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「お前は俺らのモンになったんだ、その証に、スミ入れすんぞ」
「す……スミ入れ……?」
「入れ墨だよ」
「……っ!!」
九鬼の説明に、千早の顔がサッと青ざめた。
「い……入れ墨、やだ……!」
フルフルと首を振る千早は、ヤクザ組織の傘下に入ってしまった自分を認められない様子。
「ヤダじゃねぇんだよ。……おい、準備しろ」
「へい」
「いやっ、やだあっ!!」
千早が叫ぶのもお構いなしに、男たちは入れ墨を彫る準備を進める。
針とインクの用意はすぐに終わる。九鬼は土下座姿勢の千早の頭を掴んで顔を上げさせると、整った鼻梁の下を指差す。
「ここに『ケツ毛女』って入れようぜ」
「……!?」
とんでもない提案に、千早は絶句する。
クイーンともなれば、テレビ等のメディア露出は多い。袴を着て隠せる場所ならともかく、ここにいるヤクザ者たちですら入れていない部位に入れ墨を彫るなど、とても認めがたいことだった。
「いいっすね! そんじゃ早速――」
九鬼の提案にうなずいた一人の男は、浮き浮きと千早の顔に顔を寄せる。
「っいや!」
年齢は千早と同じくらいだろうか。彼は入れ墨用の針を手に千早に迫り――千早の鼻下に針を突き立てる直前で手を止めた。
「あん?」
忠実な部下が動きを止めたことで、九鬼は眉を寄せる。
「どうした、野間」
彫師の若者――野間が命令を聞かないなど、九鬼からすると考えにくいこと。
滅多なことを言えば容赦はしないとドスを利かせた問いかけに、野間は静かに告げる。
「コイツ、ヒゲ濃すぎっすよ。一回剃ってやんねーと」
「マジかよ」
ため息をついた九鬼が近付けば、確かに千早の鼻の下、口ヒゲは産毛の範疇を超えて濃い。
「ケツ毛だけじゃなくてヒゲも濃いとか、女捨ててんなァ。……おい、ドス」
近くの部下から借りた小刀で、九鬼は千早のヒゲを剃りにかかる。
「動くんじゃね―ぞ」
「ぃ……っ」
鈍く光る刃が鼻の下に触れる……恐怖した千早の目から、涙がこぼれ落ちた。
「ケツ毛もヒゲも剃らねえくらいカルタが大事なんて、クイーン様は見上げた根性だよなァ」
ぼやく九鬼の言葉が、千早の心を打ちのめす。
「ま、大事にしすぎてイカサマしたからこんな目に遭ってんだけどな」
「う……、あぁうっ……!!」
「いちいち泣くなよ面倒くせぇ」
ひどい辱めを受けて涙が止まらないというのに、九鬼をはじめとした男たちはそんな千早を更に追い詰める。
全裸に正座で男たちに囲まれた千早の口の上を、小刀が小刻みに動く。しょり、とわずかな音を立ててヒゲが剃られるたび、千早は恐怖に身体が冷えていく。
「ふー……こんなモンか」
尻毛が濃くヒゲが生えていたとしても千早は女、ヒゲ剃りの手間はそうかからない。
一分もせずにヒゲを剃り終えて、九鬼が小刀を千早から離す。刃の使い方には慣れているのだろう、深く剃られても千早の肌に痛みはなかった。
「にしても、かなり生えてんな」
刈り取った毛が小刀の刀身を黒く汚している。剃り終えた九鬼が千早の襦袢で刃をぬぐうと、剃り落とされたヒゲの黒色が鮮やかだ。
「こんなに生えてたぜ。ありえねえな」
九鬼が襦袢にこびりついた毛を見せつけると、部下たちは笑い声を上げる。
「ホントだ、すっげー毛」
「でも、これでやっとケツ毛女になれますね」
からかいながら男たちが言う中、満を持して野間は千早の鼻下に針を突き立てた。
「や、め゛……っ!!」
突き刺さる痛みに、また涙がこぼれる。
とめどなく涙が溢れると、鼻水まで垂れてしまう――慎重に彫り進めていた野間の指に鼻水がかかり、うえ、と野間は顔をしかめる。
「きったねぇなあ」
「うう……っ!!」
乱暴にティッシュで鼻水をぬぐわれながら、千早の鼻下には入れ墨が加えられていく。
人中を境界線に、向かって左側に「ケツ」の文字が刻まれる――ヒゲを剃られた時とは異なるピリピリした痛みに千早は顔を歪めるが、野間は千早の痛みが引くのも待たず、三文字目を彫り始める。
「……っ、い……!」
すでに経験した痛みであっても、千早が苦しいのは変わらない。
眉をたわめた千早の鼻下は、鼻水を乱暴にぬぐわれたせいで赤みがかっていた。黒々とした一画目が彫られると同時に再び千早は鼻水を垂らしてしまい、野間は至近距離で盛大に舌打ちをひとつ。
「あーもう、めんどくせえ……」
「う……あ、あぁっ……!!」
呆れ果てた野間の言葉に、千早は嗚咽を返すのみ。
図柄ではなく文字の彫り込みだから、そう難しいことはない。いつまでも鼻水を垂れ流す千早に疲れた野間の手つきは乱暴で、ザクザクと千早の鼻下を掘削してはインクを注ぎ入れる。
「っだ……ぁ、いだいぃっ……!!」
「ちょっとは我慢しろよ」
号泣する千早に言い捨てて、野間はザクリと針を突き立てる。
「んぎ……っ!!」
「大人しくしとけー」
四文字中三文字目に差し掛かったとはいえ、カタカナよりは画数の多い文字が刻まれているのだから折り返し地点ではない。
あと半分で終わる――それだけを希望にしていた千早なのに、苦痛は体感時間を引き伸ばす。針が離れるたびに千早は終わりかと期待して、針が刺さるたびに絶望する。整った顔を歪めて泣きじゃくる千早の姿に、男たちは笑いが止まらない。
「はは、すっげー間抜け」
「コイツ大学生だよな、学校でどんな顔すんだ?」
「次のテレビに出た時のネットの反応が楽しみだな」
「あ……あぅ、ううぁあ……ッ!!」
千早の不安をかき立てるような嗤い声が事務所いっぱいに響き渡る。
テレビでは引き続き、クイーンとなった千早の華麗な戦績が取り上げられている――負け知らず、最強、との謳い文句が躍る画面の中とは打って変わって、今の千早は負け犬そのものの雑魚面だ。
「じゃ、最後の文字だ……」
そんな千早に嗜虐心をそそられて、野間は千早にわざと痛みを感じさせるように針を突き立てる。
「ぃぎ……!!」
身体が跳ねそうになるが、睨みをきかせる九鬼への恐怖で押し留まる。
ようやく四文字を彫り終えて野間が離れると、すかさず男たちが千早の顔を覗き込む。
「……っぷ」
「くくくっ……」
「っははは!! ひでぇ顔!!」
入れ墨を彫られている最中の悪意たっぷりの忍び笑いとは違う爆笑が事務所を満たす。
ヒイヒイと笑いながら腹を抱える者や、涙を流す者までいる始末。彼らの嗤いに晒されて千早は消え入りたい気分だというのに、九鬼は鏡とともに現実を突きつける。
「あぁ……っ……!!」
入れ墨を彫られたばかりの自分の顔に、千早は絶望の声を漏らす。
哀れに泣き腫らした千早は何度も鼻水を垂らした。ぬぐってもぬぐっても溢れてくる鼻水のせいで鼻の下はテカテカ光っていて、まるで入れたばかりの入れ墨にスポットライトを当てているよう。
「……あ……」
入れ墨は黒一色。
鼻の下、唇の上の限られたスペースいっぱいに刻まれた『ケツ毛女』の文字は存在感抜群で、千早の美貌が目に入らないほどだ。
「あ、あぁっ……!」
白い肌、色素の薄い髪の毛に対し、入れ墨の黒文字はよく目立つ。
どんな人であっても、千早の鼻下に入れられた不名誉な入れ墨に注目してしまうだろう――こんな姿でテレビに映れば、間違いなく「ケツ毛女」は千早を示す代名詞となる。
「ああぁあああ……っ!!」
これまでと同じようには生きていけないのだと悟って、千早は慟哭の声を上げる――。