全てが静まり返った夜。コウガは1人、ある建物の近くに来ていた。
「こちらフロッグ、目的地に到着した」
耳に着けている通信機で現状報告。ブロックというのはプラネテューヌの諜報部でコウガが使っているコードネームである。
「犯罪集団の根城はここで間違いないな?」
【ええ、ご令嬢を誘拐して身代金を要求したという話よ】
誘拐された彼女の父親は娘を救えるなら金はいくらでも払うと言っていた。しかし、こんなことをして金を得ようとするヤツに差し出す金などない。ということで、依頼人である彼は諜報部もといコウガに娘の救助を依頼したというわけだ。
【相手はこれまでも多くの戦闘部隊を返り討ちにしてきた犯罪集団。くれぐれも気をつけてちょうだい】
「了解。これより任務を開始する」
通信を切り、建物をカメラ越しに眺める。入口の前には案の定、見張りが立っている上に周りには4機のドローンが浮遊していた。
「警備は厳重。正面突破すれば中の奴らが押し寄せてくる……と言ったところか。なら、ここは」
忍術の出番というわけだ。
「さて」
猿の如くコウガは木のてっぺんに登ると、印を結んだ。
「変化の術」
煙に包まれた後、コウガの姿は人間からドローンに変化。コウガはその姿のままアジトへと近づいていく。一方、本物のドローン達はコウガを仲間と思ったのか、彼を見ても気にすることなく巡回を続けていた。
ドローンがこうなのだから、門番も気にした様子もなく見張りを続けている。
「侵入成功、と」
偶然開いていた窓から中へと入る。そこは食糧庫のようで、食料が入った木箱が多く積まれていた。恐らくどこかから盗んできたものだろう。
「行くか」
食糧庫を抜け、薄暗い廊下に出る。壁伝いに慎重に進みながら、コウガは耳を澄ませた。遠くから男たちの下卑た笑い声と、微かな啜り泣きのような音が聞こえてくる。
「……」
声のする方へ足音を忍ばせて進む。角を曲がった先、灯りの漏れる部屋があった。ドアの隙間から中を覗くと、粗末な椅子に縛り付けられた少女の姿があった。年は16~17といったところか。銀色の髪が乱れ伏せた瞳からは涙が零れている。ドレスは汚れ、頬には微かに赤い跡——殴られたのだろう。
「誘拐されたご令嬢はあの人だな。名前はたしか……アルマ」
顔が依頼人が見せてくれた写真とも一致する。これ以上ひどい目に遭わせないためにも一刻も早く救出しなければ。
「数は、2人か」
1人は椅子にだらりと座り、もう1人は壁にもたれて煙草を吸っている。武器は腰にナイフと、隅に置かれたライフルが1丁ずつだ。
「影潜りの術」
コウガは印を結び、影の中へと溶け込む。床を這う影がするすると部屋の中へ侵入し、煙草を吸っていた男の足首を捉えた。
「なっ!?」
声を上げる間もなく、影は男の身体を床に引き倒す。同時にコウガは窓から躍り込み、もう1人の男の首元に手刀を叩き込んだ。鈍い音と共に、男は崩れ落ちる。
「誰だ!?」
倒れた男がナイフに手を伸ばすが、コウガの蹴りがそれを弾き飛ばす。続けて鳩尾に一撃を入れると、男は白目を剥いて気を失った。
コウガはアルマに歩み寄り、彼女を縛るロープをクナイで切断した。
「大丈夫か?」
アルマは顔を上げる。涙で濡れた碧い瞳が、コウガを真っ直ぐに見つめた。
「あなたは……?」
「依頼人に頼まれてお前を助けにきた。帰るぞ」
コウガは彼女に手を差し伸べる。アルマは一瞬ためらい、それからその手を握り返した。細く冷たい手だった。
「立てるか?」
「……ええ」
立ち上がったアルマはふらつきながらも、コウガの腕を掴んで体勢を整える。その時、廊下の向こうから複数の足音が響いてきた。どうやら騒ぎを聞きつけたらしい。
「ちっ、早いな」
コウガはアルマを庇うように前に立ち、クナイを構える。
「アルマ、俺から離れるな」
「あなた、名前は……?」
「フロッグとでも呼んでくれ」
一瞥せずにに答えると、コウガは廊下へと踏み出す。向かってくる影は5つ。だが——この程度、問題ではない。
「行くぞ」
コウガは静かに、しかし確かな覚悟を込めて呟いた。アルマを守り、この場を脱するために。
「こちらフロッグ、ターゲットと合流した。至急迎えの手配を!」
【そう思って今向かってるわ! 今あなたのスマホに座標を送ったから、そこで合流しましょう!】
「了解。これより合流地点に向かう」
廃墟の外れ、月明かりの下に1台のバイクが滑り込んできた。そこから降り立ったのは、長い緑髪の一部をサイドテールにした女性——アイエフだった。彼女は素早く周囲を確認すると、コウガとアルマのもとへ駆け寄る。
「2人とも、無事みたいね。よかった」
「アイエフ、彼女を依頼人の元へ。もうすぐ追っ手がここに来る」
「了解」
コウガはアルマの手をアイエフに託す。アルマは名残惜しそうにコウガを見上げた。
「あなたは……来ないの?」
「俺は後から行く。それより依頼人ーーーいや、お前の親父が待ってる。早く顔を見せて安心させてやれ」
アルマは何かを言いかけたが、アイエフが優しく彼女の背を押してバイクへと導く。後ろに乗り込んだ後、アルマは振り返ってコウガを見つめた。その瞳には、不安とそれ以上に強い何かが揺れていた。
「気をつけて……」
「ああ。行ってくれ」
アイエフは小さく頷くとエンジンをふかし、バイクを走らせる。やがてそれが見えなくなると、入れ替わるように廃墟の影から次々と黒い影が湧き出していた。見る限り、数は10以上。手にはそれぞれ武器が握られている。先ほど倒した見張りたちの仲間だろう。
「よくも俺の部下をやったな、小僧。金になるだけの商品だったがお前の命で埋め合わせしてもらうぞ」
犯罪集団のリーダー格と思しき大男が前に出た。剃刀のように鋭い目つき、顔には無数の傷跡が特徴的だ。
「商品? 人を物みたいに言うな」
コウガの声は低く、冷たく響く。大男はそんな彼を鼻で笑う。
「減らず口を。やれ、殺せ!」
号令と同時に男たちが一斉に襲いかかる。コウガは最初の一撃を紙一重でかわし、相手の腕を掴んで投げ飛ばす。続く2人目3人目——クナイの柄で鳩尾を打ち、足払いで転がし手刀で頸動脈を叩く。1人ひとりを確実に、そして無駄なく無力化していった。
「ぐあぁああっ!」
コウガが殴り飛ばした最後の部下を殴り弾く。伸びている部下を見下ろしながら、大男は舌打ちする。
「使えないヤツらめ。小僧1人にやられるとは」
そう言うと、大男は懐から黒いボールを取り出した。
「まさかここで隠し玉を使うことになるなんてな……。だが、これでお前も終わりだ!」
放物線を描きながら、ボールが横に割れ、黒い光と共に赤い巨竜が姿を現した。
「エンシェントドラゴンか」
「どうだ驚いたか? こいつは捕獲した魔物を持ち主の意のままに操ることができるんだよ!」
勝ち誇ったように言う大男だったが、コウガに慌てた様子はなかった。それもそのはず。たしかにエンシェントドラゴンは魔物の中では強力だが、彼はこれまでネプテューヌ達と共にエンシェントドラゴン以上に脅威な存在と戦ってきたのだから。そんな彼が今更エンシェントドラゴン程度で怯むことはない。
「それを出して勝ったつもりでいるのか? おめでたいヤツだな」
「何?」
「お前が言う隠し玉は俺からしたらチュートリアルに過ぎないんだよ。俺の力をお披露目するためのな」
完全なメタ発言だが、ネプテューヌもよくやることなので今更だろう。
「訳の分からないことを……エンシェントドラゴン! 生意気なそのガキをぶっ潰せ!」
大男の指示を受け、エンシェントドラゴンが巨大な拳をコウガに放つ。周りに突風が吹き荒れるが、拳は当たらなかった。コウガがエンシェントドラゴンの拳を片手で受け止めたからだ。そんな彼の体からは青いオーラが充満していた。
「お前に見せてやるよ。忍の力ってやつをな」
そう言うと、拳を受け止めた腕でエンシェントドラゴンを押し出す。
「スイッチ、オン!」
胸を親指で押すと、そこから手裏剣をが描かれた紋章が出現。それは回転しながらコウガの体を後ろへ移動するように通過すると、彼の姿を一瞬の内に変えた。
頭部には水色の手裏剣の形状をしたパーツが装着されたマスク。そして全身を忍装束のようなスマートな深い黒の鎧で覆われ、首元には桃色のマフラーを巻いたこれはコウガの中にある忍の力を解放した姿ーーー
「来いよ。赤トカゲ」
コウガの挑発に乗ったエンシェントドラゴンが咆哮を上げながら、再び拳を繰り出す。拳はコウガに直撃し、体は地面に転がった。
「カッコつけといてその程度か? とんだ見てくれーーー」
「いつから俺が殴られたと錯覚していた?」
背後から聞こえてきた声に振り返る。そこには殴り飛ばされたはずのコウガがドローンのように浮かんだ水色の巨大手裏剣の下で逆さ立ちしていた。
「どういうことだ……? さっきたしかに……」
「よく見てみろ。お前のペットが殴ったのはただの丸太だ」
エンシェントドラゴンが殴り飛ばしたコウガをもう一度見る。それにコウガの姿はなく、丸太が落ちているだけだった。
「変わり身の術。またしても当てられなくて残念だったな」
「舐めやがって……!」
コウガに煽られ、大男に青筋が浮かぶ。何としてもコウガを殺したい。そうしなければ気が済まないと彼は憎しみの炎を燃え上がらせた。
「エンシェントドラゴン! あいつを撃ち落とせ!」
エンシェントドラゴンが口に溜め込んだ炎を弾として撃ち出す。だが、コウガは動かない。だが、その代わりに印を結び始めた。
「水遁・水流砲弾!」
コウガから放たれた球状の水が火炎弾を飲み込み、エンシェントドラゴンに直撃。 エンシェントドラゴンは苦しそうに咆哮を上げながらその巨体を地に崩す。
その隙にコウガは手裏剣を踏み台に跳び上がり、剣の形状に変えた水を逆手に持ちながら接近する。
「コウガ流刀術・辻斬り!」
至近距離まで近づいたコウガが高速で繰り出される水の刃がエンシェントドラゴンを切り裂く。それがトドメとなり、エンシェントドラゴンの体は粒子となって消滅した。
これで切り札はなくなった。あとはリーダー格の大男だけだ。
「どうする? お前の隠し玉は俺が倒したわけだが」
「く……!」
エンシェントドラゴンを倒した相手に自分が敵うわけない。それが分からないほど大男も馬鹿ではない。
「……参った。降参だ」
地面に膝をつけ、両手を上げて降伏の意思を示した。同時に自分は後悔した。彼を敵に回したことを。
「そうか。なら」
クナイを取り出し、大男の影と重ねるように地面に刺す。するとどうしたことか、大男の体は動けなくなった。
「何だ、これは……!?」
「影縫いの術。クナイを抜くまでお前は動けない」
「何故……!? 降伏したのに……!」
「人を誘拐するようなクズの言うことを信用するほど俺はお人好しじゃない。しばらくそこでジッとしていろ」
「……く!」
コウガは気づいていたのだ。大男が降伏したふりをして奇襲を仕掛けようとしたことを。その証拠に彼の手にはナイフが握られている。
「こちらフロッグ、犯罪集団を鎮圧した。アイエフ、アルマは?」
【今依頼人の元に送り届けたところよ。依頼人は泣いてあなたに感謝してたわ】
「そうか。警察の手配を頼む。ヤツらにはあるべき場所で反省してもらう必要があるからな」
【了解。今日もお手柄ね。ゲイムギョウ界の
ゲイムギョウ界の懐刀はコウガがゲイムギョウ界で呼ばれている通り名。自分からではなく、周囲が勝手に呼び始めた名だが、コウガ自身は気に入っている。
「褒めても何も出ないぞ」
そう言って、通信を切る。あとは犯罪集団を警察に引き渡すだけ。コウガは忍化を解除すると、夜空を見上げながらぽつりと呟いた。
「シエルに会いてぇなぁ……」
新たに就任したラステイションの守護女神の名を。