聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
(さっきの感覚、あの時と同じだった。)
ほんの一瞬だけの凄まじい痛覚の後に、視界も意識も何もかもが『真っ白』になった。肉体の死の感覚というやつだ。
前に意識を喪っていたのは、自分の
神が目の前にいた。人の形をしていた。偉大なるあのお方なのかと尋ねたら、ひどく冷たい笑い方をしていて馬鹿にしきっている様子が伺えた。
「まあ、そういう名前で呼ばれてたりするわな。まったく、あの集団の
神は愚痴を言った。あの預言者どもは集団内にいる血に飢えたアホを間引きする掟を作らなかった。
あいつらのガバガバが過ぎる博愛精神が、さっさと死んでくれたほうが世の為になる困ったちゃんを殖やし、この世にはびこらせてしまった。
「それと、ムハンマドのほうには他の信仰を大事にしてやれって、遣いを通してわざわざ注意してやったのにさ。あいつはまだしも、あいつの後継者どもはそいつを破りやがった。砂漠だの熱帯だの、暑いところの連中というのは、熱気で頭をやられて考える力が乏しいようだ」
「信じていいよ。私は本物だから。さて、死んだ君の魂の行く先を伝えよう」
彼女はどこに向かうのかと聞いた。天国か、あるいは地獄か?
「私はね、天国だの地獄だの、小賢しいシロモノを作ってはいないよ」
ああいうものは、死というものに恐怖した『知的な生き物』たちが考えたものだ。
そいつらは何せ、病気や寿命以外にも、『自害』や『殺害』というやり方で死ぬことがある。病いと老衰はそこそこ納得行く死であるが、そうではないのに死ぬのは大きな『説得』がいる。
「そのせいで考えられたのさ。天上の極楽と苦虐の冥府はね。でもね。それも『妄想』に過ぎないさ」
そんなものがあるとするなら、転生先の世界がそれにあたるだろう。
「お前のことはちゃんと見ていた。とても可哀そうな奴だよ。次はいい人生を送らせてやろう」
星の数ほどある転生先の中では、一番上等なところにだ。
「そっちの世界の神様と連絡をつけておく。そこで楽しい人生を全うしたまえ。つまりはその世界は天国、というわけさ。いっぱい期待していいよ。じゃあね?」
そして神との会話は終わり、『ナヒーダ』は『ヘラ』となった。その世界でたぐい稀なる魔力を持つ、確かに毎日が天国になるような力を、幼い頃から手に入れていた。
(だから、わたしは!)
この世界のかつての同胞たちを守りたい。その為に自分は、ここまでの力を得たのだろう。
1つの目的を果たした。では、次の目的はどうする?
神が言っていたことを思い出す。数十年後のカヅノ=セイジが言っていたことを思い出す。
ならば、全てを糺したい。破壊の後の創造と統治をおこないたい。
その為にもっと力が、カヅノの様な同志が欲しい。
ナヒーダの、いや、ヘラはイズヴァルトのことを思い浮かべた。司祭騎士団長さんの、いや、もう一人の『おとうさん』の助けがあれば。心を尽くして説得すれば、きっとついて来てくれるはずだ。
(だからこそ、わたしはあの世界にもどらなくちゃいけないの!)
肉体から離れていたその思念は、力を呼び起こして炎となった。
透明なガラスの粉の様な、きらきらとした風が吹きさらす氷の大地を舐める、広大な劫火となっていた。
□ □ □ □ □
(俺は見誤った! ここまでやりやがるとは!)
クキヨシタカは勝てないと断じた。南極の永久凍土を溶かすぐらいなら、中級レベルの魔族ならばできないことは無い。
しかし、その炎が持つ魔力量に恐怖していた。この星を全て燃やし尽くせるような力を感じた。手が付けられないレベルの危険物だ。
(あれを防ぎきるには多分、魔王様のご親族以上の力でなければ!)
この世界によく来る『姫竜様』なら、なんとかできるかもしれない。しかし竜の姫は今は来ていない。
あれをどうするのかという、部下達の声が聞こえた。思念体を探して斬るしか無いとクキヨシタカは答えた。
「決して見くびるな! 見つけ次第ぶった切れ!」
その呼びかけと共に炎の中から、裸の金髪の娘が現れた。右手に『獄炎の凱歌』、左手に『魔蜂の突針』を握っていた。ヘラだ。
彼女は胸に醜い傷跡は無かった。乳房は元通りの豊かさを湛えていた。小柄だが豊満な胸と尻を持つ彼女に、追討の魔族達は戸惑った。
その周囲から得も言われぬ薫りが漂っていたからだ。高位のサキュバスが、常に振りまいている色香に似ていた。
半ば呆然としている彼等を、クキヨシタカは叱咤した。
「惑っているんじゃねえ、行くぞ!」
戦いが始まった。ヘラも飛び上がった。多勢に無勢。だがヘラは、傷を負いながらも1人ずつ焼き切って滅ぼしていった。
しかしその間、不快感を感じていた。剣を振るい、相手の刃や鏃から身をかわすのに邪魔だと思った。
(これのせいで動かし辛い!)
その総大将・クキヨシタカと対峙した時、彼女は『魔蜂の突針』をそれにあて、切り裂いた。自分の乳房だった。
「でっかいご立派なものを捨てるなんて。自殺のつもりか?」
「違うよ。余計なものだから捨てたの。気づいたんだ。大きすぎると重くて避けるのに役立たない」
鮮血に染まった『脂肪の塊』が捨てられた。紅に染まったヘラの胸の傷から一瞬だけ煙がたった。血がきれいさっぱりと消え、傷跡も無いきれいな平板となっていた。
「最後だから忠告するね。立ち去って? わたしは元の世界に戻りたいだけなの」
「そうはいかねえ。お前には追討令が下っているんだよ」
「誰からの?」
「魔王様だ」
クキヨシタカが、兜の飾りにしていた黒い円月輪を手に取る。直径10センチほどのそれが、1メートルにまで広がった。
「じゃあ、終わらせてやるよ」
鎧の魔族が動き出す。他の魔族とは違い、身のこなしは段違いだった。
初手で斬りかかられてかわそうとしたのに、彼女の右脚の膝は円月輪の刃を深く入れられた。うまく避けたと思ったのにだ。
続く二手、三手も恐ろしい。目と気配で追いゴール族の本能と反射神経を全て回避に振り向けても、肌と肉を刃で裂かれ、鋭い痛みが恐怖を呼び起こしてしまう。
(この人、とんでもなく強い!)
とはいえ、司祭騎士団長ほどでは無いと思った。トールキンというドワーフとどっこいどっこいぐらいだろう。膂力と身のこなしは。それでも接近戦では、今のヘラよりずっと強い。
ヘラは痛覚を切る。これからもっと痛い目に遭う為にだ。そして踏み込んだ。
(捨て身に来たか!)
防ぐ気配が無い。魔族というものの『利点』に気づいたのだとクキヨシタカは思った。ならば、何度でもバラバラに切り刻んでやる。
ヘラが懐に入り、右手に掴んだ『獄炎の凱歌』で、真横からクキヨシタカを斬り払おうとした。彼の身体は浮遊魔法がかかっていた。下半身からくるりと逆上って、ヘラが放った渾身の一撃を避けた。
勢いが余ってくるりとまわりながら、ヘラは左腕の『魔蜂の突針』で、クキヨシタカの兜の脳天を貫こうとする。鎧の魔人はこっちこそを恐れていた。刃の強度と破壊力なら、左手の細剣のほうが遥かに強いと見ていたからだ。
(そう簡単にやられるかよ!)
刃の先が兜にあたって貫こうとする時、クキヨシタカの巨体が吸い込まれるように後ろに下がった。魔力はヘラのほうが数百倍も数千倍も上だが、クキヨシタカは魔法の
その下がり際にヘラは、左腕の肘から先と剣が視界から消えるのを目にした。血しぶきがあがった。退き際に一撃を食らったのだ。
傷口から朱い煙が起こる。傷はすぐに塞がった。すぐにクキヨシタカは間合いを詰める。ヘラも後ろに下がろうとしたが、つい右脚を伸ばしたままにしてしまった。
クキヨシタカが手に持った円月輪を振る。右脚が斬り落とされた。でもここで闘志は消えなかった。今度は右脚から血を流したまま、敢然とした眼差しを巨体に向けたまま突っ込んだ。
「まだやろうってのか!」
でもヘラの動きは読めた。果敢だが案外緩慢としている。何度でもバラバラにしてやれる。白兵戦なら余裕の相手だった。
しかし、彼女はクキヨシタカを右手の『獄炎の凱歌』で仕留めようとは思っていなかった。円月輪での力を込めた斬撃を『獄炎の凱歌』で受け止め、その馬鹿力に耐えきれず身をよじった時にだ。
「……ぐっ!」
左腕とともに真下に落とされていたはずの『魔蜂の突針』が、鎧の魔族の背中を貫いていた。ヘラが飛翔魔法をかけ、密かに飛ばしていたのだ。
「……狙っていやがったな!」
風の力を持つ刃が起こした渦巻風と共に、彼の身体は粉々になった。鎧の魔族の思念が呻く。仕損じた。
魔族たちの気配が逃げ去っていく。ヘラは彼らを追わなかった。もう、為す術がないこととわかっていたからだ。
(偉大なるあのお方も言っている。余計な仕打ちは不要だって。)
地上に降りるとヘラは目を閉じた。全身の毛穴から煙が立ちはじめ、彼女の身体を包む。そして一個の大きな炎となった。
あちこちに散らばっていた腕や脚、真っ黄色い中身を顕わにしていた乳房が真が煙となった。それらがヘラの身体の炎に吸い込まれて、輝きが消えた。五体満足な、ヘラのヘラの裸身があった。
彼女は胸に手を当てた。そこだけは自分で削いだままにした。傷跡はきれいさっぱりと消えているが、乳首も無かった。
彼女は胸に手を当てたまま、もう1つ念じた。平板だった胸がふっくらと盛り上がり、もとの様な豊かな乳房と、ほんのりと出っ張っている乳首をつけた。
身体を揺らしてみる。違和感があった。やはり重い。動き辛い。
(普段からおっぱいをふっくらさせなくてもいいかな。男の人と楽しむ時にだけおっきくしとこう。)
そう思うと風船の様に乳房がしぼみ、シワ一つ無い平板な胸に戻った。ただ今度は乳首をそのまま残していた。つまんでくすぐるってみる。
(うん。乳首は残しておこう。便利だな、魔族の力って。)
その辺に落ちていた『獄炎の凱歌』と『姫竜の牙』を手に取ると、彼女は準備に取り掛かった。元の世界に戻るための術式を発動させるのだ。