※この作品はR-18です。

聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ   作:CHACOとJAGUAR

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※ここからは外伝3で起きた『炎獄』の裏側のお話になります。


10 『2008年9月15日』

 友人らと話していた最中の高坂正尭に、金髪の女の子が近づいてきた。

 

 頬にそばかすが散っていて、少し太めだが顔立ちは整っている。正尭の女友達のエレノアだ。

 

 友達以上の恋人未満。そのぐらいの立ち位置だが。

 

「ねえ、マサタカ?」

 

 エレノアは1枚の紙切れを彼の手に渡した。

 

「はい。これが今度の公演のチケット。マサタカ、是非とも一度観たいと言ってたでしょ?」

「ありがと、エレノア! で、どんな劇だったっけ?」

 

 正尭の友人たちが彼を小突いた。エレノアの胸をちらちらと見ながらだ。

 

「かわいいエレノアが出る劇なんだぞ?」

「ちゃんと覚えとけよ、このボンクラ!」

 

 ちなみにだがエレノアは、学年一おっぱいが大きかった。正尭はあまり興味を持っていなかったが。

 

「確か、ガールズパンクを結成する女の子たちの話だったっけ?」

「メールに書いたこともう忘れたの? 車の工場を辞めた技術者がラーメン屋をはじめて悪戦苦闘するホームコメディよ!」

「ああ、そういえばそうだったかな。ようやく思い出したよ」

「うそおっしゃい!」

 

 エレノアは正尭の頭のてっぺんを叩いた。ニヤニヤと笑って、可愛らしい顔をマサタカに近づけて瞳をのぞきこむ。

 

 エレノアはデトロイトで活動する劇団に所属していた。今回やる劇は、主人公の娘という役どころで準主役扱い。いつもより出番が多い。だから、気になる正尭に観に来て貰いたかったのだ。

 

 マサタカが顔をほころばせると彼の側にいたジョンとマイケルが「お前だけずるい!」と怒って、彼の頭を叩き出した。

 

「やめろ! やめろっ! 悪い頭がますます悪くなっちまう!」

「何いってんだよ! 可も無く不可も無くの至ってフツーのくせによ!」

「大体、クラス全員が赤点とった先週のテストで、どうしてお前だけ50点が取れたんだ?」

 

 そうだ、そうだ、とにやけながら叫ぶ連中が現れた。クラスで一番の悪ガキと言われているマキシムとその一味だ。

 

 正尭はこいつらに常にいじめられている、ということは無かった。何につけても意外と根性がある日本からの留学生に、悪ガキのボスは一目置いていたのだ。

 

「正尭、いい加減エレノアから離れろ。俺に寄越せ。そもそもが俺の女だ」

 

 エレノアがふくれっ面で正尭に抱きついた。

 

「ああいいぜ? オタクとはしたことが無いって聞いていたけどさ?」

 

 正尭がエレノアをマキシムに引き渡そうとすると、彼女に頬をひっぱたかれた。

 

 えへへ、と笑うとマキシムたちも失笑する。それから悪ガキのボスはエレノアに手を差し出した。

 

「俺にもちょーだい?」

「どーせ途中で寝ちゃいそうだからあげない!」

「ちぇっ。これでもおれ、フランスの映画じゃ寝ないで見れるんだぜ?」

「どーせ、リュック=ベッソンの映画でしょ?」

 

 マキシムはやぶにらみになった。『天井桟敷の人々』や『二十四時間の情事』といった、昔のフランス映画を好んで観るのだ。悪ガキにしては少々趣味が高尚過ぎなのだ。

 

 マキシムは気を取り直し、正尭が貸してくれた『バイオハザード』の話を持ち出してきた。正尭がそれに乗り出すと、話についていけないエレノアは、げんなりとなった。

 

「ゲームの話はやめようよ!」

「エレノア、今度新作が出たら真っ先に貸すからいいだろ?」

「怖いゲームはきらいなの!」

 

 エレノアは大きな胸をゆっさりとさせながら、教室の入口に向かった。廊下に出る前、振り向いて正尭に呼びかけた。

 

「こんどの土曜日、市民ホールでね!」

「もちろんだよ!」

 

 彼女が去ると、マサタカは貰ったチケットをバッグの中に大事そうにしまった。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 高坂正尭は15歳の中学3年生だ。 

 

 アメリカに住んでいる三番目の伯父の薦めで、去年の9月からずっとアメリカに留学していた。ホームステイ先はデトロイト郊外にあるこの学校に近い、三番目の伯父の親友のクライトン氏の家だ。

 

 正尭は至って温厚で元気がよく、夫婦とアーシュラら夫妻の娘たちに、実の家族の様に可愛がられていた。

 

 けれども、日本にいた頃の彼はとても暗かった。仲のいい友達や後輩はいたのだが、不登校がちで、日々に充実や目的といったものが見いだせなかった。

 

 頭はそこそこ良いほうだったが、型にはめこむような学校生活には馴染めなかった。それと、勉強こそが第一、部活で健康な汗をかいて爽やかな文武両道の青春を強いる、大人たちに、どうにも嫌なものを感じてもいた。

 

 それよりも彼は幼少の頃、一番身近にいて親しかった人物の死によって心にぽっかりと穴を空けたせいで、踏ん張る力が失せていた。

 

 彼が生まれる前に亡くなった、二番目の伯父の一人娘。高坂詩織がその人である。

 

 詩織は母親そっくりで、とても美人で可愛らしいと評判だったが、『よそのコと違い過ぎて普通の学校には入れないコ』でもあった。

 

 事あるごとにパンツに手を突っ込んで股をいじる変なお姉ちゃんだったが、正尭にはとても優しかった。

 

 しゃべるのが苦手で、養護が必要な集団の中にいたが頭はとてもよく、ノートとペンによる筆談で、算数や英語などを色々と教えてくれたりもした。

 

 詩織は自分なりにマサタカを可愛がってくれた。2人は実の姉弟のようだった。生理中の詩織が血を吸ったナプキンやタンポンを外すところを見せたりしても、正尭にとって詩織は、大好きなお姉ちゃんだった。

 

 ただ、詩織はこの8年前に亡くなっている。

 

 母や伯父達は事故死と語っていたが、正尭は真実を知っていた。

 

 詩織は近隣で評判の『サセ子』で、小学生の頃から堕胎や流産沙汰を起こして苦労をかけた。

 

 失踪もあった。実際に売春をしたり、子供も産んだことがあるらしい。けれども、悪人だとは正尭には思えなかった。

 

 そして詩織は手賀沼の茂みの中で、死体となって発見された。実行犯は彼女の学校に『ボランティア』でやってきていた男子大学生だった。

 

 詩織が殺されたのは16の歳。あれだけ可愛らしく、しかも皆から「美人でかわいいママそっくりの、とても愛らしい女の子」と言われた詩織の死の真相を知ってから、彼はどこか、空虚なところがある少年になっていた。

 

 その思い出から抜け出す為の留学、でもあったのだが。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 その日の正午。

 

 デトロイトの中心地の上空が、真っ黒い積乱雲に覆われた。無数の稲光が紫の亀裂を為し、その後におどろおどろしい雷鳴が轟いた。

 

 市内にある劇団の練習場へ向かうエレノアは、車の中で空を見上げると、運転席のハンドルを握る母親に呼びかけた。

 

「おっきな雷雲だわ、ママ?」

「天気予報では晴れだと聞いていたのに……」

 

 エレノアは上着のポケットからiPhoneを取り出した。先月の誕生日にパパから買ってもらったものだ。

 

 天気予報のサイトを開くが、デトロイトの予報は『晴れ』だった。

 

「秋空っていうのは、こうも変わりやすいものなのかしら?」

「あなたのフィアンセくんの母国だったらそうかもね。メンヘラ女みたいな気候らしいからね、日本は」

「ママ!」

 

 エレノアの母は、正尭とどれだけ進んでいるのかと聞いてきた。彼女は顔を真赤にしてうつむいてしまった。

 

(そりゃあ避妊(ゴム)はきっちりとしているけど……。)

 

 身体の触れ方と、あそこの舐め方がまるで経験豊富な女たらしのようだった。茂みをかき分けながらの舌での愛撫で、エレノアは何度も狂い切りがかった。

 

 一体、どこの誰から仕込まれたんだろう。よく話してくれた、ゲーム中毒のシオリコおばさんにだろうか。

 

 亡くなった女の子の母親という人は、もう40を過ぎたおばさんなのにまるで20代の女に見えると、正尭はよく話していた。

 

(正尭は日本にいた頃、40過ぎのおばさんにいろんなことを……やだやだ!)

 

 変な妄想をやめようと、再び空を見上げようとしたその時だった。

 

 雷雲の真ん中がぽっかりと穴を空け、そこから赤い線が伸び始めていた。

 

 それはいつの間にかもっと長く伸び、鞭のようにしなりだしてデトロイトの街に触れる。

 

 炎。爆発。そして、熔解。

 

 しばらくしてエレノアとその母が乗る車も、その赤い光に包まれた。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 テレビやラジオ、インターネットはすぐに、突如として起こったデトロイト中心地の大火災を一斉に報じた。

 

 家に戻り、クライトン夫妻とその下の娘たちと一緒に、一緒になってテレビに釘付けになっていた正尭は、炎と黒煙で包まれるデトロイト中心部の中継を見て、何も言葉が出なかった。

 

(いったい……何が起こったんだ?)

 

 これがフェイク映像で、宇宙人な攻めてきたなどと実況が始まれば、オーソン=ウェルズの物真似だろう。しかしこれは、夢ではなく現実のようだ。いつまで経っても目が醒めない。

 

 エレノアが気になった。彼女の劇団のレッスン場は市内にあったはずだ。急な腹痛を起こして今日は休みにしただろうか。

 

 携帯で彼女の電話番号にかけた。つながらなかった。いや、電話回線がパンクしたのだろう。きっとそうさ。

 

 もう少し待とう。3時間してアルバイトから戻って来たアーシュラが正尭に、今すぐインターネットを開いてみろと呼びかけた。

 

「西海岸のインターネットサーバーに切り替わっているわ。ウェブなら情報が掴めるはずよ!」

 

 デトロイトだけでなかった。シカゴやミネアポリスなど、各地で同様の大火事が起きているようだ。いや、街がまるごと焼き滅ぼされたようだ。

 

(何が怒っているんだ?)

 

 いや、エレノアは?

 

 正尭はアーシュラに止められるのを聞かず、自転車に乗って出て行った。その時に視界が見えなくなるほどの大雨が降り出し、すべって自転車ごと転んだところを警察のパトロールに捕まった。

 

 雨で濡れた身体の正尭に、警官は厳しい目を向けた。

 

「中心地に向かおうとしたのか? 自転車でか?」

「そうです。デトロイトは今、どうなっているんですか?」

「……期待しないほうがいい。生存者はほぼ、いないらしい」

 

 正尭はその場で崩れ、慟哭した。

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