「おう、皆の者。お待ちかねの〈多交多泄の会〉を始めるぞ」
薄い意識の向こうからリェの声がするや、硬い岩盤の上へ手荒く投げ出された痛みでスウは目が覚めた。
喉が渇いてひりつき、空咳をする。──口内に濃厚なハォの香りを感じるが、これはどういう訳だろう。確か朦朧としている間に何かされたと思うが、まだ意識がぼやけていてうまく思い出せない。
(・・・?ここ、どこ・・・?)
ハォのにおいに鼻腔内を支配されていて、今ひとつ鼻が利かない。
力の入らない首をできる限りひねり、周囲に目をやる。相変らず縛り上げられたまま、ユゥの掛けた術も効いていて、しかも腹ばいに転がされているため見える範囲はかなり限られているが、そこはおそらくスウの知らない洞穴だった。
がらんと広く、高い天井に空いた穴から灰色の空が覗き、ぱらぱらと雨が落ちてくる。
どうやらスウが松焔洞から連れ去られて、まださほど経っていない。雨と共に薄明るく差し込む光の角度を見るに、ここは風裂嶺をいくらも離れていない場所と判る。リェの縄張である鋭鎴嶺まで移動していたとしたら、もっと日が傾いているはずだからである。馬の足を使っても長く見積もって半日ほどかかるのだ。
リェの声に男たちがぞろぞろと集まり、周囲を取り巻いた。二十人はいるだろうか。知った顔もあれば、覚えの無い者もいる。この連中がみな一様に、ハォないしスウに何がしかの宿怨を抱いているという。
くすんだ翡翠色の荒縄が各所にきつく食い込んだスウの緊縛姿が、じっとりと下劣な視線に浸された。
「ウェイよ、待ちかねたぞ。きょうは皆に御馳走してくれるそうだな」
「いや、馳走してやるのは我らの方ではないか?上の口にも下の口にも、腹いっぱい注いでやるからな」
「何だ、そのけしからん姿は。よく似合っているではないか」
「このみっちりと食い入った縄目が、そそるのう。これは旨そうだ、早く喰いたい」
辛抱のない何人かが、その卑猥な縄目で装われた肌をまさぐり始めた。
「・・・さ、さわるな・・・、っ!んぅっ・・・──、」
尻に呑み込んだ淫具の事を忘れていたスウは力なく腰をよじり、はずみで珠の列がぞろりと動いた。危うく大きな喘ぎ声を出しそうになり、慌てて口をつぐむ。
「どうした、せつない顔をしおって。誘っているのか?・・・何だ、既に精の臭いがするな」
「ははあ、ハォ殿下の御下賜か。斯様に吸い跡だらけになって、昨夜も盛んな事であったようだな。我らも一層可愛がってやるから楽しみにしていろよ」
口々に揶揄されるも、淫具に与えられる刺激を堪えるのに必死で口ごたえをする余裕がない。
「何だ、大人しいな。いつもの威勢はどうした、ん?」いやに静かなスウの様子を不審に思った男の一人が、やがてその紋様の薄さに気がついた。「あっ、活きが悪いと思ったら既につまみ食いしてあるではないか」
「本当だ、紋様がこんなに薄い。これは捕縛役のやつらの仕業だな、手癖が悪いぞ」
ためつすがめつ品定めをしながら、男たちがぶつぶつと不満の声を漏らす。
「静かにしろ、俺が許したのだ。文句があるやつは帰っていいぜ・・・お前らにはこれでも充分、御馳走だろうになぁ。この先お前らがどう頑張ってもありつけないだろうに、残念だなぁ」
リェの一声に、一同は押し黙った。
「なに、少々下拵えが過ぎたようだが心配は要らん。こいつ、大方早く解放されたくて大人しくしているだけだろ──なぁ、ウェイスウよ?」
リェが、おもむろに腕を振り上げた。
その手元に、くすんだ翡翠色の妖気が湧く。細く糸状に寄り合わさった妖気が更に寄り合わさり、たちまち荒縄の鞭が形を顕したかと思うと、大きくしなってスウの背面を激しく打った。
乾いた鞭打音が洞内に響く。
「あぅっ?!」
悲痛な叫びを上げるスウの白い肌に太い荒縄が繰り返し振り下ろされ、痛々しい縄跡が幾重にも幾重にも刻まれていく。
「あぁっ!!」「──あ!!」「っああ?!」「──ああんっ!!」
「──、はぁはぁ・・・、──っああぅっ!!」「あァぁ!!」────
瞳を潤ませ、善がり声にも似た悲鳴を上げるスウの姿を男たちがにやにやと視姦する。背中も尻も、後ろに回された腕も、みるみる傷だらけになってゆく。
「──どうだい、目は覚めたかな?」ようやく手を止めたリェは悶えるスウの髪をつかみ、痛みに歪んだ顔を覗き込んだ。
「はぁはぁ、────く・・・、殿下には、あれから本当に何もしていないんだろうな」
スウは痛みをこらえつつ、リェを睨みつけた。そのまなざしを、リェは冷え切った笑みで受けた。
「いいねぇその顔、悔しそうだねぇ。そういうのが見たいんだ俺は。元気があって安心した」
「殿下は無事なのかと聞いている・・・!」
「うるせえな、だから何もしてねえって。したのはお前だからな、ひひひ。いいもん見せてもらったぜ」
「・・・!!」
妖気を吸い尽くされ朦朧としている間、いいように遊ばれた記憶が突如スウの脳裏で鮮烈な色味を帯びた。
鞭打たれた傷の痛みも思わず一時忘れるほどに、スウが顔を真っ赤に火照らせるのを見て、リェはさも満足げにほくそ笑んだ。
「おっ?なに、覚えてる感じ?いや傑作だったぜ、けけけけ!お前、あいつの竿を喉に詰まらせて目ぇ白黒させてたぞ。ひひっ、どうだった、てめえの御主人の、くく、本日の、胤の、味わいはよ。ひひ、みんなに見られながら堪能できてよ、ひひひ!格別だったかよ?ひひひひ、はーっはっは!あー腹痛え」
してやったりと腹を抱えて笑うリェに、スウは何の報復もできない。が、悔しさに涙など滲ませようものならリェがもっと喜ぶだろう。
こうして捕まった事だって、感情に任せて無鉄砲な行動をしたのが原因だ。スウは心を鎮め、つとめて不敵な笑みを浮かべてみせた。「・・・いいから、さっさと済ませてくれない?そもそも、この中に僕を満足させる事のできる奴が一人でもいるわけ?」
「ふーん?言うねえ。さっきまで、ほんの前戯でしこたま善がってイキそうになってたくせによ──おい、みんな聞いたな?この通りだ、遠慮はいらんそうだ。どの孔を使って何やってもいいからよ、隅から隅まで気の済むまで責め上げてやれよな」
リェはスウの前髪をひねり上げていた手をもぎ放つように離し、指に絡んだ白銀の抜け毛を払い落した。
○
「お待ちください」
思いがけず洞内に響いた涼やかな声に、男たちの注意が集まる。
本降りとなった雨に濡れた肩を袖で払いつつ、するすると一人の女が入ってきた。片腕に何やら革の水袋を抱えている。
娘と呼ばれるには些か時期を過ぎた、しかしぞっとするほどの美しい女だ。衣の上に着込んだ薄青い上っ張りは、この女が薬師である事を示す。
盛りのついた雄の臭気を帯びた男たちの間を、女は涼しい顔で通り抜ける。そこだけ匂い立つ女の体臭に男たちの本能が働き、無意識に鼻の穴を膨らませ、つい涎を垂らす。
「これは
しなやかな柳腰に、手の早い男の一人が腕を絡める。フイなる女は艶然と笑みを返し、雨に湿ったおくれ髪を優雅な仕草で撫でつけた。その手が、ゆるく結った髪に挿された簪をさり気なく抜き取る。
「痛ぇ!!」
鼻の下を伸ばしかけた男が声を上げ、反射的に腕を引っ込めた。フイが簪を逆手に握り、男の腕に鋭く突き立てたのだった。見事な身のこなしだ。それを血がついたまま、何事もなかったように髪に挿しなおした。
──この女、薬いじりを生業としているが、そこはやはり妖獣の女。当然ながら武術の腕前もなかなかのもので、特に槍を使わせると強い。迂闊にも手を出そうとした男は、このように大概無傷では済まない。
「ちくしょう、この女・・・ばかにしやがって」するりと歩み去るフイの背中に、男は毒づいた。
「あら」フイが肩越しにちらりと振り返る。「あなたがおばかさんなのは私のせいではありませんけれど」
「なに」
いよいよ怒気を露わにした男に、フイはくるりと向き直った。「ですから、私があなたの事を〈ばか〉にしたのではありません。あなたが
「違いない」「姐さん、言うねえ」などと周囲から揶揄され、男は血のにじむ腕を極まりが悪そうに舐めた。
「薬師の女ごときが。こっちが下手に出りゃあ、つけ上がりやがって・・・そのうち痛ぇ目見るぞ」
「あなたこそ、薬師の女ごときと侮ると痛い目どころでは済みませんよ。簪ではなく、こちらを使って同じことをして差し上げてもよかったのですから」フイは細く小さな刃物を取り出し、白々と光る刀身を片手で器用に鞘から覗かせてみせた。「刃先に猛毒を塗ってあります。そしたらあなた、いまの一刺しで死骸になってそこに転がっているところです・・・今回は命拾いをされて良かったですわね」
以降、人垣が自然に割れた。
「恐れ入ります」
フイは目の前に開かれた道を悠然と通り抜け、リェの前まで真っ直ぐに歩み寄ると、たおやかに低頭した。「ご機嫌麗しゅう存じます、殿下」
〇
「相変らず怖ぇ女だな」リェは、にたりと歪んだ笑みを見せた。
「例の薬なら上出来だ、さすがのハォの奴でも感付かなかったぜ」
「はい、そのように調合いたしましたから・・・あの敏いお方の事ですもの、無味にする事には徹底してこだわりました」
この女こそが薬を生み出した張本人であるようだ。
「それで、どうした。何かまた面白い薬でもできたのか」
「それもありますが、そちらに関しましてはまた改めて。今はその事で参じたのではありませんわ」
フイは、卑猥に縛り上げられ転がされているスウに目を落とした。
「こちらはウェイスウ殿ですね。──まあ、きれいなお肌が傷だらけ」
「ははあ、さてはフイよ、お前もこいつの躰を味見に来たクチか?構わんぞ、お前も今回の功労者だ。喰っていけ」
リェは足元にあるスウの尻を軽く蹴った。蹴られた衝撃で尻の中の淫具がぬらりと動き、スウは小さく声を漏らした。
「・・・確かに美味しそうなお方ですけれど──あ、いえ、そうではなく」フイは頬にのぼりかけた凄艶な笑みを慌てて引っ込めた。
「何だフイ、まさか可哀想だから止めにしろなどと云うつもりじゃねえだろうな」
リェが、にやりと片眉を吊り上げてみせた。その脅すような笑みを、フイは平然と受ける。
「いいえ、それは申しませんが」フイはスウの前に屈みこんだ。
「ご機嫌ようウェイスウ殿、じかに御目もじするのは初めてでしたかしら。わたくし、イェンリェ殿下の薬師を務めております仇慧チョウフイと申します。──失礼、お顔をよく見せて下さいな」
フイは抱えていた水袋を傍らに降ろし、スウの顔に張り付いた乱れ髪を両手で丁寧に掻き分けた。
「まあ、可愛いこと。お顔と同じように日頃から可愛いふりをなさっておけば、こんな目に遭うこともありませんのに。賢くありませんね」
優しく頬を撫ぜるフイの手を避けようと、スウは自由の効かない体をよじって力なく抵抗した。
「触るな。お前の仕業か、よくも殿下に変な薬を・・・!」
「まあ。変な薬ではありませんわ、安直ですが倦労湯と名付けました。よく効きましたでしょ?できれば丸薬にした方が、もっと緩やかに長く効き続けるので望ましかったのですけれどね」
悪びれた様子もないフイの返答に、スウの瞳が鋭い憤怒の光を帯びる。
「ふふ、きれいなお顔立ちで怒ると凄みがありますわね。御心配には及びませんわ、ハォ殿下にお飲ませした程度の分量でしたらお命をお縮めする原因になる事はまずありません。それは薬を扱う者として断固保証いたします」
「フイよ。用があるなら手短にしねえと、飢えた野郎どもがしびれを切らしてお前を先に喰っちまうぞ」リェが、手持無沙汰に立ち尽くす男たちの方を顎でしゃくった。「同じ手でそう何度も身を護れると思わねえ事だ」
「あら、それは大変。まあ、こわいですね」どの口が言ったものか、フイはころころと笑った。
「今すこしお待ちくださいな。ほら、これをお持ちしたのです」持参した水袋を持ち上げて見せる。ただの水袋かと思われたが、よく見れば注ぎ口が異様に細長い。
「お遊びに興じられる前に、ウェイ殿の
懐から小ぶりな壺をも取り出したフイに、リェは苦い顔をした。
「女は細けぇなあ。心配せんでも、こいつが昨日から狩りに行ってない事はちゃんと調べてあるんだ。胃も腸もカラのはずだ」
「
ぴしりと撥ねつけ、フイはスウの尻の方へ回った。「さ、殿下。このままでは洗えませんから戒めをお解きになって下さいませ」
「わかったわかった。ほれ、さっさとしろ」
スウの肉体をきつく縛り上げていた縄が融けるように消えた。脱出の好機を逃すまいと咄嗟に四つ這いになりかけた所へ、今度は四肢を拘束する枷が素早く形作られる。不本意にも、いい具合に尻を突き出した姿勢で固定されてしまった。
「恐れ入ります・・・あら」フイは、スウの菊座からのぞく紐に目を留めた。尻の中には珠を連ねた淫具がまだ残されたままになっている。「何かしら、これ・・・ああ、そういう淫具ですか。殿下ったら、こんなものまでお創りになって」
「引っ張ってみな、おもしれえぞ」
「あら、よろしいんですか。では遠慮なく」
リェに促されたフイが紐の先に造られた小さな環に細い指をかけ、くいくいと興味深げに引っ張る。嫌がるスウの尻から産まれ出るように、ぽこりと最初の一粒が引き出された。
「ぁあっ・・・、」スウが思わず声を漏らす。
「ふふ、可愛い声が出ましたね」
フイの指に引かれ、一粒、また一粒と珠が排出される。
「んっ、あっ・・・!や、やめ、あっ?!ぁんっ、あっ・・・!」珠を一粒ひり出すたびにスウが声を上げ、びくりと身を引きつらせる。
「あらあら、まだ繋がっている。こんな大粒の珠をこんなにたくさん・・・あらまあ苦しかったでしょうに」フイは焦らすようにゆっくりと引き出す。優しげな言葉とは裏腹に、スウの反応を冷ややかに愉しんでいる。
「フイ、まどろっこしい。一息に抜いちまえ」にやにやと意地の悪い笑みを浮かべ、リェが命じる。
「うふふ、かしこまりました」
答えるが早いか、フイは残りの珠をぞろりと全て引き出した。
「や、だめ!待っ、あぁああああああああッ?!」ぼこぼこと勢いよく尻孔を抉られ、スウは絶叫した。
一際大きな最後の珠が菊座で引っかかって止まり、ちゅぽんと吐き出される。「──ぎゃんっ!!──ぁぅ・・・、はぁはぁ・・・、」四肢を地に固定されたまま、スウはくたりと項垂れた。
フイは引き出したものを目の高さにぶら下げ、呆れた。「まあ、長いこと」スウの腸液に濡れ、卑猥に糸を引くそれは、陽炎のような余韻を残しつつ消えた。
「ふむ、確かに。奥の奥まできれいでしたね」フイは満足げに頷いた。
「だから言ったろ。ほら、判ったらもう下がれ・・・油薬はまあ貰っておく」
「はぁ、せっかく薬湯もご用意しましたのに」
リェに退出を促され、フイはすこぶるつまらなそうな顔をした。「スウの喘ぐ様子が可愛かったのでもう少し苛めたい」と、顔に書いてあった。