マリカー対決は、僕が少し負け越した。
自分の提案したゲームで負けるなんてとは思うが、隣に全裸の藍がいて集中できなかったのと、藍が思いのほか上手かったのが敗因だ。
時計を見ると、22時半を少し回ったところだった。くだらないことに随分時間を使ってしまった。
藍は「次はどうしますか」という顔だ。僕は考え込んだ。マリカーは悪手だったとして、奴隷らしいこと、奴隷らしいこと……って、なんだろう?
僕は、ちょうどそのタイミングで喉の渇きを感じた。僕はそうだ、と思い立った。
「藍、ちょっとこっちに来て」
僕は藍を手招きし、カーテンを開けて部屋の外を指差した。藍と一緒に、窓の外を見る。
窓からは、家の前の道が一望できた。車一台がやっと通れるくらいの狭い道で、街灯もまばらでかなり暗い。そして、真正面には自動販売機がある。
僕は藍を見ながら悪戯っぽく笑った。
「お金渡すから、あの自販機で飲み物を買ってきて」
そう言いながら僕は、藍に百円玉を三つ手渡した。
これまで、藍は僕のどんな命令にも従ってきた。羞恥心を欠片も見せることはなかった。しかし、全裸で外に出るなんて命令は、さすがに聞けないはずだ。
かなり遅い時間の人通りの少ない住宅街とはいえ、人が通るときは通る。そうでなくても、近所の家から外を見ていないとも限らないし、昨今は監視カメラの付いている建物も珍しくない。
いくら藍と言えど、こんな命令は聞けないはず……だったのだが。
「はい、分かりました」
藍はあっさり頷くと、お金を受け取って部屋を出て行こうとする。僕は慌てて止めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
藍は僕の声にすぐに足を止めて振り返った。きょとんと首を傾げている。
「なんでしょうか?」
「なにって……外に出るんだよ? 裸で」
「それがなにか」
「いやいや……」
さすがに、言葉の通じない宇宙人と会話をしている気になってきた。僕は泡を食ったようにまくしたてる。
「夜とはいえ、誰かに見られるかもしれないんだよ? 恥ずかしいでしょ?」
「? そんなことないですけど」
藍は平然とそう言う。
「ご主人様の所有物を周りの人に見られて、恥ずかしいなんて思いません。むしろ誇らしいです」
「……」
この子には、常識は通用しない。そのことに、もっと早く気付くべきだった。僕は後悔したがもう遅い。
「ご主人様は、何を飲まれますか?」
「……お茶で」
「それなら、300円もいらないですよ」
「……藍の分も買ってきて。好きなのを選んでいいから」
「はーい」
藍は元気に部屋を出て行った。
玄関の方から、ドアが開いて閉じる音が聞こえる。僕は、部屋の窓を開けて家の前を覗き込んだ。
僕を適当に誤魔化して、服を着て出て来てくれればどんなによかっただろうか。藍は、相変わらずの全裸に靴だけ履いて、家の前を歩いていた。
幸い、周囲に人の影は見えない。しかしそうだとして、もっとてきぱき歩けばいいものを、藍はのんびりとしたペースで歩いている。
ドキドキする心臓を押さえながら眺めている間も、藍は大きな胸を揺らしながらてくてくと自販機に向かって歩いていく。
ようやく、自販機の前にやってきた。やはりのんびりとした動作でお金を入れ、飲み物を選んでいる。
遠くの方で車の音が聞こえた。僕は思わず身構えるが、藍の手はいまだに飲み物が決まらずに宙をさまよっている。
車は、手前の角で曲がってくれたようだ。音は遠のいていく。僕は胸をなでおろした。
ようやく、藍は飲み物を一本買った。続いてもう一本買おうと自販機を眺めている。
早く、早く帰ってきてくれ。そう僕が祈る中、藍はもう一本は買わずに戻ってきた。歩くペースはやはり遅い。
いつ、誰が通りかかってもおかしくない。僕は気が気でなかった。
玄関から、ドアが開く音が聞こえた。トントントン、と階段を上る音がして、藍が戻って来る。部屋のドアを開けて、ペットボトルを片手に全裸の藍が姿を見せる。
「ただいま戻りました」
「お、おかえり」
僕はドキドキが収まらない中、藍を労う。藍が差し出したウーロン茶を受け取ってから、僕は藍に尋ねた。
「なんで一本しか買ってこなかったの?」
僕は、「ご主人様の分だけで十分です」のような回答を期待していた。
しかし、藍は笑顔で僕に向かって右手を差し出した。
「飲みたいジュースが持ってたお金だと足りなくて。あと十円だけもらえませんか?」
僕は十円玉を渡して、信じられない思いで藍を見送った。
適当なものを買ってくればよかったものを、僕の「好きなものを買ってこい」という命令を忠実に守って、もう一度全裸で外に出て行くなんて。
僕は藍が再び帰ってくるまで、生きた心地がしなかった。軽い気持ちであんな命令をしてしまったことを、僕は心の底から後悔した。