聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・まとめ 作:CHACOとJAGUAR
あの時代よりサーガとして語り継がれている少年編の物語は、ここで終わりとなっていた。触手姫ブランカがコーザ=ストーンマウントに篭絡された場面が幕引き。
「こりゃあいったいどういうことかしら?」
ナントブルグの裏町にある酒場兼ホテルの女主人・カチュア=パーヴェルは不満を述べた。イズヴァルトの物語だというのにどうして触手姫とコーザのセックスの場面で終わってしまっている?
それに、魔族でも3歳児ぐらいの小さな娘を犯すというくだりに吐き気を催したとも。彼女に娘がいるからだ。オリビエという名前だ。今年で17になる。
酒の瓶で処女膜を破ったり、自慰がとても大好きな困った癖があったが、学業の成績が良く、来年の春にはトリシア大学の入学が決まった程だ。
そんなのではあるが、娘の小さかった頃を思い出してカチュアは「認められない」とぼやきながら、老吟遊詩人に火酒の瓶とコップを差し出した。
「イズヴァルトとマイヤはどうしたのかしら? 本当にあれで死んじゃった。この物語はもうおしまい、というわけではないわよね?」
「そりゃそうさ。しかしここから先、2人の恋路が気になる者は『回れ右』をした方が良いかもしれない」
「どういうことかしら?」
女主人は手元にあったビールの瓶に口を付けた。どうにも渋みが強い味わいだ。チンゼーの酒造メーカーが出した新商品で、馴染みの酒屋から貰った試供品だがどうにも味があわない。
「伝記を読めばわかるさ」
「面倒だわ。だから私はあなたにここで弾き語って貰っているんだけど?」
「碩学姫の伝記や研究書は、半分色情小説みたいなもんさ。頭をからっぽにしても読めるよ」
吟遊詩人は女将に預かってもらった鞄をもらうと、その中から一冊の書物を取り出した。文庫本サイズのそれは表紙がぼろぼろだった。それを女将に差し出す。
「ふうん。ギルバート=カツランダルク著、『イーガ時代の碩学姫について』。これは何かしら?」
「『ザーメン好きの下剋上』の前振りさ。マイヤ=カモセンブルグのイーガ時代について調べた研究書だよ。もっとも、彼女の近くにいた書いた伝記をもとにしているけどね」
その伝記はオットー=オーズローという人物が書いたものだ。イーガではコーヅケーニッヒの古書店や国立図書館に今もある。その当時は多く世に出回ったという。
しかしホーデンエーネンではイズヴァルトの『死後』に、数年経ってから禁書扱いにした。記している内容が自国の『恥』である以上に、他国の高貴な家系を誹謗する内容にも受け取られたからだ。
「それを女将さんにあげよう。私は飽きる程読んだからね」
「オリビエや夫みたく私は活字とお友達じゃないの。でもありがたく受け取っておくわ……」
「こっちもついでにあげるよ。うちには3冊あるんだ」
吟遊詩人はもう一冊を鞄から出した。こちらは大きな本で新品だ。そちらは革張りで先ほど出したものより大きな版であったが、厚みは半分も無かった。
「『我が友との思い出』……こっちはイーガの文法が多いわね? 向こうのことわざもあるし……」
「よくご存じで。女将さんがイーガの詩文を存じているとは初耳だな」
「向こうに友達が住んでいるの。あちらのほうが詩はいいのが多いし……」
カチュアはその本を何ページか読んで、深くため息をついた。いたたまれない、とつぶやいて本を閉じる。彼女はイズヴァルトのサーガは世に多く出回っている、晩年近くの節しか存じていなかった。
だから出されたものを読んで悲しそうな顔でため息をついた。幸せなままでいられるのもほんの少しの間だけだった様ね。
「長く一緒に連れ添っても、うまくいかない事ばかりだから。夫婦ってものは……」
カチュアにはデニムという名前の夫がいた。夫はビジネスに対して果敢で、大陸北部のオーミゲニアの首都でホテルを経営していた。そこはボロ宿のここと違って繁盛していた。
しかしデニムはシスティーナという女秘書と恋仲になり、庶子を2人も産ませていた。システィーナはちょくちょく多額の慰謝料を支払うと記した手紙を送って来ている。強い恋心を抱いているのは女のほうだった。
無理もない。あの人は老けてても男前だもの。そう思ってカチュアは黙殺した。システィーナはまだ30だから未来がある。それに自分よりずっと美人だ。
金持ちだが20歳年上の男にいつまでも喜んで抱かれるつもりは無いはずだ。なのにどうして夫とそうもくっつきたがる?
「女将さん。何故か顔色が良くないようだが?」
「なんでもないわ。ともかく読んでみるわ、これ。吟遊詩人さん。次にナントブルグに来るのはいつになるかしら?」
「来週から仕事が再開するから、おおよそ三カ月はこちらに来れないだろうな」
「まるで大学の教授みたいね? そういえばこの研究書の著者、貴方と同じ名前だけど別人よね?」
かもしれないな。そう言って老吟遊詩人は店を出た。今からならヨーシデン行きの『えくすぷれす』の最終便に間に合う。彼の住まいは学術の都と呼ばれるその都にあった。
この吟遊詩人こそがギルバート=カツランダルク。イズヴァルト研究に生涯を捧げた、トリシア大学に在籍するイーガ出身の学者であった。
とはいえ彼は大学内で肩身が狭く、同僚達から冷たい視線を向けられ続けていた。何故かといえば、ホーデンエーネンの歴史で『恥』とされる、英雄イズヴァルトの影に隠れていたものを暴きだす研究に打ち込んでいたからである。
「……ナントブルグは、寒いな」
まだ8月なのに風が冷たい。対してヨーシデンは海からの温かい風で一年中温暖だった。そして南キンキ大陸で最大の都市だ。
商業と学術の都と謡われ、その中心にあったトリシア大学こそ、『おしゃぶり姫』が遺した宝であり我が子だった。
しかしその彼女は、あれほど愛し合ったイズヴァルトとの間には子供を1人も残せずこの世を去った。自分の腹を痛めて産み、その大きな乳房を含ませて育てた子は皆、英雄の実子では無かったのだ。
『少年編』 了
次回から『外伝』となります。