某国の麗しい王が、獣人(ビースト)のザーメンを注がれて、メス化しちゃってたっくさん孕ませられるよ!エッチだね!()

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ビーストに孕まされたいのっ!

「ビーストに孕まされたいのっ!」

 

第一章 幼少期の神隠し

 

その夜、森は泣いていた。

風が木々の梢を撫でるたびにざわざわと葉が震え、まるで森全体がすすり泣いているかのようだった。月は雲の間から冷たい光を落とし、苔むした地面に青白い影を描いている。

六歳のアルスは、裸足のまま森の奥深くを歩かされていた。

 

「早く行け。振り返るな」

 

背後から父の声が聞こえた。低く、硬い、石のような声。アルスは振り返りたかったが、父が「振り返るな」と言ったので、必死に前を向いて歩いた。小さな足は木の根に何度もつまずき、そのたびに手のひらを地面について泥だらけになった。白い寝間着はすでに泥と小枝で汚れ、頬には涙の跡が幾筋も走っている。

なぜこんなことになったのか、アルスにはわからなかった。

あの日の昼、アルスは母の形見である青いリボンを髪に結んでいた。鏡の前に立って、くるりと回ってみた。ふわりと髪が舞いリボンが蝶のように揺れる。その姿を見た父が、突然顔を歪めたのだった。

 

「なんだその格好は」

「お父様、ねえ、お母様のリボンだよ、きれいでしょ!」

「……女のような真似をするな」

 

父の目には、明らかな嫌悪があった。アルスは知らなかったが、父である前王はアルスの美貌が成長するにつれ、ますます女児のように映ることに耐えられなくなっていた。ふっくらとした頬、長い睫毛透けるように白い肌。跡取りとしての強さもたくましさも感じられない。自分の血を引く男児が、まるで人形のように美しい。それが王としての誇りを傷つけた。

 

「おまえは要らない」

 

そう言い放った父の言葉がアルスの胸に突き刺さっていた。要らない。要らない。要らない。その言葉だけが、頭の中でぐるぐると回っている。

 

(僕が悪かったの? リボンをつけたから?)

 

森はどんどん深くなる。木々は高く、太く、空を覆い尽くすように枝を広げていた。夜の森は、アルスが想像していたよりもずっと暗くずっと冷たかった。

 

「う……うぅ……」

 

泣いてはいけないと思った。父は泣く子が嫌いだったから。でも、涙は勝手にこぼれた。声を殺して肩を震わせながら、アルスは歩き続けた。どこに行けばいいのかもわからないまま。

やがて、背後から父の足音が遠ざかっていくのが聞こえた。そして、馬の嘶きと蹄の音。父は馬に乗って王宮へ帰っていくのだ。

 

「お父様……!」

 

思わず振り返った。遠く木々の間に父の馬の後ろ姿が見えた。しかし父は一度も振り返らなかった。闇に溶けていくその姿を、アルスは涙でにじんだ目で見送った。

やがて、森は完全な静寂に包まれた。

風の音だけが、アルスの小さな世界に響いている。彼はその場にぺたりと座り込み、膝を抱えた。夜露が寝間着を湿らせ冷たさが骨の髄まで染み込んでくる。

 

「……こわい」

 

ぽつりと呟いた。声は誰にも届かない。森は広く、深く、そして暗い。

 

(ここで、僕は死ぬのかな)

 

六歳の子どもが、そう思うには十分すぎるほど森は冷たく、そして孤独だった。

 

それから、夜が明けた。

木々の隙間から差し込む朝陽がアルスの頬を温めた。一晩中泣き続けた彼の目は腫れ上がり、喉は渇ききっていた。腹も空いていた。しかしそれ以上に、彼は恐怖に包まれていた。

 

(ここはどこなんだろう)

 

立ち上がって周りを見渡す。見たこともない巨木が幾重にも重なり、その根元には見たこともない草花が咲き乱れている。鳥の声、虫の声そして遠くから聞こえる獣の遠吠え。すべてがアルスにとって未知のものだった。

 

「帰りたい……」

 

呟いた声は震えていた。王宮に帰りたいわけではなかった。ただ、安心できる場所に帰りたい。母の面影が残る自分の部屋に。温かいベッドに。でもその場所はもう、父によって奪われてしまった。

アルスはあてもなく歩き始めた。木の実を探そうとしたが、どれが食べられるのかわからない。川を探そうとしたが、水音はどこから聞こえてくるのかもわからない。六歳の子どもが一人で生き延びるには、森はあまりにも広く厳しかった。

昼が過ぎ、夕暮れが近づいてきた頃だった。

背後で、がさり、と音がした。

アルスは振り返った。そして、息が止まった。

 

そこにいたのは、彼が見たこともない生き物だった。

体は人間よりも一回り大きく、灰色がかった肌には短い体毛がびっしりと生えている。筋肉質な体躯、太い手足鋭い爪。顔は獣と人の間のようで、大きな瞳がぎらりと光っていた。口の端からは牙が覗いている。そして何より——股間には、異様に大きなものがぶら下がっていた。アルスはそれが何なのかはわからなかったが、本能的な恐怖を覚えた。

 

(ビーストだ)

 

王子として育てられたアルスは、幼い頃からビーストの話を聞かされていた。国境の森に棲む獣人。各村に侵入しては老若男女を問わず孕ませ、いつの間にかコロニーを築いて侵略する。五百年前にはこの大森林のあたりにも村があったが、今ではビーストとその孕み袋となった者たちだけが住む森になってしまった——そんな話を、アルスは乳母から何度も聞かされていた。

 

「や……やだ……」

 

アルスは後ずさった。しかし足がもつれて転んでしまう。ビーストが一歩、また一歩と近づいてくる。その瞳はアルスをじっと見つめていた。恐怖で声も出ない。涙だけがぼろぼろとこぼれ落ちる。

 

(食べられる。殺される。あるいは——もっと恐ろしいことに)

 

アルスは目をぎゅっと閉じた。ビーストがすぐ目の前まで来ているのが気配でわかる。荒い呼吸、獣の匂い、地面を踏みしめる重い足音。

しかし——来るべき衝撃は、いつまで経っても訪れなかった。

代わりに、アルスの身体がふわりと持ち上げられた。

 

「……っ」

 

恐る恐る目を開けると、ビーストがアルスを抱き上げていた。その腕は意外なほど優しく、壊れ物を扱うかのように慎重だった。ビーストは低く喉を鳴らし、アルスの匂いを嗅ぐように鼻を近づける。アルスは恐怖で身を硬くしたが、ビーストの腕の中は思いのほか温かかった。

ビーストはアルスを抱えたまま森の奥へと歩き始めた。アルスは必死に抵抗しようとしたが、六歳の子どもの力ではビーストの腕を振りほどくことなどできなかった。

 

「はなして……! たすけて……!」

 

叫んでも、森はただこだまするだけだった。やがてアルスは疲れ果て、ビーストの腕の中でぐったりと力を失った。

どれほど歩いただろうか。ビーストはアルスをある洞窟の中に運び込んだ。洞窟の中は外よりも暖かく、乾いた苔が敷き詰められている。ビーストはアルスをその上にそっと降ろした。そして、自分の身体を丸めアルスを囲むように横たわった。

 

「……?」

 

アルスは混乱した。ビーストはアルスを食べようとはしなかった。殺そうともしなかった。ただ、自分の体温でアルスを温めている。まるで——守るかのように。

ビーストは低く喉を鳴らし続けていた。それは威嚇ではなく、何か安心させるような子守唄のような響きだった。アルスは恐る恐るビーストの顔を見た。大きな瞳がアルスを見つめている。その瞳には、アルスが王宮で見たことのない何かがあった。

 

(これは……なんだろう)

 

アルスは知らなかった。ビーストは繁殖対象が成体になるまでの間、あらゆる種族の幼体を同族とみなし本能的に保護する習性があるのだ。単性動物であるビーストは、コロニーを維持するために幼体を育てる必要がある。ゆえに、幼い子どもを見つけると種を問わず保護し、生殖可能な年齢になるまで育てる。それがビーストの本能だった。

ビーストはゆっくりと起き上がると、洞窟の外へ出て行った。アルスは逃げようかと思ったが、足が動かなかった。恐怖と疲労と空腹で身体が言うことを聞かない。

やがてビーストが戻ってきた。口には木の実と、何かの果肉を咥えている。それをアルスの前に置くと、また丸くなってアルスを見つめた。

 

「……たべろ、ってこと?」

 

ビーストは答えない。ただじっと見ている。

アルスは恐る恐る木の実を手に取った。口に入れると、甘酸っぱい味が広がった。空腹だったアルスは夢中でそれを食べた。ビーストはその様子を見て、また低く喉を鳴らした。満足げな響きだった。

 

(このビーストは……私を食べないのかな)

 

食べ終わるとビーストはアルスの身体を自分の胸元に引き寄せた。毛皮の温もりがアルスの冷えた身体を包み込む。外では夜の森がざわめいていたが、ビーストの腕の中は驚くほど静かで安全だった。

アルスはビーストの胸に頬を寄せながら、ぼんやりと考えた。

 

(お父様に捨てられたのに……ビーストが私を拾った)

 

その矛盾が、六歳のアルスには理解できなかった。ただビーストの鼓動が聞こえる。トクン、トクンという規則正しい音。その音が、アルスを安心させた。

 

「……あったかい」

 

ぽつりと呟くと、ビーストの腕が少しだけ強くアルスを抱きしめた。その夜、アルスは久しぶりにぐっすりと眠った。父に捨てられた夜から、初めての安眠だった。

そして、これがアルスとビーストの三年間の始まりだった。

 

三日目の朝、アルスは初めて自分の意思でビーストの腕の中から抜け出した。

洞窟の外に出ると朝の光が森全体を金色に染めていた。昨夜の雨で濡れた葉がきらきらと輝いている。アルスは大きく背伸びをした。身体中がまだ少し痛むが、不思議と気分は悪くなかった。

 

「おはよう」

 

振り返ると、ビーストが洞窟の入り口に座ってアルスを見つめていた。低く喉を鳴らすその声は、今ではもう恐怖ではなくなっている。

アルスは少しだけ笑った。父に捨てられてから初めての笑顔だった。

ビーストは立ち上がると、また森の奥へと消えていった。しばらくすると、今度は木の実だけでなく川で捕まえた魚をくわえて戻ってくる。アルスは生の魚を見て最初は顔をしかめたが、ビーストが器用に石で火を起こすのを見て驚いた。

 

(火が使えるんだ)

 

ビーストは言葉こそ話さないものの身振りと喉を鳴らす音でアルスにさまざまなことを教えた。どの木の実が食べられるか。どこの水が安全か。どうやって暖をとるか。アルスはそれを貪欲に吸収していった。王子としての教育よりもずっとずっと、この森の知恵はアルスにとって新鮮でそして何より——自由だった。

王宮ではいつも誰かが見ていた。「もっと背筋を伸ばしなさい」「その歩き方は王族らしくない」「言葉遣いが乱れている」——乳母も家庭教師も父の臣下たちも、みんなアルスに何かを求めていた。完璧な王子であることを。未来の王としてふさわしい振る舞いを。

でも、ここには誰もいない。ビーストだけだ。そしてビーストはアルスに何も求めなかった。ただそばにいて、食べ物を与え温めてくれる。それだけだった。

 

「……僕、ここにいていいのかな」

 

五日目の夜、アルスは焚き火を見つめながら呟いた。ビーストはアルスの隣で丸くなっている。その問いに答えるように、ビーストは低く喉を鳴らした。その音が「いいんだ」と言っているような気がして、アルスはまた少し笑った。

一週間が過ぎた。

アルスはビーストと一緒に森を歩き回るようになっていた。ビーストの背に乗って川を渡り、ビーストが木から落とした果物をキャッチする。そんな遊びを繰り返すうちに、アルスの頰はこけ肌は陽に焼けて少しだけたくましくなった。

王宮にいた頃のように毎日風呂に入ることはできない。でも、川で水浴びをすれば十分だった。服は汚れ破れ、そのうちビーストがどこからか持ってきた獣皮をまとうようになった。まるで森の子だ。

 

「みて、これ!」

 

アルスは川で拾ったきれいな石をビーストに見せた。ビーストはその石を手に取ると、光に透かして喉を鳴らした。ほめられている気がして、アルスは嬉しくなった。

言葉は通じない。でも、不思議とコミュニケーションは取れていた。ビーストの喉の鳴らし方にはいくつものバリエーションがあって、アルスはそれを聞き分けられるようになっていた。短く三度鳴けば「おいで」。長く低く鳴けば「だいじょうぶ」。そしてアルスがビーストの頭を撫でるとき、ビーストは目を細めてとても高く喉を鳴らす。それが「うれしい」のサインだと、アルスはすぐに覚えた。

 

(この子は……僕のことを大切にしてくれてる)

 

そのことに気づいたとき、アルスの胸はじんわりと温かくなった。父はアルスを捨てた。でもビーストはアルスを受け入れた。理由もわからないまま、ただ受け入れてくれた。人間の言葉も話せない獣人が、今のアルスにとっては誰よりも優しい存在だった。

 

一ヶ月が過ぎた頃には、アルスはビーストに名前をつけていた。

 

「あなた」

 

それが、アルスがそのビーストを呼ぶ名前だった。だって他のビーストと区別するには、そう呼ぶしかなかったから。

 

「あなた、今日はどこに行くの?」

「あなた、これ食べられる?」

「あなた、こっちにおいで」

 

ビーストは「あなた」と呼ばれるたびに、少しだけいつもより高く喉を鳴らした。名前を理解しているのかはわからない。でもアルスはそう信じたかった。

 

季節がひと巡りし、二年が過ぎた。

アルスは八歳になっていた。身長は伸び、手足も少し長くなった。でもそれ以上に彼の心は大きく変わっていた。もう王宮に帰りたいとは思わない。王になりたいとも思わない。ただ、この森でビーストと一緒に暮らしていたい。

 

(ここが、私の居場所なんだ)

 

そう思えるようになるまでに、二年かかった。

ある日のことだった。アルスが一人で川で水浴びをしていると、遠くから何かの気配がした。

 

(なんだろう?)

 

振り返ったがそこには誰もいない。でも気配は続いている。アルスは好奇心から、気配のする方へと歩いていった。茂みをかき分け、倒木を越えしばらく進んだところで——アルスは足を止めた。

 

(あれは……)

 

大きな古木の洞の前でビーストが二匹いた。いや、正確にはビーストともう一匹——人間だった。ぼろぼろの服をまとった、まだ若い男の人。その人はビーストに後ろから抱きかかえられるようにして、何かをされていた。苦しそうなのか気持ち良さそうなのか、アルスには判断がつかない。ただその人の口からは、あえぐような声がもれていてそして——。

 

(あの顔……)

 

アルスは息をのんだ。その人の顔は苦痛にゆがんでいるようには見えなかった。むしろ——深く安心しきった、とろけるような表情だった。目は閉じられ口元はうっすらと笑っているようにも見える。何かにすべてを委ねきったような、そんな顔。

アルスの胸が、どきりと鳴った。

 

(なんで……怖くないのかな。ビーストに、犯されてるのに……)

 

でもその顔は、アルスが知っているどんな表情よりも幸せそうに見えた。王宮にいた頃、誰かがあんな顔をしているのを見たことがない。父も、臣下も召使いも、みんな何かに追われるように眉をひそめて生きていた。でもあの人は違う。何もかもを手放して、ただその瞬間に浸っている——。

 

(……きれいだ)

 

そう思った自分に、アルスは戸惑った。なぜきれいだと思ったのか、八歳のアルスには説明できない。でも胸の高鳴りは本物だった。

アルスは音を立てないようにその場を離れた。洞窟に戻ると「あなた」が待っていた。アルスは何も言わずに「あなた」の胸に飛び込んだ。どきどきと鳴る心臓の音を、「あなた」に聞かれているような気がした。

 

「……あなたは、私にもあんなことするの?」

 

ビーストは答えない。ただ低く喉を鳴らして、アルスの髪を撫でた。その手の感触がアルスにはとても優しく感じられた。

 

(もしあなたがそうしたいなら……私は……)

 

そこまで考えてアルスは首を振った。まだ八歳だ。何もわかっていない。でも、わからないなりに胸の奥で何かが少しだけ動いたのを感じていた。

 

その出来事は、三年目の春だった。

アルスは九歳になっていた。森の生活にもすっかり慣れ身体つきも少しだけたくましくなった。朝は鳥の声で目を覚まし夜はビーストの腕の中で眠る。そんな日々がずっと続くと思っていた。永遠にこのまま、静かで温かい時間が続くのだと信じていた。

その日は朝から空が濁っていた。遠くで雷が鳴り森全体がざわめいている。アルスはなんとなく落ち着かず、ビーストのそばを離れなかった。

 

「あなた、今日はどこにも行かないで」

 

ビーストは低く喉を鳴らしアルスの頭を撫でた。その手はいつもと変わらず優しかった。でもアルスは知っていた。ビーストの耳がずっと森の一点を向いていることを。何かが近づいていることを、ビーストはもう察していたのだ。

夕暮れ近くになって、それは起きた。

遠くから馬の蹄の音が聞こえた。複数の足音。金属がぶつかる音。アルスはその音を知っていた。王宮の近衛兵の鎧の音だ。

 

「……なんで」

 

アルスの顔から血の気が引いた。ビーストが立ち上がりアルスの前に出る。背中の毛が逆立ち低く唸り声をあげた。威嚇の声。アルスが初めて会ったときとは違う、本物の殺意を孕んだ声だった。

 

「だめ……!」

 

しかし遅かった。茂みを割って十数人の近衛兵が姿を現した。全員が剣を抜いている。その先頭に立っていたのはアルスも見知った顔だった。父の側近だった男だ。

 

「アルス様……! ご無事でしたか!」

 

男の声は演技がかっていた。アルスはそれを聞いて震えた。この男が、父がアルスを捨てたことを知らないはずがない。それでも「ご無事でしたか」と言う。王宮の論理。誰も本当のことを言わない世界。

 

「私は……ここにいたい」

 

アルスの声は震えていたが、まっすぐに前を見ていた。近衛兵たちの顔に一瞬の戸惑いが走る。しかしすぐに元の冷たい表情に戻った。

 

「何をおっしゃいます。アルス様は王族の血を引く御方。こんなところに置いておくわけにはいきません」

 

「私はここがいいの!」

「その獣をどけなさい」

 

男が命じた。近衛兵たちが一斉に前に出る。ビーストが低く吠えた。アルスは必死でビーストの腕にしがみついた。

 

「やめて! この人は私を守ってくれたの! あなたたちよりずっと……!」

 

しかしその言葉は届かなかった。近衛兵の一人が槍を突き出した。ビーストはそれを素早く避け、反撃に前に出る。その瞬間——別の兵が背後から剣を振り下ろした。

刃はビーストの額を斜めに走った。

 

「あっ……!」

 

ビーストの悲鳴。アルスは今まで聞いたことのないその声に全身が凍りついた。血が噴き出す。ビーストの顔が、赤く染まっていく。それでもビーストはアルスを守ろうと前に立ち続けた。額から血を流しながら、低く唸り続けている。

 

「あなた……! やめて、もう戦わないで……!」

 

アルスは叫んだ。でもビーストは止まらない。アルスを守ることだけを本能が命じている。それがどんなに傷ついても。

そして——アルスの背後から近衛兵が回り込んだ。

 

「アルス様、失礼いたします」

 

強い腕がアルスの身体を抱き上げた。アルスは必死にもがいた。手足をばたつかせ叫び続けた。

 

「はなして! あなた! あなた!」

 

ビーストがアルスの名を呼ぶ声を聞いた気がした。でもそれは喉を鳴らす音で言葉ではなくて。それでもアルスにはわかった。あの声が「行くな」と叫んでいることを。

近衛兵たちはアルスを抱えたまま森を駆け抜けた。馬に乗せられ王宮へと連れ戻される。アルスは振り返り続けた。首が痛くなるほどに。森の奥に消えていくビーストの姿を。額から血を流しながら、それでもアルスを追おうとしているその姿を。

 

「ああっ……!」

 

アルスの叫びは森にこだました。木々がその声を吸い込み、やがて何も聞こえなくなった。遠ざかる森。遠ざかるビースト。遠ざかる——たった一人の、アルスの味方だった存在。

 

「いやだ……いやだ……!」

 

涙が頬を伝う。三年間、一度も泣かなかったアルスが声を上げて泣いた。父に捨てられたときよりも、ずっと大きな声で。

王宮に戻ったアルスを待っていたのは、きらびやかな部屋とたくさんの使用人だった。みんなが頭を下げ「お帰りなさいませ」と言う。でも誰一人として、アルスの涙を拭おうとはしなかった。

 

「お父様は……?」

 

アルスは搾り出すように聞いた。側近は少し躊躇してから答えた。

 

「前王陛下は……昨年、ご逝去されました」

 

アルスはその言葉を聞いて、何も感じなかった。悲しくもなかった。ただ、ああそうかと思っただけだった。父はもういない。でも父がアルスにしたことは消えない。森に捨てたことも。ビーストから引き離したことも。

その夜、アルスは広いベッドの中で一人天井を見つめていた。柔らかいシーツ。温かい毛布。でもどこも冷たく感じる。ビーストの腕の温もりが恋しかった。低く喉を鳴らすあの声が聞きたかった。

 

(……私はここにいるよ)

 

アルスは胸の前で手を握りしめた。ビーストの額に走った十字の傷が、目に焼き付いて離れない。

 

(ごめんね。私のせいで。私がいたから、あなたは傷ついた。あなたにもう一度会いたい。あなたに抱かれたい。あなたのそばにいたい)

 

その願いを、アルスは誰にも言えないまま深く深く胸の奥にしまい込んだ。鍵をかけて。蓋をして。二度と開かないように。

それでも——夜になるたびに夢に見る。額に十字の傷を持つビーストの姿を。低く喉を鳴らすあの声を。そして、自分を守ろうと前に立ち続けたその背中を。

アルスの王としての日々が、ここから始まった。

王宮に戻された九歳のアルスは、まず「王子」としての再教育を施された。

言葉遣い。歩き方。食事の作法。剣術。歴史。政治。臣下への接し方。民への態度。すべてがアルスを「王」にするためのものだった。アルスはそれらを拒まなかった。むしろ従順に、ほとんど機械的に教えられたことを吸収していった。かつて森でビーストに教わった木の実の見分け方や川の渡り方を、王宮の教師たちは知らなかった。アルスはそれを誰にも話さなかった。話せばまた、あのビーストのことが思い出されるから。

十五歳のとき、アルスは王として即位した。

戴冠式の日、広間には貴族も臣下も民の代表も集まり皆がアルスの美しさに息をのんだ。銀色の髪に透けるように白い肌、長い睫毛の奥に宿る碧い瞳。その姿はまさに絵画のように整い、しかし同時にどこか冷たく近寄りがたいものがあった。誰かが囁いた。「前王に似てきたな」と。アルスはその声を聞き逃さなかった。父に似ている——それはアルスにとって最も忌まわしい呪いの言葉だった。

即位してからの日々は、重圧の連続だった。

毎朝、アルスは早くに目を覚ました。眠りの浅い夜が続き、目の下には常に薄い隈が浮かんでいた。鏡を見るたびに映る自分の顔がやせ細っていくのがわかった。しかし臣下たちは誰もそれを指摘しなかった。王が弱っていると認めることは王権を損なう。誰もがそう思っていた。アルスもそれを知っていた。だから笑顔を作ることを覚えた。氷のように冷たい笑顔を。

ビースト族はアルスの治世に入っても侵攻を続けていた。国境の村がひとつ、またひとつとコロニーへと変わっていく。報告を受けるたびにアルスの眉間には深い皺が刻まれた。胃のあたりがきりきりと痛んだ。夜になると書庫にこもり、ビーストに関するあらゆる文献を読み漁った。駆除の方法。防衛の方法。根絶の方法。だがページをめくるたびに、アルスの脳裏にはあの温かい腕の感触がよぎった。低く喉を鳴らす声が聞こえた。額に走る十字の傷が、目に焼き付いて離れなかった。

アルスは酒を飲むようになった。少量ではあったが毎晩欠かさずに。酒の味は好きではなかった。だが酔いが回ると、ほんの少しだけビーストの腕の中にいたときの温かさを思い出せた。記憶がぼやけ、輪郭が柔らかくなる。それが唯一の慰めだった。そして朝が来れば、また氷のような表情を作り王として振る舞う。その繰り返しだった。

二十四歳になったアルスはかつての少年の面影を残しつつもすっかり大人びていた。背は高く、肩幅も広がり身体つきはがっしりとしていた。しかしその瞳の奥には常に何か冷えたものが宿っていた。感情を殺し、義務だけを糧に生きる人間の目だった。

臣下たちはアルスを「理想の王」と評した。決断は早く、政策は的確で民への施しも怠らない。しかし誰一人として、アルスの心に触れた者はいなかった。アルスが誰にも心を開かないことを、皆は「孤高の王」と美化した。だが実際は違った。アルスはただ、心を開くことを忘れていた。開くべき相手が、この王宮にはいなかった。唯一心を開いた相手は、九歳のあの日森の奥に消えていった。

ビースト完全討伐の遠征が決まったのはそんなある日のことだった。

国境の村が三つ同時にコロニー化された。報告書を読んだアルスの手はわずかに震えていた。臣下たちは口々に「今こそ駆逐のご決断を」と迫った。アルスはしばらく黙っていた。窓の外では雨が降り続いていた。雨音がやけに大きく響いた。アルスは目を閉じた。まぶたの裏に、あの額の傷が浮かんだ。三年間アルスを守り続けたビースト。アルスが「あなた」と呼んだ、たった一人の存在。

 

(あなたを、殺せと?)

 

心のどこかで声がした。しかしアルスはそれを無視した。目を開けると、冷たい声で「遠征を決行する」と告げた。臣下たちが安堵の息を漏らす。アルスはその場を立ち去り自室へ戻った。部屋の扉を閉めた瞬間、アルスは壁に手をつき深く息を吐いた。胃が痛んだ。指先が冷たかった。だが表情には何も出さなかった。泣き方さえ忘れた男の顔だった。

遠征の前夜、アルスは一人で剣を研いだ。近衛兵たちは「王自ら研ぐことはありません」と言ったが、アルスは聞かなかった。剣を研ぐ手は正確で、無駄がなかった。しかしその手が時折止まった。刃に映る自分の顔を見つめながら、アルスは何度も何度も同じ問いを繰り返していた。

 

(あなたに会ったら、私はどうすればいい?)

 

答えは出なかった。出せるはずがなかった。アルスは剣を鞘に納めると、灯りを消した。暗闇の中で遠い昔の記憶だけが鮮やかに蘇る。森のざわめき。焚き火の匂い。低く喉を鳴らす声。そして——温かい、腕の感触。

その夜、アルスは夢を見た。額に十字の傷を持つビーストが、アルスに向かって手を伸ばしていた。アルスも手を伸ばした。だが指先が触れる直前、ビーストの姿が霧のように消えた。アルスは夢の中で叫んだ。声にならない叫びを。そして目を覚ましたとき、頬には一筋の涙が伝っていた。

アルスはそれを乱暴に拭うと、窓の外を見た。夜明けが近づいていた。遠征の朝だった。

 

【補遺 美しき王】

アルスの美貌は、王宮に戻された九歳の頃からすでに噂になっていた。

近衛兵たちが彼を連れ戻した日城中の使用人たちは揃って息をのんだ。泥に汚れ獣皮をまとったその姿でさえ、少年の美しさは際立っていた。三年間の森の生活で陽に焼けた肌の下には透き通るような白さが残り、長い銀色の髪は絡まりながらも絹のような光沢を放っていた。碧い瞳は深く澄みまるで森の湖をそのまま切り取ったかのようだった。

成長するにつれ、その美しさは磨かれる一方だった。

十五歳の戴冠式の日アルスは白と銀を基調とした王衣をまとった。肩まで流れる銀髪に碧眼、通った鼻筋薄く血色の良い唇。その姿を見た老貴族の一人は「まるで絵画から抜け出たようだ」と呟いた。別の者は「これほどの美を王族に宿す血筋があったとは」と感嘆した。だが誰一人として、その美しさがアルスにとって何を意味するのかを理解した者はいなかった。

アルスの美貌は、彼の父を狂わせた。

前王はアルスが生まれたときからその美貌に苛立ちを覚えていた。赤子の頃は「元気な男児だ」と喜んだ。幼児になると「美しい顔立ちだ」と誇った。しかし五歳を過ぎた頃から、その美しさは「女の子のようだ」という評価へと変わっていった。六歳になると、前王はアルスの顔を見るたびに顔を歪めるようになった。跡取りとしての威厳も強さも感じられない。自分の血を引く男児が、まるで人形のように美しい。それが王としての誇りを傷つけた。

森に捨てたあの夜、前王はアルスに「女のような真似をするな」と言った。アルスはその言葉の意味を長い間理解できなかった。リボンをつけたから? 髪が長かったから? それとも——ただ美しかったから?

王宮に戻ってから、アルスは自分の美貌が「武器」にも「呪い」にもなることを学んだ。

外交の場ではその美貌が相手の警戒を解くことがあった。諸国の使者たちはアルスの顔を見ると、その冷たい瞳の奥にある鋭さを見落とした。アルスはそれを利用した。美しさで油断させ、その隙に交渉を有利に運ぶ。それはアルスが身につけた処世術のひとつだった。しかし同時に、その美貌はアルスを常に孤独にした。

臣下たちはアルスを「美しい王」と呼んだ。だが誰も「美しい青年」とは呼ばなかった。アルスの美貌は常にどこか女性的で、それが人々に一種の距離感を抱かせた。アルスの隣に並ぶ者は誰もいなかった。美しすぎる王は、誰にも触れられない存在になった。まるで硝子細工のように、触れれば壊れてしまいそうな——そんな扱いを、アルスは幼い頃から受け続けてきた。

夜になると、アルスは鏡を見た。

そこに映る自分の顔は、かつてビーストと暮らした森の中では見たことのないものだった。あの頃のアルスは泥にまみれ髪はぼさぼさで獣皮をまとい、決して「美しい」とは言えない姿だった。それでもビーストはアルスを抱きしめ温めてくれた。美しさなど関係なかった。ただアルスという存在を受け入れてくれた。

 

(あの人は、私の顔なんて見ていなかった)

 

鏡の中の自分を見つめながらアルスは思う。王宮に戻ってから、誰もがアルスの顔を見る。美しいから。だから近づく。だから遠ざかる。でもビーストは違った。ビーストはアルスの匂いを嗅ぎ体温を確かめただただ「生きている」ことを喜んでくれた。美しさなど一切関係なかった。

アルスは鏡から目を逸らした。自分の美貌が嫌いだった。この顔のせいで父に捨てられた。この顔のせいで人々はアルスを「美しい王」としか見ない。この顔のせいで——アルスは誰にも本当の自分を見せられなくなった。

二十四歳になったアルスの美貌は、完成の域に達していた。

銀色の髪は腰まで届き光を受けると虹のようにきらめいた。碧い瞳は深く澄み時に氷のように冷たく時に湖のように静かだった。白い肌には一切の瑕がなく、薄い唇は言葉少なに引き結ばれている。その姿はもはや「美しい」という言葉では足りなかった。ある者は「神の造形」と称え、ある者は「魔性の美」と恐れた。

しかしその美貌の裏で、アルスの身体は静かに壊れ始めていた。

不眠と食欲不振。胃の痛み。酒への依存。それらは少しずつアルスの身体を蝕んでいた。頬は少しこけ肌の艶も失われつつあった。それでも臣下たちは誰もそれを指摘しなかった。王の美しさは王権の一部だった。その美しさが損なわれているなどと、誰も口に出せなかった。アルス自身もそれを知っていた。だからせめて外見だけは整えた。髪を梳き衣を正し姿勢を正す。まるで鎧をまとうように、美しさを身にまとう。それがアルスの戦い方だった。

遠征の前夜、アルスは鏡の前に立った。灯りの下で見る自分の顔は、以前よりもやつれていた。目の下の隈は隠しきれず頬の血色も悪い。それでもその美貌は失われていなかった。むしろ弱さが加わることで、その美しさはより危うくより儚く、より人を惹きつけるものになっていた。

アルスは自分の顔を見つめながら思った。

 

(この顔は、あなたに会うためにあるのだろうか)

 

ビーストはアルスの美しさなど覚えていないだろう。あの頃のアルスは泥だらけの子どもだった。それでもビーストはアルスを愛してくれた。その記憶だけが、アルスの美しさという呪いを少しだけ和らげた。そして同時に、その記憶はアルスをさらに苦しめた。あの無条件の愛をもう一度求めることが、どれほど贅沢でどれほど危険なことか。アルスは知っていた。

アルスは鏡に映る自分にそっと触れた。指先が冷たい硝子に触れる。その感触は、ビーストの温かい腕とはあまりにも違った。

 

(私は、この顔を捨ててもいい)

 

遠征の朝、アルスはそう心に決めていた。王としての美しさも威厳も名声も——すべてを捨ててでも、もう一度あの腕の中に帰りたい。その想いだけが、アルスを前へ進ませた。

 

遠征隊は三百人を超える大規模なものだった。

近衛兵に加え弓兵隊槍兵隊そしてビーストの動きを封じるための罠を携えた工兵隊。全員がアルスの指揮下に置かれ、国境を越え大森林へと向かった。道中アルスは馬上にありながらほとんど口を開かなかった。作戦会議では的確な指示を出し部隊の進行を完璧に管理したがそれ以外の時間は常に沈黙していた。近衛兵たちはそれを「王の威厳」と受け取った。誰もアルスの内面を問わなかった。

三日目の夕刻、部隊は大森林の手前にある最後の村に到着した。

かつては百戸ほどの住民がいたその村は、今や半分が廃墟と化していた。ビーストの侵攻によってコロニー化され、残った住民もすでに逃げ出した後だった。アルスは馬を降りると崩れかけた村の広場に立った。夕陽が傾き建物の影が長く伸びている。風が吹くたびに無人の家の扉が軋みを上げた。その音はまるで誰かの悲鳴のようにアルスの耳に響いた。

 

(ここも、あなたたちの場所になったのか)

 

アルスは知っていた。ビーストは侵略者ではない。彼らはただ本能に従って繁殖しコロニーを広げているだけだ。だが人間の側から見ればそれは侵略であり脅威だった。アルスは王としてその脅威から民を守らなければならない。しかし心の奥底では違う感情が渦巻いていた。この村がコロニー化されたということは——もしかしたらあのビーストもこの近くにいるかもしれない。その可能性だけでアルスの胸は痛むほどに高鳴った。

夜、アルスは天幕の中で一人地図を広げていた。

大森林の中心部。かつて五百年前に村があった場所。今はビーストとその孕み袋となった者たちだけが住む森。アルスが三年間を過ごした場所。地図には「危険区域」とだけ記され、詳細は空白だった。アルスの指がその空白をなぞる。指先がわずかに震えていることに、アルス自身も気づかないふりをした。

 

(私はあの森で育った。あの森で——愛された)

 

天幕の外から近衛兵の足音が聞こえた。交代の見張りだ。アルスは素早く地図を畳み灯りを消した。暗闇の中で目を閉じる。眠れるはずがなかった。心臓がうるさいほどに脈打っている。恐怖と期待と悲しみが混ざり合い、アルスの胸を締め付けた。

翌朝、部隊は大森林に足を踏み入れた。

森は十五年前と何も変わっていなかった。

巨木が空を覆うように枝を広げその根元には見たこともない草花が咲き乱れている。鳥の声虫の声そして遠くから聞こえる獣の遠吠え。すべてがアルスの記憶のままだ。アルスは馬を降り自らの足で森を進んだ。近衛兵たちが「危険です」と止めようとしたがアルスは聞かなかった。この森を歩くのは十五年ぶりだった。だがアルスの足取りには迷いがなかった。まるで自分の庭を歩くように、アルスは森の道を進んでいく。

木々の隙間から差し込む木漏れ日がアルスの銀髪を照らした。その姿はあまりにも美しく、そしてあまりにも儚く近衛兵たちは思わず息をのんだ。だが誰一人として声をかけることはできなかった。アルスの横顔があまりにも冷たく、そしてあまりにも悲しそうだったから。

部隊は森の奥へと進んでいった。

アルスはかつて自分が暮らした洞窟の方角を、本能的に把握していた。あの川この丘あの大木。すべてが記憶の中と同じだ。だが決定的に違うことがひとつあった。それは——ビーストの気配がどこにもないことだった。アルスが三年間過ごしたあの洞窟には、もう誰もいなかった。焚き火の跡もなく乾いた苔もなく、ただ冷たい岩肌が露出しているだけだった。

 

(いない。どこにも)

 

アルスの胸に鋭い痛みが走った。もしかしたらあのビーストはもうこの森にいないのかもしれない。死んだのか。別の森へ移ったのか。それとも——アルスのことを忘れてしまったのか。さまざまな想像がアルスの頭をよぎり、そのどれもがアルスの胸を締め付けた。

夕方になり部隊は森の中に野営地を設営した。

アルスは一人天幕を抜け出した。近衛兵が慌ててついてこようとしたがアルスは手を上げて制した。そのまま森の奥へと歩き出す。木々の間を縫うように進み、川を渡り倒木を越えていく。アルスは無意識のうちにあの場所へ向かっていた。初めてビーストと出会ったあの洞窟。そこにはまだ何かがあるかもしれない。そんな根拠のない確信がアルスを突き動かしていた。

森は夕暮れに染まり木々の間から差し込む光がオレンジ色に変わっていく。アルスは足を止めた。目の前にあの洞窟がある。十五年前と変わらないその姿。アルスの心臓が痛いほどに脈打った。指先が冷たくなる。喉が渇く。だがアルスは前に進んだ。洞窟の中に入る。中は薄暗く、ひんやりとしていた。

そのとき背後で、木の枝が折れる音がした。

アルスは振り返った。夕暮れの光を背に、巨体が立っていた。灰色がかった肌。短い体毛。筋肉質な体躯。下半身にぶら下がる巨大なもの。そして——額に斜めに走る十字の傷。アルスは息をのんだ。足が震えた。目が離せなかった。十五年の歳月を経て、そのビーストはアルスの前に立っていた。

アルスは声を出そうとした。だが喉が詰まって言葉にならない。涙がにじむ。視界が歪む。ビーストはゆっくりと一歩、また一歩と近づいてきた。その瞳はアルスをじっと見つめている。アルスの匂いを嗅ぐように鼻を鳴らし、そして——低く喉を鳴らした。

その音を聞いた瞬間、アルスの涙がこぼれ落ちた。

 

(あなたは、そう見間違うはず、ない——)

 

声にならない想いが胸を満たす。十五年間封印してきたすべてが溢れ出そうになる。アルスは必死にこらえた。だがビーストはもう目の前にいる。その手がゆっくりと上がり、アルスの頬に触れた。温かい。十五年前と同じ、あの温もり。

アルスは目を閉じた。もう何も考えられなかった。王としての立場も、遠征の目的もすべてが遠ざかっていく。ただこの温もりだけが現実だった。

森は静かに夜を迎えようとしていた。

 

ビーストの手がアルスの頬に触れた。その瞬間、アルスは十五年の歳月が一瞬で溶けていくのを感じた。温かい。この温もりをアルスは知っている。何度も夢に見た。この腕に抱かれて眠った夜を、アルスは一日たりとも忘れたことがなかった。

 

「あなた……」

 

ようやく声が出た。震えていた。涙が止まらなかった。アルスはビーストの手に自分の頬を押し当てた。この十五年、王として生きてきたすべてを投げ捨てるように。

しかし、ビーストの手が、アルスの頬から離れた。

アルスは目を開けた。ビーストはアルスを見つめていた。その瞳はかつてと同じく大きなものだった。だがその中にあるのは——困惑だった。

ビーストは首をかしげた。アルスの匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす。しかしすぐに鼻を離し、もう一度首をかしげた。アルスの顔をじっと見る。アルスの髪に触れようとして、その手が止まる。まるで何かを思い出そうとしているかのように。だが、思い出せない。ビーストの喉から漏れたのは、あの低く温かい音ではなかった。もっと短く、もっと乾いた警戒の音に近いものだった。

アルスの胸が、冷えた。

 

(違う)

 

アルスは自分の姿を顧みた。白銀の鎧。肩を覆う豪奢なマント。腰には王の剣。髪は香油で整えられ、身体からは王宮の香が漂っている。かつて泥にまみれ獣皮をまとっていた子どもとは、何もかもが違っていた。ビーストはアルスの顔を見ている。だが、そこにいるのは「アルス」ではない。「王」だった。ビーストはアルスを認識していなかった。

 

「私だよ……」

 

アルスの声は震えていた。ビーストは答えない。ただ警戒したように一歩後ずさる。その動きがアルスの心をえぐった。

 

「あなた、私を忘れたの……?」

 

ビーストの額には十字の傷。あの日、アルスを守ろうとしてつけられた傷。その傷がアルスを責めているように見えた。

 

(私が変わったから。あまりにも変わってしまったから。あなたは私がわからないのね)

 

アルスは自分の鎧に手をかけた。留め具を外そうとした。だが指が震えてうまく外れない。香の匂いが自分から漂っているのがわかった。この香がアルスの匂いを覆い隠している。かつてビーストが覚えた、あの森の匂いを。

 

「お願い……思い出して」

 

アルスは鎧の胸当てを外した。重い金属が地面に落ちる。続けて肩当てを外す。マントを脱ぎ捨てる。だがビーストはじっと見ているだけだった。その瞳に浮かぶのは、まだ困惑だけだった。

そのとき、ビーストが突然顔を上げた。森の奥の方角をじっと見つめる。アルスもつられてそちらを見た。遠くから声が聞こえた。近衛兵たちがアルスを探している声だった。

 

「アルス様——! アルス様——!」

 

ビーストの身体が強張った。耳が逆立ち喉から低い唸りが漏れる。その唸りはアルスが知っている威嚇の声だった。ビーストはアルスを守ろうとしているのではない。アルスの背後にいる何か——近衛兵たちに対して、警戒しているのだ。

 

「違う、彼らは……」

 

アルスは言いかけて止まった。ビーストはもうアルスを見ていなかった。近づいてくる足音と松明の灯りに、完全に注意を向けている。そしてアルスから一歩、また一歩と離れていく。

 

「待って……!」

 

アルスは手を伸ばした。だがビーストは素早く身を翻した。その動きはあまりにも速く、アルスの指は空を切った。ビーストは一瞬だけ振り返った。その瞳がアルスを映した。だが、それは「誰か」を見る目だった。かつて「アルス」を見た瞳ではなかった。

そしてビーストは、森の闇に消えた。

 

「待ってくれ!」

 

アルスの叫びは虚しく森に吸い込まれた。あとには冷たい夜の闇と、遠くから近づく近衛兵たちの足音だけが残った。アルスはその場に崩れ落ちた。地面に手をつき、肩を震わせた。涙が止まらなかった。十五年間、この日のために生きてきた。もう一度会えたら、あの温もりを取り戻せると信じてきた。なのに——ビーストはアルスを認識しなかった。

 

「なぜ……なぜ……」

 

アルスの手が地面を掻いた。泥が爪の間に入った。その泥の冷たさが、かつての森の生活を思い出させた。あの頃アルスは泥だらけだった。ビーストはアルスを抱き上げるとき、いつもアルスの匂いを嗅いだ。森の匂い。土の匂い。川の匂い。それらすべてがアルスだった。今のアルスからは、何も匂わない。王宮の香がすべてを覆い隠している。

近衛兵たちが到着した。アルスが地面に倒れているのを見て、慌てて駆け寄る。

 

「アルス様! ご無事ですか! 何かあったのですか!」

 

アルスは顔を上げた。涙で濡れた顔。だがその表情には、王としての冷たさが戻りつつあった。アルスは乱暴に涙を拭うと、立ち上がった。足元には脱ぎ捨てた鎧とマントが転がっている。

 

「何もない。少し、森の空気を吸っていただけだ」

 

声は震えていなかった。近衛兵たちは顔を見合わせたが、何も言わずにアルスの鎧を拾い上げた。アルスはそれを受け取ると、手早く身につけた。鎧の重さがアルスの身体にのしかかる。だがそれはもう、ただの金属の重さではなかった。アルスがアルスであるための、呪いの重さだった。

天幕に戻ったアルスは、剣を研いだ。

その手は正確で無駄がなかった。だが時折、動きが止まった。アルスの脳裏にはビーストの困惑した瞳が焼き付いていた。あの目。何かを思い出そうとして、思い出せない目。アルスのことを知っているはずなのに、知らない目。

 

(あなたは、私のことを覚えていた。でも私が変わってしまったから、わからなくなったのね)

 

アルスは剣を置いた。自分の手を見る。白く細い、王の手。この手はもう木の実を拾うことも川で魚を捕ることも知らない。この手はただ、剣を握ることだけを覚えてしまった。

 

「私が……私が悪いのだ」

 

アルスは呟いた。誰にも聞こえない声で。

 

「私が変わってしまったから。王になってしまったから。あなたの知っているアルスじゃ、なくなってしまったから」

 

天幕の外では近衛兵たちが焚き火を囲んでいた。笑い声が聞こえる。アルスはその笑い声から遠く離れた場所にいた。かつてビーストと過ごした三年間。あの日々はもう、戻らない。アルスはそれを痛いほどに理解していた。

その夜、アルスは眠らなかった。眠れなかった。目を閉じれば、ビーストの困惑した顔が浮かぶ。目を開ければ、天幕の天井がアルスを見下ろしている。どちらもアルスを苦しめた。朝が来るのが怖かった。朝が来れば、またビーストを探さなければならない。だが、見つけたところで——ビーストはもうアルスを知らない。

それでもアルスは、探すことをやめられなかった。

 

(もう一度、あなたに会いたい。あなたに私だと気づいてほしい。たとえそれが、どんなに遠い願いでも)

 

アルスは胸の前で手を握りしめた。かつて青いリボンを握りしめた、あの手で。リボンはもうない。だがその感触だけは、アルスの手のひらに残っていた。

 

アルスは夜明け前の闇の中を一人で歩いていた。

天幕を抜け出すとき、近衛兵たちは眠っていた。焚き火のそばで交代の見張りが一人、首を揺らしている。アルスは音もなくその横を通り過ぎた。鎧は身につけていなかった。マントも脱ぎ捨てた。ただ薄い衣一枚と、腰の剣だけを携えてアルスは森の奥へと足を踏み入れた。香は落とせなかった。王宮で染みついた匂いは、水で洗っても落ちなかった。それでもアルスは、せめてもの抵抗として泥を手に取り腕に髪に塗り込んだ。かつての自分の匂いを取り戻そうとするかのように。

森は暗かった。木々の隙間から差し込む月明かりだけが頼りだった。アルスは迷わなかった。この森を歩くのは十五年ぶりだったが、身体が覚えていた。あの木の根を越えあの川を渡り、あの丘を回り込む。ビーストがどこにいるかはわからない。だがアルスの本能が、あの洞窟へ向かわせた。ビーストはきっとあの場所に戻っている。

夜明け前の空気は冷たくアルスの吐く息は白かった。足元の落ち葉がざくざくと鳴る。その音さえアルスには懐かしかった。かつてビーストと歩いた道。ビーストの背に乗って渡った川。そのすべてが記憶の中に鮮やかに蘇る。アルスは歩きながら、何度も自分の腕を嗅いだ。泥の匂いが微かにした。だがその下からは、王宮の香がまだ漂っていた。

洞窟が見えてきたとき、空が白み始めていた。

アルスは足を止めた。洞窟の入り口に、あの巨体があった。ビーストは座ってじっとしていた。まるで何かを待つように。アルスの心臓が痛いほどに脈打った。アルスは一歩、また一歩と近づいた。ビーストが顔を上げた。その瞳がアルスを捉える。アルスは立ち止まった。二人の間に、朝の光が差し込んだ。

ビーストは立ち上がった。ゆっくりと、アルスに近づいてくる。アルスは動かなかった。声も出さなかった。ただビーストを見つめていた。ビーストはアルスの匂いを嗅ぐように鼻を鳴らした。そして——低く喉を鳴らした。アルスはその音を聞いて、涙がにじむのを感じた。だがその音はアルスが知っているものではなかった。威嚇の音。警戒の音。

 

「あなた……私だよ」

 

アルスの声は震えていた。ビーストは答えない。むしろ一歩後ずさり、そして——突然前に出た。その動きは速かった。アルスはとっさに身を引いたが遅かった。ビーストの腕がアルスを掴もうとする。その瞬間、アルスの身体が勝手に動いた。腰の剣が抜かれ、刃が朝の光を反射した。

ビーストは止まった。

アルスも止まった。

剣を握る自分の手を見て、アルスは息をのんだ。ビーストの喉から漏れる唸りが、低く深く響く。その目はアルスの剣を見ている。かつてアルスを守るために振るわれた刃。今はアルス自身がそれをビーストに向けている。

 

(違う。こんなつもりじゃなかった)

 

アルスは震える手で剣を握りしめた。ビーストはじっとアルスを見ている。その瞳に浮かぶのは、敵意だけ。かつて自分が守った子どもは、もうどこにもいない。目の前にいるのは鎧をまとい香をまとった、一人の王。ビーストにとってそれはただの人間だった。

アルスは剣を握る手に力を込めた。このまま振り下ろせば、ビーストをまた一匹殺せる。遠征の目的を果たせる。臣下たちは喜ぶだろう。民は安心するだろう。王としての義務を果たせる。だが——アルスの手は震えていた。刃先が揺れていた。ビーストの額の十字の傷が、朝の光の中で痛々しく輝いている。

 

(この傷は、私を守ってできた傷だ)

 

アルスの目から涙がこぼれた。剣を握る手が、少しずつ下がっていく。ビーストはまだ唸っている。その声はアルスの心を引き裂いた。

 

「できない……」

 

アルスの声は消え入りそうだった。剣が、地面に突き刺さった。金属が石に当たる乾いた音。アルスは剣から手を離した。両手が空になった。アルスはその場に崩れ落ちた。膝が泥につく。涙が止まらなかった。声を上げて泣いた。王としての威厳も、遠征の目的もすべてを捨てて、アルスはただ泣いた。十五年間封印してきたすべての感情が、溢れ出た。

ビーストは唸りをやめた。剣が地面に刺さっているのを見て、首をかしげた。アルスは泣きながらビーストを見上げた。涙で歪む視界の中で、ビーストの姿が揺れている。アルスは手を伸ばした。何も持たない、ただの手を。

 

「あなた……に、わたしは、剣を向けるなど」

 

ビーストは動かなかった。アルスの手が、ビーストの足に触れた。その瞬間ビーストの身体が微かに震えた。アルスはその感触を確かめるように、ビーストの足に頬を寄せた。涙がビーストの肌を濡らした。ビーストは動かなかった。唸りも出さなかった。ただじっと、アルスを見下ろしていた。

朝日が森を照らし始めた。木々の隙間から差し込む光が、アルスの銀髪を金色に染めた。ビーストの額の十字の傷が、その光の中で赤く輝いた。アルスは泣き続けた。声が枯れるまで。涙が凅れるまで。ビーストはその場を動かなかった。まるでアルスが泣き止むのを待つかのように。

長い時間が過ぎた。アルスの涙が止まった頃、ビーストはゆっくりと腰を下ろした。アルスの目の前に、その巨体が座った。アルスは顔を上げた。ビーストの顔が、すぐそこにあった。その瞳はまだ困惑を宿していた。だがその中に——ほんの少しだけ、何かが揺れた。

ビーストが手を伸ばした。その大きな手が、アルスの頬に触れた。アルスは目を閉じた。温かい。十五年前と同じ、あの温もり。ビーストの指がアルスの頬を伝う涙を拭った。その手つきは、とても優しかった。

アルスは目を開けた。ビーストはまだ、困惑した顔をしていた。アルスのことを誰かと重ねているのかもしれない。それでも——アルスはそれでよかった。たとえビーストがアルスだと気づかなくても。たとえこの温もりが、ほんの一瞬の幻でも。アルスはこの瞬間を十五年間待ち続けていた。

 

「あなた」

 

アルスはもう一度その名を呼んだ。ビーストは答えない。だがその手は、アルスの頬から離れなかった。朝の光が二人を包んでいた。森は静かだった。鳥の声も、虫の声ももう聞こえなかった。ただ、アルスの心臓の音とビーストの低い呼吸だけが、その場に響いていた。

アルスは目を閉じた。もう何も考えられなかった。剣は地面に刺さったまま。鎧もマントもない。王の香も、泥に塗れた腕の下に隠れていた。今この瞬間だけは——アルスは王ではなかった。ただの、一人の人間だった。かつてビーストに愛された、あの子どもに戻っていた。

 

しばらくして、ビーストの手が、アルスの頬から離れた。

その瞬間、アルスはビーストの目が変わったのを見た。困惑でも警戒でもない。もっと獣じみた、本能の光。ビーストの鼻がアルスの首筋に近づき、深く匂いを嗅いだ。アルスは身をすくめた。その嗅ぎ方は、かつてビーストがアルスに向けたものではなかった。これは——雌を探す雄の嗅ぎ方だった。

 

(違う。あなたは、そんな目で私を見ない)

 

アルスは後ずさろうとした。だがビーストの腕がアルスの腰を捉えた。その力は強く、アルスは抗えなかった。ビーストはアルスを抱き寄せると、そのまま洞窟の中へと引きずり込んだ。アルスは声を上げようとしたが喉が詰まった。ビーストの腕の中は温かかった。だがその温もりは、アルスが知っているものとは違った。もっと獣じみて、もっと剥き出しでもっと——切実だった。

洞窟の中は薄暗かった。ビーストはアルスを地面に押し倒した。その巨体がアルスの上に覆いかぶさる。アルスは息をのんだ。ビーストの目が、アルスをじっと見下ろしている。その瞳に映るのは、ただ一つの欲求だけだった。繁殖。子を残すこと。ビーストはアルスをそういう対象としてしか見ていなかった。

 

(私は、あなたにとってただの雌なの?)

 

アルスの胸に鋭い痛みが走った。だがそれ以上に、アルスは自分の中に湧き上がる感情に戸惑っていた。恐怖ではない。嫌悪でもない。これは——もっと別のもの。アルスはビーストの腕に手を添えた。そして、ゆっくりと自分の衣に手をかけた。

 

「あなたに、思い出してほしい。こんな飾りをまとっているから、いけないんだ」

 

アルスは呟いた。ビーストは答えない。アルスは衣を脱いだ。一枚、また一枚と。鎧はすでにない。マントもない。下着だけがアルスの下半身を包んでいた。アルスはそれも脱ぎ捨てた。朝の冷たい空気が肌を撫でた。アルスは全裸で身を震わせたが、手を止めなかった。

 

(これが、私のすべて。あなたが覚えている私の姿)

 

アルスはビーストの胸に抱きついた。裸の腕をビーストの首に回した。頬をビーストの胸に押し当てた。ビーストの匂いがした。獣の匂い。土の匂い。森の匂い。そして——アルスの知っている、あの温もり。

ビーストの身体が震えた。

アルスは顔を上げた。ビーストの目が変わっていた。困惑でも警戒でも本能でもない。これは——記憶。ビーストの瞳の奥で、何かがはじけた。アルスを見る目がかつてのそれに戻っていく。ビーストの手が、アルスの背中に回された。その手つきはとても優しかった。

 

「……ふぁるる」

 

ビーストの喉から漏れた音。それは言葉ではなかった。だがアルスにはわかった。ビーストはアルスの名を呼んだ。十五年前と同じように。アルスの目から涙がこぼれた。今度は悲しみの涙ではなかった。

 

「あなた。あなた。あなた」

 

アルスは何度もその名を呼んだ。ビーストはアルスを抱きしめた。その腕は十五年前と同じく温かかった。アルスはビーストの胸に顔を埋めた。涙がビーストの肌を濡らす。ビーストの手がアルスの髪を撫でた。その手つきは、かつてアルスをあやしたときと同じだった。

だが——そのときアルスは、ビーストの身体に起きている変化に気づいた。

ビーストの下半身の隆起がアルスの下腹部から鳩尾にかけて触れていた。硬く、熱く、脈打っている。アルスは全身が凍りつくのを感じた。ビーストはアルスを抱きしめながら、アルスをそういう目で見ている。アルスの顔が、耳の先まで真っ赤になった。心臓が痛いほどに脈打った。恥ずかしさで、消えてしまいたかった。

 

(やめて。そんな。だって私は——)

 

アルスはビーストから離れようとした。だがビーストの腕は緩まなかった。アルスはビーストの胸に押し当てられたまま、動けなかった。ビーストの鼓動が聞こえる。速く、強い。アルスの鼓動も同じだった。アルスは自分の身体が熱くなっていくのを感じた。恥ずかしさだけではない。これは——もっと別の、知らない感情。

 

(なに、これ。どうしてこんなに——)

 

アルスは自分の胸の内に湧き上がる感情に戸惑った。ビーストに抱かれて、こんなに嬉しい。こんなに温かい。こんなに——満たされる。十五年、王として生きた。誰にも心を開かなかった。誰にも触れられなかった。でも今、この腕の中にいる。この腕がアルスを抱きしめている。この温もりが、アルスを包んでいる。

アルスはゆっくりと顔を上げた。ビーストの目をじっと見た。その瞳に映る自分。涙で濡れた顔。赤くなった頬。乱れた銀髪。それでも——ビーストはアルスを見ている。かつてと同じ目で。アルスはビーストの頬に手を伸ばした。指先で十字の傷をなぞった。

 

「この傷は、私のせい」

 

アルスの声は震えていた。ビーストは答えない。ただアルスを見つめている。アルスは続けた。

 

「あなたを守れなかった。あなたを傷つけた。あなたを——忘れようとした」

 

涙がまたこぼれた。ビーストの手が、その涙を拭った。アルスはその手に自分の頬を押し当てた。

 

「でも、忘れられなかった。ずっとあなたに会いたかった。あなたに、抱かれたかった。あなたのそばにいたかった」

 

アルスの声は枯れていた。ビーストはアルスを抱きしめた。その腕は強く、温かかった。アルスはビーストの胸に顔を埋めた。ビーストの鼓動が聞こえる。その鼓動は、アルスの鼓動と重なっていく。

 

(ああ、そうか)

 

アルスはふと思った。この感情。この温もり。この嬉しさ。この恥ずかしさ。この——ビーストに抱かれたいという願い。これは——

 

「初恋、だったんだ」

 

アルスは呟いた。誰にも聞こえない声で。ビーストはアルスを抱きしめたまま、低く喉を鳴らした。その音はアルスが知っているものだった。温かく、優しくアルスを守る音。

アルスは目を閉じた。ビーストの腕の中は温かかった。外は朝の光が満ちている。森は静かだった。アルスはこの瞬間を、永遠にしたいと思った。十五年前この腕の中にいた日々。その日々が、今この瞬間戻ってきた。アルスはビーストの胸に頬を寄せた。ビーストの鼓動が、子守唄のように聞こえた。

 

(私は、あなたのことが——好きだったんだ)

 

アルスはその想いを、胸の奥にしまった。鍵をかけて。蓋をして。でも今度は——二度と開かないように、ではない。いつでも開けられるように。ビーストの腕の中にいる限り、この想いはアルスを温め続ける。アルスは静かに息を吐いた。ビーストの腕が、少しだけ緩んだ。アルスは顔を上げた。ビーストの目が、アルスを見ている。その瞳に映るのはもう生殖の本能だけではなかった。そこには——アルスを守ろうとする、あの光があった。

アルスは微笑んだ。十五年間、一度も見せなかった笑顔だった。

 

「ただいま」

 

アルスの声は、森に静かに響いた。ビーストは答えない。だがその腕は、アルスを離さなかった。朝の光が洞窟の中まで差し込んでいた。二人の影が、地面に長く伸びていた。

 

ビーストの腕の中で、アルスは静かに息をしていた。

洞窟の中は薄暗く外の朝の光が入り口から細く差し込んでいるだけだった。ビーストの胸に頬を寄せたまま、アルスは自分の心臓がうるさいほどに脈打っているのを感じていた。ビーストの鼓動も同じように速い。二つの鼓動が洞窟の中に響いている。

 

(私は、あなたのものになりたい)

 

アルスは顔を上げた。ビーストの目がアルスを見つめている。その瞳にはもう困惑はなかった。本能と記憶が混ざり合った、複雑な光があった。アルスはビーストの頬に手を伸ばし、そっと撫でた。ビーストは低く喉を鳴らした。その音は優しかった。

 

「あなたは、私を孕み袋にしたいの?」

 

アルスの声は静かだった。ビーストは答えない。だがその身体は正直だった。下半身はまだ硬く熱く、アルスの腹に押し当てられている。アルスは自分の下腹部に感じるその熱さに、息が詰まるのを感じた。

 

(これが、あなたの本能なのね)

 

アルスは自分の中に湧き上がる感情を確かめた。恐怖はなかった。嫌悪もなかった。あるのはただ——歓びだった。ビーストがアルスを求めている。繁殖対象としてでもいい。孕み袋としてでもいい。ビーストがアルスを欲している。その事実だけで、アルスの胸は熱くなった。

 

「いいよ」

 

アルスは静かに言った。ビーストの目が微かに動いた。アルスは続けた。

 

「あなたが望むなら。私を、あなたの孕み袋にして」

 

アルスはビーストから少し離れた。冷たい空気が肌を撫でる。アルスは洞窟の床に手をついた。四つん這いになった。膝が冷たい石に当たる。アルスは自らの姿を想像した。交尾を誘う雌犬のような格好。王としての威厳も何もあったものではない。だが——

 

(これが、あなたの本能なら)

 

アルスは自らに言い聞かせた。ビーストは獣だ。獣には獣のやり方がある。人間の倫理や羞恥心を持ち込むこと自体が間違っている。これはそういうことだ。アルスはそうやって、自分を納得させようとした。でも——

 

(違う。私はただ、初恋をしたあなたに、抱かれたいだけ)

 

アルスは自の本心に気づいていた。言い訳など何の意味もなかった。アルスはビーストに抱かれたい。それだけだった。犬のような格好でも、孕み袋としてでも何でもよかった。ビーストがアルスを受け入れてくれるなら、それで十分だった。

アルスは振り返った。ビーストはアルスの後ろにいた。その巨体がアルスを見下ろしている。ビーストの手がアルスの腰に触れた。その手は大くて、熱かった。アルスは身を震わせた。

 

(ああ、私は今からこの人に抱かれるんだ)

 

アルスの心臓が早鐘のように打った。ビーストの手がアルスの腰を確める。そしてもう一の手が、アルスの前に垂れ下がっているものにそっと触れた。アルスは息をのんだ。ビーストの指がアルスのものに触れている。その指は太くて、熱かった。

 

(あ、これが、あなたの——)

 

アルスは自らのちんぽとビーストのちんぽを見比べようとした。だが比べるまでもなかった。ビーストのそれは、アルスのものとは全く違った。太さも長さも熱さも、すべてが桁違いだった。アルスは自分のものがいかに小く、頼りないかを思い知らされた。男としての自負など、粉々に砕かれる思いだった。

 

(でも、それでいい。私はあなたに抱かれる側だから。別に、大きくなかろうとも)

 

アルスはそう言い聞かせた。ビーストの手がアルスの腰から尻に移った。その大きな手がアルスの尻をわしづかみにする。アルスは身を強張らせた。ビーストの指がアルスの窄まりを探り当てる。アルスは息を詰めた。

 

(ここに、入れるの?)

 

恐怖が一瞬よぎった。こんなに大きなものが入るはずがない。でもアルスは首を振った。大丈夫。ビーストはアルスを傷つけたりしない。かつて三年間、ビーストはアルスを守り続けた。今だってそうだ。アルスは信じていた。

ビーストがアルスの上に覆いかぶさった。その熱いものが、アルスの窄まりに触れる。

 

「ぅ、ぐ、うぅ……」

 

アルスは歯を食いしばった。ビーストはゆっくりと腰を進めた。窄まりが押し広げられていく。痛みが走った。アルスは声を上げそうになったが、こらえた。

 

(大丈夫。大丈夫)

 

アルスは自分に言い聞かせた。ビーストの動きはゆっくりだった。まるでアルスを気遣うかのように。少しずつ、少しずつ、ビーストのものがアルスの中に入っていく。アルスの内臓が押し上けられる感覚がした。腹の中がビーストのもので満たされていく。

 

(あ、ああ——)

 

アルスの口から吐息が漏れた。痛みはまだあった。でもそれ以上に——何かがアルスを満していた。ビーストのちんぽがアルスのケツ穴の中に入っている。ビーストの一部が、アルスの体の中にある。その事実がアルスの胸を熱くした。

 

(あなたが、私の中にいる)

 

アルスの目から涙がこぼれた。痛みの涙ではなかった。嬉しさの涙だった。ビーストがアルスを受け入れてくれた。十五年の空白を埋めるように、ビーストがアルスと一つになっている。アルスは自分のものがいつも以上に勃起しているのに気づいた。恥ずかしかった。でもそれ以上に、嬉しかった。

 

(私、あなたに抱かれて、こんなに——)

 

ビーストの腰の動きが少しずつ速くなっていく。アルスはその動きに身を委ねた。痛みはまだあった。でもその痛みさえも、アルスにとっては愛おしかった。ビーストがアルスを求めている証だから。アルスはビーストの動きに合わせて、自も腰を動かした。拙くてぎこちない動きだった。でもビーストは気にしていないようだった。

 

「あなた、あなた、あなた」

 

アルスは何度もその名を呼んだ。ビーストは答えない。でもその動きが、アルスへの答えだった。ビーストはアルスを離さなかった。アルスはビーストにしがみついた。洞窟の中に、二人の吐息と肌が触れ合う音だけが響いていた。

 

(これが、私の初恋の成就)

 

アルスは目を閉じた。ビーストに貫かれながら、アルスは静かに涙を流した。十五年間王として生きてきた。誰にも心を開かず、誰にも触れられずただ一人で生きてきた。でも今、アルスは一人ではなかった。ビーストがいる。ビーストがアルスを抱いている。その事実だけで、アルスの十五年間の孤独がすべて報われたような気がした。

 

(私は、あなたの孕み袋になる。それでいい。それだけでいい)

 

アルスは心の中で繰り返した。ビーストの動きがさらに速くなる。アルスはその動きに翻弄されながら、ただひたすらにビーストを感じていた。痛みと快感と愛情とが混ざり合って、アルスの頭の中は真っ白になっていた。でも一だけ、確かなことがあった。

 

(私は、あなたを愛している)

 

その想いだけは、何にも濁らなかった。アルスはビーストの名を呼びながら、意識が遠のいていくのを感じた。最後に聞こえたのは、ビーストの低い喉の音だった。それはかつてアルスを寝かしつけるときに聞かせてくれた、あの優しい音だった。

 

【幕間 講義の記憶】

 

王宮の講義室はいつも冷えていた。

石壁に囲まれたその部屋には窓が一つしかなく、冬になると暖炉が焚かれても足元から冷気が這い上がってくる。十歳のアルスは厚い外套を着て、大きな机の前に座っていた。机の上には分厚い書物が積まれている。獣学。獣人生態学。繁殖生物学。アルスはそれらを一つ一つ開いては閉じ、開いては閉じ繰り返していた。

 

「獣人のコロニー形成について、説明しなさい」

 

教師の声は淡々としていた。年老いた学者で、アルスの教育係だった。アルスは姿勢を正した。

 

「獣人は繁殖期を迎えると、自らの縄張りを広げるため、成体となったヒトをはじめとする哺乳類を雌雄の別なく集め、犯し、コロニーを形成します。犯されたものは獣人の精液によって体内に変化を起こし、「孕み袋」と呼ばれるように、やがて——」

「やがて?」

「女性はもちろん、男性もその生殖機能を女性化され、生涯をかけて妊娠と出産のみを行うものとなります」

 

アルスは言葉を選びながら答えた。教師は頷いた。

 

「孕み袋となった生き物は、以降、獣人の子を産み続ける。これが獣人の繁殖形態だ。だが、忘れてはならないことがある。獣人が対象とするのは必ずしも一人の雌ではない」

 

アルスは顔を上げた。教師の目がアルスを見ていた。その目は冷たく、しかしどこか哀れみを含んでいた。

 

「アルス様のおっしゃる通り、人間の男性も、獣人にとっては繁殖対象になり得る。精液の成分は男性の体内でも同じ作用を引き起こす。まず、男性器が萎縮し機能を失う。次に、肛門括約筋が柔らかく置き換わり、直腸の一部が子宮のような襞構造に置き換わる。なにより、前立腺が代替子宮として、精巣は擬似卵巣として、それぞれ機能が女性となり妊娠と出産を可能にする。これは劇的な変化だ。だが、それ以上に問題なのは——」

 

教師は言葉を切った。アルスは息をのんで続きを待った。

 

「精神構造の変化だ。男性としての自意識が弱まり、女性らしい自意識が増長する。これは不可逆的だ。一度変化した精神は、二度と元には戻らない。つまり孕み袋となった男性は、以降、自らを男性と認識しながらも言動は女性化し、獣人への従属と被虐、性行を悦んで受け入れ、生涯獣人の子を産むことを望むようになる。獣人、すなわちビーストのコロニーは繁殖頻度も多く、なにより多夫一妻が当たり前だ。好意などあったとして、それはホルモンの変化が起こすまやかしで、実際はコロニーの性奴隷と変わらんと私は思う」

 

アルスは唾を飲み込んだ。手のひらが汗ばんでいた。

 

「恐ろしい——」

「恐ろしいことです。だが、これは自然の摂理でもある。獣人はそういう生き物なのだ。我々人間が彼らを理解しようとしまいと、彼らは彼らの方法で繁殖する。問題は我々がそれにどう対処するかだ」

 

教師はアルスの前に一枚の図を広げた。獣人の生殖器の解剖図だった。アルスは凝視したくなったが、こらえた。あなたが、思い浮かんだなど、どうして言えようか。

 

「王となる者は、これを知らねばならない。獣人を討伐する立場にある者が、彼らの生態を知らずして何ができる。アルス、お前は王になる。ならばこれらすべてを理解せよ」

 

アルスは頷いた。それから何年もアルスはこの講義を繰り返し受けた。獣人の生態。繁殖方法。孕み袋の変化。人体の変容。精神の変質。男性性の喪失。女性性の獲得。妊娠のプロセス。出産。すべてを、アルスは知った。知り尽くした。

そして——アルスは自分がそのすべてを望んでいることに気づいた。

 

十五の春。アルスは講義の帰り道、王宮の庭園で立ち止まった。池の水面に映る自分の顔。美しい顔。女のような顔。アルスは自分の頬に触れた。この顔が嫌いだった。父王がこの顔を見るたびに、侮蔑の目を向けるから。この顔のせいで、アルスは王として認められない。この顔のせいで、アルスは捨てられ、額に十字の傷を負ったビーストのあなたと——あの時、あのまま生きていたら、

 

(孕み袋に、なれたかもしれない)

 

その考えが頭から離れなかった。講義で学んだ知識が、アルスの頭の中で渦巻いていた。男性器が萎縮する。前立腺が代替子宮になる。精神が男性でも、言動は女性化する。獣人の子を産む。それでも——

 

(それでも、あのビーストのそばにいられるなら、妊娠できてたら、わたしは)

 

アルスは池の水面に映る自分を見つめた。美しい顔。女のような顔。この顔なら、ビーストもアルスを選んでくれるかもしれない。この身体なら、ビーストの孕み袋になれるかもしれない。アルスはその考えに、恐怖と——相反する歓喜を覚えた。恐怖する自分と歓喜する自分がいたのだ。二人のアルスが心の中で争っていた。だが——

 

(私は、どちらを選ぶ?)

 

答えは決まっていた。あの日森でビーストに優しく抱かれ保護された日から、アルスは知っていた。自分はビーストのそばにいたい。ビーストに愛されたい。たとえそのために、男性であることを捨てても。たとえそのために、孕み袋になることを選んでも。あなた以外のビーストの子をはらむとしても。

アルスは王宮の冷たい床に膝をついた。手を組み、目を閉じた。

祈るように、誰にも聞こえぬよう誓った。

 

(もしもう一度会えるのなら、その時私は、あなたの孕み袋になります)

 

その決意は、あの日から変わらなかった。王宮で過ごした十五年。講義を受け、知識を蓄え王としての務めを果たしながら、アルスの心の奥底では常にこの想いが燻っていた。

ビーストのそばに帰りたい。ビーストの孕み袋になりたい。その想いだけが、アルスを生かしていた。

そして今——アルスはビーストの腕の中にいる。ビーストに貫かれながら、アルスはその想いを再確認していた。

 

(私は、これでいい)

 

アルスは自分の下腹部に手を当てた。ビーストの精液が、アルスの中に注がれている。その熱を感じながら、アルスは目を閉じた。

この精液がアルスの身体を変える。

次第に男性器が萎縮し、肛門括約筋がほぐれる。男性ホルモンは作られなくなり、代わりに女性ホルモンが作られる。代替子宮、擬似卵巣に置き換わった器官によって妊娠できる身体になる。

アルスはあなた以外のビーストの子を産むことも望むようになる。すべてをアルスは知っていた。理解していた。その上で——

 

(私は、あなたの孕み袋になる)

 

アルスの口元に微笑みが浮かんだ。恐怖はなかった。後悔もなかった。あるのはただ、深い安堵と——歓喜だった。

十五年間アルスはこの瞬間を待っていた。ビーストに抱かれ、ビーストのものになり、ビーストの子を産む。

そのためにアルスは王宮で学び、王宮で耐え王宮で生きてきた。

 

(これが、私の選んだ道)

 

アルスはビーストの胸に頬を寄せた。ビーストの鼓動が聞こえる。その音は、アルスの新しい人生の始まりを告げていた。外では朝の光が森を照らしている。洞窟の中は薄暗い。でもアルスの心は——明るかった。

 

(私は、あなたたち、ビーストのものになる)

 

アルスは静かに息を吐いた。ビーストの腕がアルスを包んでいる。その温もりの中で、アルスはゆっくりと目を閉じた。もう何も怖くなかった。何も迷わなかった。アルスは選んだ。自分の意思で。自分の望みで。誰に強いられたわけでもない。ただ、愛するビーストのそばにいたかった。それだけだった。

 

(愛している)

 

アルスは心の中で呟いた。ビーストには聞こえない声で。でも、いつかきっと伝わる日が来る。その日までアルスはビーストの孕み袋として生きる。それがアルスの選んだ道だった。

 

 

その後、王国軍はアルスを見つけることができなかった。

アルスが姿を消してから三日が経過していた。近衛兵たちは最初、アルスが夜の森を散策しているだけだと思っていた。王としての重圧から逃れるための、一時的な気まぐれだと。しかし朝になってもアルスは戻らなかった。天幕には脱ぎ捨てられた鎧とマントが残されていた。腰の剣だけが持ち出されていた。

近衛兵たちは森へ捜索に入った。最初は十人。次に三十人。そして百人。部隊は日を追うごとに拡大していった。王国軍の精鋭たちが、大森林の隅々まで捜索した。獣道を辿り洞窟を調べ、川沿いを歩き丘を越えた。しかしアルスの痕跡は見つからなかった。

森は広大だった。人が一生かけても踏破できないほどの深さと広がりを持っていた。王国軍の地図にも、大森林の奥地は空白だった。誰もそこへ踏み入ったことがなかった。誰もそこから戻ってきたことがなかった。森の奥は、人間の領域ではなかった。

特命部隊が結成された。王宮から選りすぐりの兵士たちが派遣された。彼らは特別な訓練を受けていた。獣人の痕跡を追う訓練。獣人の匂いを嗅ぎ分ける訓練。獣人と戦う訓練。彼らは王国軍の精鋭中の精鋭だった。しかし彼らもまた、アルスを見つけることはできなかった。

森は、人間を拒んでいた。

特命部隊の隊長は報告した。「アルス様の痕跡は、森の奥深くで途絶えております。そこから先は——我々の領域ではありません」

王宮は混乱した。王が消えた。しかも、たった一人で護衛もつけずに。近衛兵たちは自分たちの不甲斐なさを恥じた。大臣たちは王の不在をどう隠すかを議論した。民衆には「王は遠征中である」と伝えられた。しかし時間が経つにつれ、噂が広がった。王は逃げたのではないか。王は獣人に殺されたのではないか。王は——自ら望んで、獣人の元へ行ったのではないか。

その噂は、図星だった。しかし誰もそれを証明できなかった。誰も、アルスがどこにいるのかを知らなかった。森の奥深く、人間の足跡が途絶える場所。そこにアルスはいた。

 

アルスはビーストのコロニーにいた。

あの朝、洞窟でビーストに抱かれた後アルスはビーストの手を取った。ビーストはアルスを抱き上げた。かつてのように、アルスを背に乗せた。アルスはビーストの首に腕を回し、その温もりに身を委ねた。ビーストは歩き出した。森の奥へ、さらに奥へと。

アルスは目を閉じていた。森の匂いがした。土の匂い。木の匂い。川の匂い。獣の匂い。すべてがアルスを包んでいた。アルスはビーストの背中で、静かに涙を流した。悲しみの涙ではなかった。安堵の涙だった。十五年間、アルスはこの瞬間を待っていた。ビーストの背に乗り、森を歩く。その日々が戻ってきた。

コロニーは森の最も深い場所にあった。巨大な洞窟群と、木々の間に張られた獣皮の天幕。数十匹のビーストがそこに住んでいた。彼らはアルスを見た。最初は警戒した。しかし、アルスを背に乗せたビーストが低く喉を鳴らすと、彼らは道を譲った。アルスはビーストの背から降ろされた。地面に立つと、足元がふらついた。ビーストがアルスを支えた。

コロニーのビーストたちがアルスを取り囲んだ。彼らはアルスの匂いを嗅いだ。アルスは身を強張らせた。しかし、アルスを連れてきたビーストがもう一度低く喉を鳴らすと、彼らは離れていった。アルスはビーストの腕にしがみついた。ビーストはアルスを抱き寄せた。その腕は、アルスを守るように強かった。

 

アルスはコロニーに迎え入れられた。

仲間として。孕み袋として。アルス自身がそれを望んだから。

アルスはコロニーの生活に慣れていった。最初の数日は、ビーストたちの視線が怖かった。彼らはアルスをじっと見ていた。その目は、獲物を見る目だった。しかしアルスを連れてきたビースト——額に十字の傷を持つビースト——が常にアルスのそばにいた。彼がアルスを守った。彼がアルスに食べ物を与えた。彼がアルスを抱いて眠った。

アルスはビーストの名前を呼ぼうとした。しかしビーストは名前を持っていなかった。アルスは彼を「あなた」と呼んだ。かつてのように。ビーストはその呼び方に反応した。低く喉を鳴らし、アルスの髪を撫でた。

アルスはコロニーの他のビーストたちとも顔見知りになっていった。彼らはアルスを警戒しなくなった。むしろ、アルスに興味を持った。アルスは彼らの匂いを嗅がれた。彼らの手がアルスに触れた。アルスは最初、恐怖を感じた。しかし額に傷のあるビーストがアルスを抱き寄せると、彼らは離れた。アルスはそのビーストの腕の中で、安堵の息を吐いた。

アルスは知っていた。このコロニーでは、一匹のビーストだけがアルスを独占することはない。ビーストの社会では、一匹の孕み袋を複数のビーストが共有する。アルスはそれを講義で学んでいた。理解していた。覚悟していた。しかし、実際にその場に立つと恐怖が蘇った。アルスは額に傷のあるビーストの胸に顔を埋めた。彼はアルスを抱きしめた。その腕は、アルスを守るように強かった。

アルスはコロニーでの最初の夜を迎えた。洞窟の中、獣皮の上で、アルスは額に傷のあるビーストに抱かれた。彼の腕の中は温かかった。彼の鼓動が聞こえた。アルスは目を閉じた。明日、アルスは他のビーストたちにも抱かれるかもしれない。アルスはそれを望んだ。アルス自身が選んだ道だった。しかし、今この瞬間だけは——アルスは額に傷のあるビーストのものだった。

アルスは静かに息を吐いた。洞窟の外では森が眠っている。コロニーのビーストたちも眠っている。アルスはビーストの胸に頬を寄せた。彼の鼓動が子守唄のように聞こえた。アルスは目を閉じた。眠りに落ちる前、アルスは思った。

 

(私は、ここにいる。あなたのそばに)

 

王国軍はアルスを見つけられなかった。特命部隊も、精鋭たちも、誰も。アルスはもう人間の領域にはいなかった。アルスはビーストのコロニーにいた。仲間として。孕み袋として。アルス自身がそれを望んだから。誰に強いられたわけでもない。アルスが選んだ道だった。

王国はアルスを失った。しかしアルスは王国を失ったのではない。アルスは王国を捨てたのだ。自らの意思で。自らの望みで。愛するビーストのそばにいるために。その代償が何であれ、アルスは受け入れた。孕み袋になること。他のビーストたちに抱かれること。ビーストの子を産むこと。すべてを、アルスは受け入れた。

アルスは眠った。ビーストの腕の中で。かつてのように。十五年前の日々が戻ってきた。アルスはその温もりの中で、静かに夢を見た。夢の中でアルスはビーストと森を歩いていた。手を繋いで。笑い合って。あの日々が、永遠に続くかのように。

朝が来た。アルスは目を覚ました。ビーストの腕はまだアルスを包んでいた。アルスは顔を上げた。ビーストの目が開いていた。アルスを見つめていた。その瞳に映るのは、もう困惑でも警戒でもなかった。ただアルスを守ろうとする光だけがあった。アルスは微笑んだ。十五年間、一度も見せなかった笑顔だった。

 

「おはよう」

 

アルスの声は、洞窟の中に静かに響いた。ビーストは答えない。しかしその腕は、アルスを離さなかった。朝の光が洞窟の中まで差し込んでいた。二人の影が、地面に長く伸びていた。コロニーのビーストたちが動き始めた。新たな一日が始まる。アルスはビーストの胸に頬を寄せた。その温もりを確かめるように。

 

(私は、ここにいる)

 

アルスは静かに息を吐いた。王国軍はアルスを見つけられなかった。特命部隊も、精鋭たちも、誰も。アルスはもう人間の領域にはいなかった。アルスはビーストのコロニーにいた。仲間として。孕み袋として。アルス自身がそれを望んだから。それだけが、すべてだった。

 

満月の夜だった。

森の木々の隙間から、青白い光が降り注いでいた。コロニーの広場になった洞窟の前で、アルスは裸で立っていた。夜の冷気が肌を撫でる。アルスは身を震わせたが、動かなかった。額に十字の傷のあるビーストが、アルスのすぐ後ろに立っていた。その巨体がアルスを守るように、しかし同時にアルスを群れへ差し出すように。

アルスはここ数日のことを思い出していた。コロニーに来てからというもの、アルスは額に十字の傷のあるビーストと毎夜のように交わっていた。彼の腕の中で、彼の匂いに包まれて彼の精液を注がれて。最初は痛みだけだった肛門が、次第にビーストを受け入れる形に変わっていくのをアルスは感じていた。括約筋が柔らかくなり、内壁が襞を作りビーストのものを奥まで受け入れられるようになっていた。それはアルス自身の望みでもあった。群れに受け入れられるためには、まず身体を慣らさなければならない。アルスは講義で学んでいた。ビーストのコロニーでは、孕み袋は群れの共有物だ。一匹だけのものではない。だからアルスは、額に十字の傷のあるビーストに身体を慣らしてもらった。彼はそのために、アルスに時間を与えてくれたのだ。

 

(あなたは、待っていてくれたんだね)

 

アルスは後ろのビーストに、心の中で感謝した。彼はアルスが群れに受け入れられる準備ができるまで、アルスを独占した。他のビーストたちがアルスに近づこうとするのを、低い唸りで追い払った。アルスはその姿に愛おしさと尊敬の念を感じていた。このビーストは、アルスを守っている。アルスが一人前の孕み袋になるまで、守ってくれている。だからアルスは今夜ここに立っている。

広場の周りにビーストたちが集まり始めた。アルスは数えた。十、十一、十二——十数体のビーストが月明かりの下でアルスを取り囲んでいた。彼らの目は、アルスを見ていた。その目に映るのは獲物を見る目。雌を見る目。孕み袋を見る目。アルスは唾を飲み込んだ。恐怖がなかったわけではない。しかしそれ以上に、アルスは歓喜を感じていた。このビーストたちが、アルスを求めている。アルスを孕み袋として認めようとしている。

 

(これが、私の選んだ道。王ではなく、孕み袋としての生き方)

 

アルスは静かに息を吐いた。額に十字の傷のあるビーストが、アルスの肩に手を置いた。その手は温かかった。アルスは頷いた。そして——、アルスは地面に背中をつけた。冷たい土の感触が背中に広がった。アルスは両足を大きく開いた。膝を立て、腰を浮かせる。そして両腕を頭上に伸ばした。手のひらを上にして、腕を完全に伸ばす。

これは獣の服従のポーズだった。ビーストの社会において、これ以上ない屈服と受容の意思表示。アルスは講義で学んでいた。ビーストに対して無防備な腹を見せ、すべてを差し出すこの姿勢。アルスはそれを、自ら進んでとった。

アルスはお尻を一生懸命に振った。腰を浮かせ、下腹部を突き出し肛門をビーストたちに見せるように。それが合図だった。

最初のビーストがアルスの上に覆いかぶさった。アルスは息をのんだ。このビーストは額に傷のあるビーストよりもさらに大きかった。そのものがアルスの肛門に押し当てられた。アルスは目を閉じた。そして——

ビーストがアルスの中に入ってきた。

 

「ぅああ——」

 

アルスの口から声が漏れた。数日間額に十字の傷のあるビーストに慣らされていたおかげで、最初のビーストはするりと入った。それでもアルスの内壁を押し広げる圧迫感はすさまじかった。アルスは歯を食いしばった。ビーストは待ってくれなかった。すぐに腰を動かし始めた。激しく、速く、アルスの奥を穿った。

 

(これが、ビーストの——)

 

アルスはビーストの動きに身を委ねた。痛みはあった。しかしその痛みは、アルスが望んだものだった。このビーストがアルスを受け入れている証。アルスは両腕を伸ばしたまま、ビーストの動きに合わせて腰を揺らした。お尻を突き出し、ビーストをより深く迎え入れるように。

最初のビーストが果てた。アルスの奥に、熱い精液が注がれる。アルスはその熱を感じながら、次のビーストが来るのを待った。間もなく二匹目のビーストがアルスの上に覆いかぶさった。アルスはまだ息を整える間もなく、再び貫かれた。

 

「ぁ、あ、あ——」

 

アルスの声が洞窟の前に響いた。二匹目のビーストは最初のビーストよりも荒々しかった。アルスの腰を掴み、激しく揺さぶった。アルスはその動きに翻弄されながら、それでも必死に腰を突き出した。ビーストを受け入れるために。群れの一員として認められるために。

二匹目が果てた。三匹目が来た。四匹目が来た。アルスは数えるのをやめた。次から次へとビーストがアルスの上に覆いかぶさり、アルスを貫きアルスの中に精液を注いでいった。アルスの肛門はもうビーストの形に完全に変わっていた。最初はきつかったものが、今ではどのビーストもすんなりと受け入れる。アルスの内壁は襞を増やし、ビーストのものを奥まで導く。アルスの身体は、孕み袋としての機能を果たし始めていた。

 

(私は、あなたちちのモノを受け入れられている。そうだ、もっと溺れさせて、人間の王だった私のことなど、思い出せなくなるほどに……っ)

 

アルスは精液まみれになりながら、そう感じていた。ビーストたちがアルスを求めている。アルスを孕み袋として認めている。その事実が、アルスの胸を熱くした。痛みはもう快感に変わっていた。ビーストに貫かれるたび、アルスの身体は悦びに震えた。アルスの男性器も、ビーストに犯されながら硬くなっていた。アルスはそれを恥ずかしいと思わなかった。むしろ、自分の身体が正直に反応していることが嬉しかった。

 

(これが、私の望んだこと)

 

アルスは両腕を伸ばしたままビーストたちを受け入れ続けた。月が空を移動していく。夜が更けていく。ビーストたちの動きは止まらなかった。アルスも何度も果てた。何度も精液を注がれて、弱々しく自身も吐精した。

意識が遠のきそうになるたび、ビーストの熱がアルスを引き戻した。

 

(まだ、終わらない。まだ私は全員には認められていない)

 

アルスは歯を食いしばった。群れの一員として認められるためには、最後まで耐えなければならない。すべてのビーストを受け入れなければならない。アルスは腰を振り続けた。ビーストの動きに合わせて、自らも動いた。ビーストたちの唸り声がアルスの耳に響いた。その声は、最初は威嚇のように聞こえた。しかし次第に、アルスにはそれが歓喜の声に聞こえ始めていた。

 

(あなたたちが、私を求めている)

 

アルスはビーストの下で微笑んだ。涙がこぼれた。痛みの涙ではなかった。嬉しさの涙だった。アルスはついに、ここに来ることができた。ビーストたちに受け入れられる場所に。十五年間、アルスはこの瞬間を夢見ていた。王宮で一人で、冷たい床の上で。その夢が今現実になっている。

最後のビーストがアルスから離れたとき空は白み始めていた。アルスは地面に横たわっていた。全身が精液まみれだった。髪も、顔も、胸も、腹も、脚も。アルスは動けなかった。しかしその顔には笑みが浮かんでいた。アルスは達成感に満ちていた。アルスは群れの一員として認められたのだ。

ビーストたちがアルスの周りから離れていった。彼らは満足したように、低く喉を鳴らしていた。その音はアルスへの賛辞のように聞こえた。アルスはその音を聞きながら、空を見上げていた。夜明けの空は淡い紫色をしていた。

額に十字の傷のあるビーストがアルスのそばに来た。彼はアルスの全身を舐め始めた。精液まみれのアルスの身体を、丁寧に優しく。アルスは目を閉じた。ビーストの舌が、アルスの肌を撫でる。その温かさにアルスの全身が震えた。

 

(よく頑張った、と——)

 

ビーストは何も言わなかった。しかしその手つきが、その舌使いがアルスに語りかけていた。よく頑張った。お前はやった。お前は我々の仲間だ。アルスはその想いを受け取りながら、静かに涙を流した。十五年間の孤独がこの一晩で報われた。アルスはもう一人ではなかった。アルスには仲間がいた。アルスを受け入れてくれるビーストたちがいた。

アルスの意識が遠のいていく。アクメの余韻が、アルスの全身を包んでいた。アルスは幸せだった。これ以上ないほどに幸せだった。アルスは額に十字の傷のあるビーストの舌を肌で感じながら、静かに意識を手放した。

 

(私は、ここにいる。あなたたちのそばに)

 

アルスは眠りに落ちた。精液まみれの身体で、しかし幸せそうな顔で。額に十字の傷のあるビーストは、アルスの全身を舐め終えるとアルスのそばに横たわった。その巨体が、アルスを包み込むように。朝の光が森を照らし始めていた。コロニーに新しい朝が訪れた。アルスはその光の中で、深く静かに眠っていた。

群れの一員として。真の意味で認められた。

 

最初に気づいたのは、頻尿だった。

コロニーに来て、全員とサックスをしてから十日ほどが経った頃、アルスは異常なほどに尿意を催すようになった。昼も夜も、一時間と経たずに下半身にむずむずとした感覚が走る。洞窟の外れにある茂みへ行き、用を足す。しかし出る量は驚くほど少なかった。残尿感だけがいつまでも続き、アルスは何度も何度も同じ場所へ通った。

 

(おかしい。こんなに何度も——)

 

アルスは最初、単純に水分の摂りすぎだと思った。コロニーのビーストたちがアルスに与える水は森の泉から汲んできた清冽なもので、アルスは喉の渇きに任せてよく飲んでいた。だから頻尿も当然だと思っていた。しかし、そうではなかった。喉の渇きもまた異常だった。いくら飲んでも渇きが癒えない。水を飲めば飲むほど、身体がそれを求めているかのように渇いていく。

 

(これは、なにかがおかしい)

 

アルスは講義の記憶を辿った。獣人の精液による人体の変化。その初期兆候。頻尿。喉の渇き。体内の水分バランスの変化。講義で学んだ知識が、アルスの頭の中で警鐘を鳴らした。だがアルスはその警鐘を、静かに受け入れた。恐怖ではなかった。覚悟だった。

そしてもう一つ、アルスは自分の身体に起きている変化に気づいていた。

朝、目が覚めたときアルスの下腹部に違和感があった。アルスは手を伸ばし、自分のものを確かめた。そこにはいつものような朝の勃起がなかった。いや、完全にないわけではなかった。しかしその硬度は以前とは比べ物にならないほど弱々しかった。アルスは指でそっと触れた。反応は鈍かった。数日前までは、ビーストに抱かれるだけであれほど硬く反応していたのに。

 

(勃ちが、悪くなってる)

 

アルスは静かに息を吐いた。講義の内容を思い出す。獣人の精液は男性の生殖器に作用する。まず、男性ホルモンの分泌機能が徐々に破壊される。それによって、男性器の機能が低下していく。勃起の頻度が減り、硬度が失われ最終的には萎縮してしまう。アルスの身体は、まさにその第一段階に入っていた。

アルスは自分の下腹部を見下ろした。そこには、かつてアルスが男として持っていたものがまだ形を保ってついていた。しかしそれは、もう以前と同じものではなかった。アルスはそれを確かめながら、複雑な想いを抱いていた。

 

(私は、男ではなくなりつつある)

 

恐怖はなかった。アルスはこの変化を、望んでいた。孕み袋になるということは男性性を失うことだ。それはアルスが選んだ道だった。しかし、いざその変化が始まると心のどこかで小さな抵抗があった。十五年間、アルスは男として生きてきた。王として男として、王国を背負ってきた。そのアイデンティティが、今、静かに崩れようとしている。

 

(でも、それでいい)

 

アルスは自分に言い聞かせた。この変化は、アルスが望んだものだ。ビーストのそばにいるために、孕み袋になるために。アルスはその代償を受け入れると決めたのだ。

額に十字の傷のあるビーストが、アルスのそばに来た。彼はアルスの匂いを嗅いだ。その鼻先が、アルスの下腹部に触れる。アルスは身を震わせた。ビーストは低く喉を鳴らした。その音は、アルスに語りかけているようだった。

 

(お前は、変わっていく。それがお前の望みだ。お前を必ず孕ませる)

 

アルスはビーストの頭を抱き寄せた。その毛皮に顔を埋める。匂いがした。ビーストの匂い。雄の匂い。かつてアルスが持っていたものと同じ、しかしアルスがこれから失おうとしているものの匂い。それに強烈に焦がれた。

アルスは深く息を吸い込んだ。その匂いを、肺の奥まで取り込むように。

 

「私は、変わるよ」

 

アルスはビーストに囁いた。ビーストは答えない。しかしその腕は、アルスを離さなかった。アルスはその腕の中で、静かに目を閉じた。頻尿と勃起不全。それが最初の兆候だった。アルスの身体は、孕み袋へと変わり始めていた。

 

(私は、あなたの孕み袋になる)

 

アルスは心の中で繰り返した。その想いだけが、揺らがなかった。

- **頻尿の機序**:獣人の精液に含まれるホルモン様物質が、腎臓の水分再吸収機能に影響を与えている可能性があります。抗利尿ホルモン(ADH)の分泌抑制により、尿量が増加し喉の渇きが誘発されるという機序が考えられます。

- **勃起不全の機序**:精液中の物質が視床下部-下垂体-精巣軸に作用し、テストステロンの産生を抑制している可能性があります。これにより、NO(一酸化窒素)産生が低下し陰茎海綿体の平滑筋弛緩が障害され、勃起機能が低下すると考えられます。

 

自分の内側が、少しずつ別のものに置き換わっていく感覚があった。

アルスは洞窟の奥、獣皮の敷かれた寝床に横たわりながら自分の胸の内を探っていた。かつてのアルスなら、この時間を無為に過ごすことを許さなかった。王として、なすべきことは山積していた。決断すべきこと、裁くべきこと導くべきこと。しかし今、アルスの心はそれらから静かに遠ざかっていた。かつてアルスを突き動かしていた切迫した焦燥が、薄れていくのがわかった。

 

(戦うこと。決めること。誰かを導くこと——)

 

それらを思うとアルスの胸に重苦しい疲れが広がった。もう、したくない。誰かを傷つけることも傷つけられることも。命令することも、抗うことも。ただ静かにここにいたい。誰かの腕の中に抱かれて、身を委ねていたい。

その想いに気づいたとき、アルスは少し驚いた。かつてのアルスはそんなことを考えもしなかった。常に前へ、上へ。そうでなければ王座は保てなかった。しかし今は——

 

「あなたのそばに、いたいだけ」

 

アルスは呟いた。声は自分のものとは思えないほど柔らかかった。アルスは自分の口元に手を当てた。その声は、かつてアルスが人前で決して出さなかった種類のものだった。幼い頃、父王の前で出したら「女々しい」と叱られた、あの声。

 

(でも、今は——)

 

アルスはそれが嫌ではなかった。むしろ、その声が自分のものになっていくことに静かな安堵を覚えた。

変化は、声だけではなかった。

アルスは自分の下半身に手を伸ばした。朝に確かめたものをもう一度、確かめるために。指がそこに触れる。そこにあったものは、明らかに以前とは違っていた。睾丸が小さくなっていた。しかも、柔らかくなっていた。かつては確かにそこにあった重みと張りが失われていた。触れると、中身が抜けていくような頼りない感触だけがあった。

 

(精巣が——役目を果たせなく、なったのだな)

 

アルスの指が陰茎に移る。これも、変わっていた。大きさが縮んでいた。以前はアルスの手のひらに余るほどだったそれが、今では両の指で軽く包めるほどになっていた。硬くしようとしても、うまくいかない。皮が余って先端を覆ったままだった。アルスは皮を剥こうとした。しかし、それすらも以前のようにいかない。皮は少しだけ剥けて、すぐに戻ってしまう。

 

(ふふ、豆ちんぽ、か、これが。なんだか、これでは卑猥なクリトリスみたい)

 

講義で学んだ言葉が浮かんだ。獣人の精液によって変化した男性器の俗称。アルスは自分のものを、もう一度見下ろした。そこにぶら下がっているのは、確かにかつてアルスが持っていたものではなかった。小さく、柔らかく皮に包まれた、役に立たない飾りのようなもの。それはアルスが男として生きてきた十五年間の証だったものが、今やただの残骸のように見えた。

 

(これが、私の——)

 

アルスは目を閉じた。かつてこの器官でアルスは何を成しただろう。何も成していない。アルスは王として、この器官を誇ることはなかった。むしろこの器官があることで、アルスは人々の前で「男」として振る舞わなければならなかった。この器官があることで、アルスは「男として」王座に就くことを強いられた。この器官は、アルスにとって重荷でしかなかった。

 

(もう、いい。名残惜しいものもあるかと思ったのに、存外、これはこれで愛おしいのだから)

 

アルスは手を離した。小さくなった睾丸、矮小化した陰茎。それらはアルスが望んだ変化の一部だった。アルスはもう、男である必要がない。ビーストの孕み袋として、アルスはただ雌であればいい。この役立たずの器官が、その証だった。

変化は、精神だけではなかった。

アルスの胸が、少しずつ膨らみ始めていた。乳首の周りが以前より敏感になっていた。普段裸で暮らしているからか、時折、空気や葉っぱが擦れるだけで、ぞくりとする感覚が走る。アルスは自分の胸に触れた。そこには、かつてはなかった柔らかい膨らみがあった。まだ微かなものだった。しかし、確かにそこにあった。

 

(乳房ができはじめている)

 

アルスは乳首を指でそっと押した。その瞬間、胸の奥から何かが滲み出るような感覚があった。アルスは指を見た。指の先に、薄く白いものが付いていた。母乳だった。ほんの一滴、しかし確かにそれはアルスの胸から分泌されたものだった。

 

(私は、子を育てる身体に——)

 

アルスはその一滴を口に含んだ。甘かった。自分の身体が作り出した、命の味だった。アルスはその味に胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。この胸で、いつかビーストの子を育てる。その子にこの乳を与える。その想像が、アルスの全身を温かくした。

 

(母に、なるんだ)

 

アルスは自分の胸を両手で包んだ。まだ小さなその膨らみが、これからどう変わるのかを思った。ビーストの子を産み、その子に乳を与えるためにもっと大きく、もっと柔らかくなるのだろう。その変化をアルスは楽しみにしていた。恐怖ではなかった。喜びだった。

臀部も変わっていた。

アルスは自分の尻に手を当てた。以前は硬く、筋肉質だったそこが柔らかく丸みを帯びていた。指を沈めると、吸い付くような弾力があった。ビーストに抱かれるたびに、アルスの腰は揺れ尻はビーストの手で掴まれ続けた。その結果、アルスの臀部は次第にビーストが掴みやすい形へと変わっていった。

 

(ビーストの手の形)

 

アルスは自分の尻を揉んだ。その柔らかさに、自分でも驚いた。かつてのアルスの身体は王としての威厳を保つため、鍛えられていた。しかし今その身体は孕み袋としての機能へと、静かに作り変えられていた。ビーストに貫かれるための肛門。ビーストの子を宿すための内臓。ビーストの子を育てるための乳房。そして、ビーストを引き付けるための丸みを帯びた臀部。

 

(すべてが、あなたのために)

 

アルスは自分の身体の変化を一つ一つ受け入れていった。それは恐怖ではなく、歓喜だった。アルスの身体がビーストの孕み袋として完成していく。その過程を、アルスは愛おしく感じていた。

肌も、変わっていた。

アルスは自分の腕を撫でた。かつては王としての重圧とストレスでざらついていた肌が、今では絹のように滑らかになっていた。体毛も薄くなっていた。腕や脚の毛が、以前の半分ほどになっていた。アルスは自分の脇に手をやった。そこにも、毛はほとんどなかった。かつては濃かったそれが、今では産毛のように細く柔らかくなっていた。

 

(女の、肌)

 

アルスは自分の肌を撫で続けた。その滑らかさに、自分でもうっとりとした。そして匂いが変わっていた。自分の身体から、甘い香りがしていた。花のような蜜のような、桃を限界まで甘くみずみずしくしたそんな香り。アルスは自分の腕の内側に鼻を近づけた。確かに、そこから甘い匂いがしていた。

 

(ラクトン——)

 

講義で学んだ言葉だった。女性ホルモンの分泌が増えると、体臭にラクトンが混じる。それは異性を引き付けるための、身体が作り出す媚薬のようなもの。アルスは自分の匂いを、何度も嗅いだ。かつてのアルスの匂いは汗と鉄の匂いだった。王として戦い、鍛え上げた身体の匂い。しかし今アルスの身体からは、娘のような甘い香りがしていた。

 

(私は、女の匂いを——)

 

アルスはその匂いに、自分でも驚いた。しかし嫌ではなかった。むしろ、その匂いがビーストを引き付けるのだと思うと、誇らしかった。アルスは自分の身体がビーストの雌として完成していくことを、全身で感じていた。

 

(あなたに、認められるために)

 

アルスは寝床から起き上がった。洞窟の外に出ると、朝の光が森を照らしていた。アルスは泉へ向かった。自分の姿を、確かめるために。

泉の水面に、アルスの姿が映っていた。

アルスは息をのんだ。そこに映っていたのは、アルスが知っているアルスではなかった。顔は、まだアルスのものだった。しかしその顔つきは、以前より柔らかくなっていた。目は潤み頬は薄く赤らんでいた。首は細くなり、肩の線もなだらかになっていた。胸には微かな膨らみがあった。腰はくびれ、尻は丸みを帯びていた。そしてその下腹部には——

(これが、私)

アルスは自分の姿を見つめた。役立たずの皮あまりの豆ちんぽをぶら下げた、女性らしいその身体。

かつてアルスが男として持っていた面影は、もうほとんど残っていなかった。そこにいたのは、雌の身体へと変わりつつある中途半端な存在。男でもなく、女でもなく。しかし確実に女へと近づいている存在。

 

(私は、変わるんだ)

 

アルスは水面に映る自分に静かに語りかけた。恐怖はなかった。悲しみもなかった。あるのは、ただ、深い安堵と——歓喜だった。アルスはこの身体になることを、望んだ。ビーストの孕み袋になることを選んだ。その結果が、この姿だった。

 

(これで、いい)

 

アルスは泉の水を手にすくい、顔を洗った。冷たい水が火照った肌に心地よかった。アルスはもう一度、水面を見た。そこに映る自分はやはりアルスではなかった。しかし、アルスはその姿を受け入れた。これが、アルスの選んだ姿だった。

コロニーに戻ると、額に十字の傷のあるビーストがアルスを待っていた。彼はアルスの匂いを嗅いだ。その鼻先が、アルスの首筋から胸元へと移動する。アルスは身を震わせた。ビーストは低く喉を鳴らした。その音は、以前よりも強く深かった。

 

(お前は、変わった。もっと雌になった)

 

ビーストの想いがアルスに伝わってくるようだった。アルスはビーストの頭を抱き寄せた。その毛皮に顔を埋める。匂いがした。雄の匂い。かつてアルスが持っていたもの。しかしアルスはもう、それを失いつつあった。それでもアルスはその匂いに焦がれた。この雄のそばにいたい。この雄のものになりたい。孕ませてほしい。その想いだけが、アルスを突き動かしていた。

アルスはビーストの手を取った。洞窟の奥へと誘う。ビーストはアルスについてきた。寝床の上で、アルスは自ら仰向けになった。足を開きビーストを迎え入れる姿勢をとる。ビーストがアルスの上に覆いかぶさった。そのものが、アルスの肛門に触れる。アルスは息をのんだ。

 

(入れて)

 

アルスは腰をかくんかくんと浮かせた。ビーストがゆっくりと腰を進める。アルスの肛門が、ビーストのものを受け入れる。以前よりもずっと滑らかに。アルスの内壁は、ビーストの形に完全に変わっていた。ビーストが動き始める。アルスはその動きに合わせて、自らも腰を振った。

 

(あなたの、もの——あ、あん♡)

 

アルスはビーストに貫かれながら、自分の身体の変化を感じていた。以前は痛みとにぶい快感だけだったものが、今では激烈な快感と安堵に変わっている。ビーストのものが、アルスの奥を穿つ。そのたびにアルスの身体が悦びに震える。アルスの小さくなった男性器は、何の反応も示さなかった。しかしアルスの肛門は、ビーストのものを悦んで受け入れていた。

行為の後、アルスはビーストの腕の中で横たわっていた。ビーストはアルスの髪を舐め、肌を撫でていた。アルスはその手つきに身を委ねた。以前は、行為の後アルスは一人で考え込むことが多かった。王としての務め、明日の予定なすべきこと。しかし今、アルスの頭にはそんなことはなかった。ただ、ビーストの温もりだけがあった。

アルスは自分の肛門に、指を伸ばした。ビーストに貫かれた後そこはまだ熱く、開いていた。アルスは指を一本中に入れた。ぬるりとした感触。ビーストの精液が、まだ中に残っていた。アルスは指を動かした。自分の内壁が、指を悦んで迎え入れる。しかし指では足りなかった。

 

(物足りない)

 

アルスは指を増やした。二本、三本。しかしビーストのものには遠く及ばない。アルスは自分の指では埋められない空虚を感じた。この空虚は、ビーストのものでしか満たせない。アルスは不安になった。ビーストが、アルスから離れてしまったらどうしよう。アルスが、孕み袋として役に立たなかったらどうしよう。アルスは震えながら、ビーストにしがみついた。

ビーストはアルスを抱き寄せた。その腕は、アルスを離さなかった。アルスはビーストの胸に頬を寄せた。その鼓動を聞く。低く、深い音。その音がアルスの不安を静かに消していった。

 

(あなたが、いる)

 

アルスは目を閉じた。ビーストの匂いがアルスを包む。その匂いの中に、アルスは自分を見失った。もう王ではない。男でもない。ただ、ビーストの孕み袋になるために存在する一つの身体。その身体が、今、ビーストの腕の中にある。それだけでアルスは安堵した。それだけで、アルスは満たされた。

 

(私は、あなたのもの)

 

アルスは静かに息を吐いた。ビーストの鼓動が、子守唄のようにアルスを眠りへと誘う。アルスはその音に身を委ねた。眠りに落ちる前、アルスは思った。

 

(この身体が、どこまで変わるのか——)

 

それは恐怖ではなかった。純粋な、好奇心だった。アルスの身体はこれからも変わり続ける。もっと雌に。もっとビーストの孕み袋に。その変化を、アルスは受け入れる。ビーストのそばにいるために。ビーストの子を産むために。アルスは、その変化を望んでいた。

 

(私は、変わる)

 

アルスは眠った。ビーストの腕の中で。かつての自分を失いながら。新しい自分を手に入れながら。

 

**【生物学的な示唆と提案】**

- **ホルモン変化の機序**:獣人の精液に含まれる物質が、視床下部-下垂体-精巣軸を抑制しテストステロン産生を停止させます。同時に、副腎や脂肪組織でのアロマターゼ活性が亢進し、アンドロゲンがエストロゲンへ変換されることで、女性ホルモン優位の状態が生じます。

- **精神変化の機序**:テストステロン低下により、競争心や攻撃性が減退しエストロゲン増加により、共感力や養育欲求が亢進します。またオキシトシンの感受性が高まり、特定の他者への愛着と依存が強まります。

- **乳房発達の機序**:エストロゲンとプロゲステロンの作用により、乳腺が発達しプロラクチンの作用で母乳産生が始まります。最初は少量ですが、出産後には本格的な泌乳が始まります。

- **体臭変化の機序**:エストロゲン増加により、アポクリン腺の分泌が変化しラクトン類(γ-デカラクトンなど)が体臭に混じります。これは、異性を引き付けるフェロモンとして機能します。

 

夜、アルスは自分の腹に手を当てていた。

洞窟の奥、獣皮の寝床の上でビーストの腕に抱かれながら、アルスは自分の下腹部に意識を集中させていた。ここ数日、アルスは自分の内側に起きている変化をはっきりと感じ取るようになっていた。それは外見からはわからない、もっと深い場所の変化だった。

 

(お腹の奥が、熱い)

 

アルスの手のひらの下で、下腹部の奥深くがじんじんと熱を持っていた。以前は感じなかった熱。それは痛みではなく、むしろ温かさだった。何かがそこで蠢いているような、そんな感覚。アルスは目を閉じてその感覚を追った。

講義の記憶が蘇る。獣人の精液によって人間の男性の内臓は変容する。

前立腺が——子宮へ。

精嚢が——卵巣へと近い機能を持つ器官へ。

睾丸が——卵巣へと変貌する。

アルスはその知識を、今、自分の身体で確かめていた。

 

(前立腺が、子宮に——)

 

アルスは自分の肛門の奥、膀胱の下にある器官に意識を向けた。かつては前立腺と呼ばれていたそこが、今は別の何かに変わりつつあった。アルスは指を肛門に差し入れ、内壁を探った。指先が小さな膨らみに触れる。以前は栗の実ほどの硬さだったそれが、今は柔らかくそして大きくなっていた。

 

(膨らんで、いる)

 

アルスは指でその部分をそっと押した。その瞬間、腹の奥から甘い痺れが全身に走った。アルスは思わず声を漏らした。

 

「ぁ……っ♡」

 

その感覚は、かつて前立腺を刺激されたときのものとは違っていた。もっと深く、もっと広い。まるでそこに新しい空洞が生まれているかのようだった。アルスは指をさらに奥へと進めた。前立腺のあった場所の奥に、もう一つの空間があるのを感じた。それは狭く、しかし確かに存在していた。

 

(これが、私の——子宮になる場所)

 

アルスはその空洞を指でなぞった。柔らかな内壁。ぬるりとした感触。まだ小さなその空間は、しかし確かにアルスの一部として機能し始めていた。ビーストの子を宿すための器官。アルスの身体は、それを作り始めていた。

睾丸にも変化があった。

アルスは陰茎の下、小さくなった二つの器官に触れた。かつては精巣として精子を作り出していたそこが、今は別のものへと変わりつつあった。硬かったそれが、今は柔らかくそして少しだけ大きさを取り戻していた。しかしそれは、精巣としての大きさではなかった。

 

(卵巣に、なりつつある)

 

アルスはその柔らかな膨らみを、指で優しく包んだ。かつて精子を作り出していた器官が、今は卵子を作り出す器官へと変わりつつある。アルスはその変化を、静かに受け入れた。もうアルスは子種を生み出す側ではない。アルスは子を宿す側になるのだ。

 

(私は、産む側に——)

 

アルスは自分の身体の変化を一つ一つ確認していった。前立腺は子宮へ。精嚢は卵巣へ。睾丸は卵巣へ。アルスの身体は、男性の器官を少しずつ女性の器官へと作り変えていた。それは恐ろしい変化だった。しかしアルスは恐怖を感じなかった。ただ、深い安堵があった。アルスの身体がビーストの孕み袋として完成していく。その過程を、アルスは愛おしく感じていた。

 

(これで、あなたの子を産める)

 

アルスは自分の腹を両手で包んだ。まだ膨らんではいない。しかしその奥には、ビーストの子を宿すための器が作られつつあった。アルスはその器が満たされる日を、待ち望んでいた。

その夜、アルスはビーストに抱かれた。

いつものように、ビーストはアルスを組み敷きその大きなものをアルスの中に沈めてきた。アルスはそれを受け入れながら、自分の内側の変化を感じていた。ビーストのものが、アルスの前立腺——もう前立腺ではない子宮へと変わりつつある器官——に触れる。そのたびに、アルスの全身に甘い痺れが走った。

 

「あ……っ、あん♡」

 

アルスは自分の口から出た声に、自分でも驚いた。それは以前のアルスなら決して出さなかった種類の声だった。甘く、媚びるような雌の声。しかしアルスはその声を恥ずかしいとは思わなかった。むしろ、その声が自分のものになっていくことに悦びを感じていた。

 

(もっと、もっと声を——)

 

アルスは自ら腰を浮かせた。ビーストのものをより深く迎え入れるために。ビーストが低く唸る。その唸りは、アルスへの歓喜の声だった。アルスはビーストの首に腕を回し、その耳元で囁いた。

 

「もっと、奥に……きて……♡」

 

ビーストが応えるように、腰を深く打ち付ける。アルスの内壁がビーストの形に合わせて悦びに震える。前立腺だった器官が、ビーストの先端に押されるたびにアルスの全身に快感の波を送り出す。その波は、以前のものよりもずっと深くずっと広かった。

 

(気持ちいい……気持ちいい……♡)

 

アルスはビーストの背中に爪を立てた。その毛皮を掴み、身体をビーストに預ける。ビーストの動きに合わせて、アルスも腰を振った。自らビーストを求め自ら悦びを得る。その行為が、アルスを満たしていた。

 

(私は、これが欲しい)

 

アルスは気づいていた。かつては義務だった行為が、今は悦びになっている。かつては受け入れるだけだったものが、今は自ら求めるものになっている。アルスの身体は、ビーストに抱かれることを悦びとして感じるように変わっていた。その変化を、アルスは歓迎した。

ビーストが果てた。アルスの奥に、熱い精液が注がれる。アルスはその熱を子宮へと変わりつつある器官の奥で感じた。精液が、アルスの内壁を濡らす。その感覚がアルスをさらに悦ばせた。

 

「あぁぁあ゛あ!!……おぉ゛♡」

 

アルスはビーストの腕の中で小さく果てた。小さくなった陰茎から、透明な液が少しだけ漏れた。それは精液ではなかった。もっとさらさらとした、雌の体液。アルスの身体はもう雄として果てることはできなくなっていた。しかしその代わりに、アルスは雌としての悦びを知り始めていた。

行為の後、アルスはビーストの胸に頬を寄せていた。

ビーストはアルスの髪を舐め背中を撫でていた。アルスはその手つきに身を委ねた。ビーストの腕の中は、アルスにとって世界で一番安全な場所だった。ここにいれば、何も怖くない。何も不安ではない。ただビーストの温もりだけがある。

 

(あなたのそばに、いると——)

 

アルスはビーストの鼓動を聞きながら自分の内側の変化を感じていた。子宮へと変わりつつある器官。卵巣へと変わりつつある器官。それらが、ビーストの精液を迎え入れ子を宿す準備をしている。アルスはその準備を、静かに待っていた。

 

(私は、あなたの子を産むために——)

 

アルスはビーストの胸に、そっと口づけた。その毛皮の奥温かな皮膚に。ビーストが低く喉を鳴らす。その音が、アルスの心を落ち着かせる。

 

(戦うこと。決めること。誰かを導くこと。そんなことは、もう——)

 

アルスはもう、それらを望まなかった。かつてアルスを突き動かしていたもの。王としての務め。男としての誇り。それらは、今のアルスには必要なかった。アルスはただ、ビーストのそばにいたい。ビーストの子を産みたい。ビーストの孕み袋として、この腕の中にいたい。それだけがアルスの望みだった。

 

(この身体が、あなたのものになる)

 

アルスはビーストの腕の中で静かに目を閉じた。ビーストの鼓動が、アルスを眠りへと誘う。アルスはその音に身を委ねた。眠りに落ちる前、アルスは思った。

 

(私は、変わっていく。もっとあなたの孕み袋に——)

 

その想いは、恐怖ではなかった。歓喜だった。アルスはビーストの腕の中で、深く静かに眠りに落ちた。

 

**【生物学的な示唆と提案】**

- **前立腺の子宮化の機序**:獣人の精液に含まれるホルモン様物質が、前立腺の腺組織を子宮内膜様の組織へと分化転換させている可能性があります。前立腺の間質細胞がエストロゲン受容体を発現し、腺上皮が増殖して空洞を形成すると考えられます。

- **睾丸の卵巣化の機序**:精巣のセルトリ細胞がエストロゲン産生能を獲得し、ライディッヒ細胞が萎縮して卵胞様の構造を形成する可能性があります。これによりテストステロン産生が停止し、エストロゲン産生が始まると考えられます。

- **性行為時の悦びの機序**:前立腺が子宮化することで、骨盤底筋群の収縮が子宮収縮様の快感を生み出す可能性があります。また、エストロゲン増加によりオキシトシン感受性が高まり、性行為時の愛着と悦びが増強されると考えられます。

- **雌の体液分泌の機序**:尿道傍腺(スキーン腺)がエストロゲンの作用で発達し、性行為時に透明な液を分泌するようになったと考えられます。これは女性の分泌液に相当するものです。

 

洞窟の奥、獣皮の敷かれた寝床の上でアルスはビーストの下にいた。

松明の揺らめく橙の光が二人の身体を照らし出していた。アルスの肌は汗でしっとりと濡れ、光を反射して黄金のように輝いていた。かつては鍛え上げられた硬い身体だったが、今では全体的に丸みを帯び柔らかな曲線を描いている。胸には微かな膨らみができ、乳首は濃い桜色に色づいてつんと立ち上がっていた。腰はくびれ、尻はたっぷりと肉付き太腿はむっちりとしていた。

その下腹部には小さく縮んだ陰茎と萎えた睾丸が申し訳程度にぶら下がっている。しかしそれは、この身体がかつて男だった名残に過ぎなかった。

ビーストが覆いかぶさっていた。アルスの二倍はあろうかという巨体。漆黒の毛皮に覆われた広い肩幅と盛り上がった筋肉。その股間からは、太く長いものがそそり立っていた。先端はぬらぬらと濡れ、松明の光を受けてぎらついていた。

 

「あ……ん♡」

 

アルスは自ら両脚を大きく開き、ビーストを迎え入れた。膝を立て腰を浮かせ、自分の肛門をビーストのものに押し当てるように差し出す。その動きに迷いはなかった。

ビーストが腰を進める。太い先端がアルスの窄まりに触れ、ゆっくりと沈み込んでいく。アルスの肛門は抵抗なくそれを受け入れた。皺の寄った窄まりが徐々に押し広げられ、ビーストの形に沿って開いていく。ぬぷぬぷぷ、と湿った音が洞窟に響いた。

 

「あぁ……っ♡ おっき……♡」

 

アルスは首をのけぞらせて声を上げた。その声は甘く、蕩けるような響きを持っていた。ビーストのものがアルスの内壁を押し広げながら奥へ奥へと進んでいく。半分ほど入ったところでビーストが一旦止まった。アルスはその瞬間、物足りなさに腰を揺らした。

 

「もっと……もっと奥に……ください……♡」

 

その声に応えるようにビーストが一気に腰を打ち付けた。ぐぽっ、と鈍い音がしてビーストのものが根元までアルスの中に沈んだ。アルスの下腹部が、ビーストの形に合わせて微かに膨らんだ。

 

「あ゛っ……!♡ そこ……そこぉ……っ♡」

 

アルスの声がひときわ高くなる。ビーストの先端が、アルスの奥深く子宮へと変わりつつある器官に触れたのだ。その瞬間、アルスの全身がびくんと震えた。小さくなった陰茎から、透明な液がじわりと滲み出す。

ビーストが腰を引き抜き始める。ずるり、と内壁を擦りながらビーストのものが引き抜かれていく。アルスの肛門はビーストを離すまいと締まったが、無理に引き抜かれてひくついた。抜けきる直前、ビーストは再び腰を押し込んだ。ぬぷっぬぷっ、ぬぷっ。規則的な律動が始まる。

 

「あんっ……あんっ……あんっ……♡」

 

アルスはビーストの動きに合わせて声を上げ続けた。もはやそれは言葉ではなかった。ただの甘い喘ぎ。雌が雄に与えられる悦びの声。アルスはビーストの首に両腕を回し、その巨体にしがみついた。爪が毛皮に食い込む。

ビーストの動きが次第に速くなる。腰の振りが大きくなり、打ち付ける音が洞窟に響き渡る。ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ。アルスの肛門からはビーストの先走りとアルスの分泌液が混ざり合った白濁した泡が溢れ出し、太腿を伝って獣皮を濡らしていた。

 

「はぁ……はぁ……っ…あぁんっ♡」

 

アルスの息が荒くなる。顔は火照り、目は潤み、口元はだらしなく開いている。舌が少しだけ覗き、唾液が顎を伝って胸元に落ちた。その胸はビーストに揺さぶられるたびにふるふると震えた。微かに膨らんだ乳房が、その度に柔らかく揺れる。乳首からは白い滴が滲み出ていた。

ビーストがアルスの左脚を持ち上げた。身体を捻るようにして体勢を変え、より深く穿つ角度を探る。アルスの身体はビーストの力に抗わず、されるがままに動いた。右脚はビーストの腰に絡みつき、左脚はビーストの肩に担がれた。

 

「あ、あ、あ……っ…そ、それ……やば……っ…♡」

 

ビーストのものが違う角度からアルスの奥を穿つ。子宮へと変わりつつある器官の、さらに奥。アルスは今まで感じたことのない場所を貫かれて、声にならない声を上げた。目の裏に火花が散り、全身が痙攣したように震えた。

ビーストは構わず腰を打ち付け続ける。ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ。その度にアルスの口から甘い悲鳴が上がる。

 

「も、もう……っ…イく……イっちゃ……っ…♡」

 

アルスはビーストの背中に爪を立てぎゅっと目を閉じた。その瞬間、アルスの身体が大きく跳ねた。肛門がビーストのものをきつく締め付け、内壁が波打つように痙攣する。小さくなった陰茎から、透明な液が断続的に溢れ出した。それはもはや射精ではなかった。雌が絶頂で流す潮のようなものだった。

 

「あ゛ーーーーっ……!♡」

 

アルスの絶頂の叫びが洞窟にこだました。

しかしビーストはまだ果てていなかった。ビーストは絶頂で震えるアルスの腰を両手で掴み、さらに激しく穿ち始める。ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ。アルスの身体はビーストの動きに翻弄され、獣皮の上で跳ねた。

 

「ま、待って……っ…まだ……イってるのに……っ…♡」

 

アルスの懇願も虚しく、ビーストの腰は止まらない。アルスは絶頂の最中でさらに追い上げられ、連続して絶頂に達する。内壁が何度も何度も痙攣し、ビーストのものを締め付ける。その締め付けがビーストをさらに興奮させた。

ついにビーストが低く唸った。腰の動きが不規則になり、何度か深く打ち付けた後ビーストはアルスの奥深くで果てた。どくん、どくんとビーストのものが脈打ち、熱い精液がアルスの子宮へと変わりつつある器官に直接注ぎ込まれる。その熱を感じたアルスは、再び小さく絶頂した。

 

「あぁ……っ…あったかい……♡」

 

アルスはビーストの精液が腹の奥に広がっていく感覚に、うっとりとした声を上げた。ビーストがゆっくりと腰を引き抜く。ずるり、と音を立てて抜かれたアルスの肛門はぽっかりと開いたままひくひくと震えていた。中に注ぎ込まれた白濁の精液が、重力に従ってとろりと溢れ出し獣皮に染みを作った。

ビーストはアルスの隣に横たわりその腕でアルスを抱き寄せた。アルスはぐったりとしながらも、ビーストの胸に顔を埋めた。その毛皮は汗で湿り、雄の匂いが濃く染みついていた。アルスはその匂いを深く吸い込んだ。

 

「……好き……だいすき……♡」

 

アルスはビーストの胸に囁いた。ビーストは答えない。しかしその腕は、アルスを決して離さなかった。アルスはビーストの鼓動を聞きながら、静かに目を閉じた。肛門からはまだとろとろと精液が溢れ出し続けている。その感触が、アルスを満たしていた。

やがてアルスは寝返りを打ち、ビーストに背中を向ける形で横たわった。尻をビーストの股間に押し付けるように。ビーストのものはまだ硬さを保っていた。アルスは自分の尻をビーストのものに擦りつけた。

 

「もっと……ちょうだい……♡」

 

アルスは振り返りながらビーストにねだった。その目は潤み、頬は火照り、口元はだらしなく緩んでいた。ビーストは低く唸ると、再びアルスの腰を掴んだ。まだ精液で濡れている肛門に、再びビーストのものが沈み込んでいく。

 

「あぁ……っ…はいってくる……♡」

 

アルスは横向きのまま、背後からビーストを受け入れた。ビーストの腰が動き始める。ぐちゅ、ぐちゅと精液の混じった音が再び洞窟に響き始めた。

アルスはその音を聞きながら心の底から満たされていた。この身体が、ビーストのために変わっていく。その変化のすべてが、アルスを悦ばせた。

 

「もっと……もっと奥に……種を……孕ませて……っ♡」

 

アルスの声は、洞窟の外へと漏れていった。森の夜は更け月だけがその声を聞いていた。

 

**【生物学的な示唆と提案】**

- **肛門の適応変化**:長期のビーストとの交尾により、肛門括約筋が弛緩しやすくなり内壁がビーストの形に適応して肥厚していると考えられます。これにより痛みなく太いものを受け入れられるようになっています。

- **分泌液の変化**:肛門腺および尿道傍腺からの分泌が増加し、自然潤滑が可能になっています。これはエストロゲン増加による粘膜分泌亢進の結果です。

- **絶頂の変化**:前立腺が子宮化することで、絶頂時の快感がより深く持続的なものに変化しています。また、オキシトシン感受性の亢進により連続絶頂が可能になっています。

- **精液の子宮内滞留**:子宮へと変わりつつある器官が精液を受け止め、重力に逆らって保持する機能を持ち始めている可能性があります。

 

二度目の月の満ち欠けが終わる頃、アルスの身体はほぼ完全に変わり果てていた。

洞窟の奥の泉に朝日が差し込んでいた。アルスは水面に映る自分の姿をじっと見つめていた。そこに映る姿は、もはやアルスが知っているアルスではなかった。

肌は絹のように滑らかで白さの中にほんのりと桜色を帯びていた。かつては硬く角ばっていた顔の輪郭は柔らかな曲線を描き、頬はふっくらと丸みを帯びている。目は大きく潤み、睫毛は長く影を落としていた。唇は薄く桜色に色づき、微かに開いたそこから白い息が漏れていた。

首は細くなり鎖骨の窪みが優雅な影を作っている。肩は丸みを帯びてなだらかに落ち、腕は細くしかし柔らかな肉付きを持っていた。何より目を引くのは胸だった。二つの乳房が、はっきりと膨らみを持ってそこにあった。大きすぎず小さすぎず、手のひらに収まるほどのそれは朝の光を受けて白く輝き、頂点の乳首は濃い桜色に色づいてつんと上を向いていた。乳輪はほんのりと広がり、その周囲には細かな産毛が金色の輪を作っている。

アルスはそっと自分の胸に手を当てた。指を沈めると、ふわりとした弾力が手のひらに返ってくる。乳首を指で軽くつまむと、白い滴がじわりと滲み出た。以前はほんの一滴だったものが、今では数滴乳首を伝って零れ落ちる。甘い香りが泉の水面に漂った。

腰はしっかりとくびれそこから下はふっくらと広がっていた。臀部はたっぷりと丸みを帯び、太腿はむっちりとしていて膝から下はすらりと伸びている。かつては硬く筋肉質だった脚は、今では柔らかな曲線を描き歩くたびに臀部がふるふると震えるようになっていた。

そして下腹部。そこには小さく縮んだ陰茎と萎えた睾丸が申し訳程度にぶら下がっているだけだった。陰茎は完全に勃起する力を失い、常に皮に包まれたままだった。睾丸は触れてもほとんど感触がなく、中身が空っぽになった袋のようだった。それは、かつてアルスが男だったことのただの痕跡に過ぎなかった。

しかしアルスはそれを恥ずかしいとは思わなかった。むしろ、それが自分が雌になった証のように感じられて、誇らしくさえあった。

体毛はほとんど消えていた。脇も脚も腕も、かつては濃かった毛は産毛ほどに薄くなり肌はどこまでも滑らかだった。陰部にもほとんど毛はなく、小さくなった陰茎と睾丸だけがぽつんとそこにあった。

そして、匂い。アルスは自分の手首を鼻に近づけた。甘い、花のような蜜のような香りがした。ラクトン。講義で学んだその物質が、アルスの体臭を完全に変えていた。それは異性を引き付けるための香り。雌の香りだった。

 

(これが、私——)

 

アルスは水面に映る自分に微笑みかけた。その微笑みは、かつての王としての微笑みではなかった。それは、雌としての充足に満ちた微笑みだった。アルスは自分の身体が完全に孕み袋として完成したことを、全身で感じていた。

泉から戻ると、額に十字の傷のあるビーストが洞窟の入り口でアルスを待っていた。

彼はアルスの姿を見ると、低く喉を鳴らした。その目がアルスの身体を舐めるように見つめる。アルスはその視線を受けて、身体の奥が熱くなるのを感じた。もうビーストに見つめられるだけで、アルスの肛門はじわりと濡れ始める。身体が、ビーストを求めて反応するのだ。

アルスはビーストの前に静かに歩み寄った。そして、その場に膝をついた。

目の前に、ビーストのものがあった。まだ完全には勃起していないそれが、アルスの顔のすぐ近くにあった。黒い毛皮に覆われた鞘から、先端が覗いている。アルスはそれをまるで神聖なものを拝むように見つめた。

 

(これが、私の、そう、主の——)

 

アルスはゆっくりと手を伸ばした。震える指で、ビーストのものにそっと触れる。熱かった。脈打つその熱が、指先から伝わってくる。アルスは顔を近づけ、その先端にそっと唇を押し当てた。

それは、恭しい接吻だった。

 

「ん……ちゅっ…♡、ふぅ♡」

 

アルスは唇を離さずに、そっと息を吐いた。温かな息がビーストのものに触れ、それが微かに震えた。アルスはその反応に心を震わせながら、もう一度口づけた。今度はもっと深く。唇を開き、先端をそっと口に含んだ。

 

「んむ……っ…ちゅ……っ…♡」

 

アルスはビーストのものを口の中でじっくりと味わうように、舌を這わせた。先端の窪みに溜まった透明な液を、舌先でそっと掬い取る。しょっぱくて少し苦くて、でもアルスにとっては蜜よりも甘い味がした。それは、アルスが仕えるべき雄の味だった。

ビーストが低く唸った。そのものが、アルスの口の中でゆっくりと硬さを増していく。アルスはそれをもっと深く咥え込もうとしたが、口が小さいのですぐに限界が来た。それでもアルスは、できる限り奥まで咥え残りは両手で包み込んだ。

 

「んふ……っ…んむ……っ…ちゅぱ……っ…♡」

 

アルスは顔を前後に動かし始めた。口の中でビーストのものが擦れるたびに、アルスの口の端から唾液が溢れ顎を伝って胸元に落ちる。涙で潤んだ目で、アルスは上目遣いにビーストを見上げた。

その視線は、完全な服従のそれだった。アルスはビーストを見上げながら、自分が何者であるかを全身で示していた。私はあなたのものです。あなたの孕み袋です。あなたに仕えるために、私はここにいるのです。その想いが潤んだ目の奥に宿っていた。

 

「ん……っ…んむ……っ…あむ……っ…れろ……っ…♡」

 

アルスは一度ビーストのものを口から離し今度は根元から先端まで、長い舌を這わせた。唾液で濡れた毛皮の匂いが、アルスの鼻腔を満たす。雄の匂い。主人の匂い。アルスはその匂いに酔いしれながら、何度も何度も舌を這わせた。まるで自分の主人の身体を清めるかのように。

そして再び先端を口に含み今度は頬を窄めて強く吸い上げた。じゅるる♡、と卑猥な音が洞窟に響く。アルスはその音を恥ずかしいとは思わなかった。むしろ、自分が主人に奉仕している証のように感じて、誇らしかった。

 

「ん……っ…んふ……っ♡…ちゅ……っ…んむ……ぶっ…♡」

 

アルスは顔を前後に動かしながら、時折上目遣いにビーストを見上げた。その度に、目と目が合う。ビーストの金色の目がアルスを見下ろしている。その視線に、アルスの身体の奥がきゅんと疼いた。

 

(見てくれている。私の主人が、私を見てくれている——)

 

アルスは口を離し、ビーストのものを両手で包み込んだ。そして、その先端にそっと、額を押し当てた。

まるで騎士が主君に忠誠を誓うかのように。

 

「私はビーストの孕み袋、でも、あなたは私の、唯一の主——」

 

アルスは静かに口を開いた。その声は震えていたが、確かな意志が宿っていた。

 

「私は、あなたのものです。この身体もこの心も、すべて。私はあなたの孕み袋としてここに生きています」

 

アルスは顔を上げ、ビーストの目をまっすぐに見つめた。

 

「あなたに仕えることが、私の悦びです。あなたの子を産むことが私の使命です。あなたのそばにいることが、私のすべてです」

 

アルスの目から、一筋の涙がこぼれた。それは悲しみの涙ではなかった。歓喜の涙だった。自分の存在理由を見つけた者の、充足の涙だった。

 

「私は、もう王ではありません。男でもありません。私は——あなたのものです。あなたの雌です。あなたの孕み袋です。あなたが私をそう呼んでくれた、その通りに。私はあなたのものになりました——あなただけの、孕み袋に」

 

アルスはもう一度、ビーストのものに恭しく口づけた。それは誓約の接吻だった。アルスのすべてを、ビーストに捧げる誓いの口づけ。

ビーストが低く唸った。それは、承認の声だった。彼の大きな手がアルスの頭にそっと置かれる。その手は、アルスの髪を優しく撫でた。アルスはその手の温もりに、深い安堵を覚えた。

 

「私は、一生涯、あなたの孕み袋です——♡」

 

アルスはもう一度囁き、そして再びビーストのものを口に含んだ。今度はさっきよりもっと深く。もっと恭しく。もっと愛を込めて。

 

「んむ……っ…ちゅ……っ…じゅる……っ…んふ……っ…♡」

 

アルスはビーストのものを口で愛撫し続けた。それは奉仕であり祈りであり愛の行為だった。アルスの口から溢れる唾液が、ビーストのものを濡らし松明の光を反射してぎらぎらと輝いていた。その光景は、神聖ですらあった。

どれほどの時間が経っただろう。ビーストのものがアルスの口の中でひときわ大きく脈打った。アルスはそれを感じ取り、さらに深く咥え込んだ。喉の奥までビーストのものが達し、アルスはそれを受け入れた。

 

「ん……っ…んん……っ…♡」

 

ビーストが腰を震わせ、アルスの口の中で果てた。どくんどくんと熱い精液がアルスの喉の奥に直接注ぎ込まれる。アルスはそれを一滴も零さないように、必死に飲み下した。熱くてとろりとしていて、少し苦くて——でもアルスにとっては何よりも甘い味だった。

ビーストがゆっくりとアルスの口からものを引き抜く。アルスは最後の一滴まで飲み干し、口の端に付いた精液を指で拭って舐め取った。その仕草は、あまりにも自然であまりにも艶めかしかった。

 

「ありがとうございます、私のご主人様——」

 

アルスはビーストを見上げて微笑んだ。その微笑みは、完全な充足に満ちていた。アルスはもう何も失うことを恐れていなかった。王位も、王国も男としての身体も——すべてを失っても、アルスはここにいた。ビーストのそばに。主人のそばに。孕み袋として、雌として。

ビーストがアルスを抱き上げた。その腕は優しく、しかし確かな力でアルスを包み込んだ。アルスはビーストの胸に頬を寄せ、その鼓動を聞いた。

 

(私は、完成した)

 

アルスは静かに目を閉じた。身体の変化は、ほぼ終わった。前立腺は子宮へ。睾丸は卵巣へ。乳房は発達し、肌は滑らかに体臭は雌のものに。そして心も——完全に、ビーストのものに。

アルスはビーストの腕の中で、深く静かな充足に包まれていた。かつて王だった頃には決して得られなかった、完全な安らぎ。誰かのために在ることの悦び。アルスはそれを、今ここで手に入れたのだった。

 

(私は、あなたの孕み袋。それだけで十分——)

 

ビーストがアルスを寝床に横たえた。その上に覆いかぶさる。アルスは自ら足を開き、ビーストを迎え入れた。身体のすべてがビーストを求めていた。

 

「——愛しています♡」

 

アルスの声は、洞窟の奥に静かに消えていった。

 

**【生物学的な示唆と提案】**

- **乳房の発達機序**:エストロゲンとプロゲステロンの継続的な作用により、乳腺組織が完全に発達しプロラクチンの作用で持続的な母乳産生が行われています。乳輪の拡大と色素沈着も、エストロゲン作用の結果です。

- **体毛の変化機序**:テストステロン低下により、アンドロゲン依存性の体毛が脱落し産毛へと変化しています。これは去勢後に見られる変化と類似しています。

- **体臭の変化機序**:エストロゲン優位の状態により、アポクリン腺からの分泌が変化しラクトン類やその他の揮発性化合物が増加しています。これはビーストにとってフェロモンとして機能します。

- **フェラチオ時の生理的変化**:唾液分泌が亢進し、精液の味を受容する味蕾の感受性が変化している可能性があります。また、オキシトシン分泌により奉仕行為そのものが悦びとして感じられるようになっています。

 

## 第六章 身体的変容

### 第六節 受精

 

ビーストがアルスを寝床に横たえた。

アルスは自ら両脚を大きく開いた。膝を立て、腰を浮かせ、ビーストを迎え入れる姿勢をとる。もはやそれは自然な仕草だった。身体が、雌として雄を受け入れる形を覚えていた。ビーストが覆いかぶさる。その巨躯がアルスの上に影を落とし、松明の光を遮った。アルスはビーストの顔を見上げた。金色の目が、アルスを見下ろしている。額の十字の傷が松明の光を受けて浮かび上がっていた。

 

「きて……ください……私のご主人様……♡」

 

アルスは囁いた。その声は甘く媚びるようだった。ビーストが腰を進める。太い先端がアルスの縦割れのアナルおまんこ肛門に触れ、ゆっくりと沈み込んでいく。アルスの内壁が、ビーストの形に合わせて開いていく。もはや抵抗はなかった。身体が、ビーストを受け入れるために作られていた。

 

「あぁ……っ…♡」

 

ビーストのものが根元まで沈む。アルスの下腹部が、ビーストの形に合わせて微かに膨らんだ。ビーストの先端が、アルスの子宮へと変わりつつある器官に触れる。その瞬間、アルスの全身に甘い痺れが走った。小さくなった陰茎から、透明な液がじわりと滲み出す。ビーストが動き始める。ゆっくりと、深く。アルスの奥を穿つ。ぐちゅぐちゅ、と湿った音が洞窟に響く。

 

「あん……っ…あん……っ…♡」

 

アルスはビーストの動きに合わせて声を上げた。ビーストのものが引かれ、再び押し込まれる。その律動がアルスの身体の奥深くに快感の波を送り出す。アルスはビーストの首に腕を回し、その毛皮に顔を埋めた。雄の匂いがアルスの鼻腔を満たす。主人の匂い。アルスはその匂いに酔いしれながら、ビーストの動きを受け入れた。

 

(奥が……熱い……よぉ♡)

 

アルスは自分の内側に意識を向けた。子宮へと変わりつつある器官が、ビーストの先端に押されるたびにじんじんと熱を持っていた。前立腺だった場所は、もうすっかり子宮の形に変わりつつある。狭い空洞が、ビーストの形に合わせて広がりそして収縮する。まるで、ビーストを受け入れるために呼吸しているかのようだった。

 

(卵巣が……動いてる……)

 

アルスはさらに深い場所に意識を向けた。睾丸だった場所。今は卵巣へと変わりつつある器官。それが、ビーストの精液を迎え入れる準備を始めていた。アルスはそれを感じ取っていた。身体の最も深い場所で、何かが始まろうとしている。ビーストの動きが速くなる。腰の振りが大きくなり、ちんぽを尻たぶに打ち付ける音が洞窟に響き渡る。ぐちゅぐちゅ、ぐちゅ。アルスのケツまんこからはビーストの先走りとアルスの分泌液が混ざり合った白濁した泡が溢れ出し、太腿を伝って獣皮を濡らしていた。

 

「はぁ……はぁ……っ…あぁんっ♡」

 

アルスの息が荒くなる。顔は火照り、目は潤み、口元はだらしなく開いている。舌が少しだけ覗き、唾液が顎を伝って胸元に落ちた。微かに膨らんだ乳房が、ビーストに揺さぶられるたびにふるふると震える。乳首からは白い滴が滲み出ていた。ビーストがアルスの両足を持ち上げた。

俗にいう種付けピストン。雌を本気で孕ませる雄の行為。がっしりと押さえつけられて、身動きのできないアルスの興奮と被支配への悦びは最高潮に達した。そして、ビーストのちんぽの先端が、ぷちゅり♡ばちゅ……ぶちん♡と音を立ててアルスのケツアナルまんこをひと皮貫いた。

 

「お゛ぉほっぉ゛♡」

 

腸壁を突き破り、代替子宮の口へ亀頭が当たった。実質の破瓜。アルスの子宮が直腸とつながり、妊娠を阻む最後の壁がなくなった。

 

「ん゛あ゛ぁ、♡……ぉぉ゛♡っほ♡っほ♡……っほ♡、き、き゛たぁ゛ぁ♡」

(おちんぽ♡届いてる〜〜♡私のご主人様のおちんぽ♡)

(こんな奥にぃ……♡こんなの知らない♡おちんぽおちんぽおちんぽぉ……♡♡)

 

ビーストが低く唸った。もうすぐ果てそうだった。アルスはその変化を敏感に感じ取っていた。ビーストの動きが不規則になり腰が震え始めた。アルスはビーストの首にしがみつき背中に爪を立てた。

 

「イ゛く♡イ゛ぐ゛ぅゔ♡゛ほぉっ……♡っぉぉ゛お゛ほぉ♡ぉん゛っ……♡」

 

ビーストが果てた。どくんどくんとアルスの奥で熱い精液が注ぎ込まれる。その熱をアルスは子宮へと変わりつつある器官の奥で感じた。精液が内壁を濡らし子宮へと流れ込んでいく。アルスはその感覚に全身が痙攣するような快感を覚えた。それは獣じみた喘ぎ声となって口から漏れて、

 

「イぐ♡イ゛ぐ♡イぐぅ゛ぅぅう!!!♡♡」

 

アルスの全身が弓なりに反り返り目を見開いた。

脳に稲妻が落ちたような衝撃が走り、アルスはこれまでの人生で知らなかった未知の絶頂を迎えていた。

それは明らかに以前までのものとは違う。

深く重い官能的な余韻をともなう絶頂。まさにメスのアクメであった。

ビーストのものがアルスの子宮の入り口にぴたりとくっついていた。その先端から噴き出した白濁が直接子宮へと注ぎ込まれていく。それはまるで神聖な儀式のようだった。アルスはその儀式の真っ只中にいた。身体の最も深い場所で起こる神秘的な出来事。卵巣が動き始める。アルスはそれを感じ取っていた。卵巣から卵子が放出される。それは目に見えないほどの小さな生命の芽だった。

 

(きてる……私の卵が……)

 

アルスは自分の内側に意識を集中させた。ビーストの精液が子宮の中で渦を巻いている。無数の精子たちが泳ぎ回り卵子を目指している。アルスは自分の卵子がそこにいることを感じ取っていた。それはまるで星のように輝いて見えた。アルスの卵子はビーストの精子を受け入れようと待っていた。

 

(きて……あなたの子種を……♡)

 

最初の精子が卵子に接触した。しかし弾かれた。拒絶されたように。次の精子も同じだった。三つ目四つ目と失敗が続く。

 

(お願い……来て……♡)

 

五十番目の精子が接触した。今度は違う。表面が溶け合い一つになろうとしている。アルスは無意識にその瞬間をはっきりと感じた。

 

(はいった……♡)

 

アルスの子宮の中で、小さな奇跡が起きていた。ビーストの遺伝情報とアルスの遺伝情報が結合し新しい命が生まれようとしていた。受精卵。それはアルスの中に確かな温もりを持ち始めていた。

 

(できた……受精した……♡)

 

アルスは自分の身体の中に宿った新しい生命を感じ取った。それは目に見えないほどの小さな存在だったがしかし確かにそこにあった。アルスの卵巣が産み出した卵子とビーストの精巣が産み出した精子が出会い新しい命となった。それは人間でも獣人でもない新たな種だった。

 

着床した受精卵は、この後、アルスの胎内で成長する。その期間は、ヒトであれば十月十日かかるが、ビーストのそれは2か月もあれば充分。つまりはこの上なく繁殖力の高い子種をまだ変容から日も浅いアルスの子宮は受け入れるのである。しかし、その若い膣は子種を初めて流し込まれるがごとき刺激でありともすれば失神しかねない。それほどにその遺伝子は強烈で力強い。

 

(あなたの子が……私の中に……♡)

 

アルスの目から涙がこぼれた。それは痛みの涙ではなかった。歓喜の涙だった。自分の身体が孕み袋として機能したことの証。アルスはビーストの子を宿したのだ。ビーストがゆっくりと腰を引く。ずるり、と音を立ててものが抜かれていく。アルスの肛門は名残惜しそうにひくついた。ビーストのものが完全に抜かれると、注ぎ込まれた精液の一部が入り口からとろりと溢れ出た。しかしそのほとんどは子宮の中に留まっていた。受精卵を守るように、アルスの身体が精液を保持している。アルスは自分の手をお腹に当てた。

 

(ここに……あなたの子が……♡)

 

まだ膨らんではいないがアルスは確かに自分の腹の中に命が宿ったことを感じていた。ビーストがアルスを抱き寄せた。その腕は優しくしかし決して離さないという意志に満ちていた。アルスはビーストの胸に顔を埋め、その鼓動を聞いた。ビーストの心臓の音がアルスの耳に響く。その音はまるで子守唄のようだった。

 

(私は……孕んだ……♡)

 

アルスは静かに目を閉じた。ビーストの腕の中は世界で一番安全な場所だった。ここにいれば何も怖くない。何も不安ではない。ただビーストの温もりと、腹の中に宿った新しい命だけがある。

 

「愛しています……私のご主人様……あなたの孕み袋として……この命を……あなたの子を産みます……♡」

 

アルスはビーストの胸に囁いた。ビーストは低く喉を鳴らした。それは承認と愛の音だった。ビーストの手がアルスの腹に触れる。その大きな手のひらが、アルスの下腹部をそっと包み込んだ。そこにはもう、二人の子がいる。小さな命が、アルスの胎内で成長を始めていた。

 

(私は、あなたのものです。この子もあなたのものです。すべてを、あなたに——捧げて♡)

 

アルスはビーストの腕の中で深く静かに眠りに落ちた。洞窟の外では月が昇り森の動物たちが静かに息を潛めていた。新しい命の誕生を、森全体が見守っているかのようだった。

 

**【生物学的な示唆と提案】**

- **受精の機序**:獣人の精子は人間の卵子よりもアルスの卵子(睾丸由来)に対して高い親和性を持っています。これは獣人の精液に含まれる特定の糖タンパク質が、アルスの卵子表面の受容体と結合しやすいためです。

- **着床の機序**:子宮へと変わりつつある器官の内膜が、獣人の受精卵を異物として排除せずむしろ積極的に受け入れるようになっています。これはエストロゲンとプロゲステロンの作用により、免疫寛容が成立しているためです。

- **妊娠期間の短縮**:獣人の遺伝子は成長促進因子を含んでおり、胎児の成長速度が人間のそれを大幅に上回ります。そため妊娠期間が約2か月と短縮されています。

- **初期胚の刺激**:獣人の受精卵は着床時に強いシグナルを子宮に送り、母体のホルモン環境をさらに女性優位に変化させる可能性があります。これによりアルスの身体はより完全な雌へと変容を続けると考えられます。

 

【間章 泉にて】

夜明け前の森は静かだった。

アルスはビーストの腕をそっと抜け出した。眠っているビーストの胸は規則正しく上下し、その額の十字の傷は薄暗がりの中でもくっきりと見えた。アルスはその寝顔をしばらく見つめ、それから音を立てないように洞窟を抜け出した。

外の空気は冷たくアルスの裸身を撫でた。肌が粟立つ。しかしその冷たさが、火照った身体には心地よかった。アルスは森の小道を歩いた。月明かりが木々の間から漏れ、アルスの白い肌にまだらな影を落とす。足元の苔はしっとりと濡れていて、素足に柔らかく沈んだ。

泉は洞窟からほど近い場所にあった。森の奥深く、切り立った岩壁の窪みに湧く小さな泉。水面は鏡のように静かで、月と星を映していた。アルスはその淵に立ち、水面に映る自分の姿を見下ろした。

 

月明かりの下で、アルスの身体は青白く輝いていた。

膨らみを持った胸。くびれた腰。丸みを帯びた尻。柔らかな曲線を描く全身。そして——下腹部に手を当てる。まだ膨らんではいない。しかしその奥には、確かな命が宿っている。

アルスはゆっくりと泉に足を踏み入れた。水は冷たかった。足首、ふくらはぎ、膝、太腿——身体が少しずつ水に沈んでいく。冷たさが肌を刺し、しかしそれがアルスの意識を澄明にした。腰まで浸かり、アルスは両手で水を掬い上げた。冷たい水が腕を伝って落ちる。

アルスは胸元に水をかけた。乳房の上を水が流れ、乳首を伝って滴る。冷たさに乳首が硬く尖った。アルスは自分の胸を手で包み、そっと揉んだ。柔らかな肉が指の間から溢れる。以前は硬い胸板だったそこが、今は雌の乳房になっている。

 

(これが、私の身体)

 

アルスは水面に映る自分を見つめた。揺れる水面に、自分の姿が映っている。そこに映るのはもう男ではない。しかし完全に女でもない。どこか中間の、しかし確かに雌としての機能を持つ身体。アルスはその姿をじっと見つめた。

 

(孕んだ)

 

その言葉が、アルスの胸の奥で静かに響いた。

 

(私の中に、ビーストの子がいる)

 

アルスはお腹に両手を当てた。水面下で自分の手が下腹部を包む。まだ何の感触もない。しかしアルスは知っていた。そこに命が宿っていることを。ビーストの精液が子宮に注がれ、アルスの卵子と出会い受精し、着床した。その一連の出来事をアルスは自分の身体の内側で感じ取っていた。

 

(私は、孕まされた)

 

その事実を、アルスは静かに反芻した。孕まされた。受け身の行為。ビーストに組み敷かれ、貫かれ精液を注がれ、子を宿した。それはかつてのアルスなら決して受け入れられなかった立場だった。王として、男として常に与える側であり導く側であったアルスが、今は与えられ受け入れられる側になっている。

 

(でも——)

 

アルスは水面に映る自分の顔を見つめた。そこに映る表情は、恐怖でも悲しみでもなかった。静かな充足。深い安堵。そして、言葉にできないほどの悦び。

 

(私は、これを望んでいた)

 

アルスは気づいていた。ビーストに抱かれるたびに、アルスの身体は子を宿す準備をしていた。子宮を作り、卵巣を作り乳房を育て、雌の匂いを纏った。すべてはこの瞬間のためだった。ビーストの子を宿すために。孕み袋として完成するために。

 

(孕まされたのではない。私が、孕んだのだ)

 

アルスはゆっくりと首を振った。受け身ではない。アルスは自ら望んでビーストを受け入れた。自ら腰を振り、自ら精液を求めた。そして今自らの胎内に命を宿している。それは確かにアルスが成し遂げたことだった。

 

(私の身体は、あなたの子を産むためにある)

 

アルスは泉の水を両手ですくいそっとお腹にかけた。冷たい水が下腹部を伝って落ちる。その冷たさが、腹の中の命をより強く意識させた。まだ米粒ほどの大きさもない命。しかし確かにそこにいる。ビーストの子。アルスの子。

 

(あなたは、どんな子だろう)

 

アルスは想像した。ビーストのような毛皮を持って生まれるのだろうか。それともアルスのような肌を持つのだろうか。金色の目だろうか。それとも——アルスは微笑んだ。どんな子でもいい。ビーストの子なら。アルスが産む子なら。

 

(私は、産むのだ)

 

その事実が、アルスの全身に温もりを広げた。産む。命を産む。新しい命をこの世界に送り出す。それはアルスがかつて想像したこともない役割だった。王として国を導くことよりも、男として名を残すことよりもアルスにとって今は「産むこと」が最も大切なことだった。

 

(私のすべてを、この子に)

 

アルスはお腹を撫でた。水面下で手のひらが下腹部を優しく包む。まだ平らなその場所に、確かな命が宿っている。アルスはその命に語りかけた。

 

(待っているよ。あなたに会える日を)

 

泉の水がアルスの身体を洗い流していく。汗も、精液も、すべて。しかしアルスの中に残ったものは決して洗い流せない。ビーストの子。アルスの命。二人の証。

 

(私は、あなたの孕み袋。そして——)

 

アルスは水面に映る自分に、静かに微笑んだ。

 

(この子の、母になる)

 

その言葉が、アルスの胸に深く沁み込んでいった。母。アルスはその響きを、何度も心の中で繰り返した。母。母。母。かつては縁遠い言葉だった。しかし今は、自分のものになりつつある。アルスはもう一度お腹を撫で、それからゆっくりと泉から上がった。

冷たい水が肌から滴り落ちる。夜明けの光が森の向こうから差し始め、アルスの濡れた身体を金色に染めた。アルスは洞窟の方角を見た。ビーストが待っている。アルスの帰りを、待っている。

 

(帰ろう)

 

アルスは歩き出した。濡れた足跡が、森の苔の上に続いていく。その足取りはかつての王のそれではなく、しかし確かな意志に満ちていた。アルスは孕み袋として、そして母としてビーストの元へと帰っていく。

その背中に、朝日が昇った。

 

妊娠してからの孕み袋としての日々が始まった。

最初の月、アルスの身体に起こった変化は静かなものだった。朝、目覚めたときに吐き気を覚えるようになった。ビーストが狩りに出かけた後の静かな洞窟で、アルスは何度もえずいた。胃の中は空っぽなのに、何かが込み上げてくるような感覚。しかしそれは辛いだけではなかった。腹の中の命が、確かに自分の中にいるという証のように感じられた。

乳房がさらに膨らみ始め、乳首はさらに濃い桜色に色づき、常に硬く尖っていた。触れるだけで白い母乳が滲み出る。アルスはそれを絞り、自分の指で舐めてみた。甘くて温かくて、少し塩気があった。これは赤子のためのもの。アルスは自分の身体が母になる準備をしていることを、その味で確かめた。

乳輪も広がり、その周囲には小さな粒がぽつぽつと現れていた。モントゴメリー腺。講義で学んだその器官が、実際に自分の身体に現れている。アルスはそれを指でなぞりながら、自分の身体の神秘に静かな驚きを覚えた。

腹部はまだ目立ってはいなかったが、触れると以前とは違う柔らかさがあった。下腹部に手を当てると、ほんの少しだけ硬い部分がある。代替子宮が大きくなり始めているのだ。アルスは毎日、その部分を撫でた。

そして何より、アルスの匂いが変わった。ラクトンの香りがより強くなり、甘く重い雌の匂いが身体から漂うようになった。ビーストはその匂いを嗅ぐたびに、低く喉を鳴らしてアルスに鼻を寄せた。アルスはその反応が誇らしかった。自分の身体が、ビーストの子を孕むのにふさわしい雌になったのだ。

最初の月の終わりアルスは泉の前で自分の姿を確認した。胸は明らかに膨らみ、腰はさらにくびれ尻は丸みを増していた。そして下腹部には、人間で言えば妊娠5か月程度の確かなふくらみがあった。アルスはそのふくらみに手を当て、静かに微笑んだ。

 

(大きくなっている)

アルスは自分のボテ腹を鏡のように泉に見つめ、その丸みを愛おしく思った。腹の中の命が確かに成長している。それを感じるたびに、アルスの胸は温かいもので満たされた。

しかし、身体の変化はアルスに一つの問題をもたらした。ビーストとのセックスが、できなくなったのだ。腹が大きくなるにつれ、ビーストのものがアルスの奥まで届かなくなり始めた。体位も制限され、アルスの身体はビーストを受け入れることが難しくなっていった。

ある夜、ビーストがアルスを組み敷こうとした。しかしアルスの膨らんだ腹が二人の間にあって、ビーストのものがアルスの肛門に届かない。ビーストは何度か試みたが、やがて諦めてアルスの横に横たわった。その横顔は、欲求不満と同時にアルスを気遣う色を浮かべていた。

アルスはそのビーストの姿を見て胸が締め付けられる思いがした。ビーストはアルスを傷つけないようにと、慎重に接している。しかしその身体はまだアルスを求めている。アルスはそのことを知っていた。

 

(私が、ご奉仕しなければ)

 

アルスは決意した。セックスができなくても、ビーストを悦ばせる方法はある。アルスはビーストの前に跪き、そのものを口に含んだ。

 

「ん……ちゅ……♡」

 

久しぶりに味わうビーストのちんぽの味。アルスの口の中に、雄ちんぽの匂いが広がる。アルスはその匂いにいつも以上に深く酔いしれながら、舌を這わせた。

ビーストのものがアルスの口の中でゆっくりと硬さを増していく。アルスは上目遣いにビーストを見上げた。その目は潤み、頬は火照っている。孕んだ身体でそれでもビーストに奉仕できることが、アルスには何よりも嬉しかった。

 

「んふ……っ…んむ……っ…ちゅぱ……っ…♡」

 

アルスは顔を前後に動かし始めた。口の中でビーストのものが擦れるたびに、唾液が溢れ顎を伝って胸元に落ちる。母乳の滲む乳首と唾液が伝い、それがまたアルスを悦ばせた。ビーストが低く唸る。その手がアルスの頭に置かれ、優しく髪を撫でた。

 

「ぇぅ………れぇ♡」

 

口を離し、舌をちんぽの竿にはわせてじっとビーストを見つめる。アルスは、こぼれそうな唾液を含んだ舌でぬらぬらと亀頭を舐めまわすとそのまま竿を丁寧に舐めしゃぶった。

 

「ちゅっ♡ちゅぅ♡ぢゅ♡ちゅぷっ♡♡じゅぷぷっ♡」

 

激しさはなくゆったりとしたねっとりフェラだったが、それで十分だった。アルスは両手で金玉をやんわりと包みながらねっとりとした口淫を続ける。これだけでビーストは十分に幸せそうだ。

 

「ちゅぷっ……♡ ちゅぽっ……♡ じゅぷっ……♡ じゅるるっ……♡ じゅぷぷぷぷっ……♡ ん~~~……ッ!!??♡♡ じゅぷっ……♡ じゅぽっ……♡ じゅるるるっ……♡ ……んふ……っ…あむ……っ…れろ……っ…♡」

 

フェラチオの際に下品な水音が響くことはごく当然のことだが、アルスは音によってビーストを興奮させることができると言うことに気が付いてしまったようだった。

ボテ腹になってもビーストの前で見栄を張る必要がないどころかむしろ腹が大きいほうがビーストは興奮してくれているとわかると、またその姿を見せることに躊躇がなくなってきたのだろうか。

翌日からアルスはビーストの留守中も一人で練習をするようになった。ビーストのものを思い浮かべながら自分の口を使ってどうすれば気持ちよくしてあげられるかを考える。舌の使い方唇の締め具合呼吸のタイミング。アルスはそれに没頭した。

そしてビーストが狩りから帰ると必ずフェラチオ奉仕をした。

 

「んむ……っ…♡」

 

最初はぎこちなかったその行為が少しずつ洗練されていく。アルスは自分の技術が向上していくのを感じた。それは単なる奉仕ではなかった。アルスがビーストを悦ばせるために努力し自己実現していくプロセスだった。

ある夜ビーストのものを飲み干した後アルスは言った。

 

「あなたのものですから……あなたの赤ちゃんを授けてもらいましたから……私もあなたに尽くしたいんです♡」

 

ビーストは何も答えなかった。ただその大きな手でアルスの頭をそっと撫でた。アルスはその温もりに包まれながら眠りについた。

身体は変化していく。しかし、目に見えるものはもうほとんどない。

おっぱいも元男性としての範疇を超えない小ぶりなものだ。だが、感度が劇的に向上した。アナルおまんこはさらにほぐれ、今では立派な縦割れとなった。裸で日々を過ごすアルスにとって、大きな変化はなくとも、女性らしい仕草は一段と身についてきた。

甘える仕草。

頼る仕草。

求めてもらう仕草。

奉仕する仕草。

自認は男性だが、その振る舞いはよき雌そのもの。

アルスは、そのあたりの思考が浅はかだた。これはアルスが現実逃避しているだけではないかと。目を背けているだけではないかと。そう考えることもあった。だが、ビーストの腕の中に抱かれているときは忘れられた。

アルスの精神は、妊娠を経て、無意識のうちに雌としての完成に近づいていった。

かつて講義で学んだこと、そのままに。

 

二か月目の終わり、アルスの腹はますます大きくなっていた。

もはや立っているだけでもその重みを感じるほどだった。腹の丸みはアルスの細いくびれから滑らかに膨らみ、まるで満月を抱えているかのようだった。歩くたびに腹が揺れ、その感覚にアルスは慣れつつあった。泉の水面に映る自分の姿は、完全に妊婦のそれだった。膨らんだ乳首、大きくなった腹、その下に小さく縮こまった陰茎と睾丸。その対比が、アルスを雌としての存在へと押し上げていた。

胎動を初めて感じたのは、朝方だった。

アルスはビーストの腕の中で目を覚ました。ビーストはまだ眠っていた。規則正しい寝息がアルスの髪にかかる。アルスはそっとお腹に手を当てた。その瞬間、内側から何かが触れた。ちいさな魚が跳ねるような感触。アルスは息を呑んだ。もう一度、今度はもっと強く。腹の中の命が確かに動いている。アルスの目から自然に涙がこぼれた。

 

「動いた……」

 

アルスは囁いた。声が震えていた。ビーストが目を覚ました。金色の目がアルスを見下ろす。アルスはその目を見上げて、微笑んだ。

 

「あなたの子が……動いています……」

 

ビーストの目が大きく見開かれた。その手がアルスの腹に触れる。大きく、毛皮に覆われた手のひらがアルスの腹をそっと包み込んだ。その瞬間、再び胎動。ビーストの手のひらに内側からの小さな蹴りが伝わった。ビーストは低く喉を鳴らした。それはアルスが今まで聞いたことのない音だった。驚きと、そして深い感動が混ざり合った音。

 

ビーストはアルスの腹に顔を寄せた。その耳を膨らみに当てる。アルスはビーストの髪を撫でながら、静かに言った。

 

「聞こえますか……あなたの子の心臓が……」

 

ビーストは目を閉じた。その横顔は、アルスが知っているどんな表情よりも穏やかだった。額の十字の傷さえ、その瞬間だけは柔らかく見えた。アルスはその姿を目に焼き付けた。ビーストがアルスの腹に耳を当てている。その光景は、アルスが想像していたどんな絵よりも美しかった。

その日から、ビーストのアルスへの接し方が変わった。より優しく、より慎重に。アルスが立ち上がる時には必ず手を貸し、歩く時には後ろから支える。狩りにも以前より早く戻るようになった。アルスはその変化を嬉しく思いながらも、同時にビーストに申し訳なくも思った。

 

「私は大丈夫です。あなたの孕み袋は、ちゃんと子を守っています」

 

アルスがそう言っても、ビーストは首を振るだけだった。その目はアルスと腹の中の子の両方を守ろうとする強い意志に満ちていた。

腹が大きくなるにつれてセックスは完全にできなくなった。ビーストのものがアルスの肛門に届くことはもうない。アルスはそれを受け入れていた。代わりに、フェラチオの技術をさらに磨くことにした。ビーストを悦ばせることは、アルスにとって今や義務ではなく悦びだった。

 

「ん……ちゅ……♡」

 

ある夜、アルスはビーストの前に跪いた。腹が大きいので、以前のような姿勢は取れない。しかしアルスは工夫した。膝を広げて腹を楽にし、上体をビーストのものへと近づける。手で支えながら口に含む。その姿勢は以前よりもっと官能的に見えた。

 

「んふ……っ…ちゅぱ……っ…♡」

 

ビーストのものがアルスの口の中で硬くなる。アルスはそれを感じながら、ゆっくりと舌を這わせた。竿の筋に沿って丁寧に。亀頭の窪みに舌先を入れ、そこに溜まった先走りを掬い取る。味は以前と変わらない。しょっぱくて少し苦い。でもアルスはそれが好きだった。ビーストの味。主人の味。

 

「じゅる……っ…れろ……っ…♡」

 

アルスは口を離し今度は舌だけでビーストを愛撫した。亀頭から根元まで、長い舌を何度も往復させる。時折上目遣いでビーストを見上げる。ビーストの金色の目がアルスを見下ろしている。その視線に、アルスの身体の奥がきゅんと疼く。もう出産するまでセックスはできない。でも、この視線だけでアルスは悦びを感じられた。

 

「ん……っ…んむ……っ…ちゅ……っ…♡」

 

再び口に含み今度は深く咥える。喉の奥までビーストを迎え入れ、喉の筋肉で締め付ける。ビーストが低く唸った。その手がアルスの頭に置かれる。優しく、しかし確かな力で。アルスはその手の感触に、自分がビーストに愛されていることを実感した。

 

「じゅぷ……っ…じゅるる……っ…んふ……っ…♡」

 

もっと深く。もっと丁寧に。もっと愛を込めて。

 

「ん……っ…んん……っ…♡」

 

ビーストのものが脈打った。アルスはそれを合図に、さらに強く吸い上げた。頬を窄め舌を押し付け、喉で締め付ける。ビーストの腰が震えた。

 

「——っ♡」

 

熱い精液がアルスの口の中に注ぎ込まれるアルスはそれを一滴も零さずに飲み下した。喉の奥で精液の熱を感じながら、アルスはビーストのものからゆっくりと口を離した。最後の一滴を舌で舐め取り、微笑んだ。

 

「ありがとうございます……私のご主人様……♡」

 

アルスの声は甘く、媚びるようだった。ビーストはアルスの頭を撫で、そしてその身体を抱き寄せた。アルスはビーストの胸に頬を寄せ、その鼓動を聞いた。ビーストの心臓の音は以前より少しだけ速かった。アルスの奉仕に、ビーストが悦んでくれている証だった。夜が更けていく。洞窟の外では虫の音が静かに響いていた。アルスはビーストの腕の中で、自分の腹を撫でた。腹の中の命は今は静かに眠っているようだった。アルスはその静けさを愛おしく思った。

 

(私は、この子の母になる)

 

その言葉が、アルスの胸に深く沁み込んでいく。母。アルスはその響きを、何度も心の中で繰り返した。かつては縁遠い言葉だった。しかし今は、自分のものになりつつある。アルスはもう一度お腹を撫で、それからビーストの胸に顔を埋めた。

 

(私はあなたの孕み袋。そして、この子の母)

 

その想いが、アルスの全身を温かいもので満たした。かつて王だった頃には決して得られなかった、完全な安らぎ。誰かのために在ることの悦び。アルスはそれを、今ここで手に入れたのだった。

朝が来る。アルスはビーストの腕の中で目を覚ました。外は明るく、鳥の声が響いている。アルスはゆっくりと起き上がった。腹が重い。しかしその重みが、アルスには愛おしかった。

泉へ行く。水面に映る自分の姿を見る。膨らんだ腹。大きくなった乳房。柔らかな曲線を描く全身。そしてその腹の中に、確かな命。アルスは自分の姿をじっと見つめた。

 

(これが、私)

 

アルスはもう迷わなかった。これが自分だ。ビーストの孕み袋として、そして母としての自分。かつての王としての自分はもういない。しかしアルスはそれを失ったとは思わなかった。新しい自分を得たのだ。ビーストの子を宿し、産み、育てるという新しい存在を。

 

(私は、幸せだ)

 

アルスは泉の水を両手ですくい、そっと腹にかけた。冷たい水が膨らみを伝って落ちる。その冷たさが、腹の中の命をより強く意識させた。アルスは微笑んだ。そして洞窟へと戻っていった。ビーストが待っている。アルスの帰りを。

 

痛みで目が覚めた。

腹の内側がぎゅうと締め付けられるような感覚。アルスは息を呑み、膨らんだ腹を両手で抱えた。隣で眠っていたビーストが即座に目を覚ました。金色の目がアルスを見る。その目はもうすべてを理解していた。ビーストは低く唸り、アルスを抱き上げた。洞窟の外はまだ暗かった。月明かりが森を青白く照らしている。ビーストはアルスを抱えたまま森の奥へと歩き出した。アルスはビーストの腕の中で腹の痛みに耐えながら、どこへ向かっているのかを考えた。

 

(コロニー……)

 

アルスは以前ビーストから聞いた話を思い出していた。森の奥深くにビーストたちのコロニーがある。そこにはアルスのような孕み袋が複数いて、それぞれがビーストの子を宿している。ビーストはアルスをそこへ連れて行こうとしているのだ。森を抜け岩場を越え普段は決して足を踏み入れない深い谷へと降りていく。そこには大きな洞窟があった。入り口には松明が焚かれ中からは複数の声が聞こえてくる。うめき声。唸り声。そして——遠吠え。

ビーストが洞窟に入る。アルスはその光景に息を呑んだ。広い洞窟の中央に敷かれた獣皮の上に、複数の孕み袋が横たわっていた。みなアルスと同じように大きな腹を抱え、それぞれのビーストに付き添われている。そしてそのうちの何人かは、今まさに出産の最中だった。脚を開き腰を浮かせ息を荒げて産み落とそうとしている。その周りを複数のビーストが囲み低く唸り声を上げている。

アルスは自分のための場所へと運ばれた。獣皮の上にそっと降ろされる。ビーストがアルスの傍らに跪きその手を握った。大きくて毛皮に覆われた手。アルスはその手を握り返した。

 

「あぁ……っ……」

 

波が来る。腹がぎゅうと締め付けられアルスは身体を丸めた。痛みは想像をはるかに超えていた。身体が内側から引き裂かれそうな感覚。アルスは歯を食いしばった。涙が滲む。しかしアルスは泣かなかった。ここにいる他の孕み袋たちも同じ痛みに耐えている。誰一人として泣いてはいない。ただ産むことに集中している。

隣で産んでいた孕み袋が叫んだ。

 

「んあ゛ぁぁあああっ!!」

 

その声にアルスは励まされた。一人ではない。同じ痛みを分かち合う仲間がいる。アルスはもう一度腹に力を込めた。ビーストの手がアルスの額の汗を拭う。その手は震えていた。ビーストもまた緊張しているのだ。自分の子が生まれようとしている。その瞬間を、ビーストもまた待ち望んでいた。

 

「うぅ……っ……あぁ……っ……」

 

アルスの腰が浮く。獣皮を握る指が白くなる。ビーストがアルスの背を支え上半身を起こしてやる。その姿勢の方が産みやすいと、身体が覚えていた。アルスは大きく息を吸い、そして吐いた。力む。腹の内側から何かが下りてくる感覚。熱く、重い何かが。

 

「あ゛……っ……出る……っ……」

 

アルスは叫んだ。洞窟の中にアルスの声が響く。他のビーストたちもアルスを見ている。その目はすべて金色で、アルスの産み落とそうとしている命を見守っていた。

 

「んあ゛ぁぁあああっ!!」

 

アルスの身体が大きくしなる。獣皮を握る手が滑る。ビーストがアルスの手を握り直す。その力強い握りに、アルスは最後の力を振り絞った。

 

「……っ!!」

 

ずるり、と重い感触がアルスの身体から抜けていく。同時に、洞窟の中に新しい産声が響いた。それはアルスが聞いたこともないような力強い声だった。ビーストの子の産声。アルスは自分の腹の上に置かれた小さな命を見た。毛皮に覆われた小さな身体。金色の目。ビーストと同じ十字の傷はまだないが、その姿はまぎれもなくビーストの子だった。

 

「……あ……」

 

アルスの口から自然に涙がこぼれた。痛みはもうどこかへ消えていた。ただ目の前の命だけがある。アルスが産んだ命。ビーストの子。アルスの子。

ビーストがアルスの産んだ子を抱き上げた。その大きな手のひらに、小さな命はすっぽりと収まってしまう。ビーストは子を高く掲げた。その瞬間、洞窟中のビーストたちが一斉に遠吠えを上げた。それは新しい命の誕生を祝う声だった。森全体に響き渡るような力強い遠吠え。アルスはその声を聞きながら、自分の身体が完全に役目を果たしたことを悟った。

 

(産んだ……)

 

アルスは自分の大きな腹を撫でた。臍の緒で繋がった我が子が愛おしい。その子を抱き上げるビーストも愛おしい。何より孕み袋として務めを果たした自分が誇らしい。アルスは後産もまだの大きな腹を満足げに撫でながら、豆ちんぽの皮に包まれた先っちょから小水を垂れ流し続けた。

胎盤を肛門から排出した後、身重でなくなったアルスはどうなるか。コロニーの他の孕み袋たちも出産を終えているなか、それを取り囲むビーストの存在。彼らの本能に刻まれた繁殖戦略である。

産後、孕み袋はすぐさま交尾をする。先に宿した雄とは別の雄とも。それはコロニー全ての雄を相手にするまで終わらない。アルスも、その例外ではない。

 

「お゛ん゛♡」

 

まだ分娩台と言える獣皮の上から立ち上がり切らずに、背後から伸びてきた長い腕に抱きつかれる。アルスは身体の前方を抑える余裕もなく四つん這いに固定されてしまう。するとそのアナルおまんこ穴にぶちゅり♡と固い亀頭が侵入してきた。

ぶちゅん♡ぶちゅ♡ぐちゅ♡♡ぼちゅ♡♡ぼぢゅ♡と卑猥な音を立てて。

 

「お゛ぉぉお゛ぉぉ♡ほぉーー!!♡♡」

 

アルスの声が再び洞窟内に響く。今度は痛みではない。快感だった。産後の弛緩したケツまんこは容易く他の雄を受け入れてしまう。ビーストのちんぽは容赦なくアルスの腸壁を抉る。周囲の出産を同じく終えた他の孕み袋とともに、アルスも獣じみた喘ぎ声を上げた。

 

(また……犯されている……♡)

アルスは振り返った。そこにいたのは額に十字の傷のあるビーストではなく別のビーストだった。しかしアルスは拒絶しなかった。それがコロニーの掟だと知っていた。

孕み袋は産んだ直後に次の子種を受けなければならない。そうでなければ胎内の粘膜が弱ってしまい次に孕んだ時うまく発育しない。

だからこれは必要なことなのだ。

 

「お゛ん゛♡お゛ぉぉ♡」

 

アルスは突かれながら自分の役割を理解しようとした。なぜ他の雄と交尾する必要があるのか。きっとそれが遺伝子レベルでの命令だからだ。自分のDNA情報を最大限に伝播しようとするプログラム。

 

「イぐ♡イぐぅぅぅぅ!!!」

 

びゅるるるる!!

びゅ、ぷしゃ!

 

ビーストの射精と共にアルスも果てた。豆ちんぽから勢いよく潮吹きしながら盛大に絶頂する。それでもまだ終わらない。次から次へとビーストたちが列を作る。どのビーストも金玉がパンパンに張り詰めているのが見て取れた。

アルスは休む間もなく次々と襲われる。片方の雄がアルスの射精されたばかりのケツおまんこに入っていくと同時に別の雄は尿道口を口で苛めた。

 

「お゛ん゛!!お゛ほぉぉぉお!!!♡」

 

アルスは仰向けになり脚を開いた格好で次第に慣れてきていた。その間に他の孕み袋たちも同様に犯されていたが誰一人として嫌そうな顔をしていなかった。

これは自然の摂理なのだ。

 

それから1年後。

アルスは裸で眠っていた。

ビーストの腕の中獣皮の上で、アルスは何も身に着けていなかった。かつて王宮で幾重もの絹を纏い宝石を身に着けていた男はもういない。ここでは誰も衣服をまとわない。ビーストもアルスも他の孕み袋たちもみな裸だ。裸で眠り裸で食べ裸で交わる。それがこの森の掟だった。

朝の光が洞窟に差し込む。アルスは目を覚ました。隣ではビーストがまだ眠っている。額の十字の傷。金色の目は閉じられている。アルスはその寝顔をしばらく見つめた。一年前、初めてこのビーストに抱かれた夜のことを覚えている。あの時はまだアルスの身体は男のものだった。硬い胸板、細い腰そして機能する陰茎と睾丸。

今はどうだ。

アルスは自分の身体を見下ろした。かすかに膨らんだおっぱい。母乳の滲む、よく膨らんだ乳首。大きく開いた腰。そして下腹部には柔らかなふくらみがあった。四度の出産を経て、アルスの腹は完全に孕み袋を体現したものとなった。それはまるで常に孕む準備ができているかのようだった。事実、アルスはまた孕んでいた。五度目の命がその腹の中に宿っている。

 

(また、産む)

 

アルスは腹に手を当てた。四度の出産はすべて痛みを伴った。しかしその痛みの先にはいつも新しい命があった。ビーストの子。雄の子。コロニーに生まれる子はすべて雄だった。それはビーストという種の特性だった。いかなる生物と交わっても、その子はビーストとなる。強い繁殖力。雄のみが生まれる。アルスはそれをこの一年で嫌というほど知った。

 

(私は四度、産んだ。かつては殺し、討伐すべき相手だったビーストの子を)

アルスは指を折って数えた。一度目はあの洞窟で。二度目は泉のそばで。三度目はコロニーの広間で。四度目はこの洞窟で。どの出産も痛みと歓喜の連続だった。そして産むたびに、アルスは少しずつ変わっていった。

王宮での生活を思い出す。

アルスは王だった。国を束ねる長。民の頂点に立つ者。誰もがアルスに従い、誰もがアルスを敬った。しかし誰もアルスの心に触れたかった。アルスは常に一人だった。王座に座り、家臣たちを見下ろし国を治めた。誰にも心を開かなかった。開けなかった。王とはそういうものだ。孤独であることが王の証だった。

美貌の王と囁かれた。アルスはそれを誇りに思っていた。美しいことは王の資質だった。民は美しい王を愛した。しかしその美しさは常に誰かのためのものだった。国を象徴するための、民を惹きつけるための。アルス自のための美しさではなかった。アルスは常に男らしさを求められた。強くあれと。雄々しくあれと。王として、男として常に与える側であれと。

 

(あの頃の私は、鎧を着ていた)

 

絹の衣装も宝石もすべては鎧だった。王という役割を演じるための。男という仮面を維持するための。アルスはその鎧を着続けることに疲れていた。しかし脱ぐことはできなかった。王である限り、男である限りその鎧は必要だった。

今はどうだ。

アルスは自分の肌を見た。日に焼け、森の生活に馴染んだ肌。傷もいくつかある。ビーストに抱かれた時にできたもの。出産の時にできたもの。しかしその肌は自由だった。何も纏っていない。何も演じていない。ただあるがままの自分。

 

王宮と大森林。その違いはあまりにも大きい。

王宮ではアルスは常に誰かに見られていた。家臣に、侍女に、民に。常に王としての振る舞いが求められた。歩き方一つ、言葉一つすべてが監視されていた。気を抜けば王の威厳が損なわれる。そういう世界だった。

ここでは誰もアルスを監視しない。ビーストたちはアルスを見るが、それは王としてではなく孕み袋としてだ。アルスがどう歩こうと、どう言葉を発しようと誰も気にしない。ただ孕み、産み、交わればそれでいい。アルスはその自由に最初戸惑った。しかし今はその自由を愛していた。

王宮ではアルスは国を束ねていた。政治外交、軍事。すべてがアルスの決断を待っていた。一日に何十もの決断を下し、そのすべてに責任を負った。重圧は常にアルスの肩にのしかかっていた。

ここではアルスは何も束ねない。ただビーストの孕み袋として、コロニーの一員として生きている。決断することは何もない。ビーストがすべてを決める。アルスは従うだけだ。その従順がアルスを自由にした。誰もアルスに決断を求めない。誰もアルスに責任を負わせない。アルスはただ、孕み袋としての役割を果たせばいい。

 

王宮ではアルスは誰にも心を開かなかった。常に一人で眠り、常に一人で目覚めた。王の寝室には誰も入れなかった。アルスは孤独を選んだ。孤独であることが王を守る方法だった。心を開けば弱さになる。弱さは王の致命傷だった。

ここではアルスは一人で眠らない。毎晩、額に十字の傷のあるビーストと共に眠る。その腕に抱かれ、その鼓動を聞きながら眠りにつく。ビーストの匂いに包まれ、ビーストの温もりに包まれアルスは眠る。朝はビーストの腕の中で目覚める。その腕は決してアルスを離さない。

 

(このビーストに、私はすべてをさらして、心を開けた)

 

アルスはビーストの寝顔を見つめた。このビーストにアルスは心を開いた。恐怖も、悦びも、痛みもすべてを。ビーストはそれを受け入れた。アルスが王だったことも、男だったこともすべてを知っている。それでもビーストはアルスを孕み袋として愛した。

アルスはビーストの胸に頬を寄せた。その毛皮の匂いを嗅ぐ。雄の匂い。主人の匂い。この匂いにアルスは安心する。王宮では決して得られなかった安心。誰かに完全に委ねることのできる安心。

 

(私は、変わった)

 

アルスは自分の変化を静かに受け止めた。かつては国を束ねる王だった。今はビーストの孕み袋。かつては男として生きることを求められた。今は雌としての役割を生きている。かつては誰にも心を開かなかった。今は一人のビーストにすべてを開いている。

その変化を、アルスは後悔していない。

王宮での生活は栄光に満ちていた。しかしそれはアルス自身のための栄光ではなかった。国のための、民のための、王としての栄光。アルスは常に誰かのために生きていた。自分のために生きることを許されなかった。

ここではアルスは自分のために生きている。孕み袋としての役割はある。しかしそれはアルス自身が選んだ道だ。誰かに強制されたわけではない。アルスが自ら望んでビーストを受け入れ、自ら望んで子を産み自ら望んでこの森で暮らしている。

 

(これが、私の選んだ道)

 

アルスはお腹を撫でた。五度目の命がそこにいる。この子も雄として生まれるだろう。ビーストの子として。アルスはその子を産む。そしてまた孕む。産む。孕む。その繰り返しがアルスの人生になった。

それでもアルスは満足していた。

ビーストが目を覚ました。金色の目がアルスを見る。その目にはいつもと同じ深い愛情があった。ビーストの手がアルスの腹に触れる。五度目の子を感じている。ビーストは低く喉を鳴らした。それは悦びの音。アルスは微笑んだ。

 

「おはようございます……私のご主人様……」

 

アルスの声は柔らかかった。かつて王として家臣に発していた声とはまるで違う。媚びるようで、甘えるようでしかし心からの愛情に満ちた声。ビーストはアルスの額に鼻を寄せた。その仕草はアルスへの愛おしさの表現だった。

 

(これが私の毎日)

 

アルスはビーストの腕の中で朝を迎える。そして一日を過ごし、夜になればまたビーストと愛し合う。時には他のビーストに抱かれることもある。コロニーの掟として。しかし夜は決まってこのビーストと共に眠る。

王宮での朝は慌ただしかった。早朝から政務が待っていた。家臣たちが報告に訪れ、決断を求められた。アルスは常に忙しかった。自分の時間などほとんどなかった。

ここでの朝は静かだ。ビーストの腕の中で目覚め、ゆっくりと身体を起こす。朝の光を浴び泉で水を飲み、森の空気を吸う。誰もアルスを急かさない。時間はゆっくりと流れていく。

 

アルスは立ち上がった。腹が重い。五度目の妊娠は1か月半目に入っている。腹のふくらみはもうしっかり目立っていた。あと半月で臨月である。

しかしアルスはその重みを愛おしく思う。命を宿す重み。母としての重み。

洞窟の外に出る。朝の森は美しかった。木々の間から光が差し込み、鳥がさえずり動物たちが動き始めている。アルスは深く息を吸った。森の匂い。生命の匂い。

王宮の庭園も美しかった。しかしそこには常に人の手が入っていた。整えられ、管理された美しさ。ここにあるのはありのままの美しさだ。誰も手を加えない。自然そのものの美しさ。アルスはその美しさを愛していた。

泉へ行く。水面に映る自分の姿を見る。裸の孕み袋。膨らんだ胸。大きくなった腹。柔らかな曲線。かつての美貌の王の面影はもうない。しかしアルスはその姿を恥じなかった。

 

(これが、私)

 

アルスは水面に映る自分に微笑んだ。かつては王としての姿を鏡で確認していた。常に完璧であるように。常に美しくあるように。しかし今は違う。あるがままの自分を受け入れている。

ビーストが後ろから近づいてきた。その腕がアルスを包む。アルスはビーストの胸に寄りかかった。その温もりが心地よい。ビーストの手がアルスの腹に触れる。五度目の子を感じている。アルスはビーストの手に自分の手を重ねた。

 

「この子も……あなたの子です……」

 

ビーストは低く喉を鳴らした。アルスは目を閉じた。かつての王としての人生と、今の孕み袋としての人生。そのどちらが幸せかと問われれば、アルスは迷わず今と答えるだろう。

王宮ではアルスは孤独だった。誰にも心を開けなかった。常に一人だった。しかしここではアルスは一人ではない。ビーストがいる。他の孕み袋たちがいる。そして腹の中の命がいる。

 

(私は、満たされている)

 

アルスはビーストの腕の中でそう感じた。かつて王だった頃には決して得られなかった充足。誰かに完全に委ねることの悦び。孕み産むことの喜び。それらすべてがアルスを満たしていた。

森の朝は静かだった。アルスはビーストの腕の中で、ゆっくりと一日を始めた。

 

【幕間 森の奥で】

木々の隙間から漏れる光を追って、俺は仲間とはぐれた。

いや、はぐれたのは俺の方からだ。討伐隊の命令は「深入りするな」だった。大森林の奥地は危険だ。ビーストの縄張りに踏み込めば最後、一人残らず喰い殺される。それは討伐隊に入った初日に叩き込まれた。

 

でも俺は見てしまったんだ。木の根元に落ちていた布切れを。それは王宮でしか使われないような上等な絹で、しかも血がついていた。一年前この森で失踪した王のものだと直感した。討伐隊の目的は王の捜索と、ビーストの巣の壊滅。でも一年も経てば誰もが王は死んだと思っていた。俺もそう思っていた。

だからこれは見つけなければならないと思った。王の遺体でも、遺品でも。そうすれば討伐隊は正式にビースト討伐に動く。俺は功績を立てられる。そういう浅はかな考えだった。

 

森は深くなるほど暗くなった。木々が空を覆い、昼なのに夕暮れのような薄暗さ。鳥の声も聞こえない。代わりに聞こえてきたのは、水の音。泉だ。俺は水音を頼りに進んだ。喉が渇いていた。そして——見た。

泉のそばに開けた場所があった。そこにいたのは。

最初は人間だと思った。裸の細身の女が一人獣皮の上に座っていた。長い髪が背中に流れ、肌は日に焼けて健康的だった。胸の膨らみはそれほどないものの、腹も膨らんでいた。妊娠していると、そう思った。しかし次の瞬間、その「女」の股間に目が行った。小さな陰茎と睾丸があった。男の名残。俺は息を呑んだ。

そしてその「女」の向かいに座っていたのは、ビーストだった。額に十字の傷のある大きなビースト。金色の目。毛皮に覆われた身体。その姿は討伐隊が何度も目撃してきたビーストの中でも特に強靭な個体だとすぐにわかった。

俺は木の影に隠れて息を殺した。逃げなければ。そう思った。でも身体が動かなかった。目の前の光景が俺を釘付けにした。

 

「女」が、そのビーストに気がついたのか、そのビーストの股間の前に跪いた。膨らんだ腹が邪魔で、膝を広げるような姿勢だった。そして——ビーストの巨大なペニスを口に含んだ。

 

「ん……ちゅ……♡」

 

その音が静かな森に響いた。俺は耳を疑った。この「女のような男」はビーストに奉仕している。自ら進んで。悦んで。その表情は恍惚としていた。恐怖でも嫌悪でもない。深い愛情と、悦びに見えた。

ビーストのものが口の中で硬くなるにつれ、その動きはより熱を帯びていった。舌を這わせ、頬を窄め上目遣いにビーストを見上げる。その目は潤み、頬は火照っていた。

 

(なんだこれは)

 

俺は心の中で叫んだ。こんな光景は聞いたことがない。ビーストは人間を喰らう獣だ。孕み袋として女を攫うという噂はあった。でもこれは——これはあまりにも。

「女のような男」が口を離した。銀色の糸が唇とビーストの極太ペニスの間に橋を架ける。同じ雄として、自信をなくしてしまいそうなサイズのペニス。そこに、恍惚の眼差しを向けて、口にかかる唾液を拭うその仕草は官能的で、短小なペニスがついていようと、そのあたりの人間の女なんかよりずっといやらしく艶めしく、「女」と呼ぶ以外表現が見つからない。

しかし、その光景は異様だった。ビーストが「女」の頭を撫でた。その手つきは優しく、まるで愛しい者に触れるかのようだった。

「女」が立ち上がった。腹が重いのか、少しふらついた。ビーストが即座に手を貸す。その仕草はあまりにも自然で、長い間そうしてきたかのようだった。

そして「女」は触るビーストの膝に跨った。対面座位。膨らんだ腹がビーストの腹に押し付けられる。ビーストのものが「女」の肛門に宛がわれる。「女」がゆっくりと腰を下ろした。

 

「あぁ……っ…♡」

 

その声は甘く、切なかった。ビーストのものが「女」の中に収まっていく。腹が大きいので奥までは入らない。しかし「女」はそれでも悦んでいるようだった。ビーストの首に腕を回し、顔を寄せた。

 

そして——キスをした。

「女」がビーストに口づけをしたのだ。深く、長く、愛おしげに。ビーストもそれに応えた。毛皮に覆われた顔と人間の顔が重なる。異様な光景。しかしそこには確かな愛情があった。俺は息をするのも忘れてそれを見ていた。

キスの後、「女」はビーストの胸に頬を寄せた。ビーストの腕が「女」の背中を包む。しばらく二人はそうしていた。動かず、ただ抱き合って。その時間が永遠のように感じられた。

そしてビーストが動き始めた。ゆっくりとしかし確かな力で。「女」の腰を支え、下から突き上げる。対面座位のまま「女」の身体を揺らす。

 

「ん……っ…あ……っ…♡」

 

「女」の声が漏れる。ビーストは「女」の腹を気遣うように、優しくゆっくりと動く。しかしその目は燃えていた。金色の目が「女」を見つめ、その中に深い欲望と愛情が混ざり合っている。

「女」がビーストの首にしがみつく。その指が毛皮を掴む。ビーストの動きが少しずつ速くなる。しかし乱暴ではない。あくまで「女」の身体を気遣いながら。孕んだ腹を守りながら。

 

やがてビーストが「女」を抱き上げた。そのまま獣皮の上に「女」を横たえる。正常位。ビーストが「女」の上に覆いかぶさる。「女」の脚がビーストの腰に絡む。膨らんだ腹が二人の間で潰されないように、ビーストは体重を腕で支えている。その気遣いが——なぜか俺の胸を締め付けた。

ビーストが動き始める。今度は先ほどより深く、しかしやはり優しく。「女」の声が泉に響く。悦びの声。痛みではない。快楽の声。

 

「あ……っ…ん……っ…♡」

 

「女」の手がビーストの背中に回る。爪が毛皮に食い込む。ビーストが低く唸る。その唸りは悦びの音。二人は一体となって動いていた。まるで長い時間をかけて練られたダンスのように。息が合い、リズムが合い互いを求め合っている。

俺は見てはいけないものを見ている。そう思った。しかし目が離せなかった。この光景はあまりにも——あまりにも。

 

(あの「女」は、誰だ)

 

俺の頭に一つの疑念が浮かんだ。その疑念はすぐに確信へと変わった。あの「女」の顔。遠目でもわかる整った顔立ち。長い髪。そして何より、その瞳。王宮で何度か遠くから見たことがある。一年前、この森で失踪した——

 

「アルス王……?」

 

声に出してしまった。すぐに口を押さえた。しかし遅かった。ビーストの耳が動いた。金色の目がこちらを向く。俺は息を止めた。ビーストはしばらくこちらを見ていたが、やがてまた「女」へと視線を戻した。俺を脅威とは見なさなかったのだ。それほどまでに、ビーストは「女」に夢中だった。

「女」はビーストの下で喘いでいる。その声は甘く、切なく、そして幸せそうだった。かつて王だった男の声とは思えない。しかしその声には紛れもない悦びがあった。

ビーストの動きが激しくなる。「女」の脚がビーストの腰を締め付ける。二人の呼吸が重なる。ビーストが低く唸り、「女」が高い声を上げる。そして——

 

「んあ……っ…♡」

 

ビーストが果てた。その瞬間、「女」も果てた。二人は同時に絶頂に達した。ペニスを抜き去ったビーストの精液がその美貌を汚し、「女」の短小のペニスから小水が漏れていた。

ビーストが「女」の上に覆いかぶさったまま動きを止める。「女」の腕がビーストの背中を優しく撫でる。その仕草はあまりにも愛おしげで——俺は目を逸らした。

もう見ていられなかった。これは俺が知っているビーストではない。これは俺が知っている王でもない。これは——愛だ。種を超えた、愛。

俺は音を立てずにその場を離れた。木々の間を縫って、来た道を戻る。心臓が痛いほど脈打っていた。頭の中は混乱していた。あの「女」はアルス王だったのか。もしそうなら、なぜビーストと性行為などしている。なぜ孕んでいる。なぜあんなに幸せそうな顔をしていた。

答えは出なかった。しかし一つだけ確かなことがあった。あの「女」は——幸せだった。かつて王宮や人間の王国で見たどの女の表情よりも、あの「女」は幸せそうだった。

 

俺は討伐隊に戻った。仲間たちは俺の顔を見て驚いた。何かあったのかと聞かれた。俺は首を振った。何も。何も見ていない。そう答えた。しかし心の中ではずっと考えていた。あの光景を。あの「女」を。そして——あのビーストの優しさを。

討伐隊は王の捜索を続けるだろう。ビーストの巣を見つけ次第、壊滅させるだろう。それが俺たちの任務だ。しかし俺は——もう迷っていた。あの「女」を救うべきなのか。それとも——あのままにしておくべきなのか。

答えは出ない。しかし俺はあの光景を忘れることはないだろう。一年前、この森で失踪した美貌の王がビーストの孕み袋として、幸せそうに笑っていたことを。

 

その日は、アルスが9歳の時と同じように、突然やってくるのだ。

森の空気が変わった。

アルスは洞窟の入り口に立ち風の匂いを嗅いだ。鉄の匂い。汗の匂い。そして、人間の匂い。かつて王宮で毎日嗅いでいた匂いだった。それが今は、異臭に感じられた。

 

(来たんだな)

 

ビーストが後ろから近づいてきた。金色の目が森の奥を見つめている。その目には警戒の色があった。ビーストはアルスの肩に手を置き、洞窟の中へ戻るよう促した。アルスはその手に自分の手を重ねた。

 

「あなたは、戦うのですか」

 

ビーストは答えなかった。しかしその沈黙が答えだった。コロニーを守るために、ビーストたちは戦う。孕み袋たちを守るために。アルスは五度目の出産を終えたばかりだった。腹はまだ少し膨らみが残っているが、身体はもう動いた。ビーストの子がまた一人、コロニーに加わったばかりだった。

洞窟の中では、他の孕み袋たちが不安そうに集まっていた。その腕にはそれぞれの子が抱かれている。ビーストの子たち。金色の目をした小さな命たち。アルスは自分の最初の子を見た。獣皮の上で眠っている。額にはまだ十字の傷はないが、その顔立ちは愛するビーストに似ていた。

 

(この子を守らなければ)

 

アルスは子を抱き上げた。かつて国を守るために采配を振るった手が、今は小さな命を抱いている。その重みは王冠よりもずっと重かった。

洞窟の外でビーストたちの遠吠えが響いた。戦いの始まりを告げる声。アルスはその声を聞きながら、かつて自分が討伐隊を指揮していた日々を思い出していた。ビーストを討て。森を焼き払え。人間の領域を広げろ。それが王としてのアルスの使命だった。

 

(今の私は、討たれる側だ)

 

皮肉だった。かつて討つ側だった男が今は討たれる側にいる。ビーストの孕み袋として、ビーストの子の母としてアルスは人間の敵になっていた。

洞窟の入り口から光が差し込む。その光の中に、一つの影が立った。人間の影。鎧を着て剣を持った男。討伐隊の兵士だった。その男は洞窟の中を見て、孕み袋たちの姿に息を呑んだ。

 

「なんだ、これは……」

 

その声には驚きと嫌悪が混ざっていた。男の目がアルスに向けられる。アルスは裸のまま、子を抱いて立ち上がった。男の目がアルスの顔に止まった。

 

「お前……いや、あなたは、まさか……アルス王……?」

 

アルスは答えなかった。その沈黙が答えだった。男の顔に困惑が広がる。かつての王が、裸でビーストの子をかき抱いている。その姿は男の理解を超えていた。

 

「なぜ……なぜこんなことに……」

 

男の声は震えていた。アルスは静かに男を見つめた。かつて家臣だった者たちと同じ顔。王を敬い、王に従い、王を求めた者たちの顔。しかしその顔はもう、アルスにとっては遠いものだった。

 

「私は、ここで生きている」

 

アルスの声は静かだった。かつて政務の場で響かせていた声とは違う。もっと柔らかく、もっと確かな声。

 

「ここで産み、ここで育て、ここで愛されている。それが私の選んだ道だ」

 

男は言葉を失っていた。剣を構えたまま動かない。その背後で、別の影が動いた。ビーストだった。額に十字の傷のあるビースト。アルスのビースト。その金色の目が男を見据えている。今にも飛びかかろうとするビーストを、アルスは手で制した。

 

「待ってください」

 

アルスは子をビーストに渡した。そして男の前に歩み出る。裸のまま。何も隠さず。かつて王だった男の身体。五度の出産を経て柔らかくなった腹。なだらかに膨らんだ胸。短小な陰茎。すべてを晒して、アルスは男の前に立った。

 

「私は、アルス王ではありません。今の私はビーストの孕み袋です」

男の剣が震えた。アルスは続けた。

「あなたたちが討とうとしているビーストは、私の夫たちです。あなたたちが殺そうとしている子らは、私が産んだ子らです」

「アルス王……なぜ……」

思わず剣を向けた兵士を、アルスは諌めるでもなく淡々と、その心を吐露した。

「王宮での私は、孤独でした。誰にも心を開けず誰にも愛されず、ただ国という檻の中で生きていた。ここでは違う。私は愛されている。必要とされている。孕み袋として、母として」

 

男の目に涙が滲んだ。それは怒りか悲しみか。あるいはその両方か。アルスは男の剣の先端に手を置いた。冷たい鉄の感触。かつてアルスも同じ剣を握っていた。

 

「どうか、この子たちを殺さないでください」

 

アルスは頭を下げた。かつての王が、一兵士に頭を下げた。それはアルスにとって自然なことだった。誇りを失ったわけではない。アルスの誇りは、もう王としての誇りではなかった。孕み袋として、母として愛する者を守るための誇りだった。

男の剣が下ろされた。その顔は苦渋に満ちていた。

 

「俺は……俺はどうすれば……」

「弱い王を許してください。わたしは、あなた方に危害を加えるつもりはない。このことは、あなたの胸の奥に、どうかしまってはいただけないか」

 

みればみるほど、アルスは王だった。しかし、その足は震え、瞳には怯えがあり、裸を見られることへの羞恥があり、何より

 

(あなた……わたしを、いざとなったら、助けてね……)

 

その視線の先には、額に十字の傷のあるビースト。そっと頷くその仕草にこの美貌の元王がこの森で、確かに人間の王の座ではなく、一匹のビーストの雌として生きる幸せを得ていることを、兵士は痛いほど理解した。彼の衝動はただただ、目の前の光景に息を呑むことしか許されなかった。

男が剣を収めた。そして背を向けて洞窟を出ていった。討伐隊に何と報告するのかはわからない。しかしアルスは、男がもはやこのコロニーを襲うことはないだろうと直感した。

ビーストがアルスの元へ来た。子を抱えたまま。アルスはビーストの胸に頬を寄せた。その温もりがアルスを包む。戦いは終わった。アルスの選択によって。

 

(私は、ここにいる)

 

アルスは空を見上げた。森の木々の間から青い空が見える。かつて王宮の窓から見た空と同じ色。しかしその空の下でアルスは違う人間になっていた。いや人間ですらなかった。ビーストの孕み袋。ビーストの子の母。それでもアルスは満足していた。自分が自分であること。愛する者と共にあること。それ以上の幸せはなかった。

その夜、アルスはビーストの腕の中で眠った。五度目の子はすやすやと眠っている。他の子らも獣皮の上で寄り添い合っている。コロニーは静かだった。戦いの気配はもうない。アルスはビーストの鼓動を聞きながら、深い眠りに落ちていった。

 

アルスはコロニーの広間を見渡した。

洞窟の奥、松明の灯りが揺れる中で若いビーストたちが獣皮の上に座っている。その数は十を超えていた。みなアルスが産んだ子ではない。他の孕み袋たちが産んだ子だ。しかしアルスはそのすべてに名を与え、そのすべてに言葉を教えていた。

 

(これが私の役割になった)

 

アルスは自分の腹を撫でた。わが子がそこにいる。もう何度目の妊娠かもわからない。産んでは孕み、孕んでは産む。その繰り返しの中でアルスは自分の身体が変化していくのを感じていた。腹は常に柔らかく膨らみ、胸は母乳で満ちている。腰は広がり肌はより柔らかくなった。しかしそれだけではなかった。アルスの心もまた変化していた。

 

コロニーの文化を創る。それがアルスの新たな使命になった。

ビーストたちはもともと言葉を持たなかった。遠吠えと唸り声だけで意思を通わせていた。しかしアルスが来てから、ビーストたちは少しずつ言葉を覚え始めた。アルスが孕み袋たちに話しかけ、その声をビーストたちが聞いているうちに彼らの中に言葉が根付いていった。

 

最初は簡単な単語だった。「水」「食べる」「来い」。しかし十年の歳月がそれを変えた。今ではビーストたちは簡単な会話ならできるようになっていた。アルスの子らは生まれながらにして言葉を学んだ。アルスの産んだ子は他の子よりも賢かった。それはアルスが直接教えたからだ。

 

(王だった頃、私は民を治めていた)

 

アルスはその日々を思い出す。法令を定め教育を広め、国を豊かにした。しかしそれは人間のための文化だった。人間のための教育だった。今アルスが創ろうとしているのはビーストのための文化。ビーストのための教育。

 

(種を超えた文化など、あるのだろうか)

 

アルスは何度も自問した。ビーストと人間はあまりにも違う。ビーストは本能で生きる獣。人間は理性で生きる者。その間に架け橋をかけることなどできるのか。しかしアルスは知っていた。ビーストにも心がある。言葉を覚え、学び、考えることができる。その証拠に——アルスのビーストは今、アルスの言葉を理解しアルスの想いを汲み取っている。

 

(あなたは私の言葉を覚えた。それがすべての始まりだった)

 

アルスは広間に集まった若いビーストたちを見た。彼らはアルスの言葉を待っている。今日は何を教えるのかと。その目は好奇心に満ちていた。ビーストの子は生まれながらにして狩りの本能を持っている。しかしそれだけでは生き残れない。群れを統率し、仲間を守り、子を育てる。それには知恵が必要だった。アルスはその知恵を彼らに与えようとしていた。

 

「今日は、群れの掟について話しましょう」

 

アルスの声が洞窟に響く。若いビーストたちが耳を立てる。アルスは続けた。

 

「ビーストの群れには、狩りをする者と守る者がいる。狩りをする者は森を駆け獲物を追う。守る者はコロニーに残り、孕み袋と子を守る。しかしそれだけでは足りない」

 

アルスは立ち上がった。腹が重いが構わず歩く。獣皮の上を裸足で歩く。ビーストたちはその姿を見つめる。かつて王だった男の裸体。しかし誰もそれを笑わない。彼らにとってアルスは母であり、教師でありそして神聖な孕み袋だった。

 

「ビーストにはもう一つ必要なものがある。それは『学ぶ者』です」

 

若いビーストたちの目が輝いた。アルスは続ける。

 

「狩りをする者は強さを誇る。守る者は忍耐を誇る。しかし学ぶ者は知恵を誇る。知恵は強さよりも、忍耐よりも、時に力になる。森の植物を知り星の動きを知り、水の流れを知る。それができれば狩りをする者も、守る者もよりよく生きられる」

 

アルスは一人の若いビーストを指した。額に十字の傷はないが、目は金色で賢そうだった。

 

「お前は狩りが苦手だな」

 

若いビーストはうつむいた。アルスは微笑んだ。

 

「しかしお前は、私の言葉を一番早く覚えた。文字を覚えるのも早かった。それならば、学ぶ者になればいい。狩りをする者が獲物を追う間、お前は森の恵みを調べる。その知識が群れを救うこともある」

 

若いビーストの目に涙が滲んだ。ビーストは泣かない。しかしその目には確かな感情があった。アルスはその頭を撫でた。毛皮の感触。かつて自分の子を撫でた時と同じ手つきで。

 

「お前はお前のままでいい」

 

その言葉が、若いビーストの心に沁み込んでいくのをアルスは感じた。かつてアルス自身が誰かに言ってほしかった言葉。それを今アルスはビーストの子らに与えている。

 

(これが私の償い)

 

アルスはそう思った。かつて人間としてビーストを討った。森を焼いた。命を奪った。その償いとして、今アルスはビーストの子らに知恵を授けている。種を超えた共生などありえない。人間とビーストはあまりにも違う。しかしアルスはその間に立つ存在になっていた。孕み袋として。母として。教師として。

 

アルスは広間の中央に座った。若いビーストたちがアルスの周りに集まる。アルスは彼らに語りかける。森の掟を。命の尊さを。そして——愛の意味を。

 

「愛とは、誰かを大切に思うことです」

 

アルスは遠くを見た。洞窟の入り口から差し込む光。その中に一つの影が見えた。額に十字の傷のあるビースト。アルスのビースト。彼はいつもアルスの教えを見守っている。その目は金色で、深い愛情に満ちている。

 

「誰かを大切に思えば、その者のために生きられる。その者のために強くなれる。それが愛です」

 

アルスの声は柔らかかった。若いビーストたちは静かに聞いている。アルスは続ける。

 

「私はかつて、愛を知りませんでした。誰かを大切に思うことも、誰かのために生きることも。しかし今は——今は知っています」

 

アルスはビーストを見た。ビーストもアルスを見た。その視線が絡み合う。言葉では語り尽くせない何かがその間に流れていた。十年の歳月。五度の出産。数え切れない夜。すべてがその視線の中にあった。

 

(あなたが私に愛を教えた)

 

アルスはビーストに微笑んだ。ビーストは低く喉を鳴らした。それは悦びの音。アルスの想いを受け止めた音。

 

(しかしキスは、あなただけにする)

 

アルスは心の中で誓った。コロニーの掟として、アルスは他のビーストたちとも交わる。孕み袋としての務め。しかしキスはしない。口づけは額に十字傷を持つあなた以外と絶対にしない。それはアルスのビーストだけに許された行為。心の底からの愛の証。他のビーストに身体を許しても、心は許さない。それがアルスの選んだ道だった。

 

夜が来る。アルスは洞窟の奥でビーストと向かい合った。獣皮の上。松明の灯り。二人だけの時間。アルスはビーストに近づき、その首に腕を回した。ビーストの腕がアルスの背中を包む。膨らんだ腹が二人の間にあっても、その抱擁は妨げられない。

 

「愛しています」

 

アルスは囁いた。ビーストはアルスの額に鼻を寄せた。その仕草はいつもと同じ。アルスへの愛おしさの表現。アルスは目を閉じた。そして——口づけをした。

 

深く、長く、愛おしげに。十年経っても変わらない。いや、十年経ったからこそ深まったキス。ビーストの唇は毛皮に覆われているが、その内側には温かい何かがあった。アルスはそれを受け止め、そして与えた。

 

(これが私の愛)

 

アルスは思った。種を超えた愛。種を超えた文化。種を超えた共生は、もしかしたらありえないのかもしれない。しかしアルスは信じていた。いつか、十年後か五十年後か、あるいはアルスが死んだ後にか。人間とビーストが手を取り合う日が来ることを。そのための種を、アルスは今まいている。教育という名の種を。愛という名の種を。

 

ビーストの手がアルスの腹に触れる。この子も雄として生まれるだろう。そしてアルスの教えを受けるだろう。狩りをする者か、守る者か、学ぶ者か。どの道を選んでもその子はアルスの愛を知る。ビーストの愛を知る。それだけで十分だった。

 

アルスはビーストの胸に頬を寄せた。その鼓動を聞く。いつもと同じ。しかしその音の中に、アルスは新しい何かを感じていた。希望。種を超えた希望。いつか来るかもしれない未来への、小さな小さな希望。

 

(私は、幸せだ)

 

アルスは静かに眠りについた。ビーストの腕の中で。何十度目の子を宿した腹を抱えて。かつて王だった男は、今、ビーストの孕み袋として母として、教師としてそして一人のビーストの愛する者として、この森で生きていた。

それがアルスの選んだ道だった。誰にも強いられない。自ら望んだ道。後悔はない。ただ、静かな満足があった。

 

わたしは、罪深い。

そう思うようになったのはいつからだろう。コロニーに来て十年が過ぎた頃からか。それとももっと前からか。王宮にいた頃から、わたしはどこかで自分を罰していたのかもしれない。

ビーストの孕み袋として生きるようになって、わたしは多くのものを得た。愛する者。産む喜び。教える喜び。しかしその一方で、わたしは多くのものを壊してもいた。

 

わたしはビーストでもない。人間でもない。どちらの種にも完全には属せない。ビーストの群れにいても、わたしの肌は毛皮ではなくわたしの牙は鋭くなく、わたしの嗅覚は彼らには及ばない。人間の世界に戻っても、もう人間の社会では生きられない。衣服を捨て、文明を捨てて、何より王の座を捨てた者を、人間は受け入れない。

何より、男でもない。女でもない。

かつては男だった。王として男として生きることを求められた。しかし今のわたしの身体は男の機能を失っている。陰茎は小さく縮み豆ちんぽになったし、睾丸は萎び擬似卵巣となったから、もはや子種を宿すことはない。かといって女でもない。女の身体を手に入れたわけではない。わたしの身体は男と女の間で宙吊りになっている。どちらにも成れないまま、ただ前立腺をもとにした代替子宮で孕むためだけの器官として存在している。

 

(なんて、醜いのだろう)

 

アルスは水面に映る自分を見る。日に焼けた肌。女としては小さく男にしては膨らんだ胸。母乳の滲む勃起した乳首。柔らかく垂れた腹。広がった腰。太くなった太もも。かつての美貌の王の面影は、その顔に健在なれど、それすら醜く思える。

もうどこにもない。人間の時の価値観ならば。美しかった頃の自分は、絹を纏い宝石を飾り、民の称賛を浴びていた自分。それが今は——獣たちの精を受け止めるだけの、みだらな肉の塊。

 

(わたしは、何のために生きているのだろう)

 

かつては国を治めていた。民を導いていた。歴史に名を残す王になるはずだった。しかし今のわたしは、ただ孕み、産み、ビーストに奉仕するだけの存在。何も決めず、何も導かずただ与えられるがままに生きている。

それでも、愛されたいと願ってしまった。

ビーストに愛されたいと。理解されたいと。誰かに、この醜い身体ごと抱きしめてほしいと。かつて王だった頃、わたしは愛を求めなかった。愛は弱さだと思っていたから。王は愛されてはならない。崇拝されてはならない。しかし今は——わたしは、ただ愛されたいと願ってしまった。

 

(なんて、傲慢なのだろう)

 

わたしはビーストたちに教育を教えた。言葉を。知恵を。愛を。それは人間の文化だった。ビーストたちはあるがままに生きていた。本能のままに狩り、食い、交わり産み、死んでいく。それで完結していた。そこにわたしが「教育」という異物を持ち込んだ。彼らを変えてしまった。あるがままの自然を、わたしが「共生」という人間の理屈で塗り替えてしまった。

 

(わたしは、何をしたのだろう)

 

ビーストたちは今、たとたどしく言葉を話す。学ぶことを知っている。狩りをする者、守る者学ぶ者に分かれて役割を果たしている。それは進歩なのか。それとも破壊なのか。あるがままの自然を失わせただけなのか。わたしは、自分が善かれと思ってしたことが実は大きな罪だったのではないかと怯えている。

 

こんなにもナイーブになったのは、いつからだろう。

(ああ、そうか。わたしが孕めなくなったからだ)

気づいたのはいつだったか。ある日ビーストに抱かれても、何週間待とうと腹が膨らまなくなっていることに気づいた。何度交わっても、何度精を受けてもわたしの腹は空のままだった。他の孕み袋たちは次々と子を産んでいく。若い孕み袋は特に。しかしわたしの腹はもう、新しい命を宿すことがない。

元男の孕み袋は、女に比べて生殖能力の衰退が早い。それはこの十年で嫌というほど思い知った。女の孕み袋は二十年でも産み続けるという。しかしわたしは——十年で終わった。男の身体が女の役割を引き受けるのは、あまりにも無理があったのだ。代替子宮も擬似卵巣ももう生殖器官として役目を果たせない。わたしの身体は、自分の限界を迎えていた。

 

(もう、わたしは用済みだ)

 

コロニーでは、孕めなくなった孕み袋は捨てられる。ビーストたちはもう抱かない。餌も与えられない。やがて死ぬ。それが掟だ。ビーストたちはあるがままに生きている。役に立たない者は生かさない。それだけのこと。残酷ではない。自然なことだ。

 

(わたしも、そうなるのだろう)

 

恐怖はなかった。むしろ安堵に近かった。これで終われる。長い、長い人生だった。王として生まれビーストの孕み袋として生きた。もう十分だ。そう思っていた。

 

しかし——彼だけは違った。

額に十字の傷を持つビースト。わたしのビースト。彼は今でも毎夜わたしを抱く。孕めなくなったわたしを、変わらず求める。甲斐甲斐しく世話を焼く。水を運び、餌を運び寒い夜は毛皮でわたしを包む。他のビーストがわたしを避けるようになっても、彼だけはわたしのそばにいた。たとえ、言葉を覚えてくれずとも。

 

(なぜ、あなたは)

 

わたしは問いかける。声にはしない。しかし目で問う。なぜ、孕めないわたしをまだ抱くのか。なぜ用済みのわたしに餌を与えるのか。なぜ、醜くなったわたしをまだ見つめるのか。

ビーストは答えない。ただ低く喉を鳴らしわたしを抱きしめる。その腕は力強く、しかし優しい。かつて初めて抱かれた夜と同じ強さで、しかし十年分の愛情を込めて。

 

(あなたが、いると)

 

わたしは嬉しい。心の底から嬉しい。孕めなくなっても、あなたがそばにいてくれることが。用済みになっても、あなたがわたしを必要としてくれることが。嬉しくて、嬉しくて涙が出るほど嬉しい。

 

しかしその嬉しさは、同時に申し訳なさでもあった。

 

(わたしは、あなたに何を返せているのだろう)

 

かつては子を産むことで応えていた。孕むことで、産むことで、あなたの子孫を残すことで。しかしもうそれはできない。わたしの腹は空だ。わたしはあなたに何も与えられない。ただ抱かれるだけ。ただ世話を焼かれるだけ。それでいいのか。そんなことで、あなたの愛に応えられているのか。

 

(あなたを、縛っている)

 

わたしは思う。あなたはもっと若い孕み袋を選べたはずだ。もっと産める孕み袋を。もっと美しい孕み袋を。しかしあなたはわたしを選んだ。孕めなくなった、醜くなった、元男の孕み袋を。なぜ。なぜなのだ。

 

「——なぜ、あなたは」

 

ある夜、わたしはとうとう声に出して問いかけた。洞窟の奥、獣皮の上。松明の灯りが揺れる中で。ビーストはわたしを抱いたまま、金色の目でわたしを見つめた。その目は深く、静かでそして——愛おしげだった。

 

「わたしは、もう孕めません」

 

声が震えた。情けないほどに。かつて王として民の前で演説した声とはまるで違う。弱く、か細く、今にも消え入りそうな声。

 

「あなたの子を、もう産めません。他の孕み袋のようにわたしは役に立てません。それなのに、あなたは——なぜわたしを」

 

ビーストは答えなかった。しかしその手がわたしの頬に触れた。毛皮の感触。温かい。その手つきは、十年前と変わらず優しかった。

 

そして——ビーストはわたしの額に鼻を寄せた。いつもと同じ仕草。愛おしさの表現。わたしはその仕草に、いつも心が満たされる。しかしその夜は違った。涙が溢れた。止められなかった。

 

「ごめんなさい」

 

わたしは泣きながら言った。ビーストの胸に顔を埋めて。毛皮が涙で濡れるのも構わずに。

 

「ごめんなさい。わたしは、あなたに何も返せない。愛される資格もない。なのに——なのに、あなたは」

 

ビーストの腕が強くなった。わたしを離さないというように。わたしの身体を包み込む。その温もりが、わたしの罪悪感を溶かしていく。溶かしながら、しかし消えはしない。罪悪感はわたしの中に残る。それはわたしが人間だから。ビーストにはない感情。あるがままに生きられない者の感情。

 

(わたしは、人間なのだ)

 

ビーストの腕の中でわたしは思う。どんなにビーストの孕み袋として生きても、わたしは人間だ。罪悪感を抱き後悔し、自らを罰する。あるがままに生きられない。教育という文化を持ち込み、自然を変えてしまう。それが人間というものなのだ。

 

しかし——それでも。

 

「あなたを、愛しています」

 

わたしはビーストに告げる。毎晩のように。しかしその夜の言葉は、特別だった。孕めなくなった自分を。醜くなった自分を。用済みになった自分を。すべてさらけ出して、それでもなおこのビーストを愛しているという告白。

 

ビーストは低く喉を鳴らした。悦びの音。そしてわたしを獣皮の上に横たえた。覆いかぶさる。その目は燃えていた。金色の炎。わたしを求める炎。

 

(ああ、あなたは)

 

わたしはビーストの背中に腕を回した。毛皮を掴む。この十年で何度も掴んだ毛皮。その感触が、わたしのすべてを安心させる。

 

(あなたは、わたしがあるがままでいいと言ってくれている)

 

ビーストの動きは優しかった。孕めないと知っているからか。それとも、もともと優しいからか。わたしの身体を気遣いながら、ゆっくりと深く。わたしはそのリズムに身を委ねた。かつて王だった頃、決して得られなかった悦び。誰かに完全に委ねることの悦び。

 

(わたしは、間違っていたのかもしれない)

 

教育を押し付けたこと。人間の文化を持ち込んだこと。それは罪かもしれない。傲慢だったかもしれない。しかし——もしそのおかげで、このビーストがわたしの言葉を理解しわたしの想いを受け止めてくれているのなら。それならば、その罪は、許されないだろうか。

 

(傲慢でも、罪深くても)

 

わたしはビーストを愛している。この愛だけは、本物だ。種を超えたあるがままの愛。

 

ビーストが果てた。わたしの中で。熱いものが溢れる。わたしはその熱を受け止めながら、ビーストの首に腕を回した。そして——口づけをした。

 

深く、長く、愛おしげに。十年前と同じ。いや十年分深まったキス。ビーストの唇は毛皮に覆われているが、その内側には確かな温もりがある。わたしはそれを受け止め、そして与えた。

 

(これが、わたしの愛)

 

わたしは目を閉じた。ビーストの胸に頬を寄せる。その鼓動を聞く。いつか終わる鼓動。いつか消える温もり。しかし今は、確かにここにある。それだけでいい。

 

(わたしは、幸せだ)

 

罪深くても。傲慢でも。醜くても。用済みでも。それでも——愛されている。その事実が、わたしのすべてを肯定する。わたしはこの森で、あるがままの自分を受け入れてくれた唯一の存在に、すべてを預けている。

 

(いつか、あなたが逝く日まで)

 

わたしはビーストの腕の中で眠りにつく。深い、深い眠り。夢を見る。かつて王だった頃の夢。ビーストの孕み袋として生きてきた十年の夢。そして——この先の夢。いつか来る別れの夢。それでも、わたしは幸せだったとそう思える夢。

 

森は静かだった。夜の闇がコロニーを包む。獣たちの遠吠えが遠くから聞こえる。生命の営み。あるがままの自然。その中に、わたしはいる。人間でありながらビーストでありながら、どちらでもないまま。それでも——ここにいる。愛する者の腕の中で。

 

【幕間 雌の貌】

 

わたしの身体を、あなたに知ってほしい。

十年の歳月がわたしをどう変えたのかを。かつての王の面影は残っていても、その内側はもうあなたの孕み袋のものになっているということを。

**胸**

 

見て。男にしてはある。女にしてはない。なだらかな丘陵のような胸。あなたの子を幾度も宿し、産み、乳を与えてきた証。かつては平坦だったこの胸が、今はあなたの手のひらに収まるほどの柔らかさで膨らんでいる。押せば沈み、離せば戻る。その弾力は若い孕み袋たちにはない、熟れた雌の証。あなたが吸うたびにまだ乳が出るのよ。孕めなくなっても、この胸はあなたを覚えている。

 

**乳首**

 

見て。ぽってりと濃い茶色に熟しているでしょう。いくたびの妊娠と出産と授乳が、この色を作った。かつては淡い桜色だった。しかし今は、あなたの子らが吸い続けた果ての深い、深い茶褐色。指で摘めば、容易に硬くなる。口に含めばあなたの舌の熱でとろける。この乳首だけで、わたしは何度あなたの前で絶頂に達したかしら。数え切れない。あなたも、数えていないでしょう。

 

**顔**

 

かつて、王宮で「美貌の王」と呼ばれた顔。十年の歳月が、それをどう変えたか。中性的な美しさはそのままに、その中に母としての色香と、雌としての匂いが滲んでいる。目の下の隈。口元の柔らかさ。頬の火照り。それは、あなたに抱かれ続けた年月の勲章。若い孕み袋には出せない、熟成した色気。あなたはこの顔のどこを見て、わたしを抱きたくなるの。教えて。わたしは、あなたの視線だけで濡れるから。

 

**唇と舌**

 

見て。この唇。何度もあなたのものを咥えたから、厚く、艶やかに育った。この舌。あなたの極太を受け止め続けたから、自在に動きあなたを悦ばせる術を覚えた。今も、こうして話しながら濡れている。あなたの前だと、勝手に濡れるの。あなたの匂いを嗅ぐだけで。あなたのものを咥えれば、この唇はあなたの形を覚えていて舌はあなたの脈をなぞる。そうして、あなたが果てる瞬間のあの低い唸りを、わたしは何よりも愛している。

 

**小さなもの**

 

かつて男だった名残。小指の先ほどの豆ちんぽ。情けないでしょう。しかし——皮を剥けば、ライチの実のような瑞々しい亀頭が現れるの。あなたに抱かれて、何度も何度もこの小さなものが張り詰めて、あなたの腹を濡らしたか。今もあなたが見つめるだけで、こんなに。これはもう男のものではない。あなたの雌として、悦びを受け止めるためだけの器官。あなたは、これをどう思う。醜いと思う。それとも可愛いと思う。わたしは、あなたがこれを指で転がす時がたまらなく好きなの。

 

**肢体**

 

見て。この身体。うっすらと肉がついて、かつての引き締まった王の身体ではないでしょう。下腹部は、出産を重ねるたびに柔らかく垂れてあなたの子を幾度も包んだ名残がある。太ももは、あなたの腰を受け止め続けて太く、逞しく、そしてややだらしなく垂れている。この弛みを、あなたは嫌うかしら。でもねこの肉の柔らかさが、あなたを包む時どんなに気持ちいいか。若い孕み袋には出せない、この抱き心地。あなたは知っているでしょう。

 

**尻**

 

そして——ここ。出産を重ねるほどに弾力と厚みを増した、この尻。あなたの手のひらにすっぽりと収まる。叩けば、波打つ。掴めば、指が沈む。そしてその奥の——あなただけが知っている、わたしのアナルまんこ。コロニーにはたくさんの孕み袋がいる。若い娘も、熟れた女も。しかしあなたは知っているでしょう。この中で、いちばん気持ちいいのはわたしだと。あなたが何度も何度も、わたしを選んでこの奥に、あなたのものを埋めてきた。その証拠にこの入り口は、あなたの形にすっかり馴染んでいるの。あなたが入ってくる瞬間が、わかる。あなたが一番奥まで届く場所を知っている。あなたが果てる時の、脈打ち方を覚えている。

 

——これが、わたしの身体。

 

かつて王だった男の、十年後の姿。醜いかしら。用済みかしら。孕めなくなった、この身体を。でもね——あなたが、この身体を、まだ欲してくれるなら。あなたがこの熟れた雌を、今夜も抱いてくれるなら。わたしはこの身体でよかったと思う。この十年で、この身体でよかったと思う。

さあ——見て。触れて。そして、確かめて。あなたの孕み袋はまだ、あなたのために濡れていると。

 

その夜、ビーストはいつにも増して激しくわたしを抱き潰した。

わたしの懺悔を聞いたからではない。ビーストは言葉を解さない。しかしわたしの涙を、わたしの震えをわたしの罪悪感を、彼は毛皮の下の本能で感じ取っていた。だからなのか。彼の腕はいつもより強く、腰はいつもより深くそしてその動きは荒々しく、しかしその奥底には言葉にできない優しさがあった。

 

「あ——!♡ああ——っ♡」

 

わたしは獣皮の上で何度も何度も絶頂した。孕めなくなった身体でも、あなたに抱かれると悦びは消えない。むしろ増すばかりだ。子を産めなくても、あなたを感じられる。あなたに求められる。それだけで、わたしの身体はあなたのために反応する。

ビーストの動きが速くなる。奥を突かれる。一番深いところを。かつて子を宿した場所を。もう空っぽの場所を。それでもあなたはそこを求める。そこを愛する。

 

「あなた——あなた——っ♡」

 

わたしはビーストの背中に爪を立てた。毛皮を掴み、引き裂くほどに。ビーストは唸った。痛みではない。悦びの唸り。わたしを感じている。わたしを求めている。その事実が、わたしのすべてを狂わせる。

ビーストが果てた。熱いものが奥に注がれる。孕まないと知りながら、それでも注がれる。何度も。何度も。この十年、注がれ続けた。その熱量がその執着が、その愛がわたしを壊す。

ビーストが動きを止めた。わたしの上で荒い息を吐いている。金色の目がわたしを見下ろす。その目は、いつもと同じ。深く静かで、愛おしげで。しかしその夜は何かが違った。何かが、その目の奥で揺れていた。

 

ビーストの口が開いた。

 

「——アイ、シ、テル」

 

わたしは耳を疑った。

 

「アイシテル」

 

もう一度。たどたどしく、幼子のようにしかし確かに。わたしが教えた言葉。コロニーで最初に教えた言葉。ビーストの子らに教えた言葉。その言葉を——彼が、わたしに。

 

「あ——」

 

声にならなかった。涙が溢れた。止められなかった。かつて王として泣かなかったわたしが。王宮で涙を見せなかったわたしが。十年間一度も泣かなかったわたしが。この瞬間、涙が止まらなかった。

 

「あなた——あなた——っ」

 

わたしはビーストの首に腕を回した。引き寄せた。強く。そして——口づけをした。深く、長く、濃厚なベロキスを。舌を絡ませ唾液を交換し、互いのすべてを確かめ合うようなキスを。

ビーストが応えた。舌を返した。不器用に、しかし必死に。わたしの舌を追い絡め、吸う。その不器用さが、その必死さがその初々しさが——わたしをもう一度絶頂させた。

 

「ん——んん——っ」

 

キスをしたままわたしは達した。ビーストの舌を咥えたまま、身体が痙攣した。かつてないほど純粋な愛情と、かつてないほど深い幸福がわたしの全身を駆け巡る。そしてそれは一度では終わらなかった。二度。三度。四度。ビーストがキスをやめないから。ビーストがわたしを離さないから。わたしはキスをしながら、何度も何度もアクメを繰り返した。

 

「アイシテル」

 

ビーストがまた言った。キスの合間に。たどたどしく、しかし確かに。わたしはその言葉を聞くたびに達した。ビーストの言葉だけで。ビーストの愛だけで。わたしは壊れていった。

 

(ああ——もう——)

 

視界が白くなる。意識が遠のく。わたしは最後のキスをした。ビーストの舌を深く咥え、すべてを預けるように。そして——失神した。アクメのまま。キスをしたまま。ビーストの腕の中で。かつてない幸福に包まれて。

 

 

 

わたしはビーストの腕の中で目を覚ました。

夜の匂いがまだ洞窟に残っている。松明の灯りはもう消えていて、かすかな朝の光が入り口から差し込んでいる。わたしの身体はまだ痙攣の名残を残していた。太ももが震えている。腹の奥が熱い。あなたのものがまだわたしの中に残っているような感覚。

ビーストは眠っていなかった。金色の目がわたしを見下ろしている。その目はいつもと変わらず深く静かで——そして、少しだけ照れているように見えた。

 

(あなた——)

 

わたしは思い出した。昨夜のこと。あなたが言葉を発したこと。「アイシテル」。たどたどしく、幼子のようにしかし確かに。あの一言でわたしは壊れた。何度も達した。キスをしながら、失神するまで。

 

(夢では、ない)

 

わたしはビーストの頬に手を伸ばした。毛皮の感触。温かい。あなたの腕の中にまだわたしはいる。現実だ。夢ではない。あなたが、言葉をくれた。

 

「もう一度——言って」

 

声が掠れていた。昨夜、何度も叫んだから。何度も達したから。ビーストはその声を聞いて、少しだけ首を傾げた。その仕草が可愛くてわたしは笑った。掠れた声で、でも笑った。

 

「アイシテル」

 

ビーストが言った。今度は昨夜より少しだけ滑らかに。それでもまだたどたどしく。しかし確かに。わたしの目にまた涙が滲んだ。止められなかった。あなたの言葉は、いつもわたしを壊す。

 

「わたしも」

 

わたしはビーストの胸に頬を寄せた。その鼓動を聞く。いつもと同じ。しかしその音の中に、昨夜の言葉がまだ響いている。あなたがくれた言葉。あなたが覚えてくれた言葉。わたしが教えた言葉。

 

(教育は——傲慢だったかもしれない)

 

でも、あなたが言葉を覚えてくれた。そのおかげで、あなたはわたしに「アイシテル」と言ってくれた。それならば——この罪も、許されるだろうか。この傲慢も赦されるだろうか。

ビーストの手がわたしの髪を撫でた。不器用に、しかし優しく。毛皮の感触。指の腹。その手つきが、言葉以上に雄弁にわたしに語りかける。あなたはここにいる。あなたはわたしを愛している。それだけでいい。それだけで。

 

「あなた——」

 

わたしはビーストの首に腕を回した。昨夜と同じ。しかし昨夜より穏やかに。そして口づけをした。軽く、短く、しかし深い意味を持つキスを。ビーストは応えた。昨夜ほど激しくなく。しかし確かな愛情を込めて。

 

(キスは——あなただけ)

 

このキスだけはコロニーの誰にも渡さない。孕み袋として他のビーストと交わることがあっても。身体を許すことがあっても。このキスだけは、あなただけのもの。わたしの心の底からの愛の証。

ビーストがわたしの腹に手を置いた。空っぽの腹。もう子を宿すことのない腹。それでもあなたはそこに手を置く。いつものように。わたしの子宮があった場所。かつてあなたの子らを育んだ場所。それでもあなたは、そこに手を置く。愛おしげに。慈しむように。

 

「用済みだと——思っていた」

 

わたしは呟いた。ビーストの胸に顔を埋めたまま。声はくぐもって、しかし確かに届いているはず。

 

「孕めなくなって、もうあなたに何も返せないと思っていた。他の孕み袋のように若くもないし、美しくもないし。ただ年老いて醜くなって、それでもあなたにしがみついているだけのみっともない存在だと」

 

ビーストの腕が強くなった。わたしを離さないというように。その強さが、わたしの言葉を遮る。もう言わなくていいと。そう言っているようだった。

 

「でも——あなたは」

 

涙がまた溢れた。昨夜から何度泣いたかわからない。かつて王として一度も泣かなかったわたしが。この十年で涙を覚えた。あなたが教えた。愛と涙を。

 

「あなたは、わたしを要らないとは言わなかった。捨てなかった。餌をくれた。水をくれた。寒い夜は包んでくれた。そして——言葉を覚えてくれた。わたしのために」

 

ビーストの喉が低く鳴った。悦びの音。あなたがわたしの言葉を聞いてくれる時の音。その音が、わたしのすべてを肯定する。

 

「ありがとう」

 

わたしはビーストの胸にキスをした。毛皮に。心臓の上に。あなたの鼓動を感じながら。

 

「ありがとう、わたしのビースト。わたしの——愛しい人」

 

ビーストがわたしを抱きしめた。強くしかし優しく。わたしのすべてを包み込むように。その腕の中で、わたしは自分が赦されたような気がした。罪深くても。傲慢でも。醜くても。用済みでも。それでも——愛されている。その事実が、わたしのすべてを赦す。

 

(わたしは、幸せだ)

 

朝の光が洞窟を満たしていく。コロニーが目を覚ます。ビーストたちの遠吠えが聞こえる。狩りに出る者、守りに残る者学びを求める者。それぞれの役割を果たす朝。その中に、わたしもいる。孕み袋としてではなく。母としてではなく。教師としてでもなく。ただ——あなたの愛しい者として。

ビーストがゆっくりと身体を起こした。わたしも起き上がる。腹は空っぽ。しかし心は満たされている。かつてないほどに。ビーストがわたしの手を取った。その手を引いて洞窟の外へ。朝の光の中へ。

外に出ると、森が広がっていた。緑の匂い。土の匂い。生命の匂い。ビーストたちがそれぞれの朝を始めている。若いビーストが狩りの練習をし、孕み袋たちが子に乳を与え学ぶ者たちが森の植物を調べている。その中に、わたしの産んだ子らもいる。もう大きくなった子ら。狩りをする者になった子。守る者になった子。学ぶ者になった子。みんな、生きている。わたしが産んだ命が。あなたとわたしの子らが。

 

(この子らが——いつか)

 

人間とビーストの橋になるかもしれない。いつか来るかもしれない未来への、小さな種。わたしがまいた種。傲慢かもしれない。罪深いかもしれない。しかし——この子らが、いつか。

ビーストがわたしの隣に立った。その肩に手を置いた。わたしはビーストを見上げた。金色の目。十字の傷。十年一緒にいた、愛しい人。

 

「アイシテル」

 

ビーストが言った。今度ははっきりと。たどたどしさが少しだけ減って。わたしは微笑んだ。涙を拭いて、笑った。そして答えた。

 

「アイシテル」

 

森がその声を包んだ。朝の光がわたしとビーストを照らした。かつて王だった男と、ビースト。種を超えた二つの命。あるがままの愛。それだけで、十分だった。

 


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