聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
エレクトラを介抱するピピンが、本当に治ったのかと問うと、『マイヤの片割れ』と共に鹿角は南の空を眺め、薄く笑う。
「根治は無理だ。俺様の神聖術式でもどうにもならんものがある」
「どうにもならないって……」
エレクトラがまた咳き込んだ。口元から血が混じったつばを垂らしていた。病巣は厄介なところまで入り込んでいるようだった。
「エレクトラさん!」
「まあ、しばらくは俺様の治癒を受けて安静にしておけ。それでも失った健康は戻って来んだろうが、うまくいけばもう5年は長生きできる」
「……5年ですか?!」
「ヘラや俺に殺されるより長くは生きられるのだから、むしろ感謝して欲しいぐらいだがな。しかし使った毒というのが……」
ポロニウム。『森の蝮』はそんなものまで見つけ出していたのか。
(あれは俺の前世の世界じゃ、使用禁止の毒物だったぞ?)
もっと『安全』な毒物を使えば、あの男の様にガンにはならずに済んだだろう。何せエルフの血を4分の1継いでいる身体だ。この世界に来れば70年近くは若々しいままで、120年以上の長寿を得られるぐらいである。
苦しそうに咳き込むエレクトラを抱きしめながら、鹿角達のようにピピンも南の空を見上げる。
「あの男って、誰なんです?」
「神様みたく慕われている経営者さ。『マイヤちゃん』が発明した『たぶれっとぱっど』のようなものを生み出した、旧文明時代の傑物だよ」
鹿角はスーツのポケットから何かを取り出した。ピピンが目を凝らしてそれを視る。
表面がガラスで覆われた、金属製の『たぶれっとぱっど』の小型版。裏にかじられた果実のロゴが入っていた。
「……このマーク、アップル社のものですね?」
「治してやったついでに貰ったものだ。あっちの世界のアレに比べればチャチに思えるが、それでも便利なのは事実だ」
それの画面を照らして操作しだした。音楽のアプリを開らき、ピピンが前世で聞いたことがある、『ハレ晴レユカイ』が流れ出した。
「……これは!」
「『ハルヒダンス』とやらを踊らんのか?」
「そういう場合じゃないですよ。でも、この!」
「iPhoneという通信機器だ。専ら俺は、こういう曲を聴く為に用いているがな」
こんな曲もあるぞ。鹿角は別の曲を選んで流しだした。
「転生人、これは前世で聞いたことはあるか?」
「ええ、そうですね」
これもアニメの主題歌だ。前世の妻と一緒に毎週観た『らきすた』の、『もってけ! セーラー服』だ。
画面に映っている4人の女の子たちのかわいいアニメ絵を見てニタニタと笑う鹿角を見たピピンは、この男には『萌えヲタ』の趣味があるんじゃないかと思った。
「これも好きだっただろう?」
「もちろんですよ。所属部屋では先輩ともカラオケで歌いましたからね」
「踊らんのか、元関取?」
「前世は前頭で終わりましたよ。なぜ僕に踊らせようとするんです?」
「……『おすもう』の武道家はコミカルさを売りにしていたのではないのか? お前の前世の母国から来た横綱は、なかなかに面白いやつだったぞ?」
あれと一緒にしないでくれ、とピピンは嘆いた。派手で品性が無くて、テレビで話題になる時は同郷人としてとても恥ずかしかった。
ピピンは兄弟子達と『ハルヒダンス』を踊ることはあっても、あそこまで図々しくて恥知らずにはなれなかった。
「ちなみに前世で、こいつを触ったことはあるか?」
「持っていたのはiPodだけです。治療した礼はこれだけですか?」
「そんなわけないだろ。ビー玉1つで広い土地を強欲な毛唐どもにくれてやったインディアンじゃないんだぞ?」
異世界人だからって、物の価値がわからないわけではない。何しろ魔法文明が発達し、こっちの世界の近世や近代ぐらいには、経済と文化が発達した世界の住人なのだ。
「やつが持っていた自社の株もたくさんいただいた。時価総額で10万ドルはくだらんだろう」
その男はすい臓がんが進行していた。それを鹿角は、3日間の治療で完治してやった。今年のあたまぐらいだ。
その男に彼を紹介したのは前に担当していたがん患者。アメリカの大富豪だ。手術や抗癌剤での完治は難しいほどだったが、1週間、手をかざしただけでで治してやった。
それ以前にも彼は、病人の大金持ちを何十人と治癒魔法で元気にしてやった。そのおかげでたんまりと財産を得ている。
「ところで、『マイヤちゃん』をiPhoneで撮ってもいいか?」
「なぜ僕に? 本人に聞いてくださいよ?」
「そうだな……どうだい、マイヤちゃん?」
鹿角は背負っていた『屍人形』に聞いてみた。聞いてて気持ち悪くなるぐらいに甲高い声だ。
「ねえ、マイヤちゃんのかわいいすがたをしゃしんにとっていいかい?」
「わたし、マイヤであってマイヤじゃないよー?」
「マイヤちゃんはマイヤちゃんさ。すっぽんぽんのかわいい姿、ぼくのスマホの中に収めていいかなー?」
「ふーん。そのどーぐ、かめらのきのうもついているんだね。もうひとりのわたしも、たぶれっとぱっどにつけたいといってたなー!」
『屍人形』は浮かび上がり、そこらへんにあった切り株の上に降りた。スマホのカメラレンズを向ける鹿角に、大股を開いて女性器と肛門をさらけ出してみせた。
「もちろん、ずりねたしゃしんだよねー?」
鹿角の顔が曇った。
「ちがうちがう。うつ伏せになってハイハイする感じで、こっちに向けて笑顔を見せてほしいんだ」
「わたしのこと、あかちゃんみたいにおもっているなー! ぶー!」
『屍人形』がふくれっ面になると、鹿角はみっともなく頬を緩ませてその顔だけをスマホに収めた。撮れたものを見てニヤニヤする悪人顔の美男子に、ピピンは大層気味悪がった。
「それで、僕らをこれからどうするんですか?」
「今から南へ向かう。ちなみにここがどのあたりか、わかるか?」
ピピンには見当がつかない。100キロ南にアムール川がある、と鹿角は言った。つまりは国境だ。
「そこで中国軍を待つ」
「……!!」
「驚いているな。でも俺達は中国に手助けするつもりは微塵もない。むしろ、迎え撃って討ち滅ぼすつもりだ」
「人民軍がどれほどの数か、わかって言っているんですか?」
鹿角は鼻で笑った。思わせぶりな様子にピピンは気づいた。
(もしかして、サキュバスを用いて心理誘導を行っているのか?)
「その、まさかだよ」
ピピンの心を読んだ鹿角はうなずいて、この時の為に1か月以上の工作を施していた、と答えた。
「相撲取り。確かお前の国は中国とソビエトに煮え湯を飲ませ続けられていたそうだな? その苦難の歴史に終わりを告げる場面を特別に見せてやる。その時が来るのはおおよそ2日か3日、といったところだろう。俺とゴールの戦士たち……未来のヘラに従っている奴ら全員が、そいつを見せてやるさ」
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一晩の恋愛や不倫の相手に、あるいは悩ましく悦楽に満ちた夢の中の女に化けさせ、男たちに髄液を搾り尽くす様な悦楽を与えながら、彼女たちは鹿角が命じたことを共産党の指導者層に植え付けさせた。
「陸空の全軍を密かに満州に集結させろ。ロシアで何か重大な事態が起きた時、その軍をもって東シベリアを制圧せよ」
しかし複数の侵犯地点を設定した、多方面作戦ではなかった。在る土地に集結しての作戦にするよう、鹿角はいい含めていた。
その集結地こそが、鹿角達が向かった地の反対側にあった。1週間前に配備が完了していたその軍勢は、戦闘以外の活動を行うものを含め、おおよそ130万近くに膨れ上がっていた。
10月にさしかかる。その季節の満州の荒野に吹く風は既に冷たく、晴天なのに凍えてしまいそうだった。
その晴天の真下で、戦車の整備を任されていたその兵士は、寒さあまりに仕事を中断してしまった。
急いで近くにある、休憩用に置いたテントの中に入ると、毛布をかぶっていた仲間の整備兵から茶が入ったコップを渡された。
「どういうことだ? ここはそんなに寒いという話じゃ無かったはずだぞ?」
温かい茶を流し込む。腹に染み入ったが手先は冷たいままだった。
「この辺が地元のやつに聞いたけど、最高気温が氷点下を割ることは滅多にないらしいが……」
「最高気温が氷点下3℃だぞ? いくらなんでも1週間でこんなに気温が変わるか?」
このままでは雪が降りそうだ。そうなるとシベリアは難攻不落になるだろう。しかしよりにもよって、なぜ冬が始まりそうな時期に、侵攻をたくらんだのだ?
「上層部は何を考えている? ヒットラーやナポレオンと同じ轍を踏ませるつもりか?」
「あのバカどもにわかるわけがないだろう。連中は共産党史上最高の将軍が誰なのか、わからない奴らばかりだからな」
「そいつを聞かれたら毛先生だと即答するだろう。だがな」
少なくとも八路軍時代の毛主席であれば、こんな作戦をやらんだろうと整備士は嘆いた。いくら絶好の機会とはいえ、核ミサイルを撃たれかねない計画だ。聞いた話によればロシアは、タスマニア島を核で消し飛ばしたそうだ。
外は寒い。とは言え、いつまでもテントに籠もっていられない。整備士と同僚は外に出た。その時にサイレンが鳴った。各隊の伝令役が、出撃の命令が下ったと触れ回った。
「いよいよ、か」
整備士の手が震え出した。その直後、彼とその周囲にいる者達や兵器は、足元から起こった渦巻く風に驚き、自分たちの足が、戦車やテントや建物が、宙に浮きだしたことに驚いた。
「何が起こっている!」
いつの間にか地面は遥か向こうだった。うねる形のアムール川が見える。
(これは、夢か?)
悲鳴が聞こえ出した。同時に身体が、下へと吸い込まれる強い重圧を感じた。地面へと落とされた。
各所でその竜巻は起こっていた。叩き落とされた兵士は潰れて紅いものを散らし、火薬や燃料を積んだ車両は爆発して黒煙を起こした。
この異変に危険を察して逃げようとする者もいたが、それは絶対に見逃さなかった。
その天変地異を起こした人物が、アムール川のロシア側の畔に立っていた。
鹿角聖史だ。
「フン。ズルイルたちの風魔法で、ああも簡単にひっくり返せるとはな!」
竜巻を起こしたのは、中国側に入っていたエルフたちの仕業だった。あちらの世界ではたかだか馬車1台をひっくり返す程度の魔法だが、こちらの世界では遥かにおぞましい威力を奮っている。
(この世界の魔法抵抗が極めて少ない。ゆえに雑魚魔道士でも天下が取れるぐらいだ、というのは本当のようだ。)
とは言え、転生前のこの世界に生まれた自分では、どうにもならないだろう。あの当時の自分では治癒魔法も、せいぜい怪我を治す程度しか使えなかった。癌細胞だって極初期の、小さな塊ぐらいしか消せなかった。
しかし今、鹿角を含めてあちらの世界に来た者の魔法は、最低でも数十倍の力を引き出せるようになっていた。
そのことをわかっていた鹿角は、エレクトラには絶対に教えてはなるまいと己を戒めた。病に冒されているとは言え、エレクトラは魔法だけなら、ズルイルやミーシアを上回る。
(万全だったらあいつこそが、俺達の一番の敵になる。狡猾だから油断できん。)
だがあの病のままなら、今の有利は覆ることは無いだろう。遠く20キロ後方で、ミーシアと待っているあの女のことを思う。
そして、待っていたものがやって来た。南の空からだ。
(来たか!)
鹿角は首にかけていた銀の磔像を手に取り、その亀頭に口づけすると、瞬時に1万メートルの高度まで上がっていった。
酸素は薄くなり、息苦しくなるはずなのだが、術式による保護が働いている。千里眼の術式で南の空を伺った。
航空機の大編隊。中国の空軍だ。先陣を戦闘機が受け持ち、その背後に雁の大群の様に輸送機や爆撃機が間隔をあけ列をなして飛んでいる。まるで阿呆な飛び方だ。
これもサキュバス達に命じ、将軍たちにかけた暗示のおかげだ。しかもほぼ全軍を引き出すようにさせていた。多分、空軍の全てだろう。
(フン。牛糞にたかるコバエのように、群がってやって来たか。ふははッ!)
鹿角はそっちに向かって飛んだ。戦闘機群は彼を見つけ、正体不明の飛翔体であると恐れ、接触を防ぐために散開しようとする。それが彼の狙いだった。
彼の前方、おおよそ20キロにわたる間隔で、一斉に何かが弾ける音が聞こえだした。神聖術式の1つ、『アルキメデスの空気砲』による炸裂音だ。
あちらの世界だと人体はともかく、馬車や小舟ぐらいの大きさのものならば軽く弾き飛ばす程度の威力だったが、こちらだとまるで違った。
一度に起こった風圧と音圧とで、戦闘機のコクピットの
あっという間に戦闘機は全機、撃ち落とされた。それから鹿角はもう一度首飾りに口づけし、「エイメン!」と叫んだ。
遥か後方の航空機群の中に、突如として白い霧が起こり、ところどころに何かが姿を現した。
4メートル程の高さの人型の像だった。豊かで艶めかしい乳房と無毛の割れ目を顕にしたふくよかな女の像だ。しかし人間では無かった。
それは6本の腕を生やし、首から上に3つ顔があった。どの顔もにっこりと微笑んでおり、両目の上には丸いほくろのようなものがあった。
鹿角はこれを『邪神兵』と称していた。但しここにいる、ヘラの時代から30年後の彼が、だ。
なぜ邪神とつけたのか。彼の前世の旧文明時代にあった異教の神の姿が、それであったからだ。
(さあ、魔道兵器の実力とやらを、死にゆく奴らに存分に見せてやれ、邪神兵!)
現れたそれはおよそ10体。宙を浮いたままくるりと動きながらが、両目から光線を放った。その光は航空機の外郭を突き破り、中身もまるごと真っ二つにしていった。
爆撃機が、輸送機が、次々と火達磨となって地上に落ちていく。みるみるうちに大編隊はその数を減らしていった。
「ふふ……フハハハッ!」
鹿角は声を出して笑っていた。あまりにも愉快で、痛快な光景だったからだ。前世から胸に抱き続けていた、無念がこれで晴れたからだ。
(やったぞ! 俺は前世で苦しめた『新生派』に復讐してやった! おれこそが天雷でありその炎だ!)
中国共産党が擁していた兵士や将軍こそ、前世の彼を苦しめた相手の先祖でもあった。鹿角の前世の仇敵である『新生派』は、大陸の多くの中国人に信奉されていたのだ。
(これで、これでようやく、俺は布石を打った!)
何の為の布石か?
ヘラでは無く、自分を王とする千年王国を建てる為にだ。
(くくく。ヘラ、残念だがお前が座る玉座だが、俺のものにさせてもらうぞ! こちらに来て、俺の前に現れた時こそ、お前の最期の時だ!)
その為の術式も調べていた。ヘラは強大な力を持つ半魔族となったのを存じている。ならば魔族殺しの秘術を用いればのだ。
だがヘラを葬り去る為には、長い時間と大掛かりな仕組みが必要だった。まずはそれを構築する。その為にもだ。
(中国を徹底的に叩きのめし、10億人の命を俺の意のままに出来るようにできるようにせねばならん。)
集結した全てを滅ぼした後、鹿角は皆にこう伝えた。
「障壁はこれで取り払われた。今から北京を滅ぼしに行く。ついて来い」