達の中に現れた。鎖帷子をまとった女だった。
歳は20半ばぐらいだろうか。金髪で背が高く、胸がとても大きい。見覚えがある顔だと思ってエレクトラは目を見張った。
まさか、エレナかヴィクトリアの娘だろうか。本人たちだったらとうに顔に老いがうかがえるだろう。しかし目の前の女は若々しかった。化粧をしていないのにだ。
「ヴィクトリア。31年ぶりのおかあさんだぞ?」
ヴィクトリア。エレクトラとイズヴァルトとの間の2番目の子だ。エレクトラには信じられなかった。約40年後と言えば、ヴィクトリアはとっくに50近くになっているはずだ。
「どうした、うれしくないのか? 懐かしく思わないのか?」
「だいぶ昔の話です、カヅノ=セイジ枢機卿」
「おいおい、俺が合図したら出て来たのにそういう言い方は無いだろう?」
「育ての母たちは今も覚えております。みな、『甘露(アームリータ』の短命の呪いで亡くなってしまいましたが……」
ヴィクトリアは生みの母をちらと見た後、ヘラに近づいて膝をつき、それから彼女にしがみついた。
「どうして、こうしているの?」
「ヘラ様、あなたがゴールの方々の導き手であり、母をこの世界に連れ帰り、前世の無念を晴らしてくれたお人だからでございますよ」
それから『屍人形』にも目を向ける。目つきと口はほころんでいた。
「かわいいかわいい『おしゃぶり姫』の片割れさん」
「なーにー、ヴィクトリアちゃん?」
「あちらに戻られたら父にお気をつけください。あなたのことをヘラ様の手から奪い去ろうとしつこいですから」
亡きマイヤの孫の為に取り戻そうとするだろう。その孫とはトリーネ姫のことだ。
「ふーん。トリーネちゃんか。なんさいぐらいになってるかなー?」
「『搾精二穴姫』は30を過ぎても娘のようですよ。あなたそっくりです」
まるで10代半ばの少女みたいな顔かたちなのにおっぱいとお尻は熟れた女のようにでっかく、上のお口と下のお口は両方とも『絶品名器』でチンポ殺しのテクニックを持っている。
祖母と比べておつむはあんまりよろしく無いが、魔法の使い手でもある。中位の魔族に匹敵する魔力を蔵しているようだ。
そして、異腹兄であり生涯の伴侶となっているジョーケイン王子にも厄介で変人だ。
『おしゃぶり姫』の再来と呼ばれる若き英傑・アーノンレンシ姫を筆頭に、妹との間に6人も子をこさえる倫理が無い男だが、それと武術以外は『英主』や『賢王』と呼ばれる人物でもある。
そしてジョーケインは人々にこう呼ばれていた。『聖王』と。
「ジョーケイン王とトリーネ王妃。その者たちこそがヘラ様の敵、でございます」
その頃にはマイヤの命を奪い、数々の人殺しを為したことがばれている。
ジョーケインは放浪時代に義兄弟の契りを交わしたナンブロシアのドミトリー大公や、信頼するイズヴァルトの人脈を頼って、ムーツやチンゼーやサイゴークの諸国に、ヘラ討伐の一大同盟を築くそうだ。
「待って? あちらの世界に戻ったわたしは、未来でなにをするというの?」
「オルランドゥから冠を奪い、パラッツォ教国の女帝となられたのです。教主コーザ様がいなくなり、枢機卿達も何人かが去った教国は、オルランドゥ帝の後期から少しずつ傾き初めておりました。それをあなた様は救おうとしたのです」
そのヘラを手助けしたのがカヅノ=セイジ枢機卿ともう1人、宰相のヘンリック=イプセンだった。未来の話だが。
それまで教国は諦めが悪いクボーニコフとナンジョラス家の支持勢力が勢いを増し、内戦が蔓延したイナーヴァニアのことで体力を消耗してしまった。オルランドゥ帝が何かと親征を行うせいで、政治もおろそかになった。
「しかし未来のあなた様は、トヨイロ王を励まされ、海外からゴールの戦士達をエチウに呼び集め、そして、『獄炎の凱歌』と『姫竜の牙』を携え、先頭をきってクボーニコフの海賊どもを打ち破っていかれるのです」
「それ、司祭騎士団長さんが教帝さまになってもできる話じゃないかしら?」
「父は、イズヴァルトは、責務から逃げようとする男ですよ。世界を救う力があるのに、出し惜しみして使おうとしない。情けない男です」
ヴィクトリアは『屍人形』に視線を向ける。
「それと、昔の女のことでいつもめそめそと泣いていた。エレクトラお母さまの事よりも『おしゃぶり姫』さまの事ばかりを懐かしがっていた。私よりもエレナ姉さんを、トリーネやアーノンレンシたちばかりを可愛がっていた」
その告白でエレクトラは何もかもがわかってしまった。ヴィクトリアは自分と似ているからよくわかった。
(それがあんたの、本心ってわけですか。)
要は遠い土地にいる『妾腹の子』の状態だ。何かが理由で父とは離れ離れになったのだろう。常にべったりのエレナだったら、こうは思わないはずだ。イズヴァルトならば子が願えば手元に置くはずだ。
しかし、本当に好いていたマイヤの孫娘、トリーネがいるしその子らもいる状況下だと、ヴィクトリアのことを忘れてしまっただろう。どうせ実子の教帝が父親代わりになってくれるとも思っていたふしもある。
(けど、オルランドゥさんとヴィクトリアちゃんは、恋人や愛人の間柄にしかなれないと思いますがね。あの胸だったら……。)
『おっぱい星人』の教帝の手がつくだろう。エレクトラは娘に尋ねてみた。もしかして、オルフレッドとの間に子を為したことはあるのか?
「私、パラッツォ教徒ですよ? 当然でしょう。私も陛下の側室の1人だったのですから」
ヴィクトリアは言った。15の歳で教帝との間の1人目の子を産んだ。それから18と20の歳でだ。
「イズヴァルトさんは、お父さんは何か言いましたかね?」
「教帝に倫理を求めるのを諦めておりましたよ。けど、私も兄を好いていたのです。だからこそ……」
ヴィクトリアはそれ以上を言わなかった。それからカヅノはこう言った。
「そういうことだ、ヘラ。そしてお前はゴールの者達の救い主になる運命にある」
お前があの世界に戻る頃には、シマナミスタン諸国を皮切りに、世界各地でゴール族への迫害が始まりだしたと鹿角は言った。
「……どうして?」
「イナーヴァニアのナンジョラス支持派がな、そいつらを傭兵に使い出したからさ」
その傭兵のせいでイナーヴァニアは荒廃し、『人食い』の味を思いだしたゴール達に、皆が冷たい視線を向けるようになったのだと鹿角は語った。