二度目の人生、ゲームシステムで全てを手に入れる 作:アキラ7
生まれてから、一か月が経とうとしていた。
時間の流れは、思っていた以上に早かった。
もちろん、以前の人生で一か月を過ごすのと、赤ん坊として一か月を過ごすのとでは、まるで意味が違う。
前の人生なら、仕事に行って、帰って、食事をして、眠る。
一日一日の変化など、意識しなければ気づかない程度だった。
けれど、今は違う。
昨日までできなかったことが、今日は少しだけできる。
それだけで、自分自身の変化をはっきりと感じることができた。
「……ん」
ベッドの上で、蓮は小さく声を漏らした。
目の前には、いつもの天井。
生まれたばかりの頃は、そこを眺めているだけだった。
視界もまだぼんやりしていて、何かを見ようとしても、すぐに焦点が外れてしまう。
だが、今は違う。
天井の形も、近くにあるものも、以前よりずっとはっきりと認識できる。
そして何より――
自分の手を、自分の意思で動かせるようになってきた。
右手を少し持ち上げる。
ふらり。
思った方向とは少し違う場所へ動く。
もう一度。
今度は、さっきよりも狙った場所に近づいた。
「……」
蓮は自分の手を見つめた。
まだ自由自在とはいかない。
力も弱い。
指だって思ったようには動かない。
それでも、生まれた直後とは明らかに違っていた。
首も、以前より少しだけ動かせる。
足もよく動くようになった。
何となく身体を伸ばしたり、縮めたりすることも増えた。
そして、こうした動きを繰り返していると――
視界の端に、あの表示が浮かぶ。
【経験値を獲得しました】
蓮は一瞬だけ目を見開いた。
やはり、経験値は身体の成長とも関係している。
ただし、同じ動きをしたからといって、毎回同じだけ増えるわけではない。
最初の頃は大きく増える。
何度も繰り返せば、少しずつ増加量が小さくなる。
完全に無意味になるわけではないが、効率は落ちていく。
だからこそ、蓮は一つのことだけを繰り返すのではなく、できることを少しずつ増やすようにしていた。
手を動かす。
足を動かす。
首を動かす。
目で物を追う。
近くにあるものへ手を伸ばす。
そして、偶然指先に触れた布を握る。
ぎゅっ。
「……!」
握れた。
ほんのわずかなことだった。
けれど、蓮にとっては違う。
以前なら、触れることしかできなかった。
今は、指に力を入れて、物を掴むことができる。
【経験値を獲得しました】
小さな表示を確認して、蓮は心の中で頷いた。
やはりそうだ。
新しいことを試す。
できなかったことができるようになる。
そうした瞬間には、比較的大きく経験値が入る。
身体の成長そのものだけではない。
「成長するために努力すること」そのものが、何らかの形で経験値として記録されているらしい。
――面白い。
前の人生では、成長というものはもっと曖昧だった。
勉強をしても、仕事をしても、すぐに結果が出るとは限らない。
努力したからといって、必ず報われるわけでもない。
けれど、この世界では少なくとも、自分が積み重ねたものを確認できる。
それは、蓮にとって大きな意味を持っていた。
ただし。
この力について、両親に話すつもりはない。
話したところで信じてもらえるとは思えない。
それに、赤ん坊の自分が突然そんな話をしたら、それこそ大変なことになる。
だから今は、普通の赤ん坊として過ごす。
できることが増えたら、それを自然に喜ぶ。
疲れたら眠る。
お腹が空いたら泣く。
両親が抱き上げてくれたら、その温もりを受け入れる。
そうしながら、誰にも気づかれないように、自分の成長を確認していく。
「蓮、今日も元気ね」
母のエミリーが、ベッドの横から顔を覗き込んだ。
蓮は彼女を見る。
最近は、母の顔も以前よりよく見えるようになった。
笑っている。
嬉しそうに、自分を見ている。
「……あぅ」
声を返す。
するとエミリーの表情がさらに柔らかくなった。
「お返事してくれたの?」
もちろん、蓮はそんなつもりで声を出したわけではない。
けれど、母は嬉しそうだった。
「ほら、少しずつ声も出すようになってきたね」
そう言って、エミリーは蓮の手をそっと握る。
小さな手。
以前の人生では、自分がこんなに小さな存在だったことなど、考えたこともなかった。
今は、その手を母が大切そうに包んでいる。
「パパにも見せてあげようね」
そう言われて、蓮は母の顔を見つめた。
少しして、廊下から足音が聞こえてくる。
「蓮、起きてるのか?」
父の恒一だった。
仕事から帰ってきたらしい。
恒一はベッドの近くまで来ると、蓮の顔を見て笑った。
「今日はずいぶん元気そうだな」
「さっきから手をよく動かしてるの」
エミリーが嬉しそうに話す。
「そうか」
恒一は蓮の手を見て、それから優しく笑った。
「頑張ってるな、蓮」
――頑張っている。
その言葉を聞いて、蓮は少しだけ不思議な気持ちになった。
両親からすれば、自分はただ成長している赤ん坊だ。
手を動かす。
声を出す。
物を見る。
それだけのこと。
けれど蓮にとっては、その一つ一つが、この先につながるものだった。
経験値を得る。
レベルを上げる。
能力を手に入れる。
そして、その力を使って、前の人生ではできなかったことをできるようにする。
まだ始まったばかりだ。
今できるのは、手足を動かすことくらい。
それでも――
一か月前にはできなかったことが、今はできる。
ならば、次の一か月では。
さらに、その次では。
どこまで成長できるのだろう。
蓮はそんなことを考えながら、小さく手を握った。
その動きを見たエミリーが、嬉しそうに笑う。
「本当に、少しずつ大きくなってるね」
その言葉に、蓮は何も返さなかった。
返せる言葉など、まだない。
ただ、心の中で静かに答える。
――そうだ。
僕は、少しずつ進んでいる。
この一か月で、それだけは確かに実感できた。