僕はまなみを連れてさっさと校舎を出た。並んで歩く様子は、はたから見ればカップルに見えるのかもしれないが、二人の間にとくに会話はなかった。
まなみとは昨夜にいろいろ話せたし、ご奉仕までしてもらってはいるものの、親密な関係性になったとまでは言い難い。あくまでも僕たちは、主人と奴隷という関係性なのだ。
僕が若干の気まずさを感じつつ無言で歩いていると、まなみが遠慮がちに話しかけてきた。
「ご主人様は、ホントはああいうことがしたい?」
僕は教室で見た光景を思い出して、言葉に詰まった。まなみにも、当然ながら思うところがあったのだろう。
ここで否定するのは簡単だ。しかし、まなみに隠し事はしたくない。それになんとなく、安易な嘘は見透かされそうな気がした。僕は素直に思ったことをそのまま伝えることにした。
「まったくしたくない、と言ったら噓になる。でも、まなみを周りに見せたくない気持ちの方が強い」
「誰もいない教室とかだったらいいってこと?」
「そういうことじゃないよ。それに、昨日ルールで決めたから。外ではそういうことはしないって」
「そっか。そうだよね」
まなみを見ると、ホッとしたように笑った。やはりルールとして明言しておいたのは正解だったらしい。
まなみにとって、僕とのルールは命綱だ。まなみの心をつなぎとめるためにも、やはり絶対に守らなくてはならない。
僕が一人、心の中で決意を固めていると、まなみは笑顔で僕の顔を覗き込んできた。
「それじゃ、この後少し買い物してきていい? 夕食用の食材を買い足したくて」
「もちろん。一緒に行く?」
「いや、一人で大丈夫。ご主人様は先に帰ってて」
「え……」
申し訳ないから僕もついていくよ、と言いかけて、僕はすぐに思い直した。まなみにも一人で息抜きする時間は必要だろう。別に主人と奴隷だからといって、何から何まで行動を共にする必要はない。
僕はまなみを見て頷いた。
「分かった。じゃあ先に帰ってるよ」
「うん。じゃ、行ってくるね」
まなみは僕に手を振って、駆け出そうとする。そんなまなみを、僕は一つ思い出したことがあって、急いで呼び止めた。
「あ、ちょっと待って」
「なに?」
「せっかく買い物に行くなら、えーと……あれも買ってきて」
「あれって?」
「その……ゴム」
僕の言葉に、まなみは何とも言えない微妙な表情をした。
僕はドキリとしてしまうが、とくに変なことは言っていないと思う。首をかしげながらまなみのことを見つめ返した。
「あー、うん。分かった。買ってくるね」
まなみは妙に歯切れ悪くそう言うと、僕に背を向けて小走りで駆けていく。一人残された僕は、家に向かってゆっくりと歩いた。
しかし、まなみのあの反応はなんだったのだろう。僕はあれこれ考えてみるが、答えは出てこない。
昨夜のご奉仕のくだりでコンドームがないというやりとりがあったし、教室での津田君の中出しを見て、やっぱり家に少しくらいストックしてあった方がいいと思っただけなのだけど……何かおかしなところがあっただろうか。
しばらく歩いて自宅が見えてきたところで、ようやくその理由に思い至った。
そうか、あれは僕からの「今晩セックスしようね」というお誘いになってしまうのか。それもオブラートに包まない、かなり直接的な。
僕は思わず赤面した。
正直、そこまで考えての発言ではない。しかしこれまでの流れを考えると、そういう意味に捉えられてしまうのは当然のことだった。
そう考えると、まなみの反応にも合点が行く。セックス予告をされて、それでも奴隷という立場上は断れない。しかも、真昼間の街中で、だ。それは、何とも言えない表情にもなるはずだ。
なんてことを言ってしまったのだろう。そんなことを考えながら、僕は自宅の門をくぐった。
帰宅後の僕は、なんとなくそわそわしていた。自分の部屋で授業の復習をしているときも、それが終わってテレビゲームに興じているときも、どこか集中できない自分がいた。
まなみに呼ばれて夕食を食べている間もそうだ。目の前には美味しそうな料理と裸のまなみがいるというのに、どうしてもこの後のことを考えてしまう。
「味、どう?」
まなみに聞かれて、無意識に口が動く。
「うん。綺麗だね」
「……え?」
「いや、まなみの身体は何度見ても綺麗だなって」
「なにそれ。味の感想を聞いてるんだけど」
まなみに苦笑されて、ハッと我に返る。
「……ごめん、あまり聞いてなかった」
「別にいいけど。でも、そういうことはちゃんと毎日言ってよね」
「分かってる」
「ホントにぃ?」
まなみは悪戯っぽく笑う。しかし、やはり僕は脳にモヤが掛かったような感覚だった。気づけば、目の前の食器はすべて空だ。
「ごちそうさま」
そう言って手を合わせると、まなみはスッと立ち上がった。
「じゃ、先にシャワー浴びちゃって。片付けはやっとくから」
そう言いながら、まなみはてきぱきと動く。僕はまなみの言葉に甘えて、そそくさと風呂場に向かった。
シャワーを浴びて部屋に戻った僕は、そのままベッドに倒れ込んだ。
何かをしたところで気が紛れるとは思えなかったし、僕の頭の中はまなみとのセックスで一杯だった。
食事の後片付けに風呂に、まなみだってやることはあるだろうから、そんなに早く来るはずもない。それでも、いつくるかと思って何度も起き上がってはドアに視線を送り、耳をすませてしまう。
そんなことを繰り返して、もう何回目か数え切れなくなった頃。
コンコン。
来た。
僕はすぐさま起き上がって、ドアに注目した。